実休が早々に一機失い、白熱する残り3人の戦いは未だ長引いていた。
しかし、このゲームは長引くと次第にマップが狭くなっていく仕様故流石に3人ともきつくなってきている。
「粘りおってからに。さっさといねぃ!」
「なっ! おのれ久秀ぇえ!!」
「……! チッ、やられたか」
久秀の渾身の爆弾蹴りが見事に2人を巻き込んだ。
しかし、その爆発に久秀も巻き込まれ3人同時に死んだ。
「なんとHiragumo選手! 死なば諸共だぁ!」
「奥の手というのはこう使うんじゃ」
「皆の者、
観客を盛り上げるためのパフォーマンスとして、片足を椅子に乗せつつ握りこぶしを作った片手を天井に突き上げて声を上げる。
「(久秀……随分と変わったのぉ)」
一方、相も変わらず傍観している長慶はと言うと、近くでたまたま見つけた自動販売機で炭酸入りのジュースを飲んでいた。
「ッ! なっなんだこれは。 口の中が弾けおる! 美味だが私にはちと刺激が強すぎる」
よりによって長慶が飲んでるそれはラムネ味のジュース。
江戸時代に黒船来航と同時に伝わったとされるラムネは、当初はレモネードと呼ばれていたのを当時の日本人が聞き間違えたのが名前の由来とされる。
当然戦国時代にそんなものは無いので長慶が知るはずがない。
長慶基準であと300年近く後の話だから仕方ない。
「じゃが……この刺激が妙に癖になるの……」
ある程度お歳を召された方にはあまり好まれない炭酸飲料。
長慶的には未知の経験ではあったものの味が気に入ったようでごくごくと飲んでいく。
そんな長慶の反応が珍しいのか周りの観客が徐々に長慶を気にし始める。
「勝鬨なぞ! まだ負けたと決まってはおらぬ! 次こそはワシが……!」
「
「……やっと決着がつきましたか。さて、僕も頑張りますかぁ」
そうして次の1本を競う4人は各々の戦略で激戦を繰り広げ続ける。
そんな中でもやっぱり実休はことあることに苦戦していたが、なんと道三相手に1本とって見せたのだ。
その後すぐ早雲に倒されたが……。
「(正面で勝つのがやっと。蝮の名は伊達じゃないですね……)」
「(文化だけ嗜んでおる若造にワシが負けたじゃと?!)」
道三は実休に負けた悔しさからか、両手で台を叩きかけるも必死にこらえ、次を考えていた。
「
「……それで勝った気でいるなどたかが知れてるな」
「なぬっ! 謀りおったかっ! してやられたわい」
そして久秀も、早雲に爆弾を置く場所を誘導させられていたことに気付かずそのまま撃破。
現状は早雲が2本先取で優勝へ王手をかけていた。
「先の勝鬨、俺に譲らせて貰おうか!」
「ワシとて鷹に狩られてばかりは癪じゃ。久秀、手をかせ。城攻めといこう」
「道三にそれを言われるといささか不安になるが……あいわかった! 敵の城郭を爆薬をもって破壊してみせようぞ!」
「共闘だと? 趣旨を忘れたか? まぁいい。勝つまでだ」
まさかの梟雄同士の共闘。
これには観客も大盛り上がり!大歓声が飛び交い熱気に包まれていく。
その片隅で、ジュースを飲み終えた長慶はソフトクリームを食べていた。
「ふぅむ。これがバニラ……。ひんやり冷たく口溶けがいい。そしてこのサクサクとしたものも美味じゃ」
会場の熱気のせいかアイスが溶け始めているが、それに気づかずについばむようにして食べている。
見た目だけなら中年頃のおじさんなはずなのにどこか可愛く見えるその光景に、一部の客が長慶に近寄り……。
「それ、溶けて来てますよ」
「? 溶けてる、じゃと? ぬぁあ! ホントじゃ、溶けておる!」
善意のつもりで教えたのだろう1人の若者は、長慶がオーバーリアクション気味に反応するものだからクスッと笑いを見せる。
作法を気にして食を楽しんだ長慶には馴染みのない感覚。
手がベトベトになり汚いのも、その若者が丁寧に説明をする。
「よかったら、これつかってください」
「よっ良いのか? 其方のものだろう?」
「拭くだけですから、あげるわけではありませんよ、長慶さん?」
「?! 其方、どうして私の名を」
その若者は長慶を知っているようだ。
綺麗な出で立ちでシュッと全体的に細く、しかし出るとこはでる妖艶な体つき。
それでいて高身長なそのものは一人の女性。
ピンク色かかったメガネをかけて長慶を見ていた。
ちなみに差し出されたハンカチは藍色のハンカチで、白い花のような模様が入っている。
「其方、もしや……」
「浅井くんばかりでお忘れですか? ウチは松永彩芽、そう名乗りましたよ?」
「あの時の、おなごじゃったか!」
地方訛りの少し癖のあるその女性は、長慶にとっては聞き馴染みのある話し方。
なんせ互いに阿波国出身だから。
正直忘れていた長慶だったが、こやつがいるということは……と周りを見渡す。
「ふふっ、彼ならあそこで楽しんでます」
そう言いながら彩芽が指を指す方向を見る長慶。
その先にあるのはガンシューティングゲーム。
それを一人でふたつのガンコンを使って2Pプレイとし、器用に遊んでいる絵面だった。
「雅人……じゃったな。雑賀でもあのような技は見ぬが……あやつとの話はあとじゃ。此度は何用でここに?」
「暇だから来た、それだけですよー」
手渡されたハンカチを受け取りながらベトベトの手を綺麗に拭き取る。
そのうえでハンカチをみて長慶は思い出にふけっていた。
「(藍染か。もはや懐かしいのぉ。未だこの時代になっても残っておるとは……)」
藍染は、実は戦国当時でも武具や衣服の着色に用いられた記録があり、実休が着用したとされる防具にその痕跡がある。
その藍染の原料はタデアイなどの藍の葉で、これらの葉を発酵・堆肥化させて「すくも」と呼ばれる染料の素を作り、さらに微生物をつかい発酵させて「インディゴ」と呼ばれる可溶性の色素を抽出するといった工程を挟んで作られる。
現代でも徳島で古くから残る伝統として藍染体験という形で楽しめる。
余談だが、徳島インディゴソックスというチーム名の由来はここである。
「そうか、退屈しておったのか。何か調べ事をしておったのではないのか?」
「それが……思ったより見つかんなくてですねぇ資料」
なんて雑談をしている間に、とうとう決着がついたらしい。
因縁の対決とも言えるこの戦いを制したのは……?
「かって……しまいました……」
なんと、1番非力だった実休!
史実においても実はあまり戦で強いと語られていないどころか弱く語られる実休。
でもそれが逆に3人の予想もしない戦術の数々で、ひっそり倒して回ったのだ。
そんなだから戦って勝ったという感覚がなく、ただただ嬉しさよりも"疲れた"という感覚しか残らなかった。
「くそぅ。実休にやられるとは……」
「あの若造……このワシを超えるとは」
「……一手不足してたか」
優勝候補とされていた3人相手に期待すらされてなかった実休が勝ったものだから会場のボルテージはマックス!
Wakaコールが鳴り止まない。
「まさかの大どんでん返し! waka選手の後手に回る戦法が意外性をついた結果に繋がったようだ!」
あくまで劣る箇所が出ているだけで器用万能だった実休、正直勝てたのは奇跡でしかないのだが、大きく歴史を変えた出来事とも言えるかもしれない。
「それにしても、あのゲームでここまで盛り上がってるのなんて初めてみました」
「普段は静かなのか?」
「レトロゲームと言われる類ですから、もう現代の子供は知らないことが多いんですよ……」
「あれだけ面白そうなものが時代の変化で廃れ行く、か……戦国と変わらんの」
自身も然りそれ以前も然り……誰かが覇権を握ればすぐ取って代わられたりした乱世では、後世にいい話を残す為だけに特定の人物だけ淘汰して教育をしていた時期もあったほど。
例えば家康が天下をとった後の江戸時代では、うつけと呼ばれた織田信長のことは魔王とされ、それを討った光秀は卑怯者でなく、英雄のように扱われることもあったという。
「そうですよ。貴方なりにどうやら答えを出したようで安心しました」
「そっ其方は! 雅人ではないか」
どうも遊び疲れた雅人がひっそり二人の会話を聞いてたらしく会話に割って入ってきた。
そして相も変わらずよそよそしい対応を見せはするが、以前よりは対応が柔らかく感じる。
「例え戦国最初の天下人と言われようと、時が経てば忘れられ、その行いも定かでない記録ばかりが伝わり、時に誤った説が唱えられるこの世の中。一体何が誠で何が偽りなのでしょうね」
雅人一行と別れてからだいぶ月日が経過したが、どうもその過程で彼らもまた数多の経験をしたらしい。
口ぶりから察するに、あちらも長慶以外の武将とコンタクトをとったのだろうか?
長慶にはその真相は分からない。
「そこにあるものが全てじゃよ。私が千々代を殺めたか自刃させたかだって、私がこうしたといえばそうなってしまう。誰が何を成したか否かは、重要じゃないんじゃよ」
「迷いを産む鎖からひとつ解き放たれたのですね。流石は天下人、尊敬に値します」
「皮肉はよせ雅人。私は其方の影響を強く受けておるのだぞ」
「ははっ、皮肉かどうかは捉えようですよ。でも、貴方のその頑張りは、どうも再評価されつつあるようですよ。一部の高校の教科書に三好長慶の名が記載されてると情報が入りました」
「なに?! 私の名がじゃと!!」
自らが欲していた"名声"は、実は最近の再評価で既に改められていて、現実でも本当に一部で、しかも片隅にしか書かれてはいないものの確かに明記されている。
それを知った長慶はもう嬉しいなんてものじゃなかった。
「そうか、私の苦労はみのりつつあるということか」
「天下を取らんとする1大名さん、道はこれからですよ」
「……ってウチもそれっぽく言っときますね」
あはは……と乾いた笑みを浮かべながら、誤魔化すようにふくよかな胸部の下で腕を組んで視線を逸らす。
「さて彩芽、役目は終えたし帰ろうか」
「うん。探すの大変だったしね……ウチも寝なきゃ」
そう言いながら2人はゲーセンを後にした。
思えばもう時刻は夕方に差しかかろうとしていた。
大会が終わり静かになった会場では、実休の勝利に納得いかない2人に実休が囲まれていた。
「よこせ実休! ワシの恩を忘れおったか!」
「いいや久秀、おぬしの焙烙なんかワシが手玉にしておったろうが! じゃからワシが手にするべきじゃ!」
「あははは……だめですよぉー」
内心呆れながらもどこか日常を感じていた実休。
胸に抱えるトロフィーと賞金100万円分の金券を取られぬようにとひらりひらりかわしながら対応していた。
__後に思い出として語られる"電脳 令和の戦い"は、意外な結末で終わりを迎えることとなった。
「雅人……変わらず不気味で、されど教養に溢れた