俺の名前は小村定克。十歳。なんと小学校に四年も通ってる。飽きっぽいのに根が真面目な証拠だよな。
あっ、ちなみにサダカツって読むんだって。なんか、ふーんだよな。
クラスのみんなからカツって呼ばれてる。……よく考えたらサダの方が多い気がする。
そんな俺が、なんでこんな脳内で自己紹介してるのかには理由が無い。
ただ、遊びにもならないけどこういう事をするのは……。
「――で、あるからして――。……では小村君、教科書のこの続き読んでくれる?」
「……ぼーっ」
ぼーっと言いながら考え事をしているのは授業を真剣に聞いている証拠だよな。
遊んでない。ってことは真面目に聞いているって事に違いない。
「小村君?」
「ぼーっ」
「ちょ、ちょっとカツくん? 先生に呼ばれてるよ。なんでさっきからぼーって言ってるの?」
隣の席から俺の腕につつっと指先の爪を当てて来る失礼な奴。それは幼馴染の映見。
みんなからはエミって呼ばれてる。
女の子っぽい名前だけど、俺と同じ性を受けて生まれ出でた一人物だ。
なんかよく知らんけど、こいつのお父ちゃんが女の子が生まれるって勝手に思い込んで名前を他に用意してなかったなだって。
その上、勝手に届出まで出して奥さんにしこたま殴られたらしいのは近所じゃ語り草だって。
語り草ってカッコイイよな。俺も誰かに語られる男になれるかな?
「なんだよエイミン? 人が考え事で忙しい時に」
「……まずはその呼び方は止めてくれない? それじゃここに居る僕は幽霊みたいじゃない」
「え? お前いつの間に!? ……頼むから大人しく散ってくれ。なまんだぶ」
「違うでしょ! 色々とおかしいでしょ! ……訂正したいとこがいくつもあるけど、とりあえずさ、先生が呼んでるよ? なんでぼーって言ってるのかな?」
「えー? お前知らないのか? 授業中にぼーってするのは失礼なんだぞ?」
「ぼーって言うのは失礼じゃないとでも言いたいの?! もういいからさ、先生に呼ばれてるんだから応えてあげなよ」
奴のお願いに仕方なく首を教室の前へ。するとこめかみ辺りを引くつかせた担任の赤島先生が居た。
「やっとこちらを向きましたね小村君。先生結構待ったわよ?」
「先生、小村は三組だぞ? こっから教室一つ挟んでるのに聞こえるわけないじゃん。せめて廊下で大声出さないと」
「あなたも小村君でしょう! なんでこのタイミングでわざわざ他所のクラスの小村君に話し掛けたと思うの? そんな訳が無いでしょう! ……もういいから、早く教科書の続きを読みなさい」
「もう、しょうがないなぁ……」
「しょうがない?」
「せ、先生落ち着いて下さい。……余計な事言ってないで早く読みなよ」
エミに急かされ、俺は渋々教科書に目を向ける。こういうのを目を皿にして読むというのだ。たぶん。
「え~……このグラフから分かるように、家庭から出る燃えるゴミの量はこの十年間で――」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。……小村君、なんで国語の時間に社会の教科書を開いてるの? それは前の時間に使った気がするんだけど」
「いやでも先生さ、これ日本語だぜ? という事はそれはもう国語って言っていいじゃないかと思うんだ」
「……小村君、この瞬間だけ特別に道徳の授業をしてあげる。――それを一般的に屁理屈っていうのよ! 教科書はどうしたの?!」
「でも先生、俺は前に一冊の本を大切に読み込みなさいって話を先生から聞いたぜ? だから俺もこの一冊だけ大切にしてるのさ」
「それは読書感想文の話なのよ!!」
「先生落ち着いて下さい!!?」
というようないつもの楽しい日常風景。
そう、これが俺の学校生活なんだ。どうよ? 羨ましがられても困るな。
☆☆☆
そんなこんなで放課後。
チャイムが鳴るからゴーホームの時間だ。
それはもう夕焼けぇになりかけぇ。もうすぐやってくる夏の夕暮れぇ。
そういえば空が赤くなるとなんであかね空って言うんだろう?
お空の神様があかねちゃんに脅されてつけたのかな? 悲しいメッセージだなぁ。
「何してんのサダ? 空なんて眺めちゃって。あんたの事だから上の空って事はまずないわよね」
校門を俺と並んで出る隣の女の子は、文美。アヤミって言うんだ。
俺の幼馴染で、なんと同じ幼稚園にエミと一緒に通ってたんだ。
その縁が今日まで続くんだから、人生って奴は案外単純なのかもしれないよな。
「失礼な奴だな。俺も空を眺めて考える事、あるんだよね。雲の中に隠された自然の訴えに目を向けて耳を傾けるんだ。そうすると分かる……今日のおやつはシュークリームの気分だって。お前にもわかるはずだ。そうだろ?」
「何を根拠にそうだと思ってんの……。何の繋がりも見えないし、あんたの気分なんてわかるわけないでしょうよ。あんたね、世の中の人間の基準ってもんを自分に置き換えるのは止めなさいよ」
「お前……、もしかしなくても俺の事を心配してそこまで……」
「いや、あんたの為に言ってんじゃないんだからね。周りの人間が苦労するから言ってんのよ、マジで」
「まあまあ、アヤミちゃん。それこそ今更じゃない。カツくんはもう変わんないよこれ」
「なるほど、いつまでも変わらない良さがある。エミ、お前って奴はいい事言うじゃんか。なんとなくいい奴だよな、ホント」
そう俺達は三人で下校しているのだ。
これがいつもの三人。スリーマンセルの基本陣形だ。
我ながらカッコイイ考えだ。特に真ん中を歩く俺のリーダー感なんかめっちゃカッコイイと思わん? いいよな、俺って。
「な、なんとなく? ……まあ変わらない事がいい事ばっかりって事でもないと思うけどもね」
いやいい事だろうに。特に俺の場合は。
やっぱこいつってどっかおかしいよな。友達ながらこいつのこれから心配だぜ。
なんて話をしていると、何故か先日のテストの話になった。
あれは苦戦したな。俺の人生におけるベストバウトの一つで間違いない。
何が特にベストかって言われれば、持ち帰って見つけられてしまった時の母ちゃんとの攻防戦だぜ。
上手く隠したと思ってたのに、なんて目をしてやがるんだ。まったく、我が母ながらとんでもない実力者だった。
くそお、夕飯のおかずを人質に取ってくるなんて卑怯だよな。俺は子供ながらに交渉ってもんの恐ろしさを味わった。