「本日を持って、お前との婚約を破棄する!」
王宮のホールに高々に響くヒーローの声。
どよめく人々の困惑した様子。
打ちひしがれ、その場に泣き崩れる悪役令嬢。
ヒーローにそっと寄り添うヒロインの幸せそうな笑顔__。
「くうぅぅ。やっぱりこの展開最高! ヒーローとヒロインしか勝たん!」
今日も大好きな乙女ゲームをプレイしながら、私は歓喜で身悶えていた。
待ちに待ったハッピーエンドなクライマックス。日頃のストレスのせいか涙腺が緩む。
ゲーム画面に涙が一粒こぼれたので、私は慌ててテーブルの上に置いてあるティッシュの箱を取りに行った。
専門学校を卒業後、念願のゲーム会社に就職。このゲーム会社は、私のイチオシの乙女ゲームを制作している会社だ。
入社が決まった瞬間、私の頭の中はたくさんの妄想で溢れていた。
ドキドキしている私に告げられるのは、配属先があの大好きな乙女ゲームの制作チームだということ。
そして、
「ふっ、ふふふふ」
自分勝手な妄想に思わず笑みが溢れるが、現実はそんな甘いものではなかった。
***
「何なに? こんな強いクエスト攻略出来ない? こっちは……攻略対象が気に入らない? はぁ……」
月曜日の朝、私が会社に着いてすぐにやることといえば、パソコンを開いてメールを確認することだ。何通ものメールが届いており、それを一通一通チェックする。
同じような内容のメールが続き、私のテンションがどんどん下がっていく。
そう。私が配属された先。
それは、「お客様相談窓口」なのだ。
「お客様におかれましては、大変申し訳ございませんでした……と。これをコピペして」
コピペした文言を貼り付けて返信。
月曜日だというのに、一週間分働いたような疲れを感じる、
この作業だけで午前中が終わってしまった。
午後七時。やっと終業の時間だ。
「終わったー! 早く帰らなきゃ!」
乙女ゲームをやるために、私がいそいそと帰り支度をしていると、隣の席の
「そんなに慌てて何か用事でもあるの?」
「あ、う、うん。まあね」
亜佐美には、私が乙女ゲームにはまっていることは内緒にしている。
知られたら最後、絶対に誰かに言いふらすのが目に見えているからだ。
「ふーん。気をつけて帰んなよ」
「ありがとう。じゃあ、また明日」
私は、亜佐美に軽く笑いかけると逃げるように会社を後にした。
亜佐美は、社内でも噂になるほどの美人さんだ。いつも男を何人も引き連れて歩いているのを見かける。
乙女ゲームでいうところの悪役令嬢みたいだ。
自分とはかけ離れた存在……。
私は、ぶんぶんと頭を振ると、亜佐美のことを忘れるように会社の外に出た。