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リフレイン・デイズ 〜君を忘れた朝に〜
リフレイン・デイズ 〜君を忘れた朝に〜
ノートンビート
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年04月23日
公開日
3.4万字
連載中
就職を控えた大学4年生・三崎晴翔(みさき はると)は、ある朝、SNSで「自分の葬式が行われている動画」を見つける。動揺するも、交通事故に巻き込まれ、そのまま意識を失う。そして次の瞬間、彼は「3年前の大学入学式の朝」に戻っていた。 混乱する晴翔だが、再び“死の前日”を迎えるとまたリープが発生。彼は「死ぬ運命の日までの数年」を何度も繰り返すことになる。やがて、学内で知り合った“記憶を保持している他のリピーター”たちと出会い、次第にそのリープ現象の意味や、自分の「死」の真相、そして失われていた“ある記憶”の存在に迫っていく。

1-1. SNSの通知と“自分の葬式”

目を覚ますと、部屋の中にはすでに光が差していた。カーテンの隙間から漏れる朝日が床を照らし、窓際に積まれた本の影が斜めに伸びている。三崎晴翔はベッドの中でゆっくりと身体を起こし、ぼんやりとした頭で枕元のスマートフォンを手に取った。画面には、通知の数字が赤く点滅している。LINEが47件、Twitterが89件、Instagram、メール、ニュースアプリに至るまで、未読の洪水だった。


「……何だよ、これ」


つぶやきながらLINEを開くと、目に飛び込んできたのは同じ文言の繰り返しだった。


「え?ほんとに亡くなったの……?」

「マジで昨日会ったばかりだったのに」

「誰かデマだって言ってくれ」

「信じられない。三崎くんのこと、忘れないよ」


一瞬、悪質なデマか、あるいは同姓同名の誰かの話だと思った。だが、次に開いたTwitterで、その仮定はあっさりと崩された。


固定ツイートにされていたのは、スーツ姿の自分が祭壇の中央に飾られている葬儀の写真だった。背景には花輪が並び、遺影となった自分の写真が笑顔で微笑んでいる。しかもその写真は、自分が大学三年の夏、ゼミの合宿で撮られたものだった。覚えがある。シャツの第二ボタンが外れていて、少し日焼けしていたころの顔だ。


スマホを持つ手が震える。画面をスクロールすると、参列者の様子、手を合わせる人、出棺の様子を撮ったらしい動画までもが投稿されていた。タグには《#三崎晴翔》《#大学生葬儀》《#早すぎた別れ》《#RIP》などが並び、数万件のリツイートがついていた。


どうして、こんなものが?


そもそも、自分は——死んでいない。こうして息をして、朝を迎えている。葬儀など行われているはずがない。


Instagramでは、自分のアカウントが“追悼モード”に設定されていた。誰かが申請しない限りこれは起こらないはずだ。プロフィール欄には「1998–2025」という年号が加えられ、「静かに眠ってください」とのメッセージが表示されていた。


動揺のあまり、手元が狂いスマホを落としかける。深く息を吸おうとしたが、喉がひりつくように痛んだ。これは夢か?幻覚か?とにかく現実ではないと思いたかった。


次に開いたのはYouTubeだった。トップページに表示されていた関連動画の中に、見覚えのある顔があった。自分の中学時代の友人が、いかにも涙ぐんでいるふりをしながら喋っていた。


「……三崎のやつさ、あいつ、昔からどこか影があったんだよね。たぶん……辛かったんじゃないかなって、今なら思うんだ」


再生を止める前に、動画下のコメント欄が目に入る。


「本人が見たら泣くわ」 「死者ビジネスかよ。最低」 「誰?ガチの友達なん?」 「遺書とかないの?」


晴翔は吐き気を堪えながらスマホを置いた。血の気が引いていくのがわかる。思わず立ち上がり、部屋を出て洗面所へ向かった。鏡の前に立ち、改めて自分の顔を確認する。


確かに、鏡の中には自分がいた。目の下にクマができているが、血色は悪くない。死んだ人間の顔ではない。


スマホが振動し、通知が届いた。大学からの公式連絡だった。


「本日、本学学生に関する訃報がSNS上で急速に拡散されています。大学としては情報の正確性を確認中ですが、現段階ではコメントを控えさせていただきます。」


訃報、と明記されている。大学までが“死んだ”と信じて動いている。何かのバグでもハッキングでもない。この現象は世界そのものが、自分の死を既成事実として動かしていることを示していた。


それでも、自分は生きている。


そのギャップが晴翔の理性をぐらつかせる。記憶を探るように、葬儀の写真をもう一度開く。そこには、彼の父親が深く頭を下げている姿も写っていた。スーツの背中が丸くなっている。母はその横で泣いている。妹もいた。三人とも、本当に失ったような表情だった。


「どういうことだ……」


呟いた声はかすれていた。


そのとき、ベッドの上に放置していたスマホが再び鳴った。着信。相手は“非通知”。迷った末に出ると、ノイズ混じりの声が耳に入ってきた。


「……お前は、もう一度、やり直すんだよ」


「……誰?」


「死ぬことになってるんだろ、今日。そうだろ。だけど、お前だけは戻れる。今日が、始まりなんだ」


一方的に告げられたその言葉の意味を考える間もなく、通話は切れた。着信履歴には何も残っていない。電話をかけてきた番号も、発信元も、なにも。


その瞬間、耳鳴りがした。目の前が歪む。立っていたはずの床が遠ざかっていく。気づいたときには、晴翔はゆっくりと倒れ込んでいた。


そして、落ちるように意識が途切れた。


——次に目を開けたとき、聞き覚えのある校舎のチャイムが耳に響いていた。窓の外では春風が吹いている。見慣れた制服姿の学生たちが、通学路を歩いていた。


彼は椅子に座っていた。目の前には、大学の入学式の案内パンフレットが広げられていた。


カレンダーは、2022年4月3日を示していた。

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