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第13話 誠が仕事を頑張ってる陰で

「おはようございます」

「おはよう」

「ういーす」


俺の職場は隣町にある、農家相手に色々仕事をする拠点『営農センター』と呼ばれる場所だ。


担当は指導員。

花を栽培する農家の『営農指導』という肩書

ぶっちゃけ『御用聞き』だ。


農業の技術なんかたった4年しか働いていない俺よりも実際に生産し生活している農家さんの方がはるかに上だからね。

『指導』なんて烏滸がましいにもほどがある。


「おはよう、まこと」

「あ、おはようございます」


沙紀先輩がやけに色っぽい格好で出勤してきた。

うーん、この先輩悪い人じゃないとは思うけど、派手なんだよね。

爪とかすごいし。


あー、君島きみじま課長代理が凄い顔で睨んでいますよ?


「ねえ、土曜日忘れないでね。楽しみにしているから」

「あ、はい。……あの」

「ん?」

「どうして俺、いや、私なんですか?その、今まであまり、絡んでないっていうか、遊び行ったことないですよね」


そうなのだ。

俺は不思議だった。

今女の子の俺はどうやら神様パワーでそういう事になっているようだけど、過去とかの交友関係とかは変わっていないはずだ。


「ふふっ、あなたをコンビニで見た時にひらめいたのよね」

「はあ」

「スッゴク可愛いって。だから私がコーデしてあげるからさ、楽しみにしていてね」


そう言って更衣室へと消えていく沙紀さん。

いまいち納得いかないが。

まあそういう事なんだろう。


俺は腑に落ちないまま自分のデスクに座った。


「えーっと、今日は……ああ、来週の市場巡回の確認からだね。それからグラジオラスの球根の管理か……よし、おーい、大和やまと


「はい、まこと先輩」


俺の後輩、木下大和きのしたやまと

支所の金融窓口担当の香織ちゃん大好きな21歳だ。


「今日お前樹生いつきさん家行くだろ?グラの球根、先週末に種苗屋から納品されているから連絡して届けてくれ。あとちゃんと菊の育苗は写真撮って来いよな」


「は、はい、わかりました」


俺は指示を出し、巡回ノートを開く。

少ないとはいえうちの管内には100名ほどの花卉生産者がいる。


農家のおじさんたちは話好きだから計画的に回らないと下手すると2~3時間は拘束される場合がある。


そんなことを考えながら巡回ノートをめくっていると、何故か指示をしたはずの大和がただ俺の横に突っ立っていた。

そしてなぜか顔を赤らめている?


「大和?どうした?……もしかして体調とか悪いのか?」

「うあ、そ、その、まこと先輩、……き、今日も可愛いですね」


モジモジしながらのたまう大和。

俺は鳥肌が立ってしまう。


「はあ?おまえ、何言って……」

「す、すいません。樹生さんの育苗ハウスに向かいます」


慌てて出ていく後輩を眺めながら俺は冷や汗をかいていた。


えっ?

なんだ今の?


……もしかして神様?

色々変わっていたりしますか?


不安を抱えつつも俺は来週に控えている市場巡回の打ち合わせの為、農家の代表である渡辺邦夫わたなべくにおさんの家へ行くため、軽ワゴンのカギを握り締め外へ向かった。


ゾワリと嫌な視線を感じる俺。

視線を向けるとなんか篠山課長の目つきが嫌な意味で怖い事に気づき、つい早足になる俺だった。


うわー。

課長の目が夜のお店に行った時みたいに爛々として……

俺の胸のあたりじっと見ていた。

うう、目つきが怖すぎる。


……セクハラとか受けないよね?


美人って大変だ。


そう思いながら俺は渡辺さんの家へと車を走らせた。



※※※※※



一方誠の脳内。

えっとニーナの脳内なのかな?


良く判んないけど私は今その本人であるニーナと話し合いを行っていた。


「ねえ。ニーナなんで黙っているの?……もしかしてしゃべれないってことじゃないよね?」

「……べつに?……あんた男の趣味悪いんじゃないの?誠だっけ?……あんたがいつも想っていたから私も少しは知っているけど……あんた盛りすぎ。全然格好良くないじゃん」

「う、うるさいな。良いでしょ?……確かにちょっと太っちゃってたけど……わ、私は好きなの!!」

「ふうん。まあいいけどさ。……でもさ、私居ない事にしておいたほうが良くない?そうじゃないと誠、私に惚れちゃうよ?あんた困るでしょ?」

「う、うあ…」


確かにニーナはやばいくらい可愛い。

しかもお姫様だけあって精神も強いし何より彼女はメチャクチャもてる。

正直かなう要素は私には無い。


「で、でも……わ、私……ニーナにも幸せになってほしい……貴女の苦しむ顔…見たくないもの」


本当に今私とニーナがいる世界ってどうなってるの?

気付けばニーナがその美しい顔で私の瞳を見つめていた。


「あんた、本っ当にいい人だよね?まったく。……(放っておけないじゃない)……」

「えっ?なんて?」

「……何でもない。……あっ、誠なんか触られてるよ?可愛い女の子に」

「はあっ!?……って、あ、あんっ♡…うあ、ちょ、ちょっと……な、何で私だけ…うあ♡」

「んー私も感じてるけど……あんたほどまっさらじゃない分、慣れてるってことかな?だって私純潔は守れたけど、胸とかお尻とか、散々いやらしく触られちゃってるし?」

「うー、もう、言い方!!……あ、あんっ♡……も、もう―――」


ニーナの脳内。

真琴の感知できない領域で、二人の女性の姦しい話し合いは続いていた。



※※※※※



「よおーまこちゃん。来週の件か?」


いつもと変わらない対応に俺は思わずほっとしていた。


「ええ、日程本決まりになったので。これ行程表です」

「おーう、ありがとな。うん?まこちゃんも行けるのか」

「はい。運転手ですけどね。基本説明は君島代理が行いますから」

「ははっ、さゆりちゃん、ブチギレ無くちゃいいけどな」

「あー」


俺と邦夫さんは二人して昨年の大惨事を思い起こしていた。

昨年一番取引の多い市場に伺ったときに、たまたま出来の悪いと評判な2代目が対応に来ちゃっていて……


『うるせえ、ババアは引っ込んでろ』


とか言われて大変なことになったんだよね。

……今年は大丈夫だよな?


「あ、そうだ。まこちゃん、ちょっと育苗見てくれる?どうも病気っぽいのがあるんだけどさ」

「え、あ、はい。見させてください」


俺は邦夫さんに着いて行き、大きなビニールハウスが4棟並んでいる育苗を行っている場所へと足を踏み入れた。

奥さんの一美さんがにこやかに迎え入れてくれる。


さあ、ここからが俺の仕事。

俺は気合を入れ、邦夫さんに付いて行った。



※※※※※



うん。

少しミスったようだね。

農薬の使用が不十分なところがあったんだ。

でもまだまだリカバリーのできる範囲。


俺はほっと息をついた。


「……はあ、まこちゃんの言う事聞かなかった罰が当たったな」

「いやいや、私まだこの仕事4年ですよ?邦夫さんの方がプロでしょうに」

「毎年一年生だよ、農業はな」


そんなこんな話していたら、邦夫さんの長女の由美ちゃんがお茶を用意してハウスへやってきた。


「お母さん、お茶持ってきたよ。って…まことちゃん!?わー可愛い♡」

「うん?…えっと、久しぶりだね」


由美ちゃんは今19歳の専門学校生。

あれ、里帰りしているのかな?

まだ連休には早いよね。


……前にも面識はあったけど、俺話したことないよな?


何故か目を輝かせ荷物を下ろし俺の手を取る。


「はあ、手もキレイ。すべすべだねっ!ねえ、まことちゃん、ハンドクリーム何使ってるの?」

「うん?えっと。……ああ、ごめんね、ちょっとド忘れしちゃったかな」

「もう、イジワルだね♡……ああ、まことちゃん、良いにおいする♡ねえ、一緒にお茶しよ?お父さん、良いよね」


まずい。

これは長くなるパターンだ。


俺は助けを求めるように一美さんに視線を投げた。

邦夫さんは娘に甘すぎるので絶対に断れない。


「もう、由美?まこちゃんはお仕事なの。あなただって課題まだでしょ?」

「えー、良いじゃん少しくらい……もうすぐ10時だよ?ねっ、ちょっとだけ」


うそっ?もうこんな時間?


「あら、そうね。お茶の時間ならしょうがないか。まこちゃん、飲んでいって」


うう、これは断れないパターンだ。

しょうがない。

少しだけ付き合おう。


「すいません。じゃあお言葉に甘えますね」

「やったー♡ねえねえ、あっちで二人でお話ししよ♡」

「あう…うん。じゃあ」


結局12時近くまで拘束されてしまった俺。


というか由美ちゃんやたら俺に触ってくるのはやめてほしい。

変な声出そうだった。

コホン。


もちろん邦夫さんともじっくり農業について語ったよ。

遊んでいたわけではないからねっ!


まあこういうのもこの仕事の醍醐味ではあるのだけれど。

美味しいお茶を頂きすぎてお弁当が夕食になったのもしょうがない事だろう。


なんかニーナさんに呆れられたけど。

解せぬ。


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