市場巡回で2日職場にいなかった俺はかなり忙しい思いをしたものの、どうにか農家巡回をこなし、必要な業務をまわす事が出来ていた。
職場用に買ってきたお土産のお菓子に喜んだ沙紀先輩に抱き着かれたりしたけどね。
あれからニーナさんとは深い話はしていない。
俺が忙しかったこともあり、ニーナさんが遠慮してくれていた。
『まこと忙しすぎ。どうして消防団の練習こんなにあるの?意味わかんない』
大会が近づいたため消防団の練習が週4回になっていた。
そしてあの大破したバイクが、連休突入前日にどうにか修理を終え俺の手元に帰ってきた。
見た感じ廃車かと思われたがどうやら神様パワーで守られたようで、意外にも基本となる部位は大きなダメージはなかったようで早く修理ができたのだ。
まあ修理代は……
はあ、しょうがないよね。
俺の愛車は1100ccの大型バイクだ。
以前の俺は身長が178cmだった。
今の俺、ニーナさんは163cm。
一瞬乗れないかと不安になったけど……
うん、全く問題ないね。
ニーナさん足長すぎなんですけど!?
身長15cmも違うのに、足の長さほとんど変わらない、むしろちょっと長いって……
おかしくないですかね!?
なにはともあれ俺は久しぶりに風になった。
ああ、めっちゃ気持ちいい。
今なら武夫とツーリングしてもいいかもと思うくらい俺の気分は上がっていた。
「よーし、ちょっとコンビニまで行こう。すぐに帰るから問題ないよね。バイクに乗った後で飲むカフェオレが最高なんだよな~」
慣らし運転でテンションの上がった俺は何も考えずにコンビニを目指した。
『ちょっと、まこと、その格好じゃ』
「大丈夫、ちょっとだからさ。すぐに帰るよ」
『もう、まことバイクに乗るとなんか性格変わるよね?』
「ははっ、そうかも」
俺はバイクを走らせ国道沿いのコンビニにバイクを止めヘルメットを脱ぐ。
今日は連休初日で人が多く、ヘルメットを脱ぎ長いキレイな茶色の髪をなびかせた俺は人の視線を集めた。
「うわ、すげー美人」
「えろっ!!胸でかっ!!」
久しぶりで舞い上がっていた俺はあまり気にせずジーパンに白のロングTシャツというラフな格好だ。
白いロングTシャツは薄いこともあり下着が透けて見えていた。
集まる視線に思わず胸を隠すしぐさをしてしまう。
顔が赤くなる。
「お姉さん、良い趣味だね。……1100のバイクか。クールじゃん」
そんな俺に他県から来たであろうバイクの集団の一人が声をかけてきた。
この時期うちの地域は観光客が大挙して押し寄せる。
「えっ、はい、その、ありがとうございます」
じろじろ俺の胸をガン見する態度に怯みながらもバイクを褒めてくれたことは素直に嬉しくて、つい答えてしまった。
「ふーん、いい女だな。……ねえ、君地元の子?俺たち神奈川から来たんだよ。良かったら一緒に遊ばない?」
そして連れであろう男性5人が俺を囲うように近づいて来た。
なんか目つきがいやらしい。
鳥肌が立つ。
「いえ、私すぐ帰らなくちゃなので……ちょっ!?」
いきなりその中のガタイのいい男が俺の二の腕のあたりを鷲づかむ。
加減を知らないのだろう、痛い。
「痛っ、やめてください」
さらに近づく5人の男性。
そのうちの一人が肩に手を置き俺の髪の毛の匂いを嗅ぐ。
「うっわ、めっちゃいい匂い♡なあなあ、いいじゃん、良いことしようぜ」
「へへへっ、この子おっぱいでかいな」
「地元民ヤベー」
ニヤニヤしながら、さらにいやらしく手をワキワキ動かし距離を詰める男たち。
背筋に冷たいものが走る。
くっ、前までならこんな奴等……でも今の俺は非力な女性だ。
悔しさと恐怖で涙が出てくる。
「おいお前ら!ここは公衆の面前だ。そういう事は金払って風俗にでも行け」
「ああっ!?なんだよジジイかよ。関係ねえだろ?引っ込んでろ」
「その子は俺の部下だ。困っている部下ひとり助けられなくちゃ管理職の名に傷がつく。それとジジイじゃねえ。俺はまだ45歳だ」
えっ?
菊野原次長?
次長の大声に、コンビニに来ていて気付いた我らが農家のお兄ちゃん数名がすぐに加勢に駆け付けた。
「ちーす。あれ、菊さんじゃん。……なんだコイツら?……まことちゃん!?……てめえら」
「お前ら……俺らのまことちゃんに何してやがる」
「なんだ?喧嘩か?……ったく、軟弱な餓鬼どもか……うっ、まことちゃん!?…お前ら死んだぞ」
農家のお兄ちゃんたちは基本肉体労働だ。
しかも今いる3人は昔やんちゃで暴れん坊だった人たちだった。
見た目はまるっきりチンピラだ。
迫力が違う。
「う、な、なんだよ、声かけただけじゃん、い、行こうぜ」
慌ててばらけヘルメット被りエンジンをかけ逃げるように走り出す6台のバイク。
どうやら助かったようだ。
俺は思わずへなへなと座り込んでしまった。
目の前に手が差し出された。
菊野原次長だ。
「大丈夫か?……お前もっと自分を大事にしろ。なんだその格好は。ったく、もう少し自覚しろ。……可愛いんだから」
顔を赤らめる次長。
うわ、何これ?
俺男だけどときめいてしまう。
「あ、そ、その、すみません」
次長の手を取り立ち上がる俺。
3人の農家さんも温かい目で話しかけてくれる。
「良かったな、まことちゃん。流石菊さんだ。かっけーな」
「ああ、俺たち出番無かったな」
「ははっ、まことちゃん気をつけろよ」
俺は少し自分の今までの考えに反省していた。
この人たちは高校まで好き勝手やっていてそのまま大型農家を継いでいる。
俺の嫌いな常識のない連中だと思っていた。
確かに目上に対する口の利き方は成っていないし、俺達職員に対して高圧的に振舞う。
だから特に若い職員や現場経験のない金融畑の職員からの印象は悪い。
でも俺自身彼らと直接かかわったことなどほとんどなかった。
良く知りもしないで回りの評判と見た目で判断していた。
考えてみれば、この人たちだって農業は真剣だ。
農業は人づきあいと違いごまかしが効かない。
いい加減で手を抜けば絶対にお金などとれない世界だ。
この人たちはちゃんと結果を出している。
「あの、ありがとうございました。その、助けようとしてくれて……嬉しかったです」
だから俺は本心からそう思い、心からのお礼をする。
感謝と反省を込めて。
「……お、おう、気にすんなよ」
「うぐっ……やべー、ちょー可愛いー」
「…う、うん、お、おれ、タバコ買いに来ただけだから……うん」
顔を赤くし照れる3人の農家と思わず手を額に当て首を振る次長。
3人は手を振りながらそれぞれ戻っていった。
何故か次長がため息をつく。
後ろから奥様だろう、凄い美人が俺に近づいて来た。
「あなた、流石ね。ふふっ、この子が『まことさん』ね。……ふーん、あなた、良いわね」
すっと目を細め俺に声をかける奥様。
何故か分からないが背筋がゾクゾクする。
「おい、さやか。あまりいじめないでくれ。……まだこの子22だぞ?うちの詩織と同じ年なんだから」
「あら、わたし見ただけよ?ふふっ、あなたが惚れ込むの、少しわかっちゃったかも」
「うぐっ。……あー木崎、そんな恰好でうろつくなよ?まったく俺は喧嘩とかだめなんだからな。あーおっかなかった」
なんだろう?
この奥様、普通じゃない。
『まこと、この人……私に気づいたかも』
えっ?
そして頭に直接声が届く。
『こんにちは。まこと…くんね。……よろしくね。ふふっ、恐がらないで。私少しだけ他の人と違うのよね。……困ったことがあったら相談に乗るわね』
固まっている俺から視線を外し奥様は次長に声をかける。
「ねえあなた。この子、昔のあなたと同じよ。いつでもいいから私の連絡先貴方が責任もって教えてあげてね」
「なっ!?……そうか。…ああ、わかった。……木崎、じゃあな。気をつけて帰れよ」
※※※※※
俺はバイクを走らせながら先ほどの事について考えていた。
今回の件は確かに俺の不注意だ。
ニーナさんの見た目を甘くとらえ過ぎだ。
そして助けてくれた次長の奥さん。
あの人は間違いなく俺の本当の性別に気が付いていた。
俺とニーナさんはおそらく神の力の影響を受けている。
俺のこれまでの22年間の生活が女性だったことになるくらい強制力の強い力だ。
だというのにあの人は。
一目で俺と、おそらく中にいるニーナさんに気づいていた。
「昔のあなたと同じよ」
そう言っていた。
もしかして次長も?
この世界には80億からの人がいる。
特別なのは俺たちだけとは言えないはずだった。
『まこと………』
「……うん」
俺たちはそれだけしか言えずに帰路へと着いた。