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第28話 託された思い

「……ボス。この通りです」


 タイムクラッシャーがそう言うと突然現れた大きな渦。ブラックホールなんかよりも暗くて深く、重圧を身体全体に感じてスーツ侍たちも膝をつく。


 彼女のように宙に浮いていないと、もはや立っていられないのだろうか。夜の暗さもあるがさらに暗黒化した世界のようだ。


「バルカー!! しっかりしてくれ!! バルカー……」

 シンゲンの腕の中で静かに横たわるタイムバルカー。もう彼女には力が残っていないようだ。


「どうにか……ならないのか」

 シンゲンが前を見るがあの得体の知れない闇の正体が何なのかわからず、どうすれば良いのかがわからない。


「ボスということは、まさか……ブラック企業団の……」

 ヒデヨシが呟き二枚の扇を手に取る。


「やるしかないんだ……俺はいく! おい! 訳の分からない闇の……」

 そう言いかけた途端、ヒデヨシに黒い槍のようなものが飛んできた。


毘沙門びしゃもんじん!」

 どうにかケンシンがその槍を義刀で弾く。


「――あれこそ諸悪の根源。簡単に相手できる者ではない。だが何故今……」

 ノブナガがそう言い、膝をついたまま少しずつ前に進もうとしている。



 宙に浮いたままタイムクラッシャーが冷たく言い放つ。

「バルカー、あなたはさっき間違いなく言った。おかしいのはブラック企業団あの組織だと。我が組織に反抗する者は、もう……本当の終わりよ。 ブラック企業団この組織に入った時点でボスに忠誠を誓うことが決まっている。そのためにあたしは……ここまで来た」


 シンゲンがそう言う彼女に向かって言う。

「何だお前たちは……半ば強制的にメンバーを管理する組織にバルカーは……渡さない」


「あら? 聞こえなかったかしら……じゃあ教えてあげる。バルカーの“魂”はすでにボスのもの。その姿も力も魂と引き換えに与えられたもの。つまり……この時点で……今あんたなんかになびいている時点で! 妹は……!」



 その時だった。

 バルカーの姿が徐々にぼやけてゆく。自分の腕から虚しく消えてゆくのがわかり、シンゲンは悔しさのあまり拳を地面に打ち付ける。


『シンゲン……』

「バルカー?」

 その声はシンゲンにしか聞こえないようだ。


『あなたのこと……誰にも言ってないから。安心して』

「バルカー……」

『シンゲン……わたしはどのみちもう“終わって”いた。最後にあなたと会えて嬉しかった』

「うぅっ……バルカー……」



『ありがとう……』



 その声を最後にバルカーはシンゲンの目の前から輪郭を残しつつ光となって消えていった。やがてその輪郭も徐々に薄くなっていき――完全にいなくなる。



 そして闇の渦の奥から恐ろしい声が聞こえる。

『我がブラック企業団に反旗を翻す者は許さん。ミス・タイムクラッシャー……お前も油断するでない』



 その声を最後に闇の渦はスッと姿を消し、スーツ侍たちもどうにか立ち上がることができた。空にもうっすらと星が見えてくる。


「お前……バルカーと“ふたりで一つ”じゃなかったのか? 妹がこんな目に合っているのにどうして……」

 シンゲンがタイムクラッシャーに向かって言う。


「さぁ。あたしはブラック企業団あの組織に忠誠を誓った者。組織の言うことを聞かない奴なんか、何でもない」

「それでも姉か……? バルカーは……バルカーは一生懸命頑張って……例えそれがいけないことであっても……いつも頑張っていたんだ……」


「そんな事知らない、結果がついて来なければ終わる。それが……あたし達」

 少しだけタイムクラッシャーの表情が変わった。



 ――今だ。



「風林火山! 情報記録ドキュメント抹消キャンセル! コード31685903297!」


 シンゲンが盾を空にかざし叫ぶ。

 するとタイムクラッシャーの持つタブレットは「キー……」と音が鳴り、黒い煙が立ちのぼる。


「何ですって? どうしてあんたが! そのコードを! というかどうなってるのよ……バルカーがいなくなった今……これを解除できる者などいないはず……!」


 焦るタイムクラッシャー。

 そのコードは妹のバルカーしか知らず、しかもシステムを構築した妹本人でなければ解除はできないはず。



 ――話は少し前に遡る。


 シンゲンがバルカーを連れてビルに着地しながら逃げていた時にバルカーが言う。


「シンゲン、わたしはもう……」

「おいバルカー! しっかりするんだ。君は……こんな所で……こんな所で諦めるんじゃない!」

「もう姉にも気づかれた。つまりわたしはブラック企業団あの組織にはいられない。わかっていたの……シンゲン」


「……」

「わたしがいなくなったら、リスペクトレモン社のシステムを乗っ取るあの仕組みを解除できない。だから……あなたに力を授ける」

「何言ってんだよ……君が自分でやれば……」

「無理なの……もうボスが……ボスの気配を感じる。わたしの最後のお願いだから……シンゲン」


 そう言ってバルカーはシンゲンに解除コードを伝えて自らの力をシンゲンの持つ風林火山の盾に宿した。さらに彼女は最後に姉に伝えたいことがあった。



「違う……おかしいのは……ブラック企業団あの組織……!」



 自らそう言って消滅した彼女。

 正直姉のタイムクラッシャーにどこまで伝わったのかはわからないが、シンゲンは彼女の思いを胸に、やっとあの仕組みを解除できたのだ。



「よくも……よくもやってくれたわね! もう今日は撤収よ……覚えてなさい侍どもめ!」

 タイムクラッシャーはそう言って宙返りをして消えた。



 ※※※



 ブラック企業団本部、自分の部屋に戻ったタイムクラッシャーがぼそっと呟く。


「バルカー、悪かったわね」


 そう言いつつもこの組織で生き残るためには、ああするしかなかった。さもなくば、自らが破滅させられる。

 そしてシンゲン、武田という男。

 おそらくあの別荘で会った彼らがスーツ侍かもしれないが……確固たる証拠がない。


 杖で拾った僅かなバルカーだけの声だけでは、武田とシンゲンが別人で両方に恋をしていたようにも感じていた。  

 さらに武田がシンゲンだとして、それが分かっていたならば未だ彼を倒せていない、という理由で自分もボスにやられてしまう。それは避けたい。


「あれは妹の大切な思い出だったということにしておくわ……あたしはあたしで、この社会が憎い」


 彼女は青いマントを翻し、次の作戦を考える。



 ※※※



 夜であったが、天下トーイツ・カンパニーに戻ってきた侍たち。


「申し訳ない。何も相談せずに俺は……」

 そう言って武田が全員に頭を下げる。


「武田。お前がやったことは我らスーツ侍に危険が及ぶ可能性があるものだ」

 社長の織田が武田を見据えて言う。豊臣、徳川、上杉の3人も織田の発言を緊張しながら聞いていた。


「確かにタイムバルカーに正体は知られたが……彼女がお前に言ったこと、“誰にも言っていない”というのを……俺は信じる」


「社長……」


「お前たちは確かに想い合っていた。2人の表情を見ていたが……あれは嘘偽りのない“愛”だ」


 織田の声が武田たちにしっかりと届き、武田はまた涙が溢れそうになる。


「ねぇ武田。すぐに元気出してとは言わないけどさ……俺たちがついてるから」と豊臣。


「きっと時間が解決してくれる。最後に彼女はお前に全てを託したんだ。これからも俺たちは前に進まねばならない」と徳川。


「真実の愛がわかれば武田……そなたもさらに強くなるであろう。毘沙門天の名にかけて私が保証しよう」と上杉。


「おい上杉……お前に保証されると余計不安だ」と武田が言い、

「本当だ。上杉ってこういう話についていってないもん。武田のこと気づいてなかったし」と豊臣も言う。


「な……何はともあれ、これからも私は真実の愛を探し……」と上杉が言いかけたところに黒田が到着した。


「皆さんお疲れ様でした。ブラック企業団の実態も少しずつ分かりそうですね。あ、遅れて届いたデリバリーですが私の術で急速冷凍を行い、先ほど解凍いたしましたので」


 黒田がイタリアンのデリバリーを机に広げる。


「わぁ、やったー! さすが黒田♪ 本当に気が利くよねぇ! ありがとう♪」と豊臣。

『黒田が一人で食べてんだって!』と言っていたのにこれである。


 そして5人は予感する。

 タイムバルカーがあの女性であるならば、夏休みにあのビーチで出会った彼らが……ブラック企業団幹部なのではないかと。


「あそこではいい人そうだったよな」と豊臣が言う。

「だがそれも……表の顔というだけかもしれない。最後にバルカーはシンゲンを助けたものの、ブラック企業団が迫っているのなら、気をつけた方が良いだろう」と徳川が落ち着いて言う。


「そうだ、俺たちの戦いはまだまだ続く。全ての働く人のため、そしてこの世のために」と織田。


 未だにブラック企業団のあの闇の深さが心に残る。

 スーツ侍たちは、デリバリーを食べながらも次なる戦いを覚悟しているのだった。



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