妹が――そう来たか。
タイム姉妹の姉、タイムクラッシャーがリスペクトレモン社、屋上で杖を持ち確信し同時に……大きくため息をついた。
あたし達は2人でひとつだと自分に言い聞かせてきた彼女。杖があれば妹が何をしたのかは分かってしまう。
妹は自分を見て何かを思ったのか、タスクを無理矢理増やして部下を陥れ出世。しかし内部通報により退職に追い込まれた。
あの組織に“働きがい”もこの“魂”も、全てを売った。あたし達は生まれ変わったはずだった――
「……許さない」
嫉妬なのか何なのかは分からなかった。妹などもはや信用ならない。グッと握った杖を震わせながら唇を噛み締め、彼女はクルリと一回転してワープを発動した。
※※※
「
ヒデヨシがブラックザコ団の煙を路地裏に見つけて、金の扇を振り回している。食べ物の恨みは、彼にここまで根付いてしまったのか。
「私情を挟むのはやめてくれないか、ヒデヨシ。集中せよ……そこか!
白の侍・ケンシンも義刀を手に、ふらふらと帰ろうとしていた黒い煙を目掛けて勢いよく刀を振り下ろした。情けない断末魔とともにザコ団たちは消滅していく。
「だってさぁ。イタリアン食べ損なってここまで来たんだからさぁ……今頃遅れて届いたやつ、黒田が一人で食べてんだって!」
「何の話だ。まぁその恨みが攻撃力を向上させているなら悪くない」
「だろ? これ終わったら高級イタリアンをノブナガに奢ってもらうんだ!」
「やれやれ……ん? あれは……?」
ケンシンとヒデヨシが上空を見るとそこには――
紅の侍が誰かを抱き抱えてビルの上をシュタッと渡っている。
「シンゲンか、あいつは一体何をしておる。タブレットのロジックは解けたのか」とケンシンは怪訝そうな表情をしているが、ヒデヨシは違った。
「やはりそうだったか。シンゲン」
ヒデヨシがさっと金の扇をたたんで周りを見渡す。今日のところはザコ団の気配はない。
「……来た。ノブナガだ」とヒデヨシが言うとそこに黒いマントをなびかせた侍・ノブナガと、家紋レンズを発動している蒼の侍・イエヤスが現れた。
「シンゲンは上空にいる。嫌な予感がする」とイエヤス。
「敵の魔の手が近づいておる。あのままではシンゲンが危ない。あとは」とノブナガがヒデヨシと目を合わせる。
「そういう事ならゆくぞ! 上だ!」
ヒデヨシの声で4人はビルの屋上に飛び立ちシンゲンを追う。夜風に赤以外の4色マントをなびかせ、鮮やかに空を舞う。
※※※
すっかり遅い時間になり夜空の下。タイムバルカーを抱えたシンゲンが目的地も定まらないまま、ビルの上に飛び乗りながら逃げるように走ってゆく。
バルカーは力を使い果たしほとんど動けなくなってしまった。姉のタイムクラッシャーが仕掛けたあの歪んだ空間は……思った以上に体力を消耗するものであった。まるで姉の声なき憎しみが、全てのしかかってくるような……
「もう……姉には気づかれた」
「バルカー……」
「シンゲン、わたしはもう……」
「おいバルカー! しっかりするんだ。君は……こんな所で……こんな所で諦めるんじゃない!」
その時だった。
目の前にクルリと宙返りをする黒スーツに青いマントの姿――姉のタイムクラッシャーだ。
「あらあら、おふたり仲良くお気楽だこと。バルカー? あんた……やってくれたわね?」
「お姉様……」
シンゲンの腕の中で力なくぐったりとしているバルカーを見て、タイムクラッシャーの眉間に皺が寄る。一体何をしているのだ妹は。敵方であるスーツ侍にここまで自らを犠牲にするのか。
「もういい……ここでシンゲン……お前を倒す!」
タイムクラッシャーが杖を取り浮かび上がる。そして叫んだ。
「
本来この技は姉妹揃って放つ技であり、99時間労働した時のダメージを与えるが、今回は姉一人で技を繰り出したため正確には49.5時間労働、すなわち丸2日程度労働した時のダメージとなる。
「風林火山シールド!」
シンゲンが風林火山の盾の力を使う。だがその前に――気づいた時にはバルカーが膝をついたままウォールを張っていた。
「タイム・ウォール! お姉様……もう……やめて……やめて!」
「あんたちょっと邪魔しないでよ!」
「シンゲンは……シンゲンは……! わたしがここまで
「は? 何言ってんのよ、そいつらのせいであたし達の作戦は……」
「違う……おかしいのは……
「……っ!」
タイムクラッシャーの攻撃が徐々におさまってゆく。しんとした夜の静けさが奇妙な空気感を醸し出す。
「終わったわね……あんたはもう……」
タイムクラッシャーがそう言ってシンゲンとバルカーに杖を向ける。
その時――この静けさの中に4つの異なる風が吹く。
「来たか」シンゲンが振り向く。そこには黒、金、蒼、白の色をした侍たちがマントをなびかせて立っていた。
「おい! 人の恋路を邪魔する奴め! 羨ましいからって嫉妬するのは格好悪いんだよ!」
金の侍・ヒデヨシが扇を広げてシュタッとシンゲンの右隣に着地する。
「恋ゆえに、冷静さを失うこともあるであろう。だがその力は時に奇跡を起こすものだ」
蒼の侍・イエヤスが瞳を光らせ、シンゲンの左隣に現れる。
「義の心――それは時に恋心とも呼ぶかもしれぬ。真っ直ぐな気持ちを踏みにじる奴め、覚悟せよ」
白の侍・ケンシンが義刀を手にヒデヨシの隣に現れる。
「人の世は、愛し愛され続く道。二人の信頼関係の構築、そして二人の作る世界をぶった斬ろうとする者は……この俺が許さぬ!」
黒の侍・ノブナガが炎の刀を手にイエヤスの隣へ着地する。
4人が来てくれたのは良かったものの、シンゲンがはっと気づく。
「おいまさか……俺と彼女のことわかってたのか?」
「俺の観察眼を舐めてもらっちゃあ困るぜ。技術侍として明らかに矛盾があったからな」とイエヤスが瞳をカッと光らせる。
「女性との交わりだけでなく、シンゲン――お前には誰かを守ろうとする真摯な姿が見えた。お前のことだ。俺は最初から予感していたのだ」とノブナガも言う。
「さすがノブナガだっ! 俺も分かっちゃったもんね。目線と表情に出過ぎなんだよシンゲンは。営業侍の勘は鋭いんだぞ! あ、ちなみにケンシンだけ分かってなかったから俺がさっき教えた」
「おいヒデヨシ、黙れ」とケンシンが斜め45度……ではなく斜め下を見て顔を隠すようにしている。だがすぐに顔を上げてシンゲンを見つめ、頷いていた。
「みんな……」
シンゲンも頷き、タイムクラッシャーの方を見る。
「バルカーはこれ以上の対立を望んでおらぬ。それでもやると言うのであれば……俺は容赦しない!」
紅の侍・シンゲンが風林火山の盾をかざす。
しかし侍たちや座り込んでいる妹を見ても、タイムクラッシャーの表情は変わらない。
「……ボス。この通りです」
彼女がそう言うと後ろに大きな暗闇が渦のように現れる。その異様な重圧にスーツ侍たちとタイムバルカーはこの上ない恐ろしさを感じる。足元にゆらゆらと震えるように伝わる何か。侍たちは立っているのがやっとである。
『ミス・タイムバルカー……お前にもう……用はない』
暗闇からの低くて冷たい声。
その響きにバルカーは力が抜けていくのを感じる。
「バルカー!!!!」
シンゲンが叫ぶ。