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第24話・ヒール

水音みなっち、なにやっているっスか?」

「ん~、ちょっと本棚をね……」


 鈴姫べるさんのコマが止まったマスに浮きでた言葉、”幼女+1“。どういう意味なのかと少しだけ考えたけど、この場でわかるはずもなく、結局のところ彼女が戻るまで解決しない。


 ならば、その間にを調べておこうと思って、僕は、本棚の整理を始めた。


「これはまだ予測の段階なんだけど、この本棚にある物語の世界に転移させられている可能性があるんだ」

「え、マジっすか……」

「これが、僕が転移した【パイレーツ・オブ・カリビアン】。かなめが行ったと思われる【ローディス島戦記】。そして……あおいさんの【羅生門】」


 と、一冊ずつみんなに表紙が見えるように並べて置いた。


「なるほど、全部あるっスね」

颯太そうたが転移した世界はわからないけど、それも含めて知らべてみる価値はあると思う」


 ただ、みんなに明かせる情報はここまでだった。転移した世界での僕らの行動次第で、物語が書き変わってしまう可能性については話せない。


 内容が上書きされても、僕以外は認識できないからだ。


「とりあえず、ジャンル分けしてみるよ」


 王道ファンタジーやスローライフ系、冒険活劇に悪役令嬢もの。さらには、【羅生門】や【人間失格】のような文学作品もいくつかあった。


「単なる直感だけど、同じ世界に二回行く事は無いと思うんだよね」

「なら、あと二~三回くらいは様子見っスね」

「うん。その場合、次に行くのはこの中のどれか……なんだけど」


 目の前には書籍の山が連なり、山脈を作っていた。それを見た颯太は小さくため息をつくと、手に取った本をパラパラとめくっていた。


「この中のどれかって言われても……当たる気がしないよね」


 彼の言う通り、百冊近くある本の中から三冊抜いただけでは、次に行く世界の予測なんてまず無理だ。


 ただ全体の傾向として、ファンタジー系が九割を占めているとわかっただけでも収穫だろう。


 この割合で、ホラーじみた文学系を引いたあおいさんは、よほど引きが悪いのかもしれない。そして、最も確率が低いのが、【イチャラブ ハーレム パラダイス・フルスロットル】。……ちょっと残念。 


 僕は片っ端からあらすじを読んで、特に危険な物語、例えば大規模な戦争がテーマの物やダークファンタジーなどをピックアップする事にした。


 メインキャラクターの名前を覚えておくだけでも、転移した先の危険度が把握できるだろうから。


「葵さん、少しは落ち着きました?」

「うん、ごめん……」


 顔をあげる葵さん。頬に残る涙の跡が可愛らしく見える。


「気が向いたらでいいんで、選別手伝って下さいね」

「あ、うん……」


 と、返事をした直後――。


 葵さんは突然走りだした。その先には要が立っている。葵さんは、体をくるりと右回転させると、左足を軸にしてうしろ回し蹴りを放った!


 腰の位置から要の後頭部をめがけて、カカトが一直線に駆け昇る。



 ガンッ……



「え、なんスか?」


 葵さんが放った蹴りは、要の頭部に命中寸前のウィスキーボトルを蹴り飛ばしていた。


 ゴトリと鈍い音をたてて床に落ち、ゴロゴロゴロ……と転がるヴィンテージ。分厚いガラス瓶だった事が幸いし、割れずに済んだようだ。


「まったく、危ないわね」

「なにが……おきたんスか?」





 少し前。僕が本棚を調べる始めると同時に、颯太と要は窓の外を調べ始めていた。これは颯太の提案で、例えば5メートル先になにかを投げた時、先ほどと同じように消え、天井から落ちてくるか試すのだと言う。


 颯太は、部屋に戻される結界の、有効範囲を探るつもりなのだろう。もし消えずに地面に落ちたら、それは明らかな脱出の手掛かりになるのだから。


 最初は足元に落ちていたクマのぬいぐるみを投げた。しかし、途中で手足がもげて空中分解したのち落下、天井に出現した黒いモヤからは、大量のほこりとともにボロきれと汚れた綿が降って来た。


 次に投げるものを探す颯太。そのあたりに落ちているのは、壊れたベッドの木片くらいだったが、ささくれ立っていたりカビていたりと、とてもつかむ気にならなかったようだ。


 そんな中、彼の目に入ったのは僕が持ち帰ったウィスキーボトル。『どうせ誰も飲まないのだから』と一本手に取ると、窓の外に向けて一気に投げ放った。瓶はクルクルと回転しながら放物線を描き、目測で10メートルほど飛んだところで……消えた。


 その時、要は部屋の天井を見上げていた。落ちて来るかもしれない瓶を受け止めようと言うのだろう。しかし、そんな彼の考えをあざ笑うかのように、黒いモヤモヤは真うしろの壁に発生した。


 ――直後、颯太のパワーでぶん投げられた高質量の瓶が、要の頭部に向けて一直線に飛びだす。


 その瞬間を見逃さなかった葵さんは、間一髪、ウイスキーボトルを蹴り飛ばしたのだった。





「ああ、もう。ヒールが折れちゃったじゃないのよ……」


 履いていた赤いパンプスをブラブラさせながら、要をじっと見る葵さん。


「な、なんスか?」


 なにが起きたのかわからず、キョトンとする要。僕も颯太も葵さんのハイキックを目の当たりにはしたが、状況を理解するまで少し時間がかかっていた。


「つぎに異世界行ったら靴買ってきて」

「え、あ……ういっス」

「サイズは24だから。よろしく」


 彼女の表情に笑顔はなかった。それでも、自ら要に話しかけた事や、最後に『センスないもの買って来たら半殺すよ』とつけ加えていたのは”よい傾向“と受け取っておく事にした。


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