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第23話・おもい話

 ――あおいさんは、児童養護施設で育った孤児だった。


 生まれてすぐに赤ちゃんポストに預けられ、親の顔どころか名前すらも知らないそうだ。


 もちろん施設の人は、子供たち全員に、同じように愛情を注いでくれただろう。しかしそれは、どうあっても哀れみを含んだものでしかなく、親が子供に与える無償の愛とは似て非なるもの。


 多感な彼女は、そんな違和感を敏感に感じ取っていた。


 だから、周りの大人の気を引くために、わざと怒られるような事を繰り返した。人の物をとったり、嫌がらせをしたり。それが子供にできるの最大限の意思表現だった。


 本気で叱って欲しかった。本気で向き合ってほしかった。


 しかし、そんなわがままは大人に通用しない。彼女は問題児として扱われ、段々と敬遠されるようになっていく。


 神楽代うたしろ 葵、七歳。孤独にもなれた頃に事件は起きた。


 学校帰り、彼女は公園のベンチにポツリとひとりで腰かける。施設に戻っても独りなのだから、急いで帰る必要もない。


 図書館から借りて来た本を取りだし、傾きかけた陽の光の中、ページをめくっていた。


 ひぐらしの鳴き声が広がり、ブランコで遊ぶ親子連れの声と重なったその時――。


 彼女のうしろから、口を押えようと手が伸びて来た。影に気がついた時には声がだせず、そのまま担ぎ上げられていた。どんなに暴れても所詮は小学女児。成人男性に適うはずもなく、そのまま誘拐されるしかなかった。


 その窮地を救ったのが、鈴姫べるさんの両親だった。


 幸運にも、誘拐される瞬間を見た鈴姫さんは、母親の腕を引っ張って視線の先を指さした。

 母親はすぐさま大声を上げ、隣にいた父親は誘拐犯に向かって走った。そんな雪平ゆきひら親子の鮮やかな連携もあり、犯人はつかまり、葵さんは事なきを得た。


 あのまま誘拐されていたら、売春宿に売られるか、バラバラにされて臓器を売られるかのどちらかだったらしい。


 その後、養護施設に遊びに行ったり、雪平家に遊びに来たりと、葵さんと鈴姫さんはどんどん仲良くなっていった。クリスマスや正月を雪平家で過ごしたりもした。



 中学卒業を間近に控えたある日の事だった。



「葵ちゃん、うちの娘になる気はないかい?」

「鈴姫も賛成しているし、どうかな?」


 鈴姫さんの両親は里親を申しでた。すでに施設には話を通してあり、あとは葵さんの意思を確認するだけだった。


 すぐに返事ができなかった。この上なく嬉しい話、なにを置いても飛びつきたい申し入れ。二人は、葵さんが求めてやまなかった親の愛情も、溺れてしまうほど降り注いでくれる。


 だけど今までの事を考えると、素直に『はい』と言えない。厄介者扱いされてきた自分が、こんな幸せな話を受けてよいのかと。


「まあ、返事はすぐじゃなくていいから」

「そうね、卒業式のあとにでも聞かせて頂戴!」


 戸惑う彼女に、そっと優しさをかける両親。この気遣いが本当に嬉しかった。



 そして卒業式の日を迎える。



 式が終わったら『お父さん、お母さん』と呼ぼうと決めていた葵さんは、鈴姫さんと、校門で両親を待っていた。


 まだ少し冷たい風が駆け抜け、校門脇の桜を舞い上げる。


「おい、雪平、神楽代!」 


 声に振り返ると、担任の先生だった。まだ式が始まるまで時間があるのに、早く体育館に集まれとでも言いに来たのだろう。いつもながら余裕のない先生だ。そう思ったのもつかの間、担任の口からは最悪の言葉が飛び出した。


「警察から電話があって……雪平の両親が交通事故で亡くなったらしい」


 タクシーに突っ込んだトラックの運転手はそのまま逃亡。目撃者の証言から、警察は『十年前に誘拐未遂を犯した男』と断定し、過失致死から殺人事件に切り替えて指名手配したそうだ。


 二人は、その場で膝から崩れ落ちた。目の前の幸せが、またもやスルリと指の間を抜けて行った。


 しかし、鈴姫さんの悲しみに沈む顔を見ていると、なぜか闘志が湧いて来る。今度は自分が、二人から受けた恩を返すのだと。


 それから二人の共同生活が始まり、今日に至っている。





「ちょっと長くなっちゃったけど、これで話はおしまいね」


 鈴姫さんは最初に『重い話』と言った。でもこれは『思い』の話だ。お互いがお互いを思い合う友情と家族愛の話。そして葵さんにとってはヒーローであるの話でもある。


 だから葵さんは、要が口にした『嫌』とか『無責任』と言う言葉に過敏に反応してしまったのだろう。両親を馬鹿にされた気分だったのかもしれない。


「葵ちゃん、薬師寺くん……」


 話が終わると同時に、鈴姫さんは二人の手を取ると、半ば強引に握手をさせていた。お嬢様然とした彼女からは、想像ができないパワープレイだったけど、葵さんと要の溝を埋めるには最良の一手だったと思う。


「……じゃあ、コマに急かさせているから行ってくる」


 盤上の鈴姫さんのコマが、今にも破裂しそうなぐらいパンパンに膨れていた。急いだほうがいいだろう、見るからにヤバそうな感じだ。


「あ、雪平さんこれ」


 と、慌ててショルダーバッグを渡す颯太。


「ポーションは一通り入っているから。……不味いけど」

「ありがとう。それじゃ、行ってくるね」

「絶対に無理しないで。すぐに戻ってもいいから……」


 鈴姫さんは颯太にうなずくと、ルーレットを優しく回した。ジジジジ……と二~三回転して4で止まる。彼女のコマが、しぼみながら動きだし、鈴姫さんはス〜ッと転移していった。


 今現在、鈴姫さんが4マス進んで先頭にいる。僕が3つ戻って3マス目。要と颯太はスタートに戻ってしまった。当然、葵さんもスタート地点だ。


 ……まだまだ先は長い。


「はぇ???」


 突然、変な声をだす颯太。鈴姫さんが止まったマスに浮かび上がった文言が、不可解だったためだ。



〔幼女+1 旅費を3200G貰う ※育児手当含む〕



「よ、〔幼女+1〕って???」


 どう解釈すればよいのかわからない、判断に困る言葉。



 ……これはいったい、なんなんだ?



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