これは、ほんの数時間前……異世界に二十日間行っていた僕にとっては、半月以上前の話になる。
♢
駅で待ち合わせたあと、
「……と、初めまして。ハンドルネームは
オフ会での自己紹介は、まずハンドルネームを名乗るのが基本。ネット上での知り合いだから、名前だけでは誰なのか判断がつかないためだった。
僕のぎこちない自己紹介のあとは、
男性三人の自己紹介が終わると、みんなの視線が自然と二人の女性に向いた。
決して出会いとかを期待していたのではない。このオフ会には、純粋な廃虚好きとしての参加だ。それでも、可愛い女性が二人も目の前にいたら、ドキドキしてしまうのは仕方がないだろう。
「じゃ、次は私かな?」
……ちなみに『可愛い女性二人』と言うのは、この時点での
「私は〜、えーと……ハッピースリーピーでっす」
と、Vサインを目にあててポーズをキメる
見目麗しい女性の自己紹介、たったこれだけの事で拍手喝采大歓喜。男なんて、チョロい事この上ない生き物だ。……もちろん僕を含めてだけど。
「あれ? そんなハンネの人いたっけ」
「えっと、自分は絡んだ事ないかな」
「オレもわからないっス。もしかしてROM専っスか?」
ROM専と言うのは、チャット等に参加せずに、常に見るだけの人を指す言葉だ。
かく言う僕も、ほぼほぼROM専だ。……しかし、葵さんの立ち位置はそれとはまた違っていた。
「えへっ、ゴメンゴメン。実は私、廃墟サイトのメンバーじゃないんだ。この
「ご、護衛ですか」
「そそ。あらためて、私は
そして、葵さんが『この娘』と言いながら抱きついていたのが
「私は、
「
「え……その……」
グイグイと行く要。普段からこんな感じで、コミュニケーションをとっているのだろう。引っ込み思案な僕としては、少しうらやましくもある。
「ねね、”べる“ってもしかしてキラキラっスか? ダチにいるんスよ、母親が人魚姫が好きで、ありえるってつけられた
——そして、次のひと言が葵さんの怒りに火をつける事になる。
「ったく、嫌っスよね~」
要に悪気はなかった。単に話を盛り上げようとしたのだと思う。キラキラネームに関しては、『親の身勝手』と一般的に言われている話なのだから。
でもそれは、鈴姫さんにとって触れてほしくない家庭の事情だったようだ。
「親の趣味でペットみたいな名前つけるとか、ホント無責任っス!」
「――黙って」
その瞬間、葵さんは要をにらみつけた。鈴姫さんと幼馴染の彼女は、いろいろと事情を知っているのだろう。
「なにも知らないクセに、ふざけた事言わないでくれる?」
ものすごい形相だった。月並みな言い方になるけど、殺気のようなものすら感じるくらいだった。
「え……あ、申し訳ないっス」
突然の豹変にあせり、しどろもどろになってしまう要。
直前まで『ハッピースリーピーです』とか笑顔でノリノリだった彼女はどこに行ってしまったのか。
僕も颯太も驚き、間に入る事すらできなかった。
♢
要はたまに、思慮がたりないところがある。だけど、自分がミスしたらちゃんと反省して謝る男、人間としてまっすぐなタイプだ。バスの中でもすぐに鈴姫さんに謝罪していたくらいだ。
だから、なぜ葵さんがそこまで根に持つのか、僕も颯太も、まったくわからなかった。
「葵ちゃん、あの事話しちゃってもいい?」
一瞬息をのむも、顔を伏せたまま微かにうなずいた葵さん。鈴姫さんが口にした『
「みんなごめんね、ちょっと重い話になっちゃうけど」
鈴姫さんは、そう前置きをすると、自身と、葵さんとの過去を話し始めた。
あまり
この部屋から脱出するには、みんなで協力しなきゃならないのだから。