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第22話・虎の尾

 これは、ほんの数時間前……異世界に二十日間行っていた僕にとっては、半月以上前の話になる。



 駅で待ち合わせたあと、廃村ここに向かうバスに乗り込んですぐに、『自己紹介をしましょう』って事になった。初めて顔を合わせる人ばかりなのだから、ごく自然な流れだ。


「……と、初めまして。ハンドルネームはハーバーHarBorで、えっと、水瀬みなせ水音みなとって言います」


 オフ会での自己紹介は、まずハンドルネームを名乗るのが基本。ネット上での知り合いだから、名前だけでは誰なのか判断がつかないためだった。


 僕のぎこちない自己紹介のあとは、颯太そうたかなめと続く。二人とも僕と違って、嫉妬してしまうくらいスムーズな自己紹介だった。


 男性三人の自己紹介が終わると、みんなの視線が自然と二人の女性に向いた。


 決して出会いとかを期待していたのではない。このオフ会には、純粋な廃虚好きとしての参加だ。それでも、可愛い女性が二人も目の前にいたら、ドキドキしてしまうのは仕方がないだろう。


「じゃ、次は私かな?」


 ……ちなみに『可愛い女性二人』と言うのは、この時点でのの評価だった。


「私は〜、えーと……ハッピースリーピーでっす」


 と、Vサインを目にあててポーズをキメるあおいさん。


 見目麗しい女性の自己紹介、たったこれだけの事で拍手喝采大歓喜。男なんて、チョロい事この上ない生き物だ。……もちろん僕を含めてだけど。


「あれ? そんなハンネの人いたっけ」

「えっと、自分は絡んだ事ないかな」

「オレもわからないっス。もしかしてROM専っスか?」


 ROM専と言うのは、チャット等に参加せずに、常に見るだけの人を指す言葉だ。Ruins CLUBルインズ クラブに限らず、人気アイドルのサイトでも九割がそうだと言われている。


 かく言う僕も、ほぼほぼROM専だ。……しかし、葵さんの立ち位置はそれとはまた違っていた。


「えへっ、ゴメンゴメン。実は私、廃墟サイトのメンバーじゃないんだ。このが一人で行くのが不安だって言うから、保護者兼護衛でついて来たんだよ」

「ご、護衛ですか」

「そそ。あらためて、私は神楽代うたしろあおい。よろしく~」


 そして、葵さんが『この娘』と言いながら抱きついていたのが鈴姫べるさんだった。


「私は、ホワイトスノーWhiteSnowです。雪平ゆきひら鈴姫べるって言います……」

鈴姫べるちんって言うんスね。ちっこくてかわいいっスね~」

「え……その……」


 グイグイと行く要。普段からこんな感じで、コミュニケーションをとっているのだろう。引っ込み思案な僕としては、少しうらやましくもある。


「ねね、”べる“ってもしかしてキラキラっスか? ダチにいるんスよ、母親が人魚姫が好きで、ありえるってつけられたが」


 ——そして、次のひと言が葵さんの怒りに火をつける事になる。


「ったく、嫌っスよね~」


 要に悪気はなかった。単に話を盛り上げようとしたのだと思う。キラキラネームに関しては、『親の身勝手』と一般的に言われている話なのだから。


 でもそれは、鈴姫さんにとって触れてほしくない家庭の事情だったようだ。


「親の趣味でペットみたいな名前つけるとか、ホント無責任っス!」


「――黙って」


 その瞬間、葵さんは要をにらみつけた。鈴姫さんと幼馴染の彼女は、いろいろと事情を知っているのだろう。


「なにも知らないクセに、ふざけた事言わないでくれる?」


 ものすごい形相だった。月並みな言い方になるけど、殺気のようなものすら感じるくらいだった。


「え……あ、申し訳ないっス」


 突然の豹変にあせり、しどろもどろになってしまう要。


 直前まで『ハッピースリーピーです』とか笑顔でノリノリだった彼女はどこに行ってしまったのか。


 僕も颯太も驚き、間に入る事すらできなかった。





 要はたまに、思慮がたりないところがある。だけど、自分がミスしたらちゃんと反省して謝る男、人間としてまっすぐなタイプだ。バスの中でもすぐに鈴姫さんに謝罪していたくらいだ。


 だから、なぜ葵さんがそこまで根に持つのか、僕も颯太も、まったくわからなかった。


「葵ちゃん、あの事話しちゃってもいい?」


 一瞬息をのむも、顔を伏せたまま微かにうなずいた葵さん。鈴姫さんが口にした『』とはなんだろうか?


「みんなごめんね、ちょっと重い話になっちゃうけど」


 鈴姫さんは、そう前置きをすると、自身と、葵さんとの過去を話し始めた。


 あまり他人ひとの事情に首を突っ込みたくないし、すべきではない。それでも今回に限っては、お互いの理解のために必要な事だと割り切った。


 この部屋から脱出するには、みんなで協力しなきゃならないのだから。







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