「ねえ。あの人の記憶にずっと残り続けるにはどうしたらいいかしら」
ベッドに横たわる女がいた。白く長い髪。病的なまでに青白い肌。やせ細った体。一目見ただけで死期が近いのだとの分かるほど弱りきっているのが分かる。女はおどろおどろしい表紙の本を持っておりその瞳はどこか狂気じみている。
「私はもう長くないのでしょう? 他の医者にも散々言われた言葉だけど……最近は自分でも確信しているの」
白髪の女は傍にいる従者らしき女に問いかける。従者は項垂れはいと頷いた。白髪の女は従者に礼の言葉を述べどこか遠くを眺める。
「……私が死んだら……あの人は悲しんでくれるかしら」
白髪の女が腕に抱えていた本を布団の上に置き表紙を眺める。その本には『魂の転移』と書かれていた。
◇◇◇
『……今のは一体……?』
これまで収集した映像とは異なる、見たこともない映像が流れ込み水晶玉は戸惑いながらも該当する映像を探す。だがデータベースのどこにも見当たらない。
だがデタラメな情報ではない。と、証拠もないのに確信していた。知らない情報なのに知っている。たまにあるその謎の現象に水晶玉は不思議に思いながらも受け入れていた。
「水晶玉クン。今大丈夫ですかな?」
『あ、はい。問題ありません。……あの』
「なんですかな?」
『いえ、なんでも』
これまで沢山の人や魔物を見てきたが自分のように思考し、話す事が出来る水晶玉は見かけなかった。自分が一体何なのか。何故意思を持ち、話すことが出来るのか。急にそれが気になり始めたが口にする事は出来なかった。
『次のターゲットのお話ですか?』
「うん。どんな子達にしますかな〜、悩みますなあ」
『只今検索します。…………結果が出ました。今回は───』
◇◇◇
『セッ○スしないと出られない部屋』
「はあ!?」
「ええっ!?」
ダンジョンでお宝を探すべく探索していた冒険家の男と探検家の女は突然連れてこられたピンクの謎空間に驚愕していた。
「なんですかこれ!? 隠し部屋的なやつですか!?」
「いや……どう考えてもお宝は無さそうだぞ……というかこの部屋って……!」
あたふたする探検家に落ち着けと窘めつつ冒険家はリュックから雑誌を取り出す。
「……やっぱり例の部屋じゃねえか! 実在すんのかよ!」
「えっと……例の部屋って……?」
「このページ読んでみろ」
「えっと……『セッ○スしないと出られない部屋。それはとある魔族が創り出した強制性交空間である。その部屋にセッ○スしても構わないくらいに想い合った男女が拉致され……』 ええええええ!? なんですかこの記事と内容! これじゃ私と貴方がラブラブみたいじゃないですか!」
魔族が創り出した強制性交空間というだけでも胸焼けしそうな情報であったがセッ○スしても構わないくらいに想い合った男女が拉致されるという雑誌の記述に探検家は真っ赤になって冒険家の方を見る。すると冒険家も同様に顔を赤く染めていた。
冒険家と探検家は一年ほど前に出会った。ダンジョン初心者だった探検家がダンジョン内で遭難し泣いていたところをベテランだった冒険家が助けたのだ。
危険を承知で宝やロマンを求めて様々なところへ向かう冒険家。
前人未踏の地へ調査に赴き記録することを生業とする探検家。
同じ『未知』というロマンを追い求める調べる職業である事、豪胆かつカンが鋭い感覚派の冒険家と繊細かつ理論派な探検家の真逆な性質が逆に相性がよくコンビを組んでいた。
相反する性格なため反発する事もあるが互いの良さを分かっているため大きな喧嘩にはならず仲良しな二人組である。
共に過ごすうちに内心仲間としてではなく異性として意識している事が増えどうしたものかと互いに一歩踏み出せなかった二人だが強烈過ぎる後押しに逆に固まってしまった。
「えっ。やめてくださいよこの初々しい感じ。調子が狂うじゃないですか」
「お前だって真っ赤になってモジモジしてるじゃねえか!」
軽口を言い合いつつも二人の視線は掲げられた『セッ○スしないと出られない部屋』という文字に行き着く。
「ほ、他に手段がないか探しましょう! 私達は冒険家&探検家! 手順通りに進むのも大切ですが他の道を探すのも仕事です!」
「そ、そうだな!」
互いに意識しまくりな中部屋の探索は続けられたが魔族の絶対的な密室に抜け穴はなく二人は困り果てていた。
「「…………」」
脱出の手がかりが見当たらず休憩しようとベッドに腰掛ける二人の間に気まずい雰囲気が漂う。というのもそのベッド自体がハート形でそういう事しますよ〜と全力で主張してくるからである。
「なあ」
「はい。なんでしょう」
「……お前男と寝たことあるか」
「……な、何聞いてるんですか! セクハラですよ!?」
冒険家の爆弾発言に探検家はジトリと非難の眼差しを向ける。冒険家は怒る探検家にまあ落ち着けと制しながら言葉を続けた。
「最終手段だが……必要な情報だろうが」
「そ、それはそうかもですけど……! そういう貴方はどうなんですか!」
「俺は昔ヤンチャしてたからな。遊びまくった」
「ふーん……ああ、そういえば行く先々で綺麗な女の人と知り合いでしたもんね。モテる男は辛いですねー」
冒険家の雰囲気からなんとなく察してはいたもののいざ本人の口から『女』をよく知っていると言われると無性にムカムカして棘のある言い方になってしまう。可愛くない反応しちゃったなと探検家が落ち込んでいると冒険家はむしろ嬉しそうに笑っている。
「なんだ妬いたか」
「は、はあ!? なんで私が貴方の女性遍歴聞いてヤキモチ妬くんですか! 別に私は……私は………………………………」
別に貴方の事なんて、と言うつもりだったはずなのにその言葉が喉に突っかかって出てこない。どうしようと困った探検家は枕を抱えて誤魔化すようにゴロンと寝そべる。
「お前は本当に分かりやすいな」
「……」
「お前とコンビ組んでからは女遊びはやめたんだ」
「……どうしてです?」
「女とヤラしい事するよりお前といる方が楽しかったからな」
探検家に寄り添うように冒険家もベッドに寝そべる。子どもをあやすように頭を撫でられ探検家は唇を尖らせつつもされるがままにしていた。
「なんですかそれ。私だって女なんですけど」
まるで女扱いされてないような物言いに探検家は枕から顔を出し冒険家を睨む。とはいえ探検家の顔立ちはどちらかというと幼い方なので睨んでも仔猫の威嚇程度の可愛らしいものだった。
「分かってるさ。ただ……人って本当に大切なモンには臆病になるもんなんだな」
「……? なんの話ですか」
「お前が好きって事だ」
「へっ……!?」
「昔の女にも言われたよ。アンタが手を出してないなんて信じられないってな」
「……どんだけ手を出すの早いんですか貴方」
「いやー、そういう気安い奴を選んでたのはあるな。別れた後も後腐れなく会える感じの」
「……最低です」
「だな。あの頃は若かった……」
「今も若いでしょうに」
自分とたいして歳が変わらないのにと呆れるがそういうダメなところも、いざダンジョンでは頼れるところも自分は惹かれているのだと探検家は思っていた。
「……そういえば言い忘れてました」
「おう。なんだ」
「……私も好きですよ。貴方の事」
「……っ……」
好きと言われたのに返事をしてなかったなと探検家が恥じらいながらも好きだと伝えると一拍置いてからズシリと重みを体で感じた。その重さは冒険家のものであり覆いかぶさられたのだと気づき慌てる。
「えっ、ちょっとなんですか急に!?」
「うるせえ! 煽りやがって!」
「はい!? そっちが勝手に発情しただけで……んー!!」
理性というには割と脆いなけなしの冒険家の理性を無意識に粉砕した探検家は抵抗をする間もなくあんなことやそんなことをされたのだった。
◇◇◇
「俺が何で冒険家になったか前に話したよな」
「はい。誰も見つけたことのない宝を見つけるためだーってよく酒場で酔っぱらいながら言ってますよね。耳タコですよ」
色々と一段落しベッドでゴロゴロと寝そべりながら二人は穏やかに話をしていた。冒険家の達観したような表情に探検家はこれが賢者モードってやつなのかな……と少し失礼な事を考えていると。
「……まさかこんな近くに宝があったなんてなあ」
「………………ななななな何キザっぽい事言ってるんですか!」
からかうようにポンと頭に手を乗せられしどろもどろになる探検家に冒険家はキスをする。するとますます赤くなるのでこいつといると退屈しねえなあと冒険家は思うのだった。
それからしばらくして部屋を出た二人は適度にイチャイチャしつつも名を馳せたという。その際に酒場で変なダンジョンがあったとセッ○スしないと出られない部屋の事を話しますます噂が広がったそうな。
そして冒険野郎は「なんでそんな事話しちゃったんですか!!私達がそういう事したって広まっちゃうでしょう!!」と探検家な奥さんに怒られたそうな。
◇◇◇
「居心地のいい停滞した関係性を掻き乱すのは楽しいですな〜」
二人が無事結ばれたのを確認し淫魔キブリーは「遊び慣れた冒険野郎と真面目で経験はないが本質的には好奇心旺盛な子の絡みは良いですぞ〜」と満足そうに頷いた。
『その台詞だけ聞くと凄く悪い奴みたいですね……』
「まあ魔族で淫魔ですからなあ。善い存在ではないでしょ」
『それはまあ……合意なしに拉致しているわけですからね。私も協力しているので同罪ですが』
「そうそう。俺達は同志ですぞ」
『はいはいそうですね』
「なんかお母さんみたいに流された!?」
水晶玉の塩対応に涙目になりながらもうざ絡みするキブリーなのであった。