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第11話 大鏡谷リスタート 前編




私が生まれ育った街は、桜木町と言う街だ。


九州では最大の都心の真ん中に位置する。



だが、その割には所々やたらめったら緑の多い場所で


不気味な心霊スポットや神聖な場所が多かった。



家の軒先で子供の入学祝いに記念写真を撮った新築戸建を建てたばかりの家族が出来上がった写真を見て、翌月に転居して、売り払った事もある。


写真の……わりとセンターよりに、がっつり軍服姿の男が敬礼して家族に混ざっていたのだが、一体、何のつもりだったのか。



お陰で人気の住宅地であるにも関わらず、ところどころに空き家や手付かずの場所がある。 




4年前、大鏡神社の傍にある社宅を出て、父の故郷に帰ったが、また此処に戻ってきた。



此処は、九州。


都道府県は福岡。



場所的には、都心部のど真ん中に位置する。



今は、同じ校区内でも、桜木町の隣に位置する大鏡谷に屋敷を与えられ、住んでいる。



桜木町は、直径2キロの水上公園やその土地の元藩主の天守閣跡地があるのに、かたや、同じ町内に検察庁や科学館や小規模商業施設があった。


かたや今の大鏡谷は、車や人が賑わう道路を外れると鬱蒼とした雑木林や墓がある。


墓は太平洋戦争中の戦没者を追悼するもので、広場は近辺の遠足下校時の解散場所によく使われている。


何が言いたいか、と言うと、そんな場所で、私は、日々現実に起こり得る事のない不可解に包まれた日常を送っていると言うことだ。



解けない呪いと、カミサマやよく得たいの知れない人外のストーカーに苛まれながら。




髪の先が真っ白になった呪いは、未だ解けない。




当初、私の髪を切り落として、呪った張本人のキツネ神、稲荷のこがねとそのキツネに憑かれた狐憑きの神社の宮司 宇賀神 柊は、確かに私を呪って、神社の本殿で私の髪を隠し持っていたが、先日の誘拐騒ぎで身元が明らかになり、一族根絶やし寸前の憂き目の最中、私の髪を何者かに奪われたと言うのだ。


元々、みんなが、みんな、あの日からおかしくなって、いたと宇賀神 柊は言っていた。


誰かに、操られるように、仕向けられて、私を狙ったと言う。


私の呪いを解くべく、私の髪の在りかにたどり着いたとき、私の髪のある場所には、件のこがねを死に至らしめようとした別な呪いが仕掛けられていて、りゅうが髪をしまっていた箱を取り出した瞬間、破裂したのだ。


りゅうは、平気だったが、傍にいたこがねと宇賀神 柊は、そうは行かなかった。



でも、宇賀神 柊を庇って一人で、破裂した呪いを背中に受けたのだと言う。



氷室さんは、呪いを解こうとして反対され、りゅうに最初に私達が合流した監禁場所に弾き飛ばされて、柚木崎さんに迎えに来てもらう羽目になったのだが。


りゅうに、何故、こがねの呪いを解くのに反対したのか、尋ねたら。


「お前の様なやり方は、知らん。 呪いは砕くのは容易いが、呪われた者を無事なままに破るのは、そうは行かん。お前にかかった呪いが解けんのに、何故、俺の所有物であるお前を奪おうとした不届きモノのそいつの呪いを解くものか」


それで、りゅうはこがねを見殺しにしようとしたのか。


ってか、私はお前のモノではない。


断じて。




「そもそも、穢らわしくてつい⋯⋯、な。  それに、あれの対処は思い付いても身代わりに受けて、自爆をもって破る位しか術がないものを。  お前は、呪いの理(ことわり)に直接働きかけ、それを否定し、拒絶して砕いた。 身体に一部障りは出たが、あんな掠り傷で普通は出来ん。 俺の足元に及ばないにしても、こがねはカミで、そいつは死にかけたのに、お前は平然としていたがな。正直、俺でも、焦った」


りゅうはそこまで言うと、突然、私に怒りだした。



「龍一も阿呆だが、お前は大馬鹿だ。 二度と、するな。 お前が他の者の為に、命を投げ出すなら。   お前の目の前の生きとし生けるものを全て消してやる。 限りある命を選んでおいて、その上、それを投げ出して、今すぐ消えてしまう位なら、お前を喰ってやる。 消えるなら、俺の腹の中で消えていけ」



超絶ながったらしい、お説教と脅迫を喰らってしまった。


肌がぴりぴりする。


威圧感が半端ない。



「それは、嫌だ」



私がそう肩を震わせて声を荒げると、氷室さんがりゅうに言った。



「りりあを怖がらせるな。 俺は、約束を果たしている。 お前も果たせ」


「りりあは、俺の名を呼んだ。だから、此処にいる」


そう言って、あくまで食い下がる姿勢のりゅうに氷室さんは更に言った。



「ああ、りりあは、確かにお前の名を呼んだ。だが、呼んだのはお前の名でも、【りりあが呼びたかったのは、俺だ。】 違うか? りりあ」


氷室さんにそう言われて、私が力強く頷くと、りゅうは空気に溶けるように消えた。


氷室さん、私の気持ち、分かってくれてたんだ。


氷室さんに来て欲しいって。


分かっていたなら。





あの時、ドラゴンゲートで助けに来てくれてから


少なくとも2回は氷室さんと名指しして呼びかけたのに


無視しないで欲しかった。



それが、4月の半ばの出来事だった。





庭先の一区画に咲いた紫陽花がまるで打ち上げ花火の最高潮みたいに満開だ。


初夏の訪れを感じる。


季節は6月。


此処に来て2ヶ月があっという間に過ぎてしまった。


今日は、土曜日。


私は庭に出て、家庭菜園に精を出していた。


今は、プチトマトとオクラとキュウリの苗床を作っている。


夏野菜の季節に、自分の作った野菜が食べたいからだ。



「りりあ」


リビングの窓が空き、氷室さんが顔を出して来た。


今日は、書斎で仕事があると、10時頃から来ていた。



「何でしょうか?」


「終わってからで良い。 財布を持ってリビングに来てくれ」


「はい」


私は、作業を終えてから、部屋に戻り、財布を持って。

氷室さんの指示通りにした。


なのに、氷室さんは、超絶不機嫌になった。



「りりあ、お前は」


「何ですか?」


「もっと、まともな財布を持っていないのか?」



は?


スマホで大抵のものは買えるが万が一、必要になる事もあるだろう、と。


氷室さんに財布にお金を入れておけ、と言われ。


リビングテーブルに几帳面にお金を次の通りに整列させた。


5千円 1枚 千円札 4枚 5百円玉 1枚 百円 4枚 五十円玉 1枚 五円玉1枚 1円5枚。


私の所持金見込みオールスターズ。


それを長年(6年)愛用している財布にしまおうとしたら、氷室さんは私の財布を見るなり、この言いぐさだ。


この仏頂面だ。


解せん。



「氷室さんの言う……まともな財布の定義とは?」


「最低限、カードを5枚は収納できて、何より、せめて札入れと小銭入れが独立した物だ……」



理解した。



「全ての要件を満たしてませんね」



氷室さんに、昼食を済ませたら、モールに連れて行くから、出かける用意をするよう言われて、そのと通り、出かける間際になって、更に驚くべき事を言い出した。


「りりあ、お前は学生鞄以外に、鞄、又は、バッグを⋯⋯」


「私の渾身の余所行きバッグを貶さないで下さい。両親が中学の卒業祝いに買ってくれたのに⋯⋯」



私は大好きなアニメのマスコットの顔全体がバッグになったそのバッグを胸に抱きしめた。


「それは、悪かった。  だが、その記念の品は部屋に飾っておけ。  財布のついでに、年齢に合ったバッグを買い求める。異存はあるか?」


「ありません」


氷室さんの言葉を、氷室さんの最大限の気遣いと、私は受け止めた。


部屋の壁掛けに件のバッグを飾って、家を後にした。






「りりあ」



氷室さんに連れてこられたモールで、柚木崎さんに声をかけられ、氷室さんと立ち止まった。


氷室さんは何故か、いつもなら比較的友好な態度を取る柚木崎さんに珍しく顔をしかめているので、私は戸惑った。



「柚木崎、何故、此処がわかった?」


「え、偶然じゃ駄目かな」


「言葉じりが駄目でしかない。隠す気がないのが、悪意じみているじゃないか?」


「まぁね。 前にも言ったけど、もう、遠慮はやめたんだ」



そう言うと、柚木崎さんは私の手を引いた。



「氷室さん……りりあを借りるね」


「りりあに聞け。俺は、りりあが財布とバッグをここで揃えれば、文句はない」



「だってさ。 りりあ、行こう」


「氷室さん、行ってきても良いですか?」


「柚木崎なら、良い。お前の好きにしろ」


「はい。 じゃあ、柚木崎さん、良いんですか? 私、買い物があるんですけど」


「勿論だよ」


氷室さんは、さっさと喫煙室に向かって歩き出して、こっちを振り返ることなく去って行った。


柚木崎さんは当たり前のように、私と手を繋いだ。


指を交差して繋ぐ、俗に言う、恋人繋ぎではないか。


まるで、恋人同士みたいじゃないか。



「りりあ、まずお財布をみようよ」


「はい」


「僕、オススメがあるんだ」


柚木崎さんがそう言って、連れてきたのは、何の水だろう?と首をかしげる横文字のブランド店で、紫陽花の花のような紫色の革製の財布を選んで来た。



「蝶のバックルが女の子らしいとおもわない。カードホルダーも使いやすそうで、長財布より折り畳みの方がかさばらなくてさ」


正に勧める通り、使いやすそうで。


色も好みで、手触りも良いし、蝶の羽にキラキラ石が打ち込まれているのが、とてもお洒落で可愛いのだか、値段を見てびっくりした。


お米が100キロ買える値段だった。



「予算が……ちょっと」


スマホアプリに常にチャージ上限にしてあるとは言え、自分の想像の遥か高みにある、これは。


「僕が買うから」


「えっ、駄目ですよ、そんなの」


「ダメなことないよ。 何もないから。 これにしよう」



あっという間に、お会計を済ませて持たせれてしまった。


ヤバい。


氷室さんには、買ってこいと言われてきたのに、買わせてしまった。



「次はバッグだね」


あれよあれよと言う間にバッグも、柚木崎さんが買ってくれた。


確かに、可愛くて好みだったが、値段が財布とまた桁違いの高級品だった。


シンプルなデザインの黒のバックだかDとかIとかOとかRとかじゃらじゃら金具が着いていて、凄く気に入ったが。


お米が1000キロ買える気がする値段だった。


さすがにアプリの決済上限越えたのではないだろうか。





「よし、買い物も出来たし、屋上行こうよ。観覧車があるんだ」


確かに、このモールには観覧車があったが、そんなの乗れるなんて、乗るなんて思っても見なかった。


「あぁ言うのって、トモダチ……とかじゃなくて、恋人同士で乗るものでは?」


「りりあは、僕の恋人だよ。 でも、りりあは違うの?」




は?



え?



はぁぁあ~!!



固まる私に、柚木崎さんは、私の頬に唇を寄せた。



「柚木崎さん、あの……」


「やっと、一緒に居られるんだ。  行こう」



いや、えっと、私、いつから。


柚木崎さんの恋人になったのだ。



観覧車の所でチケットを購入し、乗り込んで。


私は更なる、不可思議事態に頭を抱えた。


観覧車って、ゴンドラと言う両サイド2.3人ずつ向かい合って座って乗れる乗り物じゃないか。


そこに、二人で乗ろうって言うなら、あれだ。


「柚木崎さん、あの、質問良いですか?」


「どうしたの? 何か疑問があるの?」



いや、強いて言えば、疑問しかない。


「はい、割りと、結構、色々あって、かなりの質問事項が渋滞中です」


「そうだね、折角の二人の時間だし、りりあの疑問を教えて。 全部、答えるから、よく僕を見ながら聞いて」



言われなくても、此処には柚木崎ならしか居ないんだから、人と話をする時は、相手の見を見て話なさいってよく言われるし、見るものだけれど。


「じゃあ、一つ目です」


「うん、何かな」


「えっと、この定員6人のゴンドラで、柚木崎さん、何故隣に座るのかな?って」


「りりあの隣に座りたかったからだよ」



理由、簡潔に答えた。


そ、そうか?



「ありがとうございます。 では二つ目です。 私と柚木崎さんは恋人同士なのでしょうか?」


「君が僕の事、恋人だとおもってくれてるなら、そうなるよ。 僕は君を恋人だと思ってる」 


恋人って、異性と付き合っている二人の事だと思っていたが、ちょっぴり違うらしい。


私は、柚木崎さんの事、好きだが、恋人とは思っていなかった。


だからと言って、柚木崎さんのキモチに嫌悪が在るわけではない。


違和感を抱いていたが、今の説明でそれは、納得できた。


「ありがとうございます。 三つ目です」


「りりあ、僕のフェスネィテイティブ、平気なんだね」


え、なにその横文字。


私が呆気にとられていると、柚木崎さんは、笑いながら私の頬に触れて、自分の方に私の顔を向かせて顔を近付けて言った。



すぐ目の前に、柚木崎さんの鼻先が触れんばかりの距離で。



「僕、ずっと君に魅了をかけているのに、全然、酔ってくれないんだもん。 やっぱり、トクベツ何だね」


「よく分かりません」


「僕、君が我慢できなくなるのを待ってたんだけど」


「何の我慢ですか」


「僕の事が欲しくなって、抱きついたり、キスしたり、もっと色々、してくれるって、期待してた」


ん~、無いかな。


柚木崎さんと二人きりで、ドキドキはしてない事もないが。


今の私は、至って平常で。


キスしたり、抱きついたり、ましてや、それ以上の事を望んだりしていない。



「ご期待に添えず、申し訳ないです」


「あはは、いっそ、ますます好きだよ。 おかしいな、僕さ、君の事、こんなに好きになるつもりなかったのにさ」


「えっと、どう答えて良いか。何と受け取って良いか、分からないです」


「そうだね。 僕さ、生身の君ときちんと会ったのは、君を迎えに行った日が初めてだったんだ。  りょうの存在にくっついて行動してるだけで、それまでは、神レベルで振る舞う君の事もレンズサイドで起こることも遠巻きに見ていた」


神れべるで振る舞う私ってなんだ。

暴君みたいだったのか。


「神になれなかったヒトがさ、この地には、君の他にも何人もいて、そのうちの一人が僕の母親だった」


「柚木崎さんのお母さんも、神になりたかったんですか?」


「いや、なりたくなかったよ。 あやかしに連れ拐われて、放り込まれたんだ、行ってはならないところまで。素質がなくても、力尽きて朽ちた骸は、高価な獲物だからね。 力なきものも時には獲物になることがあって、連れ拐われて命を落とすことも含めて、神隠しって言うんだ。」


「私、たまに、人から神隠しにあったとか、神隠しの子って言われますけど? 生きてます」


「君は完璧に神になれたのに、自らの選択で神になることを拒絶した。 だから、生身で戻ったんだよ。 菅原先生みたいには、ならなかった」


千年前に呪いで死んで、神になったと言ってたけど、神になる必須条件なのか、死ぬことは。


「神になると、死んじゃうんですか?」


「生きたまま、神様になった人を僕は知らない」


「りゅうとりょうは?」


私が尋ねると、柚木崎さんの居る反対側の窓の外から声が聞こえた。




「俺とりょうは、神じゃない。 龍だ」




しまった。


やってしまった。


そう思ったが、もう遅い。






また、服を着ていない。


「お風呂以外で、服を着るって約束したじゃん」


「面倒だな」



りゅうは、以前着ていた服装を一瞬で身に纏った。



「りゅう、出てきたら、ヒッキーが怒るよ」


「呼ばれたから、来た。りりあが呼んだのに、来ない訳にはいかないだろう」



思わず、それは、申し訳なかった。


どうぞ、お帰りなさい下さいが本音だった。


だが、不躾に呼び出しておいて、それは、あまりに横柄だと思えて、言えなかった。


「えっ、りょうも、龍なの?」


「う~ん、正確には、龍になれない、龍の子供って言うのが正しいかな」 


「龍になれない、龍の子?」


私が首を傾げると、りゅうが言い分を補足して来た。


「龍から生まれるものが全て龍になれる訳ではない。 俺は純血の龍。 りょうは、人の娘が産んだ龍人。 俺の異母兄だ」



異母兄弟だと。


「えっ、じゃあ、ヒッキーと柚木崎さんも」


私がわなわなしてそう口走ると、三人が声を合わせて冷ややかに「違う」と突っ込みを入れた。



「俺は、頼まれてアイツの魂に入り、りょうも頼まれて柚木崎の魂に入った。 長い寿命で楽しみを探して俺は応じた」


「りゅうは、何で僕の魂に入ってくれたの? りゅうと同じ理由?」



柚木崎さんがそう言うと、柚木崎さんと同じ服装のりょうが姿を表して、答えた。


「君のお母さんが真摯に、願う姿に心を打たれたんだ。 りゅうとは違うさ。 ごめんね、亮一」


「謝らないで、良いんだ。  ありがとう」


りょうが何故、柚木崎さんに謝るのか不可解だ。


「やっと少しは話が出来た。 まだ、話したいことはあるが。 そろそろ、俺は消えるとしよう」


「えっ、何で?」


私の質問に、りゅうはゴンドラの中に入り込んでため息を着いて言った。



「この箱が地上に着く場所で、此方を睨み付けているヤツに、文句を言われるのはかなわんからな」




げっ、まさか。


私は咄嗟に窓から下を見て愕然とした。


そこに、超絶不機嫌そうな氷室さんが待っていたからだ、






「財布とバッグは買ったのか?」


「はい……でも、買ったんじゃなくて、……柚木崎さんに買って貰ってしまぃした」


「柚木崎、領収書を出せ」


「氷室さん、りりあに僕が買ってあげたら、何でダメなの?」


「自分の持ち物は、自分で揃える。 まだ子供のうちは、人に買わせて済ませる事を覚えさせるのは、教育に良くない。 出せ」


「いや、でも……」


「出せ」



問答無用か、でも、自分で出したかったので、その申し出はありがたかった。


結局、二人は協議の末に、財布だけは柚木崎さんが買って良いという痛み分けに落ち着いた。



「領収書は、それぞれの箱に保証書の封筒に同封してるから」


柚木崎さんが氷室さんに領収書の在処をゲロっているのを尻目に、私は、とびきり魅力的なお店を見つけて、ときめいた。


チュロス専門店、ベアローズだった。



「チュロスだっ。 氷室さん、柚木崎さん、一緒におやつ食べましよ。今、3時な気がします」


私の言葉に、氷室さんは腕時計で時間を確認して、眉を細めた。


「随分、大雑把な体内時計だな。 今、2時半だが?」


「つまり、ダメですか?」


「時計を買ってからなら、良いが?」


「買いましょう」



急遽、時計を買いに行くことになり、柚木崎さんもついて来てくれた。



「僕、あそこのフランボワーズとピスタチオのチュロス好きなんだ」


「私は期間限定のミルクチョコとホワイトチョコのチュロスにしようかと」


私は、チュロス屋さんに行くのが楽しみで、あまり此れから時計を見に行く事に気持ちが行かなかった。


店内でいざ、どの時計を買うか、迷うまでは。


「えっと、この時計……が欲しいです」


「却下だ。ベルトが革だと防水加工していても、手洗いや水仕事ではずしたくなるだろう。 金属製の物を選べ。 風呂や温泉の時は外すが、シャワー位なら着けたままでも、問題ない」



じゃあ、最初に言って欲しかった。


さっきから、何回ダメ出しの雨あられだった。



可愛いキャラクターものは、年相応の物を選べ。


おまえは、小学生か? とか。



千円均一の腕時計は、電池式だから、駄目だ、とか。


日付のカウンターはあった方が良いが、温度とかごちゃごちゃ無駄に情報の多い時計は、邪魔で見にくいとか。


一つ一つ、腹は立つけど、正にその通りで腹が立つ。


「氷室さんの仰ることは、非の打ち所がなくて、正にその通りなんですけど。 私は、後、いくつの利点を氷室さんから引き出したら、自分が買うべき腕時計に行き当たるのでしょうか?」


「何が言いたい。回りくどい」


簡潔に言えと言うなら。


「氷室さんが良いと思う時計が私が買いたい時計です。 氷室さんのセンスで選んだ時計が良いです。 氷室さん、どれを買うべきか教えて下さい」



氷室さんは、目線である腕時計を見た。


これか。


私は、すかさずその時計のあるガラスのショウケースの中の時計に食い付いた。


「氷室さんも、充分、回りくどいですよ」


「うるさい、柚木崎」



私は、スタッフに声をかけて、腕時計を手に取った。


「これ、きれい」


シルバーボディに金の枠が組み込まれて、文字盤の回りにキラキラの石がちりばめられている。


日付のカウンターもついている。


時計店のスタッフは、この商品をイチオシしたいらしく、熱のある説明を述べる。


「ソーラー電池ですので、陽の光や照明で充電されるので、電池交換の手間もなく、防水もバッチリです」



値段、以外申し分ない。


やはり、米が100キロ位買えてしまう。



「柚木崎が財布だった。時計は、俺からだ」


素っ気なく言う氷室さんに、私は驚愕した。


「はっ?」


「これは、俺が買う。 文句は無しだ」


何でだよ。




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