「えっ、氷室さんじゃないですか?」
時計を買った後、念願のチュロス専門店 ベアローズにたどり着き、カウンターで接客してくれた店員さんは、氷室さんの顔を見てそう驚きの声をあげた。
若くて、優しそうな顔をした男の人だった。
「市丸さん、何故この店舗に」
「トライアル【試行施策】の一環で、系列会社の勤務シフトに入ってるんです。 夜は、本業のクラウンに居ますよ」
「そうでしたか」
他愛のない話の後、私達はチュロスを注文した。
柚木崎さんは、フランボワーズ。
私は、チョコ。
氷室さんは抹茶。
氷室さんは、全く何の迷いもなく決めていた。
さては、氷室さん……この店のリピーターか?
変な事に引っ掛かりを覚えつつ、提供されたチュロスを受けとり、テーブル席に着く。
私が一人で座って、反対側に氷室さんと柚木崎さんが席に着いた。
「氷室さんって、ここのチュロスよく食べるんですか?」
これ位の直球勝負の質問には、何の差し障りもなく答えるだろう。
そう思った。
「食べたら、悪いか?」
「いいえ、今後の参考に、氷室さんがあまりに迷いなく抹茶に決めてたから、そんなに美味しいのかな?と思って尋ねました」
決して
【こんな可愛いチュロス店に、足繁く通っているなんて事が事実なら、氷室さんにそうとう乙女な印象を抱いてしまうじゃないか?!】
と言う、邪な好奇心からではございません。
「飲み物、お待たせ致しました。はちみつレモンティーです」
さっきの店員さんが、お店のロゴの入った蓋付きの紙コップの飲み物をテーブルに並べて言った。
「市丸さん、お気遣いなく」
「いいえ、兄とソウさんがお世話になっていますから」
ん、ソウさんって、あっ、そうだ。
ソウさんは、ベアローズの代表取締役だ。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。⋯⋯また、寄らせて下さい。 この前のをもう一度いただきます」
「あぁ、気に入っていただいてありがとうございます。 あのはちみつレモンとブランデーのお湯割りですよね」
「ええ」
そう言えば、この店員さん、夜は本業のクラウンって言っていたが。
クラウンって、何だろう?
※
チュロス専門店ベアローズを出て、三人で歩いていると、初めてここに来た時のようだと、当時が懐かしく思えた。
「初めてここに来た時みたいですね。3人で居ると」
私の言葉に、柚木崎さんはすぐに答えてくれた。
氷室さんは、こっちを見向きもしなかった。
「そうだね。もう、二ヶ月も経つけど。懐かしくなるね。 ねえ、氷室さん」
柚木崎さんの言葉に、氷室さんは言った。
「まあ、そうだな」
柚木崎さんノ気遣いが嬉しかった。
もっと、三人一緒にいられたら良いな。
そう思った。
「ところでさ、僕もりりあとキスしたんだけど、りりあと付き合うのって、氷室さんの許可って必要ですか?」
ところでって、何のところだ!!
えっ、柚木崎さん、何言ってんの?
えっ、意味わかんないだけど。
( ゚д゚) はぁあああ〜
いや、キス、したよ。
したよ。
この前、確かに、私。
いや、されたが正しい。
不意打ちだけど、拒否しようと思えば、出来たのに、しなかった。
同意確認はなかったけど、結果的には、嫌じゃなかったし、アウトに限りなく近いセーフだと思ったけど。
何故、今、このタイミンクで、カミングアウトしてんの。
柚木崎さんの言葉に、氷室さんの全身が時が止まったかのように、静止して。
恐る恐る見上げる、氷室さんの表情までも固まっている事に、こっちが石になりたいと思った。
「……つき合う許可は、不要だ。本人の自主性に任せる。 無理強いしない限り、保護者として、干渉するつもりはない。だか、妊娠するような事は、別だ。 避妊はしろ。 りりあの両親に、会わせる顔もなければ、 未成年後見人としての、俺の立つ瀬もない」
あっ、喋った。
(´- `*) アレ……デモ、コノヒトモナニイッテクレチャッテンノ
氷室さんが、私の未成年後見人を自らかってでたのか、要請されたのか、強要されたのか定かではない。
だから、でも、多分、好き好んでなった訳じゃないとは、思うのだけれど。
最後の言い分が衝撃的過ぎた。
(´- `*) ニンシンシナケリャスキニシロッテ……
「氷室さん……言い方」
「お前こそ、場所を選べ」
いいや、二人とも、おおいに言い方と場所を選んで、そして何より、私に対する配慮が欲しかった。
柚木崎さんは突拍子ないし、氷室さんは容赦がない。
※
【この場所から、消えてなくなりたい。】
それが叶わないなら。
せめて、一人になりたい。
無性にそんな気分にかられて、強く念じた。
そしたら。
こんな馬鹿な事ってあるか?!
気が付いたら、本当に一人ぼっちになっていた。
此処、何処だ。
今までいたショッピングモールの中じゃない、景色もお店も全然違う。
広い商業施設に居たはずなのに、スーパーマーケットみたいな売場に立っている。
辺りを見回すと、ケーキ屋さんやフラワーショップが分譲している。
ん?
フラワーショップ 神木って、看板。
あっ、遥さん。
この前、会った鏡子ちゃんのお父さんじゃないか。
思わず私は、店に背を向け歩き出した。
一人になりたい。
そして、何より、きっと見つかったら、氷室さんに通報される。
「ママ、モンブラン買って」
「プチクラウンのフルーツ飴買って」
「お外のメリーゴーランド乗りたい」
土曜の夕方、子供連れの会話を聞きながら、行く当てもなく歩き出す。
これからの事を考えよう。
暫く、時間を潰したら、帰るから。
今は一人になりたい。
「ネエ……オイシソウ」
「オイ、チョツト……コツチ」
「ウマソウ……」
背中がずんっと重くなる。
まるで何かが乗っかるような。
「ナラクニヒキズリコンデ……クッテヤル」
足首を掴まれて、地面に引きずり込まれるような。
「ウルサイ……かんながらたまちはえませ」
背中が軽くなり、足首から束縛が消えた。
男だったっけ、この呪文。
この前、不意に思い出したが、思い出したのは呪文と使い方だけで、後は全く思い出せない。
ふらふらと売場を徘徊していると、突然、背後から声をかけられ、背中を震わせた。
「嬢ちゃんじゃねえか?」
この声は、そう思うと咄嗟に声のする方に振り返っていた。
そこには、三歳位の男の子を肩車したソウさんが立っていた。
「ソウさん!! えっ、その子、息子さんですか?」
「あぁ、 息子の駆【かける】だ。 今日は一人で夕飯の買い物か?」
「えっ、あぁ、まぁそうです。 えっと、ソウさん。 此処って、何処ですか?」
「は?」
ソウさんは、目を丸くして、桜木町でソウさんが設立に携わったチェリーブロッサムと言う桜木町の中心部に位置するスーパーマーケットの中だと説明してくれた。
「自分が住んでる街で迷子になるって、もう2か月になるってのに、筋金入りの方向音痴だな」
否、それはちょっと違うもん。
だってさ、私が氷室さんと柚木崎さんと居たのは、ここから車で20分くらいかかる海沿いの商業施設だ。
そこから、気が付いたらものの5分もかからず此処に居る訳ないもん。
よって、方向音痴ではなく、無差別無自覚長距離移動だもん。
氷室さんと柚木崎さんと離れたいって、思ってたら。
桜木町まで戻って来てるなんて、驚き過ぎる。
「で、何かあったのか?」
「へっ?」
「声かける前にすれ違った時、浮かない顔してたぜ、嬢ちゃん」
「えっ、いいえ。……そんな事」
ありまくりなのだが、言えないよ。
私は無理に笑ってごまかそうと試みた。
ソウさんは、私の顔をまじまじと見て、にこっと笑って言った。
「氷室さんと喧嘩でもしたのか?」
「ひっ!!」
おもいっきり、仰け反ったリアクションを見たソウさんは、笑い出した。
「ははっ、まさかのビンゴかよっ。 相変わらず、わっかりやすいな」
「ううっ」
思わず呻き声をあげてしまった。
「パパ、あもちろいの?」
ソウさんの息子の駆君は、不思議そうにパパに尋ねた。
「駆、お外でメリーゴーランド乗ろう。嬢ちゃんも来いよ」
「はい」
私は、ソウさんに頼まれて、駆君とメリーゴーランドに乗って、次に今度は、三人で、隣の観覧車に乗った。
何で、スーパーの屋外に、観覧車とメリーゴーランドがあるんだろう。
今日、2回目の観覧車だ。
「氷室さん、心配してたぞ」
「えっ」
「何か知らねえけど、お前にきついこと言って、その後、お前が居なくなったって」
「……私が駆君とメリーゴーランド乗っている時、聞いたんですか?」
「あぁ、でも、心配すんな。場所は、教えてねえ」
ソウさんのせめてもの配慮に私は、心からほっと胸を撫で下ろした。
まだ、氷室さんの顔を見れるほど、気持ちが収まっていない。
「ありがとうございます」
メリーゴーランドは、私に気取られず、氷室さんに事実確認するためだったなら。
さしずめ、観覧車に乗った本当の理由は、話の途中に私が逃亡しないようにだろうか?
「此処のメリーゴーランドと観覧車な、セイの夢だったんだ。この前、会ったんだろ? どうだった?」
「えっ、あっ、この前はありがとうございました。私、とても楽しかったです」
「そりゃ良かった」
「セイさんにも会えました。会えて、良かったです」
「だろう? 嬢ちゃんと気が合うと思ったんだ」
ソウさんは、ゴンドラの外を見て、指を指した。
「俺は、帰らねぇといけねえから、ここまでだけど、アイツに頼んでっから、帰りたくなるまで、行ってこいよ」
「えっ」
何の事だ。
ソウさんの指差す先に、この前、レストランで私を励ましてくれた、セイさんが此方に向かって歩いて来ていた。
※
「氷室さんと喧嘩したんだって? 大丈夫?」
「はい、ご迷惑をおかけしてしまってすみません」
「良いのよ。丁度、実家に里帰りしてたから、すぐ近くなの。コーヒー飲める? 私が生まれる前から、自分の結婚式の引き出物に手漕ぎのコーヒーミル配るような父が、やたらめったらコーヒー淹れたがる所なの」
「あ、私、セイさんのコーヒー、是非飲みたいです。一度は別れたソウさんの奥さんの恋心を蘇らせた奇跡のコーヒー」
「う~ん、ソウの奴。……まぁ、分かった。なるべく、私が淹れられるよう試みてみるね」
セイさんは、複雑そうにそう言ってくれたが。
5分ほどでセイさんの実家にたどり着くや否や、セイさんのお父さんの是が非でもコーヒーは自分が淹れたいと言う熱意に負けて、夢は叶わず。
セイさんのお父さんのコーヒーのご相伴に預かる結果となった。
「いやぁ、高校生でも、コーヒーが好きなんて、味がわかる子だ。セイなんて、牛乳どっぷり入れてなあ?」
「お父さん、他人の嗜好を揶揄するのは、野暮だよ。牛乳たっぷり入れようが、ブラックだろうが、加糖だろうが、それは自由だよ」
二人を見ていると、自分と父が少し前までそうしていた頃と重なって寂しい反面、心地よかった。
暫くして、セイさんのお母さんが慌ただしくリビングに駆け込んで来た。
「セイ、竹中さんが救急車が来てるのに、あんた呼んでて、乗ろうとしないの。 もう、あの人はっ、 ちょっと来て」
えっ、竹中さんって、あのスキンヘッドのおじさんじゃないか。
そう言えば、さっき救急車のサイレンが間近で聞こえた後に途絶えたが、それか。
何かものものしい感じで、一同、外に出た。
「裏の山口さんとこの柿の木切ってたら、脚立が折れて、多分、竹中さんの足も折れてるみたいなのよ。 あんた、午後、あそこの庭の手入れ手伝ってたでしょ。夕方になって、一本切り忘れがあったから切ろうと思ってやってたらしいんだけど。 その一本がなかなか折れなかったって。どうしても、今日ここまではやるって聞かなくて」
なんて、頑固なんだ。
「あそこ、足場悪いから、よく怪我するよね」
「そうなのよ。もう、足が折れてたら、枝は折れないからって、説得したのに、今日、セイが居るうちに切っときたいって、柿の木にしがみついてるのよ、もう。 どうしても、電線に当たりそうな枝を、後一本だけ切りたいって」
その執念、すさまじいな。
でも、何で、セイさんが居るときが良いんだろう。
※
私は、現場の山口さんとやらの家の裏庭の柿の木を前に、衝撃を受けた。
救急隊員に肩を掴まれながらも、木にしがみつく竹中さんの隣に、白い浴衣のような、死装束の様な服を着た黒髪の10歳位の少年が立っていたからだ。
「君、僕がみえるの?」
【見えるけど、私だけ、見えてるんだったら嫌だな】
「僕は、君と、後、うっすらだけど、もう一人、たまに僕の枝を折ったり、柿を取りに来る子しか見えない。 腕が痛い。 怖いんだ。 何でボクを切るの?」
【いや、私、喋ってないのに、何で会話が成立するのか。 まぁ、えっと、電気って言って、ビリビリして、火花が危ないから、後一本だけ枝を切りたいんだって】
「僕の事、切り倒したりしない? 僕……を邪魔者扱いしない?
時々、邪魔だ。 祟るから、不気味だって……声が聞こえるんだ。 みんな嫌いだ」
木々が風もないのに揺れた。
「ねえ、竹中さん。 この木って、枝を折ると祟られるの?」
急に話しかけてきた私に竹中さんは目を丸くしたが、答えてくれた。
「嬢ちゃん、何で此処に?」
「セイさんのお家にお邪魔させていただいてて、この柿の木、何か怖がってるなっ……思ったんです。教えて下さい」
「あぁ、ここな。 柿の木を手入れする度に、ここの家族や庭師が何人も怪我してんだ。 祟られるって言われてるが、此処に住んでたばあちゃんはこの木を大事にしてた。セイも好きだったから、セイが居るときなら……って思ったが、最後の一本が残ってる。ばあちゃんの息子が木の手入れが出来ないなら、切り倒すって言うんで、切らない訳には行かねえんだ」
いや、枝を折って人の骨を折るなら、切り倒したりした日には、何が起こるか分かったもんじゃない。
「後、一本、枝を折れれば、木は残せるの?」
「あぁ、そう言う約束だった」
「柿の木の事、みんな嫌いなの? 祟られるから、不気味なの?」
「嫌いな奴も居れば、そう言うこと言う奴もいる。けど、俺やセイにとってはばあちゃんとの思い出の詰まった枝振りの良い、甘い柿がなる大事な木だ。 誰にも文句は言わせねえ」
じゃあ、それを是非とも、伝えてあげないと。
【ねえ、柿の木さん、お願いします。 あの線に向かう枝だけ折らせて下さい。 確かに貴方を嫌う人が居るのは事実です。 でも、アナタがうっすら見えてる人とアナタが見えないけどもう一人少なくともその人の二人は、アナタを守りたいと思ってます。 どうか、その枝だけ切らせて下さい】
心の中でそう柿の木の少年に心の中で語りかけると、少年は目を丸くして、小さく溜め息を着いた。
「アナタがどちらの何様か存じませんが、お心遣い痛み入ります」
バキッと、音を立てて、突然、件の枝は、根本から折れて、奇跡的に木の下にいた誰も傷付ける事なく地面に墜ちた。
「もし、良かったら、今後、枝を落とす時は、アナタが傍に居てくれたら」
【良いよ。暗闇で腕を居られるのは怖いもんね】
「ありがたい」
※
「さっさと乗って病院へ行けっ」
セイさんのご両親が声を合わせて、竹中さんに吠えた。
「分かってら」
そうして、件の枝が折れた事に本懐を遂げた竹中さんは自ら足を引きずりながらも、無事、救急車に乗り込み、搬送されて行った。
一件落着し、セイさんの実家に帰る最中、私はセイさんの家の近くの駐車場にとんでもないものを見つけて、下を向いて玄関に上がった。
だが、その衝撃の事実は、リビングに帰るなり、姪っ子を片手に夕飯をねだるセイさんの妹の登場にかき消された。
「お姉ちゃん、お腹空いたって息吹ちゃんが泣いてるよ。 そして、私のお腹も夕飯が恋しくて鳴いてるよ~。 折角、帰って来たんだから、腕によりをかけて作って良いんだよっ、今日の夕飯、何?」
「親子丼だよ、待って、すぐ出来るから」
「つやつやした桃色と紅く輝く方すかっ?」
親子丼が桃色だったり赤かったら、それは生焼けじゃないか?
と思ったが、仰天。
イクラとトロサーモンは確かに親子だ。
「さて、もう少しでおすましも出来るし、テン、息吹のご飯終わった?」
「鶏の親子丼完食しております」
「ありがと。 配膳お願い」
「私も手伝います」
そう、申し出たが、セイさんはそれを断ってきた。
「ごめん、りりあちゃん。 アナタには、別なお願いしても良い?」
えっ、セイさん。
私の名前、呼んだ。
とてつもなく驚いたのだが、セイさんの次の言葉に私はそれ以上驚いてしまった。
「はい。 何をしたら良いでしようか?」
「家の前の駐車場で張り込んでいる人達、連れてきて」
セイさんも気づいていたとは。
ソウさん、居場所は内緒にしてくれるって言ったのに。
って言うか、人達って、複数?
「ソウが貴方が氷室さんに会いたくないから、場所は教えてないって説明してたけどさ。 自分、これから用事あるから私に頼むとだけ、伝えたってさ。⋯⋯詰めが甘かったのよ。 ソウったら、もう」
「えっ」
「氷室さん、私の実家知ってるの。前に、この家の向かいが火事になった事があって、とばっちりでうちの家も一部屋駄目になった時、保険の手続き手伝ってくれてね。 そんで、私の居所って、自宅か、実家しか無いでしょ?」
「はい」
確かに、そうだが、どうやって特定したんだ。
家の中に入ったら、どっちに居るか分からないし。
外出している可能性だってある。
「もうね、笑っちゃったよ。家に、『今日、お宅の上のお嬢さんいらっしゃいますか?』って電話かけて来たらしのよ。 この家の子供って私と妹の二人でさ、10分位で戻って来るって答えたのよ、父さんが。 そしたら、さっき外に出たら、氷室さんの車あるし、何か助手席にも人いたけど、氷室さんがずっと仏頂面でコインパーキングで車の中から見張ってたら、怖いじゃん。 ご近所さんが。 夕飯、一緒に食べよう。 貴方が もう、大丈夫なら」
お、おう。
⋯⋯、うん。
もう、大丈夫だ。
「行ってきます。えっ、でも、氷室さんだけじゃないって?」
「うん、助手席にも誰かいたよ。誘ってあげてね」
※
セイさんの家を出て、直ぐ側のコインパーキングに行き、車に近付くと氷室さんが運転席で私を見つけて、しらじらしく私の事を空気を見ている様に無視して、沈黙していた。
助手席には、柚木崎さんも居て、柚木崎さんは、すぐに車を降りて駆け寄って来た。
「りりあ」
「柚木崎さんまで、待っているなんて思ってませんでした。ごめんなさい。私、気が付いたら、変なところに居て。でも、まだ、待っているなんて思って無くて」
「急に居なくなって、無事で、大丈夫だったって聞いても、だからって、帰れないよ」
「ごめんなさい」
「会えて良かった。 もう、良いの?」
「いえ、駄目です」
私が柚木崎さんと話していると、氷室さんが運転席のドアを開けて、降りず声をかけて来た。
「夜に騒ぐな、車に乗ってから話せ」
いや、車に乗っている暇はない。
私はセイさんに、車に乗っている不審者を根こそぎセイさんの元に連れてくる使命を担っているのだから。
「出来ません」
私の言葉に、氷室さんは、車を降りて来た。
「このまま、帰らない。 まさか、そのつもりで来たのか?」
「そうです。わたし、セイさんの家に、ふた⋯⋯」
二人を呼びに来た。
食事のお誘いを受けているから。
そう言いたかった。
でも、言葉が出なかった。
氷室さんが私の手首を強く掴んで、力を込めて握り締めたから。
「痛⋯⋯い」
「帰るぞ、いい加減にしろ」
抑揚ないが、言っている事が氷室さんにしては半端なく感情的だ。
「嫌、帰りたくない」
「わがままが過ぎる」
このまま、帰るなんてとんでもない。
「いやっ」
「りりあっ。⋯⋯お前が俺を嫌いでも良い、分かっている。だが、せめて、後、俺がお前の後見人でいるうちは、俺から逃げるな。 俺から離れるな」
えっ、ちょっと何言っているか分からない。
だって、私。
「⋯⋯私、逃げません。 違う……んです。 わたし、ここに二人を呼びに来たんです。 聞いてください。 あの、車の中でずっと待ってるとご近所さんが心配するだろうからって、氷室さんと一緒にいる柚木崎さんも、夕食にどうぞって。 あの、突然、居なくなった事は、悪いこと⋯⋯したって、私なりにちゃんと思ってます。ずっと待たせしまって、それも悪いって。でも、折角、セイさんが食事に誘ってくださっているので、一緒に来ていただけませんか?」
私の言葉に、氷室さんは咄嗟に私の手首を掴む手を離した。