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第13話 大鏡谷リスタート 後編



「りりあがさっき一緒にいた人達。 あの家族って、僕、何かすごく見覚えがあるんだよね? でも、僕まで一緒に行って良いのかな?」



あまりの急展開に一番難色を示したのは、柚木崎さんだった。


無理もない。


柚木崎さんは初対面なのだから。


私は、セイさんのご家族とは初対面だったにせよ、セイさんとは2度目だった。


そして、氷室さんに至っては、セイさんとその家族もろとも、結構長い付き合いがあるらしいので、三人の中で、一番セイさん達と気安い仲なのではないだろうか?



「安心して下さい。ちゃんと【氷室さんだけじゃなくて、一緒にいるその人も連れて来て】って言われてます。だから、ちゃんと連れてこれないと、逆に私に悔いが残ります」



私のなけなしの弁明に、氷室さんが苦言を呈した。



「どのみち、一人だろうと、二人だろうと、三人だろうと、迷惑に変わりは無いと思うが? それについては、悔いないのか?」


ごもっとも過ぎてぐうの音も出ないが、だったら、自分の非をみとめて謝罪してしまえと思った。


「それは、反省してます。 でも、私、多分ここには、呼ばれて来たと思います」


「えっ、どういう事?」


私は、手短に山口さんちの柿の木の話を二人に話した。


私にしか視えない、柿の木のナニカである少年と話して説得を試みた事。


柿の木存続の鍵となる枝を、その少年が折ってくれた事。


柿の木の枝を折ろうとして木から落ちて救急車を呼ばれたが、その場を離れようとしない竹中さんが、無事に柿の木の枝が折れたのを見守って、やっと救急車に乗ってくれた話をした。



「事の成り行きとは言え。本当に、よくお前は、ソウさんに見つけて貰えたな。 史上最悪の迷子め」


言葉の前半の感嘆からの、後半から急転直下の罵倒は余計に堪える。



「偶然、会えたんですけど。 それが、ソウさんで良かった」



きっと、他の人だったら、私は逃げてた。



私は、無事、氷室さんの誤解を解くことが出来、二人をセイさんの所に招き入れる任務を完了できた。



「おかえりなさい。 あれ、君は」


玄関で、出迎えに来てくれたセイさんは、氷室さんに続いて入ってきた柚木崎さんに驚きの声を上げた。


セイさん、柚木崎さんの事知ってるのだろうか?



「あの4年前、コロナ騒ぎの直前に、うちの神社で結婚式を挙げられた冬野さん、ですよね」


「えっ、私の結婚式なら、確かに神社だったけど」


柚木崎さん、セイさん達の事、やっぱり知っているんだ。


「改めまして、大鏡神社の宮司の息子の柚木崎 亮一と言います」


「大鏡神社の息子さんなの? やだっ、いつも世話になってます。 年に何度もお店出させて貰っていて」


「お店ですか? 僕はそこまでは」


「ベアローズ名義で、蚤の市とお盆に出店させて貰っているの。 いつもお世話になってるわ」


「えっ、ベアローズの関係者の方なんですか?」


「うちの主人の従兄弟と、そのお友達の二人が代表取締役で、いつも参加させて貰っているの。 是非、ゆっくりして行ってね」


「えっ、でも、あの⋯⋯僕までお邪魔させて頂いて、本当に良いのでしょうか?」


「良いよ。君が、氷室さんの車に一緒に乗ってたの?」


「はい、えっと、僕も、氷室さんとりりあと一緒に居たんです。その時に居なくなって、このまま会わずに。……彼女に会うまで帰れないと思って」


「そっか、じゃあ、取り敢えず、食事の用意は出来てるから」




ダイニングテーブルに、セイさんの両親とセイさんと妹さんと、その傍らに食後のデサートにフルーチェに舌鼓を打っているセイさんの娘さんの息吹ちゃんと、私と氷室さんと柚木崎さんで、食卓を囲んだ。


イクラと出汁醤油で軽く漬けたスモークサーモンがこんもり乗った小ぶりの丼に、おすまし。


副菜に甘いだし巻き卵や乾燥桜えびと小松菜を煮浸しにしたもの。


切干大根の煮物、トマトとスライスチーズのカプレーゼやひじきと豚肉と大豆の煮物。


アボカドと茹でエビとトマトのマヨネーズサラダなど、副菜のバラエティが半端なかった。


きっと、予期せぬ私達の登場で人数が増えて減った、メインディッシュの丼ぶりの量を賄うために、ありったけの食材で賄ってくれたんだ。


申し訳ない、が過ぎる。


「どうぞ、召し上がってください」


メインディッシュのイクラとトロサーモンの親子丼は勿論、どの副菜もおすましもとびきり美味しかった。


「遅れてごめん。これ、茶碗蒸し、作り置きを温めたので申し訳ないけど、良かったら召し上がって下さい」


小松菜の葉の部分と竹輪の薄切りだけの具たが、絶妙な滑らかさと出汁の効いた優しい味だった。


「離乳食用だからちよっと、味付けが甘いでしよ?」


「いいえ、寧ろ、この味が好きです」



本心だった。


これ、後で作り方を教わらなくては。


私にも出来るかな?



「それにしても、大鏡神社の息子さんが何で氷室さんと一緒に?」


そう切り出したのは、セイさんのお父さんだった。


「色々あって、今日は三人で買い物に出ていました。今日は彼女を保護していただいて、本当にありがとうございました」


柚木崎さんの説明に、セイさんは言った。


「気にしないで。 氷室さんは、兎も角 また、二人に会えて嬉しいよ」


「ありがとうございます」


会えて嬉しいと言って貰えて、嬉しいのは、こっちだ。


氷室さんは兎も角と、セイさんが言ったのは、置いておこう。



「本当に、氷室さん。 見かけによらず、面倒見が良いのね?」



セイさんのお母さんの問いかけに、氷室さんは狼狽えた。


私も、セイさんのお母さんの見かけによらずと言う正直な感想に、思わず口にしたお茶を吹き出しそうになって、狼狽えていた。



「は、はあ……」


「お休みの日に、二人も子供の面倒見てるなんてびっくりよ。 意外と優しいのね」


ま、いいえてみょうだ。



「何か、大鏡神社の柚木崎君が居ると、セイの結婚式を思い出すな。 君が宮司の補佐していたの覚えてるよ。まだ、中学生位だったんだろう?」


「あっ、あの頃はまだ入学前で、小学生でした」


「そうだっんだね。2月の寒い頃だったから、薄着で大変だっただろうに」


「いいえ、そんなの吹き飛ぶ位、本当に感動しました。 大勢の観客が境内前の広間に集まった時は、ちょっと焦りましたけど、本当に良い結婚式でした」


柚木崎さんの言葉に、セイさんのお父さんもお母さんも満面の笑みだった。


「ありがとう。良かったな、セイ」


セイさんの結婚式の事、是非、聞きたい。


聞けば、当時、子供ながら、人手不足で神社の仕事を手伝って居合わせたのだと言う。


つまり、セイさんの結婚式に、参加してたって事じゃないかと、激しく羨ましかった。


ん、あれ、でも、その頃、私まだ、絶賛ここにいたはずだ。


まだ私も小学生だったが、出不精で家の外の世界に興味なんてなかった。



「あの時の写真を商材に使わせていただいて、うちの神社、コロナ明けから続々、あの時のような結婚式を挙げたいって、すごく評判が良いんです。当時の様子も、特集を受けていたテレビ番組のアーカイブで観れて。僕、時々、見返してます」


「えっ、柚木崎さん、それって私もネットで見られるんでってことですか?」


「恥ずかしいから、見ないで。お願い」



大鏡神社の結婚式の商材に採用され


その様子はテレビ番組で特集されたって


セイさんの結婚式って何だったんだ。 





食事の後、夕食の片付けをしながら、愉しいお話しを聞かせて貰えた。


「コロナの始まる直前に籍をいれて、妊娠が分かって、結婚式の段取りを始めるには絶望的だった時に、ソウから一緒に結婚式しないかって誘われたのよ」


「ソウさんなら、言いそうですね。えっ、じゃあ、ソウさんのご夫婦と一緒に結婚式したんですか?」


「そうなの。みんな知らない仲じゃないにしても、申し訳ない⋯⋯とも思ったんだけど、ソウのところも奥さんが身重で、お互いの結婚式をそれぞれする方が負担だと思えば、いっそまとめて1日も早くしちゃおうって、ばったばたやったのよ」


そこまで話をしたところで、セイさんのお母さんが言った。


「でも、まさか、セイが竹中さんの親戚と結婚するなんて思っても、見なかったわ」


ん、えっ、竹中さんと言えば、あのスキンヘッドのおじさんだけど。


何で、セイさんが妖精みたいに超絶イケメンのソウさんの従兄弟と結婚して、竹中さんの親戚になるんだ?



「えっ、竹中さんとセイさんって親戚何ですか?」


「うん、結婚して、正確に言えば、親戚では無く姻戚なんだけど、竹中さんの甥っ子なんだ私の旦那様とソウが」


正に、驚きの連続だったが、件のセイさんの結婚式の模様をネットのアーカイブで探してみようと心に決め、夕食の片付けを終えて、愉しいお話しタイムは幕を閉じた。


私がセイさんとセイさんのお母さんと3人で片付けをしている間、氷室さんと柚木崎さんは、セイさんのお父さんのコーヒーの餌食になっていた。


「本格的ですね。苦味が強い分、酸味がない。とても、美味しい」


氷室さんの賛辞に、セイさんのお父さんは感無量の喜びようだった。


普段、下手なお世辞も言えないような人だ。


そんな氷室さんが絶賛するのは、ひとしおの喜びだろう。


「そうだ。これ、良かったら貰って」


セイさんは瓶に詰まったはちみつレモンと、来年の6月6日の日付を記したチケットをくれた。


CROWN創立記念チケットと書いてあった。



「クラウン。 えっ、クラウンだ」


「どうしたの?」


「今日、おやつにみんなで海沿いの商業施設のベアローズに行ったとき、氷室さんが店員さんに、また来て下さいって言われてたんです」


「えっ、ベアローズの店員って……」


「確か、市丸さんって、氷室さんは言ってました」


「あぁ、何かシフト組んでたね。 そっか、市丸くんとも、会ったか」


「はい、私、何のお店だろう?って思ってて、ずっと気になってました」


「あぁ、だったら、クラウンって言うのはね。 ソウが初めて自分で開いたお店で、その後、私の旦那様が引き継いで、私も一時期そこで働いてたの。バーだよ」


「えっ、じゃぁ、ソウさんが自分でお店を開いておいて、奥様と別れて、放り出して、逃げ出したお店。そのお店ですよね」


「ソウったら、そんな話までしてたの」


「はい。全部聞きました。素敵なお話でした。是非、行ってみたいです」


「あなたには、まだ早いけど。土曜の営業と創立パーティの時は、カフェ営業しているから、是非来て。創立パーティの時は私も、ホストでコーヒー淹れるから、来年で良ければ、必ずコーヒー淹れてあげるよ。柚木崎君も、氷室さんも一緒にね」


「嬉しいです。ありがとうございます」




セイさんの家を後にして、駐車場に向かうまでの道のりで、柚木崎さんは、氷室さんに言った。


「氷室さん、りりあともう少しだけ、二人きりで話したいんだ。少しで良い。 車、大鏡神社に移動させている間に済ませるから……」


「好きにしろ。りりあから、目を離すなよ」


「分かってます」


氷室さんはそう言ってさっさと一人で車に乗り込み、走り去って行った。


柚木崎さんと私だけで、大鏡神社までの道のりを歩きながら、話をした。



「りりあ、今日はごめんね」


それって。


何に対するごめんだろうか?



「それって、何に対する ごめん ですか?」


「僕のわがままで、君に嫌な思いをさせた事に対して、だよ。 僕も、りりあとの間に、何か欲しかったんだ」




何かって、何だ?


私と氷室さんに、何があるって言うんだ。



そんなのあっただろうか?


「私と氷室さんの間に、何かありましたっけ?」


「あるよ。ヒッキーは、きみの顧問税理士で、未成年後見人っていう、特別があるけど。 僕には、何もなかった。 君と契約で何も結ぶものがない、他人なのがもどかしくて、苦しかった。 だから、君と付き合えたらって思ったんだ。 ヒッキーがずるいと思って、少しでも平等に近づきたかったんだ」



つまり、あの時の突拍子のない発言の真意が今の言い分なのか。


でも、そもそもだ。


「理由は分かりました。でも、もう一つ、とっても気になっていたんですけど。あの時、柚木崎さん、なんで」


「え?」


「柚木崎さん、あの時、最初に言ってた。僕も私にキスをしたって。 私、その方がひっかかるんです。 僕もって、後、誰が、私とキスしたんですか?」


「……あっ、そうだった」


柚木崎さんはそう言うと、狼狽えて口をつぐんだ。


こ、これは、あれだ。


鏡子ちゃんがよくやる、口を滑らせるって奴だ。


「洗いざらい、吐いていただけますか?」


「いや、それは、ちょっと」


「吐いてください、ここで、今すぐっ」


「ノーコメント」


柚木崎さんは、これでもかってくらいバツの悪い顔で、私から距離を取った。


逃さない。


そう思って、私は柚木崎さんの上着を両手で掴んで詰め寄った。


「りりあ、落ち着いて」


「嫌です。  私のファーストキス、ギリギリ、柚木崎さんだと思ってた。違うって事なら、私のファーストキス誰ですか?」


ギリギリ柚木崎さんがファーストキスで、翌々日、宇賀神 柊に無理矢理キスされて、危うく最悪のファーストキスを回避出来た事を幸いだと思っていたのに。


私のファーストキスは、まだそれよりも、遡った何時かにあり。


今まで、相手は柚木崎さんだと思っていたのに、実は違うなんて。


マジ、誰だよ。


「あっ、神社に着いたね。ほら、そこの駐車場にヒッキーの車停まってる。ごめん、時間切れだ」


「ズルいが、過ぎますよ。 ここで、話を打ち切るなんて」


「もう、10時過ぎてる。遅くなるから。りりあ。愛してるよ」


柚木崎さんは、そう言って私の頬にキスして、ゆっくりと私の手を上着から剥がして、離れて行った。


「柚木崎さん⋯⋯。教え⋯」


「おやすみ、りりあ」


「もうっ、……おやすみなさい」


私は諦めて、おやすみを返した。


そうすると、離れた場所から、柚木崎さんは私に振り返った。


「りりあ、戻って来てくれてありがとう。 ここに居て来れて、ありがとう。 いつも、笑っていてくれて、ありがとう」


そう言うと、また前を向いて歩きだし、もう振り返る事なく、柚木崎さんは行ってしまった。




氷室さんの車を目指して歩いていくと、氷室さんは車の外で煙草を吸っていた。


そして、私の姿に気がつくと、携帯灰皿に煙草を突っ込んだ。


別に、中断しなくても良かったのだが。


氷室さん、絶対、私や柚木崎さんの傍では吸わないんだよな。


受動喫煙嫌だから、寧ろ、それは嬉しいんだけど。




「お待たせしました」


「帰るぞ。異存はないか?」



あるって言ったら、また怒るかな。


でも、もう、うちに帰りたい。


家が恋しい。



「ありません。 今日は突然、いなくなってすみませんでした」



一応、謝っておこう。


結構、無茶して、私の居所突き止めたらしいが、我慢強く、私の帰りを待って、セイさんの実家に突撃して来なかったのだから。



「お前、何をした? そもそも、どうやって、ここまで、桜木町まで帰ってきた。 車の距離だったはずだ」


そう、それ、私も良くわからないけど。


「それは⋯⋯消えてしまいたい……って思ったら、いつのまにか、チェリーブロッサムの店内で⋯⋯私には、分かりません」


もう、どう言う顔して話せば良いのか、戸惑いすぎておどけて言う私に、氷室さんは、目を丸くした。



「正気で言っているのか?」



驚きつつ、こき下ろすのをやめて欲しい。


自分が愚かなのは、わかっているつもりだ。




「信じられませんよね。急に移動できちゃうなんて」



そう答える私に向かって、氷室さんは手を伸ばして私の手を引いた。


「へっ、わっ!」


私は、氷室さんの胸にぶつかった。


氷室さんの匂いがした。


煙草の匂いとほのかな香料の混じった。


氷室さんの身体と接触する感触、初めて、じゃない。


何でだよ。


嘘だろ?


前は、いつだよ。


何で、この感触に、私は覚えがあるんだ。



「居なくなった事じゃない。消えたいと思った事だ。⋯⋯馬鹿が。  消えるな。 もう二度と言うな。 そんな事、もう二度と思ったりするな」



ぶつかって、跳ね返されて後ろによろける私を、氷室さんは抱き止めた。


何で、氷室さん、私の事。


抱きしめにかかるんだ。



「えっ?  あっ、そんな⋯言われても、だって」


もう逃げたりしない。


だから、そんな心配しないで欲しい。


消えようと思ったりも、するなと言うなら最大限心がけよう。


見上げると、氷室さんは超絶きつい表情で私を見つめている。


これは、お説教モードか。



でも。だとしても。そもそもだが。


「悲しかったんです。⋯⋯堪えきれなかったんですよ」


悪いとは思っている、だけれども、出来ない約束は、出来ない。

私に、悲観的になるな、というなら、氷室さんにもそれなりの配慮を求める。


私が立ち向かうそのハードルの高さを下げて欲しい。


それが出来るのは、それを私に望む、この人だけなのだから。



「俺にはわからなかった。おまえが傷つく事が。今も、お前が何を望んでいるのか、どうするれば、お前がそんな事、思いつかないように出来るのか。 俺には分からない」


そんなの妊娠するような事以外、好きにしろって言った事だが?


ん? あれ、おかしいな。


冷静になって考えてみれば、何を私はそんなに傷ついていたんだ。


言い方は悪かったが、要約すれば、健全な男女交際を許すって言ってただけの事だ。


それを、最大限嫌な言い方しただけで。


いや、やっぱ無理だ。


あんな事、また言われたら、耐えられない。


せめて、言い方だけでも。


そう言い方が悪かったんだ。


別に、氷室さんに突き放された事にショックなんて受けてない。


たぶん。


「もう少し、優しい言い方が欲しかったんです。だから、私はそれを望みます」


「……分かった。  すまなかった」


氷室さんが、謝った。


氷室さんも謝るんだ。


晴天の霹靂を見たと思った。



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