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第14話 恐ろしい  ファーストキスの5W1H ?!

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大鏡神社から車で屋敷に帰る道すがら、特に会話はなく、でも、それは気まずい時間でも無ければ、息苦しくもない時間だった。


静かに、車に乗っている私が。


静かに、淡々と運転している氷室さんが。


何よりの自然体だった。




氷室さんは屋敷に着くと、車を駐車スペースに停めた。


そして、エンジンを切るのと同時に宣告してきた。



「仕事が残っている。 俺に構わず、先に寝ていろ」




もしかして、私のせいか? 私のせいだろう。


私は車から降りてその想いを胸に抱え、狼狽えていたのだが、そんな私を無視して、さっさと氷室さんは行ってしまい、謝る機会を逃した。



仕方なく心の中で謝っておく事にして、お風呂に入った。



本当はちょっと買い物に出るだけのつもりだったのをこんな遅くまで予定を引っ張ってしまって。


ここを出る直前まで、仕事してたんだ。


まだ、途中だったなら、悪い事をしてしまった。


そんな事を考えていた。



お風呂を上がって、髪を乾かし、歯を磨いて、リビングを通って寝室に向かう途中、氷室さんが冷蔵庫のお茶を飲んでいる場面に遭遇した。


「氷室さん、お仕事大丈夫ですか?」


「問題ない。早く寝ろ」



そう言って、氷室さんは私に背を向けたが、私も飲み物が欲しくなって、浄水器の水をコップに注いで飲んでいると、氷室さんがまた声をかけてきた。



「……お前、柚木崎と付き合うつもりか?」


「えっ、あっ、そう言えば、忘れていました。 結局、柚木崎さんとその話が出来ませんでした。返事してない」


「お前と柚木崎を二人にしたのは、何の為の時間だった」


「ざ、雑談で終わりました。 すみません」



私が困惑しているのを見て、氷室さんは、うんざり気にため息を付いた。



「お前は……。そもそも、だが。付き合うか決める前に、柚木崎とキスしたのか?」


「はい……。別に付き合うとか⋯⋯その時は、何も言われてなくて、私からも言ってなくて」


「もう少し、後先考えて物事に臨め。お前の悪い癖だ。 治らんな⋯⋯本当に」


何か私の事、昔から知っているような口振りが気になった。


そして、もうひとつ、私はさっきから、どうしても、それよりも、断然、気になることがあった。





「そうですね。  わたし、氷室さんとも、キス……してますもんね」





「あれは、例外だ。 後も先もな⋯⋯。 そう言う事じゃない。……柚木崎がしゃべったのか?」


いや、言ってない。


かま……かけたよ。


だって、氷室さんの匂い、氷室さんの身体の感触に、初めてじゃないと思える感じが、覚えがあって。


柚木崎さんとキスした時もそうだ。


私の記憶には、その記憶があったんだ。


主に唇の感触を一番強く覚えていたが、それは確かめようがない。



( >д<)、;'.・



でもさ、ゲロったな。


まさかの、まさかで。


知っている⋯⋯ていで……口走っておいて、氷室さんの話に驚愕を受ける私に、氷室さんは激怒した。


どうやら、かまをかけられた事に気がついたらしい。


「お前、謀ったな。⋯⋯っ⋯⋯あれは、不可抗力だ。 事故だ。 忘れろ、りりあ」



いや、記憶でも消して貰えない限り、それは無理で、無茶だが。


りゅうみたいに、記憶を消してやるって言われるよりましだと思った。


記憶の奥底から、その時の事を思い起こし、煙草の匂いまじりの苦いキスだったけど。


あんなに心地良いと思えた、キスはなかった。



そう私の脳味噌が記憶の奥底から掘り起こした記憶の感想に、私は戦々恐々とした。


本当に、気持ち良かったんだ。



「はい。なるべく、心がけます」


「馬鹿。全力を尽くせ」


ちょっと、氷室さん、それは面白すぎるよ。



私は、氷室さんにおやすみなさいを言って、部屋に戻った。




私のファーストキス、氷室さんだったなんて。


これは、墓場まで持ってく秘密にしよう。


万が一、他人に知られたら、警察に相談されてもおかしくない案件だ。


自分の未成年後見人で、歳が24歳も離れた、歳上の男性とキスしたなんて。


不同意猥褻で、相手が検挙されて、間違いない事案だ。


多分、此方に来る時の船のお風呂でのぼせて、部屋に運ばれた時、だ。


私が浴槽で倒れているのを発見した巡回中の女性スタッフに抱き起こされて、更衣室で意識朦朧で服を着た後、気が付いたら部屋で寝ていた。


熱くて、苦しくて、キツくて。


どうしようも無い時、急に身体に触れる何かにしがみついて、何となく、そうしたら、楽になるって思って、吸い付く様に唇を寄せて、舌を突き出して、触れる柔らかいそれと絡め合った。


あれ、でも、結構長かった気が。


私が求めるだけ、好きなだけ、好きにさせてくれた気がする。


私は頭から抜けてく熱が気持ち良かったけど。


氷室さんは、嫌じゃなかったのかな?


ん〜、分かんない。



「あれ、いや、ちょっと、何、この気持ち」



私、何で胸が痛いの。


締め付けられる様に、胸がズキズキと痛む。


すごく痛い。


でも、これは物理的なものでは無く、精神的な痛みで。


物理的痛みには、怪我や病気等か原因に当てられるが。


精神的な痛みは、心理的瑕疵によるものだ。


じゃあ、それって何だ。


何を苦しんでいる。


何に心を傷めているって言うんだ。



分からない。


分かりたくない。





「悪趣味が過ぎる⋯⋯」




ん?


は。


今のは私の言葉ではない。


ぼそっと呟かれたそれは、私の直ぐそばで起こった。


私のすぐ背後で聞こえた。


そう思って振り返ると、この前夢に出てきた6歳位の女の子が立っていた。


いつの間に、レンズサイドに来た。


私は目を閉じて見た。


視界の遮断を確認して、余計に混乱した。


逆だ、夢を飛び出して、現実に向こうが出て来たんだ。


現実に突然現れたと言う事は、生身なのか?


「えっ、どういう事」


「どうって、そろそろ退屈して来たのよ。自由になって、たまには、外出もしたくもなって。 今、自由に動けるようになって。すっごく、楽しいの。 でも、時々、イラッとしてさ。 本当に、馬鹿ね。 あなた」



薄々、最初に会った時から感じていたが、この子、口が悪い。



「アナタ、誰?」


「ワタシが、ダレかまだ分からないの?」



そりゃ、此所に来て、2カ月経つ。


まだ、毎日分からない事だらけで、あっと驚くような事の連続だけど。


自分をお世辞にも、察しの良い人間でも、物分かりの良い人間とも思えないにしても。


恐らく位の検討は出来て無い事もない。


だけど、確かめるのが怖い。



「幽霊?」


「アナタ、いつ死んだのよ?」


「私は……生きてるよ」


「だったら、ワタシが死者なはず無いでしょ。 脳味噌まで抜き取って無いのに。  私の方が圧倒的に、思考力も、選択肢も少ないのに。 恥ずかしくないの? 私のホンタイとして」



分かったよ。


わざと、その真相を避けたくて、とぼけたのに。


私をこき降ろしながら、軌道修正しつつ、暴露するのやめて欲しい。



これが、私の分魂か。


本当に?




4年前までのレンズサイドに関わる全ての記憶を核に、作られた私の魂の一部。


力を弱めるよう欺く事を目的に抜き取られたたもの。


見た目は6歳位の時の自分の姿だ。


自分自身に対しての欲目もあるが、この頃の自分は可愛かった。


少なくとも、冴えない女子高生の今の自分よりずっと。



「まだ、髪の呪いも解けないの? 4年も何やってたのさ?」



超絶、文句ばっかだな。



「もう、少し、ピッチをあげなよ。 トモダチを人質に取られているのよ」


人質、初耳だよ。



「えっ、そう言われても」


「最近、りゅういちがうろうろしてて、中々、自由に外に出られ無い。アナタからも、言って。  嫌いだから、必要以上に付きまとうなって。 私にもう、何も指示するな。   助言など、求めてないって」



相当、氷室さんが嫌いなんだな。



「いや、そう言う訳には行かないよ。私の親代わりになってくれている良い人だよ。 ちゃんと、面倒見てくれてるし、ちゃんと言う事聞かないと悪いよ。  なんでそんなに、彼を嫌うの?」


「……ワタシが神になる直前、ワタシの首根っこ引っ付かんで、外に引きずり出したのよ、そいつ」



なんだ、それは。


氷室さん、超絶親切じゃないか?


神になるには、死なないといけないんだから、なれなくて良かったんだ。




「それって、因みにいつ頃の話?」


「5歳最後の夜よ。昔は数え年って言って、歳が1つ加算されるの。その歳で、7歳になるまでは神の子なの。 だから、数え年では7歳最後の夜。神の子から人の子に変わる夜、私は呼ばれたの、空の上にいた」



長い昔話が始まった。


ずっと、知りたいと思っていた。


小さな私は言った。




とても、高いところにいて、夜空も、光輝く街の明かりも綺麗だった。


この場所が、私の魂がある限り、ワタシを神にしてくれると言った。


私は、神になる事を選んだ。 


でも、人のままではすぐ死ぬから、死なないように神になる為に、神の子で居られる間に、人としての死を迎えなければ、いけなかった。



でも、それを、氷室さんは邪魔したんだと。



神の階【きざはし】を昇り切って、この地に身を投げ、死ねたなら。


その時、私は神になれたのだと言う。


なのに。


空の上に石段が現れ、昇り出した時、よりにもよって、それを妨害するモノが声をかけて来たのだと言う。



それが、氷室さんだったのだと言う。


何度も。


死ぬのは、恐くなかったのに、一言だけ、氷室さんの言葉に迷ってしまい、立ち止まった瞬間、引き寄せられ、首根っこ掴まれて、もう地上だった、と。



「何を言われたの?」


「酷いこと」 


「と、言うと、具体的には⋯⋯」


「戻らないなら⋯⋯【りゅうとりょうを殺してやる】って、言われたの」



ん、それは、確かに酷いことだ。


だか、危うく死にかけているところを、その発言で私に今、命があると言う事なら。


だったら、氷室さんには、感謝しかない。



氷室さんが人殺し、否、二人は龍だから、龍殺し何てしないと思うから、はったりだと思うし。



でも、ちょっと、今の話、気になったんだが。


「ねえ、神になって、後は死ぬだけって言ったよね?」


「そうよ」


「じゃぁ、神になったけど死ねなかったなら、どうなるの。  いや、どうなったの」


「神様になるのは無効になった。 祝福だけ、貰ったの。 人だから、死ぬ時、魂が滅びるからそれまでの有限のね。 祝福は千差万別で、私の時は【最愛】を貰ったの。 二文字も貰えるのは、特別だった。 かなり、レアなんだって、りゅうとりょうが言ってた」


「私のその祝福が、みんなが私を特別扱いする理由なの?」


「そうよ。祝福を貰ってから、力が溢れだして周りに満ちていって。沢山のレンズサイドウォーカーが新たに目覚めた。 力の源がなく弱っていた神様が力を得た。夜の外は神様になれなくても、それでも、楽しかった」



力の源がなく弱っていた神様と言うのは、レンとハクの事か。



「4年前、何があったの?」


「……え、それ、ワタシに聞く? その記憶は、アナタの中に置いてきた筈よ。 ワタシが持っておいてどうするの? アナタが倒すべき奴ら……なのよ。 ふざけないで」


いや、ふざけて無いよ。


知らない、分からない、覚えてないよ。


「私、アナタにりゅうとりょうの記憶も少し残した。 いつか自力で帰って来て、二人を思い出して、いつか、いつか、あいつらを倒してくれるって信じてた。 その為に、私を迎えに来てくれるって。  なのに、いつまで、待たせるのよ」


いや、そう言われましても。


あっでも、謎が1つ解けた。



りゅうとりょうの名前を覚えてた理由、犯人は分魂される間際の私だ。


目の前にいる、この子だ。





「そろそろ、夜遊びは終わりだ。帰るぞ……」



いや、ここ、私の寝室なのだが?


呼んでもないのに、りゅうが現れた。


服を着ていた。



「チビりあ」


「りゅう」


「そうか、お前の仕業だっか……」


「私を泳がせたのね」


「あぁ、内緒事は、そうやってあぶり出すにかぎる」



相変わらず、性格悪いな。




「俺の胸に帰れ」


「分かったわ」



女の子は、りゅうの元に行き、りゅうの言う通り胸に飛び込み、りゅうの中に溶け込む様に消えた。


何の手品だよ。



「ちびりあって、私の分魂の名前?」


「そうだ、ちびのりりあだから。 俺は気に入っている。 お前の感想は?」


「私、結構、口悪いのね」


「さあな? 俺の知っているりりあはどちらかと言うとチビりあの方が馴染む。 俺は、どちらかと言うとお前に異質を覚える。 弱い癖に前より、無謀で、無敵で、ずっと危うい。それより、俺がお前にか尋ねたのは、名付けに関してだが?」


「うん。それは、その呼び名⋯⋯良いと思うよ、分かりやすくて。 ねえ、今、私のこと危ういって言ってたけど、そんなに危なっかしい?」


「あぁ、見ていられない時がある。 俺にとって お前が誰より、何より……」



りゅうは私の手を取った。


私は、肩が震えて後ずさったが、りゅうは掴んだ手を離さなかった。



「怯えるな。 俺を恐れるな」


「む……無理だよ。  恐い」



また、最初の夜の様な事をしてくるなら、考えがある。



「お前の記憶に触れたい。 許せ」


「嫌だ」


どうやってそうするのか、知らないが。


おいそれと許せる事か分からないことだし、そもそも、悪趣味じゃないか?


人の記憶を覗こう等と言う行為自体。



「なら、思い出せ。 時間をやろう」


「えっ、どれくらい?」


「⋯⋯次に、お前が俺を呼ぶ時だ」



おう、それは、つまり、私次第で調整可能な、ある意味りゅうにしては、親切な提案じゃないか。


「分かった。でも、もし、思い出せない時は?」


「【お前が出来ない】に至るような詰めの甘い謀を、ちびのりりあはしたりしない。 それは、有り得ない。 俺とりゅうの目を盗んで、お前に俺達の名前を残したんだ。アイツがそうしたと言うなら、しくじった訳が無い」


随分、信頼があるんだな。


「頑張ってみる」


「もう一つ、ある。思い出したら必ず教えろ。俺がりょうと共に、【そいつらを全員殺してやる】」


それは、駄目だよ。


でも、殺してやると言ったりゅうの表情と威圧に圧倒されて、もう何も言えなかった。





その日は、いつもの様に夢を見ることなく、朝を迎えた。


寝るのが、圧倒的にいつもより遅い時間だったが、普段と同じ時間に目が覚めた。


寝室を出て、洗面所で場を磨いているとドラム式洗濯機の中に洗濯物を見つけて首を傾げた。


昨日、午前中に片付けた筈だが?


そう思って、洗濯機の扉に手をかけた時、開け放して居た脱衣所の扉から、声をかけられた。


「何をしている」


「氷室さん。 あっ、私、昨日洗濯物片付けたと思っていたんですけど、何か入ってるみたいだから」


「俺のだ」


「し、失礼しました。 あっ、昨日、泊まったんですか?」


「悪いか?」


「いいえ、とんでもない。  あの⋯本当に、昨日はすみませんでした」


「何を謝る必要がある?」


「氷室さん、昨日、仕事の途中で私の買い物に連れて行ってくださったのに、私のせいで夜遅くなってしまって。 泊まるほど、終わらなかったんだって」


氷室さんは、私の言葉に、何故か両目を一度閉じて、疲れた表情で言った。


「あまり、気軽に何でも謝るな。 俺が言い出した事だ。 お前が居なくなったのも、俺の言動が悪かったからだ。 お前は謝り過ぎだ。 自分が子供だと言うことを、もっと自覚しろ」



そうは、言われてもな。


泊まらないといけなくなる程、仕事がある事自体、平日も、私にかまいいっきりなのが起因してないか定かじゃない。


「あっ、朝食、一緒に」


「だから、気を遣い過ぎるな、と⋯⋯」



そう言われても、こちらもそれでは立つ瀬が無い。


出来る事は、したい。



「じゃあ、もう帰るんですか?」


「まだ、帰らないが?」



気を遣っているのは、そもそもどっちだ。


指摘したら、拗れるだろうし、昨日の事も話して置きたかった。


氷室さんは信用出来る人だ。


自分の分魂と話して、私は昨夜そう確信した。


だから、なるべく自分の置かれた状況は話せる限り、話しておきたい。



「朝食、もう食べたんですか?」


「いいや」


「じゃあ、食べましょう。 朝食食べないと健康に悪いです」


「分かった」





朝炊いたご飯に、昨夜の味噌汁を温め直して、昨夜の夕食にする筈だった1人分のおかずを2つに分けた。


ほうれん草のお浸しとイカと里芋と大根の煮付けとさつま揚げを焼いただけのものだ。


ちょっと、朝には重いかも知れない。


でも、氷室さんは、何も文句あっても言わないから。


淡々と箸を進めてはいるが、真意は明らかではない。


「また、夢を見たのか?」


「いいえ、向こうから突然現れたんです。 寝る前でした。 目を閉じたら、ちゃんと目の前が真っ暗になったから、ちゃんと現実って確かめたんです」



私は、昨日の出来事を包み隠さず、氷室さんに説明した。


「記憶は、分魂のりりあの仕業だったのか?」


「はい。昨日、あいつが途中でその子を連れ戻しに現れて、氷室さんも居たのかな?って思ったんですけど、話しているうちに、居ないなって思って。 氷室さんは、何もなかったんですよね」


「気付かなかった。お互い干渉がない時が殆だ。 必要が無ければ、呼び合う事はない」


「呼び合うとは?」


「共に存在する事だ。 現実では、俺が本体。 レンズサイドでは、アイツが本体だ。 だが、お互いが存在する事で、多少は反対側にも具現出来る。 だから、此方とアチラで、俺も柚木崎も同時に姿を現し合える」


そう言う仕組みなのか。


「そうなんですね。 私、思い出せないんです」


「お前を襲ったのは、狐憑きだったんだろう?」


「いいえ、違いますよ」


「はっ、何でお前、それなら、今までそれを言わなかった?」


「えっ、だって、思い出せたのは、キツネがみんなと取り引きした時迄です。 私、その時、もう動けなくなって、地面に突っ伏して、話を聞いてただけで、その前の事は、全然⋯⋯。 私がキツネ達と戦って負けたのかは分からない。だから」


「今は思い出せなくても、それは、記憶だ。 少なくとも、記憶がある事の証明にはなる。 後は、その前だ。 思い出せ」


「はい」



と答えては、みたが、今のところその方法を見出だすには至らず。


朝食の後、氷室さんは書斎に戻り、私は朝食の片付けを済ませて、掃除にかかった。



今週の作り置きのメニューを考えながら、高いところを埃をはたいて、棚を拭き掃除して、掃除機をかけていると、氷室さんがリビングにやって来た。



「うるさかったですか?」


「違う。 お前は、休みの日に 休んでいるのか? と、疑問に思っただけだ」


「ん、休んでますよ」



だから、日頃出来ない掃除をしたり、料理をしたり、手緩くやっているが?



「昨日は畑仕事をしていて、今日はずっと掃除をして、後これから、何をするつもりだ」


「えっ、トイレとお風呂を掃除して、昼ご飯食べたら、平日のおかず作りですけど?」


「りりあ、お前はそもそも、人の仕事を心配できる立場じゃない。している場合じゃない。……悪かった」



何で、謝る?


今朝、人に謝り過ぎだと言っておいて。


全く検討の付かない謝罪に私は首をかしげた。



「少し手を抜け、お前はこの家の主で、家政婦じゃない」


「えっ、今が丁度良いですよ。 だって、外出出来ないのに、家で何をやったら良いんですか? テレビ観るか、スマホでゲームする位しか無いですよ」




「勉強する時間はあるのか?」


「それは、平日、氷室さんが迎えに来るまで、やってます。 家に勉強持ち込みたく無いから」



氷室さん、何度か頬がピクピクしていた。


少し、沈黙の後、氷室さんは小さく溜め息を付いた。



「ほどほどで、何か困った事があれば、必ず言え」


「はい」



そう言うと、氷室さんはまた書斎に戻っていった。


相当、仕事が溜まっているらしい。


氷室さんの方がよっぽどオーバーワークのようだが?



釈然としない想いを胸に、私は掃除を再開した。


お昼時に、また書斎に行って、車があるのであから様に帰っていないと見受けられる氷室さんに声をかけて、またぐだぐた言われたが、一緒に昼食を摂った。


「氷室さん、諦めて、此所にいらっしゃる時は、食欲が無い時以外は、ご飯食べていただけると嬉しいです。 一人で食べる方が気が引けます」 


「分かった」



意外と素直だったので、なら、もっと早く言えば良かったと思った。



食後に、午前中に決めたおかずメニューを作り始めて、ひとしきり作り終わって、うとうとソファに座ってテレビを観ていたら、眠ってしまっていた。


いつの間にか肩に見馴れないブランケットがかかっていた。


お洒落なおばあさんみたいなスペルの茶色と黒のチェック柄、こんなお洒落なのは、私の持ち物にはない。


暖かったから、余計気持ちよく眠れた気がした。


ハッとなって、そとを見るともう夕方のようで、外が青かった。


時計を見ると18時前だった。



さすがに、氷室さんも仕事終わっているだろうと、夕食の準備にとりかかった。



でも、もしかしたら?



氷室さんは、まだ、ここに居るかも知れない。


思い立って、リビングのベランダから車の有無を確認してみると、まだ車があった。



何でだろう?



私はそれが、ちょっとだけだが嬉しかった。



夕食の準備を2人分整えて、私は氷室さんの書斎に向った。








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