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第41話 バレバレ バ レンタインデー

バレンタインデー。


四国の田舎で、特に色恋なんて全く無く、バレンタインに向けてチョコレートが並ぶのは、最寄りのスーパーのお菓子売り場程度で、今までスルーしていたが。



今年は、そうは行かない。



一緒にチョコを食べたい友達がいる。


チョコを渡す恋人もいる。


そして、渡すか渡さまいか⋯⋯首がねじ切れそうなくらい躊躇いつつも、是非渡したい人がいて。


今年のバレンタインデーは、気持ちが色々、錯綜している。



「今年のバレンタインデー、金曜日でしょ。彩色倶楽部で、何を作る?」



部長のセイレンちゃんの言葉に、鏡子ちゃんは嬉々とした。


「りりあちゃん。ケーキ焼こうよ。私、ガトーショコラ作ってみたかったんだよね」


さよか。


私は、チョコレートと言う、絶対自作出来ない、その材料でケーキなど焼いた事は無いので、自分の知識は当てに出来ないのだが。


前に作ったパウンドケーキは、母が保存食用にホットケーキミックスを常備してくれていたので、作ることが出来たのだが、ガトーショコラは無理だった。


家計に、衝撃を与える様な製菓材料を用いたものは、作らないし、作れないのだ。


「僕は、トリュフ、生チョコみたいなのが、好きだ。一度、作ってみたかったんだよね」


柚木崎さん、チョコレート菓子に詳しいな。


そっか、モテるから、貰うけど、作った事が無いんだな。



「俺は、いつだって、何だって、揚げが食べたいな。セイレン、俺は、いなり寿司が良いな」


「宇賀神先輩、それは、食堂で買って、食堂の売り上げに貢献して下さい」



もう、宇賀神先輩は、黙っていれば良いと思った。


セイレンちゃんに、切り捨てられて、宇賀神先輩はしょんぼりしていた。



結局、みんなでネット検索を駆使して、ガトーショコラとトリュフのレシピを選りすぐって、お菓子作りの段取りを進めた。



「お前、随分、買い込むな」


氷室さんに、買い出しを申し出て立ち寄ったスーパーの製菓コーナーで、材料をカゴに運ぶ私に氷室さんは言った。


「金曜日のクラブ活動でチョコレートパーティーをするんです。 ガトーショコラとトリュフ作るんです。 あっ、ちゃんとクラブの予算で買うんです。無駄遣いしません」


「そうか。 買いたいものは、好きな時に好きなだけ買って良い。 気にするな」






「柚木崎さん、これ、受け取って下さい」


バレンタインデー当日。


私は、柚木崎さんに彩色クラブで作るお菓子とは別に渡したくて、昨夜、作ったんだ。


【女性が大安売り】みたいな横文字のココアパウダーを練り込んで焼いたナッツクッキーを渡した。



「嬉しいよ。これ、本命?」


「えぇ、本命です。 みんなには、内緒です」



昼休み、柚木崎さんの教室に行った。


教室には、宇賀神先輩も居るから、一階のテラスに移動してから、渡したのだが。



「抱き締めて、キス出来ないのが残念だよ」



とのお小言に、私は苦笑いだった。



「停学とかは、ちょっと、困ります」


「そうだね。僕だけなら、謹慎でも、停学でも⋯」


「いや、なるなら、私も罰を受けますよ。 生徒会長と副会長が停学なんて、洒落にならないですよ。前代未聞⋯⋯」



ですよ。と言いたかったのに。


不意に菅原先生が、目の前を不自然に横切って、わざとらしくこちらに気が付いた、と言わんばかりの素振りで言った。



「生徒会長と副会長が仲良く停学なら、前例あるよ」



余計な豆知識だが、興味ある。



「いや、菅原先生。 何か不自然に現れましたよね?」


「全然、不自然じゃないよ。 君達、バレンタインの昼休みのテラスで、どれだけ注目を集めているか、自覚ないの?」


菅原先生の指摘に、私達は、テラス中の視線を釘付けにしている事を自覚した。


今日はバレンタインデーだし、他にも、チラホラ、チョコの交換している男女は居たのに。


みんな、何でこっちを見てるんだ。


何組か、チョコを受け取る途中で、こっちを見てガン見しているが。


何で⋯。


「生徒会長と副会長が、公然と人目も憚らずにチョコを貰って渡してたら、ね」



不意に校舎のベランダに目をやると、ベランダから身を乗り出して、こちらを見ている鏡子ちゃんとセイレンちゃんが居て他にもみんながベランダからこちらを見ている。


2年の教室のベランダからは宇賀神先輩先輩が他のクラスメイト共に見下ろしていた。



「えっ、菅原先生、もしかして、生徒指導ですか?」


ここに来た御用は?


私の質問に、菅原先生は爽やかな笑顔で言った。


「学校に必要のない贈り物は、持ち込み不可だよ。生徒の手本となるべき君達が、何やっているんだい。 なんてね。 例年、【チョコの受け渡し】は、概ね黙認している。 けどね。 柚木崎君の理性次第かな。 停学まで発展するかは」



菅原先生、ちゃっかりそこも聞いていたのか。


不意にテラスの影に篠崎さんがこちらを見ている姿に私は、思わず、右手で菅原先生を、左手で柚木崎さんの手を掴んで、二人に聞こえるギリギリの声で呟いた。


「⋯⋯私の教室のベランダと、テラスの柱の前に、それそれ、篠崎さんが居ます。 多分、テラスの柱が分魂です」


私の言葉に、二人は驚いて、そっと、教室のベランダとテラスの柱を見た。


私は、テラスの柱の方にゆっくりと向かった。


教室のベランダには、傍らに一ノ瀬君も居て、分魂はこっちだ、と思った。



「りりあ」



柚木崎さんに名を呼ばれたが、私はそのまま、テラスの柱の前の篠崎さんに呼びかけた。



「貴方、篠崎 美波さんのお母さんですか?」


向かって来る私に、彼女は今まで私達を見ていて、そんな私が近付いて来る事に何の反応も示さなかったが、私の言葉に、目を丸くして、薄ら笑いを浮かべて言った。


「何で、分かったの? 私がミナミじゃないって」


「ほぼ、勘です。 教室のベランダと目の前に、篠崎さんの姿を見つけて、あなたの方がそうだと思ったんです。 あの 何の御用ですか?」


「用? 用は、今は無かったわ。 ただ、この姿は、ここで自由に動けると思ってここで見ていただけ。 ちゃんと、あの子の居所を考えて行動しないと、駄目ね。 油断したわ。 次からは気を付けるわ」


そう言うと、彼女は私をまじまじと見つめた。


「私を見に来たんですか」


「そうよ。あいつがさ、あんたが完全にあんたになるなら、私に力をくれるって言うからさ、どうやったらあんたを説得出来るか、考えてたの」


「私が完全に私になるって、分魂を取り戻す事ですか、それは?」


私の質問に彼女は頷いた。


「そうよ。 でも、あなたが居なきゃ始まらないでしょ? だから、懸 凛々遊【あがた りりあ】。 私と来て」


柚木崎さんが背後から、私の肩を抱き締めた。


「りりあは、行かない」


柚木崎さんに言われて、篠崎さんは顔を顰めた。



「出しゃばるな。⋯⋯懸 凛々遊【あがた りりあ】。お前は、いつまで、逃げるつもりだ。 昔のお前らしく無い。 昔のお前だったら、全力で戦う道を選んでいる。 誰に何を唆されたが知らないけど。 もう一度、言う。 今のお前は、お前らしくない」


傍らに、菅原先生もやって来て、3対1であるにも関わらず、彼女は逃げようともしない。


かと言って、仕掛けて来る様子も無かった。


「やめろっ、篠崎っ」


一ノ瀬君の叫び声で、2階の自分の教室のベランダを見上げると、篠崎さんが生身で降って来た。


「えっ。やばっ、ユキナリっ、お願い」


私は咄嗟に、思い付きで出た神に頼んだ。


「マカサレタ⋯⋯」


ユキナリは篠崎さんの落下地点で光り輝いて巨大な鳩の姿を現して鳩胸で篠崎さんを受け止めた。


「懸さん、その人、誰っ」


篠崎さんは、ユキナリから滑り降りて、私の所にやって来た。


「⋯⋯出来損ないは、消えろ。 私の邪魔をするなっ。 目障りだっ、お前など、居なくなってしまえっ」


篠崎さんは悪態を付いて、私を一瞥して言った。



「お前は、付き合う人間を選べ、有象無象を巻き込むな⋯⋯。そんなに、お前、自分の命が惜しいのか? 今更⋯⋯」


彼女の言葉が遮られた。


柚木崎さんが私の耳を手で抑えたからだ。


でも、私は今度は首を振って、手を振りほどいて、柚木崎さんから逃れるように前に進んだ。



「ごめん⋯何だって?」


「お前は、私を、いつ壊してくれるんだ? 欲しいものは、手に入らない。 でも、滅べ無い。 バケモノになった私を見捨てるのか、薄情者 」


この人、哀しい人だ。


そう思えて、涙が溢れた。


「懸さん、しっかりして、備えて。 菅原先生、柚木崎先輩、何か、イヤなモノが近付いて来る!!」


篠崎さんは、私の隣に来て、私の手を握った。


「篠崎さん、イヤなもの⋯⋯って、まさか」


「白い虎⋯⋯」


篠崎さんの言葉に私は篠崎さんの手を握り返した。


そして、目の前に白い虎が現れて言った。


「勝手に、りりあに接触して、大騒ぎを起こすなんて、我が継母ながら、そのヒステリックには、目眩がするよ。 ありがとう、もう良いよ」


白い虎はそう言い終えると、白い虎は白髪の私と同い年位の青年に姿を変えた。


白いシャツに黒の長スボンに黒革靴を履いていた。


スーツではなく、私服のような装いだった。



「あの人は、お前を巻き込むのは、望んでなかったのに、何故、出しゃばる? りりあを庇う? 義妹よ」


「お前の様な、義兄は知らない。 私は、二人の様には、ならない。 誰の言いなりにもならない。 無能で、弱くて、愚かでも、私のお母さんの魂で、誰かのイノチを奪って、服従させて、好き勝手させない。許さないっ。 お父さんとお母さんを、返せっ」


悲鳴の様な言葉だった。


篠崎さんのお母さんの分魂は、なぜか一瞬、それに、目を細めて、そして、下唇を噛み締めた。


「宣戦布告するか。 お前は、こちら側の人間だろうに。 所詮、有象無象から生まれただけあって、理解に苦しむ」


そう言うと、青年は篠崎さんの分魂の手を取り、言った。


「退くぞ⋯⋯。 この状況でりりあが来る訳がない」


「断るっ。このままじゃ、埒が明かない。 これ以上は、待たない。 私に力を寄越せっ」


「⋯⋯分かった。 だから、今は退け」


「応じる」


青年と篠崎さんのお母さんの分魂は、そのやり取りの後、姿を消した。






昼休みの騒動の後、菅原先生は私に言った。


「柚木崎君、懸さん、篠崎さん。 生徒指導室に来て⋯」


「「「はい」」」



いつの間にか、周囲にいた生徒は居なくなっており、教室のベランダも誰も居なくなっていた。



「あのね。 一般生徒がたくさん居たんだよ。 懸さん、軽率過ぎ」


「申し訳ございません」


怒られてしまった。


だが、怒られても仕方ない。


そう納得出来た。


沢山の一般の生徒の前で、私は、人ならざる存在に接触して、衆目の目を集めてしまったのだから。



「篠崎さん。 レンズサイドが使いこなせないからって、生身で2階から飛び降りたりしちゃ駄目だ。大怪我するところだったんだよ。懸さんが助けなかったら」


「申し訳ございませんでした」



篠崎さんも素直に、菅原先生の非難を認め、謝罪した。


「えっと、菅原先生。僕は、りりあを抱き締めましたけど、まさか⋯⋯」


「いや、流石に、あれは、ノーカウントだ。 君は、りりあを奪わせない為にやった事だから、不問だよ」


「えっ⋯因みに、私が、その⋯⋯神を呼び出したのは」


「それは、別だ。 元はと言えば、君がちょっかい出しに行った結果生じた事だから、不問には、しない。今回は、ちょっと、僕は懸さんと篠崎さんに怒りが芽生えたよ。 二人共、無茶で無謀で、腹正しいってね。 でも、今回は水に流すよ。 相手の出方を見たかったからね。 だから、これで、お説教は終わり。 何か君達からある? もう5時間目が始まっているから、最長で授業が終わるまでなら、良いよ」


そう言うと、柚木崎さんが言った。



「僕は、二人に聞きたい事や、言いたい事が山程あります」


私は思わず篠崎さんを見て、篠崎さんも私を見て来て、目があった。


そんな私に、柚木崎さんは、全く目が笑っていない笑顔で言った。


「まずね。いつの間に、二人はそんなに仲良くなったのさ⋯⋯もう」


それでも、柚木崎さんは溜息を付いた後、諦めたように素の笑顔を見せていった。


「たまには、心底、怒らせてよ」




「ねえ、ミナミは、白い虎も、お母さんの分魂も怖くないの?」


「怖いよ」 


「じゃあ、何で、立ち向かったのさ?」


「許せないからだよ。じゃ無かったらし、逃げてる」


「分かった。 頼むから、人質に取られるのだけはやめてよね。 その時は、終わりだからね」


「分かってます」


篠崎さんに言いたい事は、それだけだったようで、今度は柚木崎さんの話しの矛先は私に向かった。


「りりあ。 キミは、相手の言葉を聞き入れ過ぎるよ。 時には、打ち切る事も覚えないと、情報の全てが正しいとは限らないんだよ。 偽証、詐称、誹謗、中傷。 君は無防備過ぎるんだ」


「だから、柚木崎さんもヒッキーも私の耳を時々、今日みたいに塞ぐんですね」


「そうだよ。今日は、ずっと煽られてただろ? ずっと、けしかけて来た。 やめて、それに乗るのは」


分魂を取り戻せ。


完全な自分に戻れ、か。


「あのそれについては、聞いて良いですか? 是非、菅原先生にも、聞いて欲しいんです。私、ずっと、疑問に思っていました」



私は、自分の、疑問についてを話した。


それは、自分の分魂の理由と、今更になって、みんなが口々に、分魂を自分に戻すのを嫌がる事についでだった。


当初、分魂は私の力を弱めて、敵を欺き、私を六封じから逃がす為の処置だった筈なのに、今になって、分魂をそのままにしたいと、みんなが望んでいることだった。



「私、思うんですけど。 仮に、分魂を取り戻した場合、私と分魂の人格って、どうなるんだろう?って」


私の質問に、柚木崎さんと菅原先生は固まった。


「僕には、分からない。ごめん、りりあ」


「懸さん、僕もだ。 分からない」


二人は俯いた。


「でも、僕は⋯どんな、りりあでも、愛してる。 でも、お願い。もし、君がそれを選ぶ時、自分の為以外で、それを選ばないで、欲しい。 キミは今、子供が産めない。 僕は⋯それでも、愛してる。 僕は、元々、子種が無いんだ。 僕は⋯イノチは貰ったけど、元々無いイノチだから、子供は作れない」



柚木崎さん⋯⋯、私の疑問は私の分魂問題だったのに、なんて⋯⋯驚愕の事実をぶっ込んで来るんだ。


気持ちの全部が、持っていかれそうだ。


えっ⋯元々無いイノチって、だったら、柚木崎さんだけじゃなく⋯⋯。


「えっ⋯ヒッキーも?」


「そうだ⋯⋯と思うよ。この前、もう一人の僕が、君を抱きたいって言った日、夜に、突然、現れて、言って来たんだ。 イノチは取り留めても、子を残す理は、そもそも、授けられないものだってさ。 その時、初めて知った。 ヒッキーは、誰も、愛さないって言ってたけど、それは、ただの独りよがりじゃなかったのかも?って、その時、思ったよ。 あの人、僕らより、20年以上、長く生きてて、それでさ、僕らより、沢山知ってて、沢山考えて生きて来たんじゃないかってさ」


確かに、色々知ってて、いつも、ムカつくけど、それ。


そんなの⋯ないよ。


「柚木崎君、君⋯⋯。今のは、真実?」


菅原先生は、柚木崎さんに険しい顔をしていた。


「そうです」


「なら、事実を持ち出して、彼女を仕向けるのは、駄目だ。 それは、誘導だよ。 懸さんを守りたい気持ちは分かる。 でも、駄目だ。 君の本心は、彼女が分魂を取り戻して、みすみす、それを望む白い虎の獲物に、彼女をしたくないんだろう?」


柚木崎さんは俯いて、呻くように言った。


「⋯⋯それも、あります。でも、ちゃんと、自分の事も言っておかないと、りりあが好きで、愛しているから、フェアじゃないって。 それが耐えられなくて、辛かった。 ごめん⋯りりあ」



柚木崎さんは俯いたまま、顔を上げてくれなかった。


私はでも、柚木崎さんに触れたくて、もう自分を止められなくて、私は柚木崎さんの肩を抱いた。


「私は、柚木崎さんが居てくれたら、それだけで良い。柚木崎さんがいないと、私、誰にも、愛してもらえるって実感出来ない。 私の心から離れて行かないで。 そばにいて」





「ごめん⋯。私、一緒に話し聞いちゃって」


5時間目の終了チャイムと共に、私は、篠崎さんと二人で教室に戻るよう指示を受け、柚木崎さんと菅原先生を生徒指導室に残して、教室を目指していた。


「それを言うなら、私も篠崎さんの事、色々、話し聞いちゃってるからさ。おあいこじゃない?」


私の言葉に、篠崎さんは苦笑いした。


「そう思っても良い? それだと、気持ちが紛れるよ。 衝撃だった⋯⋯。 お母さん、ずっとね。私に、弟妹を作ってあげたいって、小学生に上がるまでよく言ってた。 お父さんはね、私だけで良いって、いつも、言っててさ。 ある日を境に言わなくなったんだけど。 あのさ、私のお母さんの性だよね。 懸さんが分魂しなきゃいけなかったきっかけを作ったのは。 だったら。 あのね、あのさ⋯⋯本当に、本当に、ごめん」


篠崎さんは、泣き出した。


否、違う。


篠崎さんが謝るのが違うんだ。


「篠崎さんが、謝っちゃ駄目だよ。駄目、絶対駄目だよ」


結局、私も泣き出してしまって、二人でもう、来た道を戻って、生徒指導室に帰るしか無かった。


結局、漏れなく、私達が居なくなったそこで、柚木崎さんが泣いていた。


それを菅原先生が宥めていた。


私達が戻って来た事で泣いている生徒を二人増やして、生徒指導室を地獄のような保育園の育児室にしてしまった。


菅原先生に、飛んだカオスを味あわせてしまった。


「取り敢えずね。放課後までに、君達、立ち直りなよ。 辛いのは分かるけど、君達は、今日の倶楽部活動楽しみにしてたんだろう。 楽しいことは、楽しく過ごそう。 柚木崎君と宇賀神君は、もう夏で卒部だろう。 ちゃんと、思い出を育んで欲しい。顧問としての僕の願いだ」



私達は、泣きじゃくりながらも、 何とか【はい】と返事して、泣きたいだけ、みんなで泣いた。





6時間目の終わり、私達は、今度こそ、真っ赤に腫れた目をかっぽじって、教室に帰り、そんな物々しい私と篠崎さんに、鏡子ちゃんもセイレンちゃんも一ノ瀬君も、何も言わなかった。


そして、一ノ瀬君と篠崎さんの司会で帰りのホームルームを、終えて、私は鏡子ちゃんとセイレンちゃんと、篠崎さんは一ノ瀬君と共に、家庭科室に向かった。


先に来ていた、柚木崎さんと宇賀神先輩と合流して、私と篠崎さんの目を見て、宇賀神先輩は目を見張っていたが、何も言わずに居てくれた。



「ねえ、篠崎さん。あのさ、生身で飛び出したら、危ないよ」


お菓子を作る最中、鏡子ちゃんはそう言って、笑顔を浮かべた。



「もしかして、まだ、自由に切り替え出来ない?」


「そうだよ」 


「じゃあさ、ドラゴンゲートにレンズサイド転換機能付いているの。 私、よく使うんだ。 自力で出来ない人の為に作ったの。 是非使ってよ」



篠崎さんは、鏡子ちゃんの手を両手で掴んで、喜んだ。


「ありがとう。知らなかった」


「えへへ、喜んで貰えて、私も嬉しいよ」



少しずつ、篠崎さんがみんなと打ち解けて行けているように思えて、私も嬉しかった。



「ところで、りりあちゃん。何で……チョコを湯煎する為にお湯を沸かしている隣のコンロで、油揚げを煮詰めているの?」


セイレンちゃんの質問に私は笑顔で答えた。



「宇賀神先輩が、もうどうしても、家庭科室で今日はいなり寿司も作って食べたいって、言うから、熱意に負けたの。 流石にチョコは入れられないけど、色の似た塩昆布と酢飯を混ぜたバレンタインデーアレンジのいなり寿司……捩じ込んだ。私の秘伝何だけど」


「えっ、⋯⋯そっか。分かった。 ちゃんと、自分のバレンタインデーの一環何だね。 りりあちゃんの秘伝のレシピか。 楽しみだね」


「ありがとう」


「まぁ、でも、それを作って食べる事はあっても、誰かに渡す事は永遠に無いと思うんだけどね……」


あはは、盛大に、セイレンちゃんが変な釘を刺して来たので。


今回ばかりは、色々、恩のある宇賀神先輩の為に、私は言った。


「でも、私のレシピで誰かに喜んで貰えたら、私は嬉しいかな。 宇賀神先輩はさ、一目でセイレンちゃんを好きになったのに、もうすぐ、一年経つけど、セイレンちゃんは全く宇賀神先輩の事、好きになれないんだね」


「……うん。りりあちゃんは柚木崎先輩の事、何で好きなの」


「えっ、そうだね。 いつも、私に優しくて、徹底的に甘やかしてくれてるところかな。 さらっと厳しいこと言う事もあるけど。 最後はちゃんと甘やかしてくれてさ」


「でも、私には無理だよ。だって、最初に会った時……凄く、嫌な人だった。りりあちゃんの髪の呪いだって……」


「セイレンちゃん、4年前、私を助けてくれたの宇賀神先輩だよ。 宇賀神先輩は、髪の呪いと引き換えに私を逃がしてくれたんだよ。もし、あの時、呪われなかったから、私、今、こうやって、セイレンちゃんともみんなとも、こんなに仲良く出来てたとは、思えない。 私、今が幸せなんだ。 セイレンちゃんは」


「私も、幸せ。 ……好きじゃあ、無いけど。 感謝は出来そう」


「じゃあ、この感謝は、宇賀神先輩が、一番喜ぶであろうセイレンちゃんに、サプライズで渡して貰うのをお任せしても良い?」



「分かった。 でも、渡すのは、感謝の気持ちだからね」



すったもんだのやり取りで、私は、塩昆布いなり寿司を納める重箱を出して、セイレンちゃんが握った握り寿司を納めて整えた。


「りりあちゃん、もしかして、仕組んでたの」


「そんな訳ないじゃん。 たまたま、鏡子ちゃんに、お弁当サイズの重箱作って貰ってた試作品だよ」


「そうそう、食堂で使い捨てのお弁当容器も良いけど、洗えるお弁当箱やおかずのみのお弁当販売の検討に向けてさ。因みに、これはおかずのみ用の試作品」


「えっ、何で、HAPPY VALENTINE (ハッピー バレンタイン)って、書いてあるの?」


「興が乗ったんだよ」



うわぁ、鏡子ちゃん、今日も盛大に口を滑らすね。



「篠崎さんも良かったら1つどう?」


「ありがとう、これに、入れて、お母さんにあげるね。いなりはここでみんなと食べて、私はお菓子の方を詰めるけど」








帰りの車の中で、私は敢えて、今日の話を氷室さんには、しなかった。


時と場所には、充分場所を選ぶべきだと思ったからだ。


運転中に、して良い話しに思えず、自宅に着いて、一緒に家に入り、リビングを通る最中、私は切り出した。



「今日、篠崎さんのお母さんの分魂と白い虎に会いました」


急にそう切り出す私に、氷室さんは驚いて私を振り返った。


「なぜ、すぐ言わなかった?」


「氷室さんの運転中に、その話をしたくなかったからです」


「それで、今、俺にその話をしたいのか?」


「そうです」


そう答えると、氷室さんは、私に部屋に荷物を置いて、制服を着替えてリビングに来るように言って、書斎に消えた。


私は、言う通りにして、リビングに戻ると、氷室さんはリビングのソファーに腰かけていた。



「りりあ、座れ」


「はい」


私は、氷室さんの隣に座った。


「お前の顔を見ながら話したい。 隣に座るな」


私はちょっとムッとしてしまいながら、食事用のダイニングの椅子を氷室さんの向かいに持ってきてから座った。



「これで、良いですか?」


「あぁ、聞かせてくれ」



私は、今日の出来事を話した。


篠崎さんの分魂と白い虎が消えるまでを話した。


そして、何より、一番、氷室さんに話して聞かせたい話を、氷室さんに持ちかけた。


「生徒会長、この前、もう一人の自分に、自分が子供を持てない事を宣告されたそうです。 凄く、ショックを受けてました」


まだまだ修行が足りなくて、私は柚木崎さんと口にするのを避けて、思い付いたのが件の呼称だった。



「この前とは、いつだ?」



いつと、言われても、氷室さんに伝わる時系列的に、望ましい分かりやすいのって、う~ん、あっ分かった。


「みんなで、瓦そばをここで食べた日の夜だそうです」



柚木崎さん、私に最後言ってた。


あの時が、一番、楽しくて、幸せだったって。


じゃあ、今はそうじゃないのか?


そうとも、尋ねられない位、胸が苦しくて、私は何も言えなかった。



「柚木崎もか……」



氷室さんは、俯きながら、そう呟いた。


さも、当たり前とか、自然なことのように、今の呟きを私はスルー出来る筈がなかった。



「も、っ……。今、氷室さん、もって言いましたよね?」


「そうだ。 お前、俺をいくつだと思っている」


「……いや、そうかも、知れませんけど」


「りりあだけでなく、柚木崎までも、俺と同じように子が持てないと知っていれば、そもそも、避妊を話の引き合いに出してなど居ない。 そうか、辛かったな」


私は、柄にもなく、感傷的に沈んだ口調で、心情を話す氷室さんに。


氷室さんに。


私は。


私は無性に腹が立った。



「泣くな……りりあ」


あぁ、腹が立っても、涙って出るのね。


手の指先で目尻をなぞって両の涙を擦って消した。


「やめろ、擦るな」


氷室さんが向かいに座る私に手を伸ばして手首を掴んだ。


「氷室さん、そんな事、今は良いです。 ……氷室さん、聞いて良いですか?」


「何だ」


「氷室さんは、悲しくは……無かったんですか? それを、自分が知った時、氷室さんは、悲しく無かったんですか?」



私の前に身を乗り出して、私の手首を掴んで、私を見つめる氷室さんに問いかけた。



「……お前、俺を哀れむつもりか?」


「違う。 泣きたいときは、泣けば良いのに。 氷室さんは、ちゃんと泣けたのかって、思っただけです。 他人事みたいに、自分の事を軽く流すから、氷室さん、ちゃんと泣けたのかって、思った……だから」


「そうか……。そう言えば、泣かなかったな。 お前みたいに、あの人、泣いてたから、俺は泣けなかったな」



一瞬、誰が代わりに泣いたんだよって、思った。


でも、その疑問は確かめるべくもなく、すぐに分かった。


きっと、花枝【かえ】さんだ。


自分の全てを引き換えに、氷室さんが生きることをりゅうに願って、成就させた。


氷室さんのあのお姉さんなんだろう。



「俺は、随分、時間も経って、受け入れている。 だから、泣く事は出来ない……」


そう告げるながら、言葉とは裏腹に、氷室さんの目から涙が溢れていた。


両方。


ぽろぼろと涙の雫が目元に溜まり、目尻を伝い、頬を滑って、落ちていく。


「はっ、今更……なぜだ」


狼狽える氷室さんに、私は立ち上がって氷室さんの前に膝を折って、跪いて至近距離から、氷室さんを見上げた。



「りりあ……」


「氷室さん、泣きたい時は、泣かなきゃ、駄目。 今、泣けるんなら、泣かないと次、泣ける時までずっと苦しいよ。 涙は、悲しみを身体の外に出してくれるんです。 だから」


「お前は……オレの何のつもりだ。 お前は、コドモだ」



今までになく、冷淡な物言いだったが、今日は全く、堪えなかった。



「嫌っ。私が、何だって関係ない。 一人ぼっちで寂しいと思う人を気遣うのに、私が【ナニカ】なんて関係ない」


「馬鹿な。……涙なんて、出ないと思ってた。 泣くなんて、な」



氷室さんは、私の肩を両腕で抱き締めて胸に私の顔を沈めた。


息苦しいじゃないか、と思ったが。


氷室さん、自分の顔を私に見られないようにしているのではないか?と思った。



「ひ…氷室さん、苦しい」 



私の言葉に、若干腕の力が弱まって、ホッとした。


窒息しそうだった。



「りりあ。もう少し、このまま、今は……。 あと、少し……少しだ」



氷室さんは、そう言って、随分長い時間。


私の事を抱き締めていた。


私も氷室さんの背中に手を回した。


初めてだった。


氷室さんを抱き締めたいと心から思った。


氷室さんの悲しみを、氷室さんごと抱き締めてしまいたい。


だから、私も、氷室さんを抱き締めた。


抱き締める事が出来たんだ。


ずっと、抱き締めて居たかったが、そうは行かなかった。



「りりあ、もう良い」



時が来た。


氷室さんは抱き締めるのを止めて、私から手を離した。


私がゆっくり、氷室さんを見上げると、氷室さんはいつもの顔に戻っていた。


つまり、仏頂面だ。


目が腫れても、鼻水ぐちゃぐちゃでもない。


今日、私と柚木崎さんと篠崎さんがどんな顔で教室に帰ったか、言ってやりたいと思った。



でも、氷室さんが私の頬に手を添えて、親指で私の頬を撫でて、私の唇に親指を押し当てた。



「何か付いてま……」



言葉が途切られた。


氷室さんの親指と人差し指に抑えられたからだ。



「気が狂いそうだ。……お前が居ると、1人が、段々、怖くなる。 俺は、お前が生きてくれるなら、何でもする。  傍に居られなくて、良い。 絶対死ぬな。 死んだら、許さない」



何で、最終的にそうなるよ。


解せない。


「返事は、どうした?」


「はい。寿命を全うせずに死にません。 ……合ってます?」


「あぁ、おまえにはしては出来すぎた模範解答だ。 誉めてやる」


そう言って、氷室さんは私の頭を撫でてくれた。











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