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【朗報】貧乏少女、ダンジョン配信でモンスターを食べていたら元アイドルに懐かれてしまう
【朗報】貧乏少女、ダンジョン配信でモンスターを食べていたら元アイドルに懐かれてしまう
新田漣
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年04月24日
公開日
1.2万字
連載中
千種千聖、16歳。常にジャージ。 極貧ゆえに配信者としてダンジョンに潜り、極貧ゆえにモンスターを食す元・女子高生。 そんな彼女の食事風景が万人受けするはずもなく、千聖の配信は一部のコアなファンだけが支える弱小コンテンツだった。 元アイドルの振旗ふりるを助けるその日までは。

第1話 ちぐさと、たべます。



 我が国日本に、迷宮と呼ばれる異次元空間が生まれてから早数年の時が流れた。


 迷宮から産出される資源や財宝は迷宮資産と呼ばれ、今までの常識を塗り替えるほど価値が高いものだという事実は皆様もご存知であろう。


 金の匂いには人が集まる。一攫千金を夢見る馬鹿と阿呆が危険に飛び込むのは、いつの時代も不変の現象である。


 しかし、こと迷宮探索においては、その流れが長続きしなかった。迷宮では大自然が牙を剥く。そればかりか、地上の常識があてはまらない生態系が発展しており、危険度があまりにも高いからだ。


 害虫の如き繁殖力を誇る馬鹿と阿呆共とはいえ、死んでしまっては元も子もない。


 危険とは、安全圏から眺めるゆえに娯楽と化す。


 これもまた不変の現象であり、環境が変われど人は簡単に変われない。人々の大多数が娯楽として危険を享受する道を選んだのである。


 そんな状況下だからこそ、安全圏に留まれなかった底抜けの馬鹿と阿呆の探索記録には大きな需要が生まれる。


 迷宮配信。それらはいつしか、死と隣り合わせの刺激を提供する最前線のエンターテインメントと化していた。



――――――――――――――――――――



『【空腹迷宮配信】ちぐさと、たべます #487』



「……うい。ちぐさとこと、千種千聖ちぐさちさとです。今日も元気に迷宮で配信しますよーっと」


 小型ドローンの前に立つ少女が、敬意が感じられない敬語で挨拶を口にする。アイスブルーのジャージを上下に纏い、小さなリュックはぺったんこ。腰のホルスターに収納された片手剣が無ければ、迷宮探索者には見えない出で立ちだった。


:お、ちぐさとの配信始まった

:今日も一層か 

:いつものことだ

:死ぬなよ


「へへへ、早速のコメントありがとです。頑張って生きのびますね。まあ、ご指摘の通り一層ですけど……」


 どこか気の抜けた言葉を口にしながら、千聖と名乗った少女は小型ドローンに向かって微笑む。どうやらライブ配信中らしい。


 本来は探索記録用だったライブ配信は、いまや迷宮探索者の主な収入源としている。視聴数に応じたインセンティブが、探索開拓費や危険手当、その他諸々という名目で国から支払われるからだ。


 中級者クラスと格付けされた三層辺りから、攻略難易度もあってか配信の映像価値が格段に増す。それに伴って、チャンネル登録者数や同接数も増加する。


 三層付近を安定して探索できる者ならば、迷宮を適当に徘徊するだけで裕福な暮らしが送れてしまうのだ。


 翻って、低層での活動がメインの迷宮探索者は、こぞって懐事情が寂しいものである。千聖もその例に漏れず、極貧に極貧を極めていた。


「さっそくですが、まずは腹ごしらえをしちゃいますね。武器が壊れて迷宮に潜れなかったので、一昨日から何も食べてないんですよ……へへ」


 千聖は恥ずかしそうにはにかみながら、ドローンのカメラからさっと外れる。そして、画角の外に予め用意していた焚き火の前に立った。千聖の動きを知覚したドローンが、自動でカメラのフォーカスを合わせる。


:え、待って。なんか焼こうとしてない?

:開幕からアレをやるのか……

:ローストワームが転がってる

:ローストワームって地上の生き物で言うと何?

:クソでかいカミキリムシの幼虫

:うわ……


「……そうです。見てください。ここにあるのは、さっき倒木の中から引きずり出したローストワームちゃんです。この子、炙って食べるとトロみたいな味がするんですよ。へへへ」


 外ハネが目立つシャンパンゴールドのウルフヘアを楽しげに揺らしながら、千聖は大枝をローストワームの身体に真っ直ぐにぶすりと突き刺していく。


 幼虫とはいえ、ローストワームは千聖の顔くらいの大きさがある。そのうえ深緑色の体液が飛び散るので、とてもじゃないが見ていられない光景だった。


 ローストワームが苦痛に悶え、真っ白な体をぶりぶりとよじらせるたびに、コメント欄が阿鼻叫喚の巷と化す。


:あっ

:あっ

:こいつまた初見殺しを

:一層で死ぬのはこちらだったか

:なんで普通にトロを食べないの……? 


「――そ、そりゃあ、トロなんて高級品を食べるおカネが無いからですよ! でもローストワームちゃんは無料ですからね無料! お財布に優しい!」


 小型ドローンが宙に投影するコメントに、千聖が泣きそうな表情で反応した。かと思いきや、大きな二重瞼をぱちくりさせながら、すぐさまローストワームに向き直る。


 自身の懐事情については、さほど気にしていない様子だった。


 千聖が貧乏なのは、古参リスナーにとっても周知の事実なのだろう。現在の千聖の立ち位置を補足するようにコメントが流れていく。


:財布に優しくてもSAN値に優しくないんだよな

:この子、探索者なのになんでこんなに貧乏なの

:そりゃお前、こんな配信がウケる訳ないだろ

:喜べ、デカい芋虫を焼いて食う美少女だぞ

:需要がニッチすぎて風すら通さない


「えー、現地調達はサバイバルの基本なんですけどねぇ。まあいいや。それじゃ、集めた木の枝に火を点けて、ローストワームちゃんを焼いていきまーす」


:うわぁぁぁ

:まだ動いてる

:ほんとこいつ

:まあ、ちぐさとだし……


 呆れと諦観が、白煙と共にコメント欄に充満していく。この配信を成り立たせている数人のリスナーは、良くも悪くも彼女に過度な期待を抱いていないようだった。


「あ、焼けてきましたよ! この香ばしい匂い、伝わりますかねぇ、伝わりませんよねぇ、残念ですねぇ。あげませんからねぇー? へへへ」


:いらん

:いらん

:いらん


 千種千聖。彼女は好奇心が強すぎるゆえ、通っていた高校を中退して迷宮探索者となった。


 そして好奇心が強すぎるゆえ、目に入るものすべてを味わってみないと気が済まない食の探求者になってしまったのだ。


 そんな彼女は、まごうことなき底辺迷宮探索者であり、救いようのない大馬鹿者である。



 グロテスクな腹ごしらえを終えた千聖は、いつものように一層を巡回していた。一層の配信など、迷宮探索者によほどの話術か容姿がなければ需要はない。


 だが、千聖には『全モンスター捕食』という他の探索者には到底理解し難い目標がある。需要よりも、自身の舌と好奇心を満たすために千聖は活動していた。


 そんな千聖が居る迷宮一層は、ブルーシャ国立公園と名付けられた自然豊かな環境だ。草原を横切るように流れる小川と、大きな山の麓に広がる森林で構成されるこのエリアには、食材にしやすい個体が多い。


 迷宮内に漂う魔素が薄く、モンスターの生態系が地上の生き物に近いからである。


:今日は何すんの

:今日もゲテモノ漁りでしょ

:なんでこんな配信に同接数が20もあるんだ

:顔がいいから

:ちぐさとの顔が良くなけりゃ見てられない

:顔がいいからこそ逆にキツイまである


「き、キツイとかゲテモノとか言わないでください。それに、今日のお目当ては『ライムシャーク』ですから。うるさい皆さんもヨダレハリケーンですよ! へへへ……じゅる」


:セルフヨダレハリケーンやめれ

:てかライムシャークって希少種じゃね

:淡水に生息する鮫だっけ

:そう、焼くと柑橘系の香りがするらしい

:運がないと出会えないモンスターだよ

:ちぐさとには無理じゃん


「ひどッ! 私めちゃくちゃ運ありますけど!?」


 千聖は小型ドローンに向かって威嚇する。とはいえ、千聖も自分が強運の持ち主だとは本気で思っていない。一層のモンスターはあらかた食べ尽くしているのだが、滅多に出現しない希少種のモンスターはまだ拝めてすらいないからだ。


「ま、まあ、今日はリスナーの皆さんが私にひれ伏すような配信にしていくんでね。おでこを床に擦り付ける準備でもしておいてくださ……」


 草原を歩く千聖の足が止まる。前方の岩場に、黒髪の少女が寝そべっていた。安っぽい皮が張られた防具は細かく傷ついており、激戦をくぐり抜けたのだろうと容易に推察できる。


:……生きてる?

:多分、でも様子が変

:かなりダメージある?


「……ちょっと近づいてみましょうか」


:まさか……食う気か?

:人は焼くなよ

:ちぐさとならやりかねない


「――さ、流石に人は食べませんよ! 迷宮の中とはいえ法律がありますし」


:法律がなければいってる言い方じゃん

:迷宮騎士団のみなさまこっちです


 千聖は否定しながらも真剣な表情を崩さずに、ゆっくりと少女へ近づく。年齢は同じくらいだろうか。瞼は閉じられており、千聖が接近しても開かれることはなかった。


 艶のある長い黒髪は、岩の上で渦をまくように乱れている。何度も寝返りを打ったのだろう。そう結論づけた千聖は、少女の肩口に何かを発見する。


「……これって、もしかして」


 千聖は血相を変え、すぐさま横たわる少女の身体へ飛びついた。そして、肩口に勢いよく唇を近づける。迷いのない行動に、コメント欄がにわかに騒がしくなる。


:え?

:嘘だろ

:ホントに食う気か?

:いやまさかそんな

:人喰い配信はちょっと


 大きく開いた千聖の唇が、少女の肌で押し潰れる。粘膜質の湿った音。千聖はそのまま少量の息を「んっ」と漏らすやいなや、力強く少女の肩口を吸い上げた。


:エッッッ

:エッッッッッッッ

:音がえっちすぎる

:キマシタワー

:落ち着けお前ら

:幼虫でブラバしなくて良かった

:これ何してんだ?


 千聖は唇を離し、横を向いて唾液を吐く。

 そこには、少量の血液が混ざっていた。


「あー、昔舐めた蛇の毒と同じ味がしますね。でもあんまり吸い出せなかったし、これじゃ気休めにもならないかな……」


:え……?

:百合じゃなくて毒吸ってたのか

:てか昔舐めた蛇の毒ってなんだよ

:そういうのって吸っていいのか

:たしか毒の種類による

:蛇の毒とかは、口の中に傷がなければ大丈夫


「よっ、と。この子が死んじゃう前に急いで地上へ搬送しなきゃですね。毒の主が現れなければいいんですけど……」


 千聖は少女を手際よく担ぎ、来た道を振り返る。

 だが、千聖の危惧が言霊と化したのか、森林の入口から大蛇が這い出てきてしまう。咄嗟の出来事だったので、逃走する暇さえなかった。


「あちゃー、見つかっちゃいましたか」


 行く手を遮る大蛇は、胴体から下を地に這わせている状態だ。にも関わらず、すでに背丈は三メートル近い。全長でいえば十メートルはくだらないだろう。


:ヤバいヤバい、あれってヴェノムスネークじゃん

:なんで一層にいるんだよ

:迷い込んできたのかも

:まさかこいつに噛まれたのか……

:ヴェノムスネークの毒ってヤバい?

:毒の強さというより送り込む量が多い

:血清打たなきゃ数十分でお陀仏


「ヴェノムスネークは三層が生息地だったはず……焼けば食べ……いや、今はそれより、この子を……」


 ぶつぶつと分析をしながらも、千聖の足は止まらない。あろうことか、少女を肩に担いだままヴェノムスネークへとまっしぐらに駆けていく。


:そのまま突っ込むの?

:いやいやまてまて

:両手塞いで戦える相手じゃない

:どうでもいいけど米俵の担ぎ方すぎる


「急いでますので、最短距離を進むしかないんですよ!」


 千聖はそう叫び、地を蹴った。


 瞬間、ヴェノムスネークの身体がバネのように縮み上がり、瞬きも許さない速度で射出された。大きく開かれた口が、さきほどまで千聖が居た場所を勢いよく通過する。配信用の小型ドローンが揺れ、風を切り裂くような轟音を拾った。


:うおおおおおおお凄い音

:てか全然見えなかったぞ

:躱したのか……?

:いや、この体勢はマズイ


 すでにヴェノムスネークは追撃の構えに入っている。千聖はいまだ着地しておらず、空中で身動きが取れない状態だった。


:ちぐさと逃げて

:うわぁぁぁぁぁぁこれは

:ちぐさとおおおおおおお


 コメント欄を掻き消すように、無慈悲な二撃目が千聖へと放たれる。逆光で二つの影が折り重なる。ヴェノムスネークの強靭な顎が、千聖の太腿を捕らえたかに見えた。


 だが、千聖はヴェノムスネークの牙を足場にして、二度目の跳躍に成功した。


 ヴェノムスネークの勢いが加算された千聖の身体は、遙か遠くの小川へと着地する。水飛沫の中に見えた千聖の頬は、はっきりと紅潮していた。


「えへへへっ、今のは、危なかったです!」


:いや、危ないというか

:なんだ今の猿みたいな動き

:風魔法無し……だと?

:ちぐさとって、底辺なんだよな?

:いつも一層に居るし底辺じゃないの?


 疑問が渦巻くコメント欄を尻目に、千聖はぐんぐんと加速して一層の入口にある魔法陣を踏む。千聖の全身が眩い光に包まれるやいなや、すぐに周囲の景色が変化した。探索者用の医療施設がある、迷宮の入口まで転移したからだ。


「う、うぁぁっ……」


 駆ける千聖の背で、少女が苦悶の表情を浮かべた。ヴェノムスネークの毒が回り、ゆっくりと神経を蝕んでいるのだろう。血の気を失った肌には、大量の発汗が見られた。


 千聖はそのまま速度を落とさず、人混みを掻き分け、なんとか医療施設に辿り着いた。ただならぬ様子の千聖を見たスタッフが、弾かれるように飛んでくる。


「――ヴェノムスネークの毒にやられた探索者です!」


 千聖はそう叫び、近くのベッドに少女を横たわらせた。かなり苦しそうだが、まだ息はある。とはいえ一刻を争う。千聖は壁に掛けられた時計を見て、少女の命の火が消えるまでの時間を推測した。


 助かるだろうか。


 千聖が不安に駆られるよりも早く、数名の医療スタッフが追加で駆け付けてくる。血清とおぼしき抗毒素を、少女の血管に手際よく打ち込んでいた。


 その様子を見た千聖は安堵の息を漏らす。


:おつかれ

:危なかったな

:助かる、かな?

:迷宮の医療スタッフは優秀


「……ええ。ヴェノムスネークの抗毒素がすぐに用意できるのは、抗体の研究が進んでいて、かつ救助の前例があるってことです。きっと、なんとかしてくれるでしょう」


 千聖は慈悲深い表情でそう呟き、大きく背筋を伸ばす。お礼を告げてくる医療スタッフと軽い会話を交わしてから、再び迷宮の入口へと歩を進めた。


:え、迷宮に戻るの?

:今日は疲れたろ


「……いやいやいや、何を言ってるんですか皆さん」


 流れてくるコメントを見て、千聖はわかってないなと言わんばかりに首を横に振った。


「三層のモンスターが食べられるチャンスですよ!? へへ、考えただけでお腹すいてきました……。ローストワームちゃんで腹ごしらえしてきます」


:なんだこいつ

:三大欲求を食欲に振り切った悲しき怪物

:その芋虫さっきも食ってたろ

:何匹食べれば腹ごしらえるんだよ


 そんな指摘には目もくれず、千聖はお腹を擦りながら一層へ再び潜っていく。


 先程の人助けが、別の配信で思わぬ波紋を呼んでいることなど知る由もなく。


――――――――――――――――――――――


『【迷宮探索】振旗ふりるの初心者配信! #02』


:うおおおおおおお間に合った!?

振旗ふりはた助かるよな!?

:大丈夫だ信じろ

:あの水色ジャージがいなかったらヤバかった

:推しが死ぬところなんて見たくないよ

:アイドル辞めて探索者になるなんて無茶だって

:初探索でこんな怪我しちゃうなんて

:それよりあの探索者は何者だ?

:一層にいるし初心者だろ

:初心者か? 風魔法も使わずにあの跳躍だぞ

:しかもふりるを抱えたまま全力疾走

:疾風ゴリラじゃん……

:なんか毒の知識もありそうだったよな

:疾風毒ゴリラじゃん……

:でも可愛かったね

:チャンネル見つけた。『千種千聖』で検索しろ

:お、ほんとだ

:あんま伸びてないな

:ふりるの続報が入るまで配信観てやるか

:俺も2窓で観る

:今なんか焼いてる

:白い生き物?

:あっ

:あっ

:あっ

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