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第2話 無料食材のテーマパークに来たみたいですね、テンション上がるなぁ


『【空腹迷宮配信】ちぐさと、たべます #489』


 迷宮一層、ブルーシャ国立公園。雄大な自然が織り成す絶景は、初めて探索した者たちから「魔法のようだ」と評されるほどだ。


 だが、千聖の第一声は残念なことに「無料食材のテーマパークに来たみたいですね、テンション上がるなぁ」であった。


「はーい、今日も元気にいきまっしょい。ということで、ちぐさとこと千種千聖です。いぇいいぇい」


 そんな風情もへったくれもない千聖が迷宮探索者となって早二年。一層の探索には随分と慣れてきた様子だ。襲い来るゴブリンを片手剣でいなしながら、いつもの挨拶を口にする余裕さえ垣間見える。


:毎度のことながら適当すぎる

:戦闘中に配信を始めるやつがあるか

:ちぐさとって何気に強いよな

:まあ言っても一層だし


 千聖はゴブリンの棍棒を上半身の動きだけで避け、がら空きの胴体にカウンターを浴びせる。ゴブリンの身体は見事に両断され、二つの塊が地に落下した。

 片手剣に付着した血液を何度か振り払い、千聖はぽつり呟く。


「……お腹が空いてきましたね」


:えっ

:嘘だろお前

:ゴブリンはダメだって

:チンパンジーより人だぞ


「や、やだなぁ皆さん。いくら私でもゴブリンは不味くて食べられませんよ! 私の目標は『全モンスター捕食』ですけど、日々のモットーは美味しく食べることですから。へへへ」


:なんで味を知ってるんですかねぇ

:お前……もう食ったのか

:美味しかったら常に食べるみたいな言い方

:ちぐさとだしな……


 ここに居る精鋭リスナー達は、常軌を逸した食欲に対しては慣れたものだった。千聖はなまじ容姿が良い分、新規リスナーが寄り付きがちなのだが、中々定着しない。


 理由は言わずもがなである。


 しかし、昨日の配信を機に風向きが少し変わっていた。

 千聖は小型ドローンが映し出す配信情報を凝視してから、何度も首を傾げる。


「今日の同接数、なんか多くないです?」


:ホントだ50人くらいいる

:いきなり倍以上とか

:グルメ系のメディアに取り上げられたのかな

:こんなのを取り上げるメディアがあるかよ

:ふりるの配信から来ました

:俺も


「ふりるの配信……」


:何日か前に助けた探索者じゃね?

:毒食らってた子


「あぁ、あの子ですか! 無事だったんですかね?」


:回復しつつあるらしいよ

:貴女のおかげで推しが救われました

:本当にありがとう

:ありがとうございます


 流れてくる感謝の言葉に、千聖は破顔する。我が道をゆく配信スタイルとはいえ、やはり人からの好意は嬉しくなってしまうものだ。


「ふ、ふへへ。そうでしたか、無事なら良かったです。ずっと気になってたんですよ。よーし、今日は気分が良いので、贅沢を極め尽くしたご馳走を作っちゃいますよ!」


:わ、わーい

:ご馳走……ねぇ

:金色の芋虫か?

:ありえる


「ば、バッチくそにナメられてますね……。ふふん、いいでしょう。すぐにギャフンと言わせてやりますから」


 千聖はそう宣言しながら、ゆっくりと歩を進める。目的地はブルーシャ国立公園を横断する渓流だった。白のハイテクスニーカーが落ち葉を踏む度に、ざっざと小気味の良い音が鳴る。


:千聖さんって軽装ですね

:たしかに

:俺たちは見慣れたけど、確かにそうだよな

:探索者が上下ジャージて

:可愛いんだからオシャレしろよ


「えっ、このジャージ可愛くないですか!? それに、とっても機能的なんですよ。汚れても丸洗いできますし、ジッパー付きのポケットにおやつだって入ります」


:おやつ……

:芋虫か?

:ポケットに直で?


「うう……流石にそれはないですよ。何を言ってもナメられちゃいますね。もういいです、しばらく黙ってますから」


 千聖は眉を八の字にして、ぷいと小型ドローンから顔を背けてしまった。


:おい配信だぞ

:まあ無言配信とかもあるし……


 しかし、背けた視線の先にいたモンスターが、彼女の好奇心をいとも簡単にくすぐった。


「あっ、あっ! 見てください。蜘蛛型のモンスターいますよ!」


:無言とは

:PONすぎる

:脊髄反射で喋るな


 先程の発言はどこへやら。千聖は嬉々としながら、右手に生い茂った木々の隙間を指差した。千聖の居る場所からおよそ十メートル先。


 そこには、千聖の上半身くらいの大きさを誇る蜘蛛が、円形に広がる網の中心で佇んでいた。


「造網性で、あの模様と手足の長さ……ジョロウアラクネちゃんで間違いないですね。あれならいけます」


:えっ

:えっ

:えっ


「造網性の蜘蛛型モンスターは獲物が引っ掛かるまで待機するので、基本的には襲ってきません。徘徊性の種と違ってぴょんぴょこ飛び跳ねませんし、捕まえやすいんですよ。まあ、うっかり網に引っ掛かると私が食べられちゃうんですけどね。へへへ」


 千聖は一年以上に及ぶ現地調達で培った知識を口にしながら、ジョロウアラクネへ近づいていく。飛んでいる虫を捕獲するためか、網は千聖の背丈よりも高い場所に張り巡らされていた。


:いや待って

:クモ食べんの!?

:芋虫食うなら蜘蛛も食うか

:でもモンスターだぞアレ

:ご馳走ってこいつのことか?

:ギャフンって言いたくなるよこれは


 千聖はコメント欄のツッコミを流しつつ、片手剣を構えて腰を落とす。踏み締めた落ち葉がざっと鳴った瞬間、そこに千聖の姿はなかった。


 右、左、右。


 次に小型ドローンが千聖を捉えたのは、周囲の木々を足場にした跳躍で高度を稼ぐ姿。千聖はジョロウアラクネとの距離を一瞬で詰めたのだ。


「――はっ!」


 蜘蛛の身体は昆虫と比較して柔らかい。ジョロウアラクネも然り。ゴブリンの身体を両断する剣術をもってすれば、ジョロウアラクネを両断するのは容易い作業だった。


「よし、そら豆ゲットです!」


:そら豆……?

:焼いた蜘蛛は味が近いらしい

:もう何も言わねえよ

:初見ついてきてるか

:無理かもしれない

:いつもこうなんですか?

:安心しろ、いつもだ


 難なく着地した千聖は、地に落ちたジョロウアラクネをじっと眺める。ジョロウアラクネは身体が大きいので、小柄な千聖が持ち運ぶには両手を使う必要がある。よって、可食部が多い方を吟味しているのだ。


:蜘蛛って毒とかないんですか?

:たしかに見た目がもう毒って感じだよ


「ああ、それは大丈夫です。この個体は毒がありませんし、仮に毒を持った個体だとしても食べる分には問題ありません。蛇や蜘蛛みたいに攻撃で用いるタイプの毒って、胃液で無毒化できちゃいますから。もちろん例外もありますが……」


:そうなんだ

:ちぐさとって意外と賢い?

:なんでそんなに詳しいの

:生物学専攻してた?


「いえいえ。私は高校を中退してますし、学力はありません。毒の知識についても、ネットや書籍で仕入れたものばかりですよ。まあ……自然界の生き物をいただく以上、毒の存在は無視できませんからね。生きるための知恵ってやつです」


:そっか、貧乏だもんな……

:なんかごめんな

:【¥3,000】これで何かたべてください


「――わっ、いいんですか!? ありがとうございます、ありがとうございます! へへ、じゃあ私からも皆さんに何かお返ししなきゃですね」


:おっ

:そんなお礼なんて気にすんなよ

:ちぐさとおおおおおおお結婚してくれ

:ちぐさとが元気ならそれでいい


「じゃあ、さっきのジョロウアラクネちゃんの左側が視聴者プレゼントってことで。抽選でご自宅にお届けします!」


:お礼……?

:テロだろ

:段ボール開けて絶叫するわ

:セブンのラストシーンかよ


 不評の嵐を受け、千聖はいつものように反論しようとしたが、すぐにやめた。

 遠くの茂みから、聞きなれない鳴き声を耳にしたからだ。それは鳥の囀りのような美しさだった。しかし千聖は、うっとりと耳を傾けはしない。


「この鳥みたいな声は、まさか……いやでも、そんな」


 千聖にしては不安げな声色に、リスナーも異変を察してしまう。


:どうした

:普通に鳥じゃないの

:いやさっきの声は……


 茂みが揺れる。地が揺れる。

 ぺたりと、粘膜質の足音が鳴り響く。


「……ポイズンスピアフロッグ。なんでこう、三層にしか生息していないはずのモンスターが出てきちゃうんですかね」


 千聖の呟きと共に現れたのは、全身が毒々しい黄色で覆われた大型の蛙だった。自動販売機ほどの大きさだが、蛙は時に自分よりも大きな獲物を丸呑みにする。千聖にとっては、脅威でしかない。


:また毒持ちかよ

:こいつも食うのか?

:カエルって美味しいらしいぞ

:ポイズンスピアフロッグって地上で言うと何?

:ヤドクガエル

:ヴェノムスネークよりやばくね?


「はい。さすがの私もこの子は食べられませんよ。というより……触れただけでアウトな毒なので、そもそも近づけません」


 逃げるしかない。千聖は瞬時に判断したが、すでにポイズンスピアフロッグの瞳は千聖を餌として捉えていた。





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