黒騎士とルビー・エスクワイアが刃を交える度に火花が辺りを照らし、周囲を光で染める。
爪の一撃に素早さはないが、十分な重さがあるのかルビー・エスクワイアが押されているのが見て取れる。そのままルビー・エスクワイアを突破されては、凛那自身の身に爪が振り下ろされるだろう。
騎士鎧は基本的に騎士を守る一般的な鎧と意味合いは変わらない。攻撃されれば主の代りに防御し、砕かれれば主が傷を負う。
鎧が破壊されない限り本体はダメージを負わない。
普通の鎧と違うのは特殊能力を持ち、意志で動く事か。
昂我は凛那の後ろで護られているばかりでは邪魔になると思い、後方へと下がる。
瓦礫の内部に何かあれば、彼女のサポートができるかもしれない。
半壊しているビルに入口はなく、建物は真上から真っ二つに崩れ、玩具の家の様に中が丸見えである。
せめて黒騎士の気を逸らせるきっかけさえあれば、ルビー・エスクワイアが槍でとどめを刺せる筈だ。
後方を振り向くと未だに凛那と黒騎士はその場で激しい攻防を繰り広げている。凛那の表情は見えないが、やはりルビー・エスクワイアの制御に慣れていないのが分かる。
彼女は戦闘のプロではない。
つい先日まで普通に生きてきた女子高生なのだ。
内心、もう少し耐えてくれと思いながら瓦礫の中を走り出す。
崩れた瓦礫の中には逆さまになったデスクや椅子。
何処から飛んできたのかゴミ袋や段ボールが捨ててあった。
「くそ、何もないのか」
こんな場所には鉄パイプの一つでもあるだろうに、と勝手に考えたがそれに該当する物は一つもない。
(何か黒騎士の攻撃を一撃でも防げるほどの硬度を持った物で、俺に扱える物さえあれば――)
そもそも現代兵器は騎士や人外の者には効果がないと、浅蔵が言っていた。こんなビルの隙間に都合よく黒騎士に対して有効な攻撃手段があるとは思えない。
(万事休すか――?)
昂我は瓦礫に左腕を叩きつける。
甲高い金属音が半壊したビル内にびいては消えた。
「……なくは、ない、か」
昂我は振り返り凛那を確認すると、護るのに手一杯で攻勢に移れないのが分かる。
やはり、今の切り札はこの程度しかない。
★ ★ ★
昂我が後方に下がったのが凛那も感覚で感じ取れた。
レプリカに侵食されているせいか騎士紋章が昂我にも反応しているので、なんとなく居場所が掴めるのだ。
黒騎士の爪は確かに鋭いが一撃が遅く、ルビー・エスクワイアでも何とか避ける事が出来る。しかし槍で受けとめる度に衝撃が伝わり、徐々に後退するのも分かる。
(ち、力では勝てない――!)
目を薄っすら開くと赤い鎧の騎士が戦っており、肩越しに眼が黄色に輝く獣の姿が見える。
(あの獣がルビー・エスクワイアを突き破り、私に爪を立ててきたら――)
想像するだけで身震いがする。
獣の様な息遣いと叫び声、一撃で人体を真っ二つにする様な爪、一瞬で凛那は絶命するだろう。
「う……」
集中が途切れ、自分が喰われるイメージが脳内に蔓延る。
(い、今は集中しないと――あの時と同じになっちゃう!)
改めてルビー・エスクワイアに意識を向けると赤鎧と視線が同調し、感覚的に鎧を動かすことが可能となる。
はじめて動かしたときより重量感がないのは、きっと浅蔵先輩が渡してくれたこの『蒼の髪飾り』のお陰だろう。
今も装着しているが、髪飾りを付けている場所が熱を持っているように感じる。
(けど、もし、もし私がここで打ち負けたら――)
奮い立たせた心は不安な将来を想像するだけで、簡単に瓦解してしまう。
分かっているのだ。
凛那はいつも未来を想像して不安になり、泣き寝入りを言っては、いつも自分に都合よく解釈して物事から逃げてきた。
だからこうして『逃げられない壁』が現れた時、心は恐怖と不安そして責任の重さに支配される。
単純に戦う行為が怖い、逃げたい、自分が失敗したらどうなるのか、誰かが何とかしてくれるのか。
そこに答えはない。
誰も答えてくれないし、いつもの様に逃げ道もない。
今もこうして、自分を奮い立たせたばかりだというのに、またすぐに不安になっている。
凛那の意思に連動するようにルビー・エスクワイアも動きが鈍り、爪の一撃に体勢を崩す。
あまりの重たさに地面に膝を付きそうになり、何とか持ちこたえるも次の一撃を避ける程の余裕がルビー・エスクワイアにはなかった。
「う……っ!」
――終わる。
気迫に負け凛那は尻もちをつく。
(四桜公園の時も騎士としての責任を悩み、昂我君を犠牲にした。そして今も――)
あの時の黒騎士の攻撃の責任が遅かれ早かれ、振り下ろされるだけだ。
結局責任と恐怖の重みに耐える事が出来ず、凛那は――死を受け入れて、逃げようと。
「うおおおおおおらあああ!」
四方をビル内に囲まれた閉鎖空間に轟く、魂の叫び。
絶叫と共に訪れたのは鉄と鉄が討ち合う乱暴なまでの爆音。
「ぐがあっ」
小さな悲鳴を上げて黒騎士がその場から一歩飛び退った気配を感じ、凛那の意識は現実に呼びもどされた。
「俺が相手だ、鉄クズ野郎!」
目の前で黒のダッフルコートが風に揺れ、舞い煽られながら飛んでいく腕を吊っていた白い三角巾。
「うちのお姫さんに手を出す奴は俺が許さねえ――って一回くらいは人生でいってみたい台詞、ベスト七くらいだよな」
黒騎士から視線を外さずに、昂我は冗談交じりでそう言った。
きっと今日も前髪で左目を覆いながら不敵に笑っているのだろう。