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第32話 ゼロー騎士


「もっと実感があるものだと思っていました」


 凛那が自分の息で両手を温めながら、ボソッと呟く。


「実感は後から来るもんよ。凛那はよくやった」


 昂我は軽く笑い飛ばしながら月を眺める。

 陽はまだ昇らないが、早くも新聞配達のお兄さん達が作業をしている。時刻は午前三時過ぎ。


 街は何事も無かったように今日も陽が昇る前準備をしている。


 黒騎士の脅威が去ったというのに凛那の表情は暗いままだ。今も昂我の言葉に無言のまま俯いている。聞こえていないのではない、何かを考えている様だった。


(それは俺も同意だがな)


 二人はナイトレイの屋敷まで無言で歩き続ける。

 その間に先ほど起きた事を昂我は回想していた。


 ――――。

 ――――――。

 ――――――――。


 紅玉騎士ルビー・エスクワイアの《月をも貫く槍》が黒騎士に直撃した。


 昂我は赤外線レーザーポインターの様な赤い線が確認できた直後に、全力で後方へ跳躍したが、《月をも貫く槍》の爆風に巻き込まれビルの壁面に背中を討ちつけて咳き込む。


 すぐさま凛那が駆け寄ってきて、立ち上がるのに手を貸してくれた。

 眼前では砂煙が月明かりに照らされ、黒騎士の姿は確認できない。


 凛那が己の覚悟を決め、黒騎士を討伐する――いや、昂我を助けてくれるために投げた一撃。


 それは確実に黒騎士を捉え、想像以上の爆発を生み出した。

 肩を貸してくれている凛那の表情の盗み見ると、息切れしながら砂煙を見つめている。


 表情には余裕がなく、体温は熱いくらいだ。

 内心、これで終わってほしい、と考えているのだろう。


 今の彼女にこれ以上意志の乗った一撃を繰り出せないのは誰が見ても明らかだった。

 肩の力が抜けた良い投擲だったと昂我自身も思う。


 だが――。

 昂我の左腕は元の人間の腕に戻らない。


 ――それはつまり。


 黒騎士が生存していることを意味している。


 徐々に砂煙が落ちついていくと、そこに立っていたのは右胸から右手の先端までを無くした黒騎士の姿だった。奴は咄嗟に獣の直感で反応し、頭部の直撃を避けたのだ。


「まだ来るか……?」


 打ち付けた背中をさすりながら凛那から離れ、彼女を守る様に前に立つ。


 黒騎士はグググと喉を鳴らしながらその場に立ちつくしている。黄色に輝く瞳はこちらを捉えれているようだが明らかに致命傷を受けているのか、何度か明滅している。


(あと一撃、それさえ入れば、全てが終わる)


 震えている凛那に伝えようとした時、月光に照らされた何かが黒騎士を取り囲んだ。


 何か――あれは人型だ。


 初めは月光に反射する物体だと考えたが、あまりにも光り過ぎている。

 それはその者自身が発光しているからだろう。


 その者は背中に羽を生やし、身体に鎧をまとっている。しかもその数は五体。


 鎧を身にまとった女神達が、瀕死の黒騎士をとり囲んでいる。

 黒騎士は光に照らされ、苦しそうに嘶いた。


 女神達は初めに首、左手、腰、と素手で黒騎士にとりつけ、空に舞い上がる。暴れる黒騎士に体勢を崩すも残っている女神が左脚、右脚を素手で拘束し、黒騎士の動きを抑制する。


 そして最後に何処から飛来したのか両手に剣を持った女神が、無くなった右肩に二本の剣を深々と尽き刺す。


 血の雨が辺りに降り注ぐ。

 黒騎士の鎧はルビー・エスクワイアがやっと貫ける程の硬度だが、鎧がなければ人並みなのだろう。


「ウガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 突き刺さった剣を引き抜こうと暴れるが体全体が拘束されている上に、六体になった女神が全身を拘束しているので、黒騎士は咆哮しかできない。


 それを昂我と凛那はただ呆然と見上げる事しかできなかった。


「彼の身は拘束させてもらう」


 いつの間に目の前にいたのか、全身を白銀鎧で固めた一人の騎士が立っていた。腰には片手剣を差し、背中には巨大な盾を背負っている。いかにも騎士の中の騎士のような格好であり、全身に金の装飾が施されているなど、高貴さが伺える。


 兜から漏れる声はボイスチェンジャーで変更されたような機械ボイスで、性別は分からない。


「あんたは……?」


 騎士の鎧はあまりに純白に輝き、白銀といっても過言ではない。

 白銀騎士は押し黙った後、


「零」


 と、応えた。


「零――だと」


 昂我は戸惑いながら足元から頭まで、目に焼き付けるように見てしまう。


「あ、あなたが零……!」


 凛那は黒騎士が去った事と、助けが入った事により力が抜けたのか地面に座り込んでしまった。


「あんた、何で今頃姿を表したんだ? もっと早く来てくれると冷や冷やしなかったんだがな」


 嫌味を含めながら、表情も感情も読めない白銀騎士に疑問を投げつける。


「あれほどの爆発音が聞こえなければ、見つけられなかった。私は鎧に飲み込まれた黄玉騎士を追っていてね。感謝する」


 右手を大きく振り上げ、降ろす反動で大げさにお辞儀する。


「安心して欲しい。これで街は救われた。君の腕もこの通り」


 零が昂我の左腕に触れると漆黒の甲冑だった部分が、光に包まれて人間の腕に戻る。


「な、なんだよこれ。まだ黒騎士は生きてるんじゃないのか」

「黒騎士は紅玉の一撃で瀕死状態だからね。この程度なら私でも可能」


「けどなんか重たさは……変わらんぞ」


 見た目は元に戻ったが、まだ鎧の重みを体が感じている。


「時期に重さも消えるだろう、彼を処分したらね」



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