「……黒騎士を処分するのか?」
「ええ、私はその為に存在する。騎士を断罪する。間違いを起こした騎士の息の根を止めるのが私の役目」
「息を止めるのが役目か、まるで暗殺者だな」
「汚れ役を任せられている」
「その割に女神を操るとは、随分洒落た技を持っているじゃないか」
「あれは私のものではないよ。借りもの」
喋り方からも男か女か分からない。落ち着いた素振りで会話にも淡々と答える。
「さて、それでは私はもう行こう」
二人に背中を見せて零はこの場から立ち去ろうとし、足を止めた。
「一つ忘れていた。紅玉」
名前を呼ばれビクッと凛那が身を震わす。
「近日ナイツオブアウェイクが一同に集まるよ。そのときは、また」
あ、あのと凛那が口を開くが見向きもせず、今度こそ零騎士はその場から歩いて立ち去った。
――。
――――。
――――――。
そうして黒騎士は零によって討伐された。
相変わらず腕の重さを感じるがこれも呪いの後遺症のようなものだと思い、昂我はもう少し様子を見ることにした。
深夜四時にナイトレイ家に到着した二人は、お互いに疲れ切っていた。
眠気のピークはとうに越えていたが一言も会話を交わさず、リビングでコートを脱いでハンガーに掛ける。
室内がまだほんのりと温かいのは、夕陽が先ほどまで起きて待っていたのだろう。
二人は大き目のソファーに身を預ける。二人の間にはまだ一人くらい座れるスペースが生まれていた。
昂我は左腕を何度か握っては開いてみながら感覚を確かめる。傍から見れば間違いなく人間の腕に戻っているのは間違いない。
「終わったんですね」
凛那が昂我の左腕を見ながら言う。
その言葉はどこか感慨深げだ。
「そうだな」
結局は零と呼ばれる存在が黒騎士を片付けたので終わった実感が沸いてこないが、やっぱりこの事件は終了したのだろう。元に戻った腕を見ているとそう感じる。
あの零とは何なのか、これから凛那たちはどうするのか、聞きたい事はいくらか浮かんだが、腹の音がそれをかき消した。
「お腹空いてますね?」
クスッと凛那が笑う。
凛那は疲れ切っているがもう戦う必要がないと分かったのか、これまでの硬い表情はなく重荷が下りたような顔をしている。
「何か、冷蔵庫にあるか見てみます」
立ち上がって凛那はキッチンへと向かった。
一人でソファーで待っているのも偉そうな感じがして、凛那の後についてキッチンへと移動する。カウンター越しに食材を探している凛那の背中を見つめる。
あの小さな背中を見て、もう戦場に向かわせなくていいと思うとなんだかほっとした。きっと凛那が生きている間に、事件という事件も今後は起きないだろう。
これで彼女も平和に生きていける。
「うーん……」
なんとなく眺めていたが、あまりにも凛那が悩んでいるのでつい声をかける。
「無理しなくていいぜ?
こんな遅い時間だし、手間を取らせるのは悪い」
「いえ、でも折角ですから」
何が折角なのだろうと思ったが、特に突っ込まず彼女が取り出した食材を見る。
「卵、か」
「昂我君はあちらでゆっくりしててください。今、何とかしますから」
何とかしますの部分に一抹の不安を感じながら、昂我は「お、おう」と一言返して、ダイニングテーブルの椅子に座る。
丁度カウンター越しに彼女の顔だけ見れる位置だ。
凛那は冷蔵庫から卵以外にも幾つかの食材を出して、早速調理に入っている。しかしその手つきがあまりにも危なっかしいのは、見えなくても表情で分かる。あとまな板と包丁の音。
「もしかして、初めてなのか」
「そ、そんなことはありません! こ、このくらい私だって!」
軽快なまな板の音とは違い、不協和音が聞こえてくる。
「お、俺が作ろうか? なんか作りたくなってきたなー?」
「だ、大丈夫ですから、こっちを気にしないでください!」
珍しく強気な言葉に小さく返事して、遠目から彼女を見ることにした。凛那は私服の上にエプロンを着用し、腕をまくって一生懸命に料理をしている。試行錯誤して何かを切り、考えながらフライパンを温め、何だか分からない調味料を加え、フライパンに蓋をする。
これが本来の彼女なのかもしれない。
普通の女子高生が普通に料理している姿、騎士として戦いに身を置かない姿。
それが自然なんだ。
凛那は額を腕で拭い、あとは焼けるのを待つのかやっとこちらを見る。
「お待たせしてすみません。も、もう少しですから」
「俺のほうこそ、こんな真夜中にありがとう」
昂我はにへらと笑い返す。
凛那も同じように微笑み返してくれた。
「よかったです。本当に」
「ああ、これで黒騎士の被害もなくなる」
「いえ、そうではなくて」
「ん?」
蓋を開けて凛那が箸で中を調整している。
「昂我君が無事で」
「肩の荷を下ろしてくれたようで俺も嬉しいよ」
「もしこのまま――元に戻れなかったらどう責任を取るべきかずっと悩んでいました」
「責任なんて」
「後日、またちゃんとしたお礼はしたいと思いますが、今出来る事の精一杯です。どうぞ」
皿に盛った料理を凛那がキッチンから運んできてくれた。
手に持っているのは黄色くて、黄色い――凄く黄色い……オムライスだった。