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第34話 夜食-左目

 卵を使っていたのは確認したが、いつの間にご飯や具材を炒めていたのだろう。

 女の子や料理のことは全然知らないが、もしかしてお嬢様学校で手早く料理するスキルでも習得させてもらえるのだろうか。


「どうぞ、召し上がってください」


 黄色いオムライスの上に文字などは書かれていないが、それでも女子の手料理と思うと何故か緊張してしまうのが男のサガ。

 昂我の隣では凛那が目をキラキラさせながら、こちらを見つめている。


 ごくっ。


 お腹が空いているせいか、それとも彼女の期待が重たいせいか喉が勝手に生唾を飲み込んだ。


「いただきます!」


 渡されたスプーンを手にして、一気に料理へ一撃を差し込む。オムライスの先端から卵とご飯を持ち上げ口の中に運ぶ。見た目はとても綺麗で丁寧に調理されている事が分かる。


「おお!」

「ど、どうですか……?」


 心配そうに見つめてくる凛那をよそに、次々口の中に料理を運んだ。

 中に鶏肉は無くてもケチャップで炒められていなくても、その結果ただの白米の上に薄い卵だけが乗っていたとしても、


(これは何故か旨い! 味はないが気持ちが入っている!)


 と、思う。


「おいしいよ!」


 具が無くて何処でまな板を使ったのか理解できないがそれは置いておいて、余ったご飯の少し硬い感触と焼いた卵のとろける様なハーモニー。


「ほ、本当ですか、良かったです!」


 ホッと胸を撫で下ろして、食べ終わるまで凛那は静かに様子を見ていた。


「ごちそーさん!」


 一気に料理を書き込んで、丁寧にスプーンを置く。


「おそまつさまです」


 昂我は食べた食器を持ってキッチンに立つ。


 折角作って頂いたのだ、食器洗いくらいはさせてもらおう。すると凛那も並んで同じようにスポンジを手に持った。


 ナイトレイ家のシンクは大きく、二人並んで食器を洗っても、のびのびと片付けができる。 カチャカチャと食器の音だけが聞こえる中、ぼそっと凛那が呟いた。


「明日から自宅に戻られてしまうのですか」

「腕が治ったからそうなるな……学校にも行かないとか」


 ナイトレイ家で過ごした数日は短いが、普段できない経験だったこともあり、名残惜しい気がする。別に妙な心情が含まれているわけではないぞ、と自分自身に念を押す。


「あ、そうですね。まだ少し三学期があります」


 きっと彼女は明日から普通の生活に昂我が戻ることを考え、今すぐにでもお礼がしたかったのだろう。だからこんなに遅い時間でも頑なに料理をしてくれたのかもしれない。


「あの、変なことかもしれないですけど、聞いてもいいです?」


 食器を拭きながら凛那が珍しく自分から質問を投げかけてきた。

 洗い終えた昂我は手を拭きながら、快く応じる。


「ずっと気になってたんです。その左目、もしかして、と」


 答えにくかったら……と彼女は言葉を濁した。


「寝てるところを看病してもらったり、数日一緒だったもんな。やっぱ気が付いてたか。怖がらせてたら申し訳ない」

「い、いえ、そんなことは」


 左目を隠している前髪を弄りながら、言うべきか迷う。

 特別人に言うモノではないし、日常生活でも言う必要がないから黙っていたものだ。

 だが凛那が自分から打ち溶けようと足を踏み入れてくれた事がこそばゆい気がして、左目の事を伝える決心をした。


「物心がついたかつかないかの頃に事故で無くした、らしい」


 らしいってのは、今の両親から聞いた話だからだ。

 昔から無いので、あったころの感覚が分からない。無くなったものは無くなったのだから、それほど喪失感もなく生きてきたので、あまり執着心もない。


「だから、まあ、なんだ。右目しか見えないことは気にする必要がない」


 凛那があんなに落ち込んでいた中に、実は違う感情がほんの少しだけ混ざっている感じがした。それは多分、この左目のことだ。

 右目しか見えない上にレプリカに侵食された事を気にしていたのだ。相変わらず、よく見ている子だと思う。


(そこまで俺の事なぞ、気にしなくてもいいのに)


「そうですか、あ、あの。もし、何か困りごとがありましたら、いつでも家に来てください。そ、その左目だけの事じゃなくても、また、ご、ご飯も作りますから!」


「心配してくれてありがと。浅蔵にもこの件が終わったことを伝えて、生活が落ち着いたらまた遊びに来るよ」


「は、はい。うちは夕陽さんと私だけですから、来客があると賑やかで楽しいのです」


 そうか、凛那はもう夕陽さんと二人暮らしなのか。

 物事が落ち着いたら、きっと全てが終わった寂しさが押し寄せてくるに違いない。

 なら、早めに顔を出しに来ても良いかな、なんて思った。


「洗い物も終わったし、そろそろ寝るか」

「はい、そうですね」


 二人は廊下を歩き、分かれ道で、凛那が小さく手を降る。


「あ、そうだ」


 思い出したように凛那が囁き声で俺を呼び止める。


「なんとなくですけど、私も人生捨てたもんじゃないって気が何故かしてきました」


 それじゃ、と言いながらぺこりと頭を下げて部屋の中に入っていった。


 部屋に入ると腹にご飯が入ったせいか、やっと疲れが押し寄せてきて強い眠気が昂我を襲う。

 すぐさま寝間着代わりのジャージに着替え、文字通り倒れるようにベッドで就寝した。


 左腕の重さが未だに残っていたが、そんな事すらも忘れて、深い夢を見た。


 深い、深い、何だか懐かしい、でも詳細を思い出せない、そんな夢だった。


 とても小さい――――――泣いているのだけは覚えている。


 あとは何にも覚えてない。

 だけど、やけに胸だけは暖かかった。


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