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第37話 幻影

 浅蔵に黒騎士の件が片付いたと電話をしたとき、零が言い残した『近日ナイツオブアウェイクが再び揃う』という言葉を伝えた。


 浅蔵はその件について凛那と話を進めるといっていた。昂我はもう部外者なのでそれ以上関わる事は辞めたが、蚊帳の外というのも寂しいものである。


「うー、今日も冷えるなあ」


 ワザとらしく震えながら花菱が自分の肩を抱く。


「確か大きな寒波が向かっているらしいね。もうすぐ何十年ぶりの大雪とか、ニュースで言ってたよ」


 高梨は携帯の画面で天気予報を見ながら呟いた。


「大雪ねえ……毎年何十年ぶりとか言ってるよなあ。っと、じゃ、俺はこっちだから、赤槻、高梨、また明日なー」


 暗闇の中、街頭だけが灯る三叉路で花菱が手を振る――。

 その曲がり角から青白い影が伸びる。


 体は反射的に加速していた。

 足の筋肉は瞬間的に地面を蹴り、体は風の抵抗を減らすために上半身を低く保つ。体を小さく縮ませてつつ花菱目がけて突き進む。


(花菱を引っ張るか? いや間に合わない)


 花菱もろとも壁に激突するのが最良。咄嗟の判断で花菱に体当たりし、花菱はぐえっと短い声を出して、壁に叩きつけられた。


 すぐさま倒れた花菱を片手で受け止め、地面を転がって距離を取る。

 病み上がりのせいか想像以上に体が重い。


 それでも危険を察知した火事場の馬鹿力のおかげか、何とか『脅威』と距離を取ることができた。一瞬視線を外すと高梨は声も上げられないのかその場に固まっている。


「一般人を襲うってのは関心しねえなあ、と言っても聞こえないか」


 その『脅威』と対峙する。

 それの全身は真っ青な炎に包まれている。

 だが本当に燃えているわけではない、なんというかオーラのような燃え方だ。

 頭からつま先までは漆黒の鎧に身をまとっている。

 そして手にはどこで千切ったのか、一方通行が書かれた表札のポールを武器代わりに引きずっている。


 そうか、こいつがあの時の――別の切り裂き魔なのか。


「黒騎士――」


 いや、この気配、以前のものとは違う。


 この黒騎士は蒼い炎に包まれて異様だが雰囲気そのものも以前の奴とは違う。前は獣のように野性味があったが、今は覇気がなく幽霊のようだ。


 現代を彷徨う歴史上の亡霊のように、真っ赤な瞳を爛々と輝かせて昂我を見ている。


「さながら、黒騎士ファントムってところか」


 気取っている場合ではないが、少しでも自分を奮い立たせない限り、この場を乗りきる術が思いつかない。昂我の後ろには花菱、左側の道路には高梨、右側の道路にはファントム。

 ここに騎士もおらず、助けを呼ぶために叫べば、むしろ一般人の被害が増える様な気がする。


 奴の放つ蒼いオーラは異様だ。

 言い得て妙だが全てを氷結させる絶対零度の炎のようだ。

 見ているだけで意識を持っていかれそうな力を感じ――。


「高梨、花菱、奴を見るな!」


 気付くのが遅かった。

 二人はファントムを直視し、蒼い炎に意識を持っていかれ、その場で気絶してしまう。


(あの炎は人の意識を凍らせるのか……!)


 昂我も内なる意志が歩む事を辞めようとしたが、瞬時に目線を外し、己を激励する。そうでもしなければ、『ここでどうなってもいいや』と自暴自棄な意識が沸いてくるからだ。


 ファントムは標識を引きずりながら、ゆっくりとゾンビのような歩き方で歩き出す。真っ赤な瞳は明らかに昂我を見つめている。


(どうやってあの二人を助けながら、この場をやりきるか……)


 この三差路の道路は車二台がやっとすれ違うことができる程度の広さだ。


 咄嗟に目の前にある空き地に身を滑り込ませる。するとファントムは昂我にしか興味がないのか闇夜に赤い視線を走らせながら、同じように空き地に向かってきた。


 視線と行動を見れば明らかに昂我を狙っている。話して分かる相手でもないが、念のために声をかけてみる。


「お前、何故、俺、狙う」


 異国の民のように問いかけたせいか、ファントムからの返答は無言。

 日本語で話しかけても無理だろうが。

 ちらりと二人の姿を見ると倒れて怪我している気配もない。


 俺が助けてこの場から逃がしてやりたいのは山々だが、


「逃がしてくれそうにない……」


 のは明らかだ。


 ファントムは手に持った標識を槍のように構えて、千切れた先端部分を向ける。こいつの動きが以前のままなら、病み上がりでも何とか避けるはずだ。


 ファイティングポーズを構えたまま、ファントムを睨みつける。


(だが避けれたからどうなる。あいつを倒す事は俺にはできない)


 いずれジリ貧になり、そこで終わりだ。


 ならば出来る事は一つ。情けない話だが撤退し、凛那か浅蔵に連絡を取るのが最善の方法。


 これ以上凛那に戦いに身を置いて欲しくはないが――。


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