父さんは悲しそうな目で僕の肩を叩いた。
「力に溺れた愉快犯ほど、同じ舞台上で物事を観戦したいだろう。
壬剣、悲しいのは分かる。
だが私も友人であった零の民を殺され、そして信頼していた友――今の黒騎士にすら裏切られたのだ。
真実を知る私を殺しに奴はこの町を徘徊し、騎士の関係者すら皆殺しにする気だ。
自分自身を鎧に飲み込ませ、被害者を装っているが、違う」
「ですが、あいつは、あの男は」
他人を助けるために身を呈し、壬剣や凛那を励ましてきた男だ。
「現実は常に甘美なものだ、壬剣。
剣を握る者として何が正しいのか、判断を見誤るな。
心がざわつけばそこに付け込まれ、多くのものが死ぬ」
「何故……何故だ」
彼の身体能力や特殊な環境でも落ち着いた態度、確かに腑に落ちない点は多かった。だが、そういう男だと勝手に理解していた。
それらも全て計算の上だったのか。
「黄玉騎士は騎士団で最も長く生きた男であり、最も多くの者を騙し信じ込ませた男だ。――三百年、人格が腐るには十分すぎる時間だ」
「赤槻……昂我……いや、黄玉騎士……!」
腹の奥底からぐつぐつと煮えわたる熱が全身を覆う。
奴は虎視眈々と騎士を殺す機会を窺っていた。
騎士同士では決定打に欠ける。
だからこそ、騎士鎧を展開していない、緊張を解いたときに殺す手段を企てていたのだろう。
そこまで狡猾な人間だとは信じたくなかった。
笑いかけてくる表情の裏に、残忍な表情があったと思うと騙されていた自分が腹立たしい。
そのとき、ガンッと突き上げるような地震が起きた。
壬剣は書斎に隠れていた時のように姿勢を崩すことは無かったが、近くにあるツボが落下しそうだったので、そっと手で押さえた。
「最近、地震が多いですね」
そうだな、と父親は頷く。
「それでは僕は赤槻昂我――いえ黄玉騎士討伐に参ります」
「我が剣を受け継ぎし、息子よ。ナイツオブアウェイクの未来、託す」
「行こう、零」
こんなことをしている間にも、危ないのは凛那の身だ。
黄玉騎士はずっと凛那と行動を共にしていた。凛那は人を疑うというのを知らない少女だ。黒騎士討伐が終わったと考えている今、狙うには絶好のタイミングだろう。
書斎を出ようと取っ手に手を伸ばした時、携帯電話が揺れたのに気が付いた。
初めは無視しようとしたが、切れる様子がないので仕方なく画面を見ると『ナイトレイ家』の表示が出ていたので、すぐさま電話に出る。
『浅蔵様、良かった通じました!』
声の主の夕陽は大分慌てているようで、息も絶え絶えである。
『凛那様がお戻りにならなくって――昂我様にも連絡いたしましたが、自宅には誰もおらず、どうしたら良いか……!』
夕陽の声が大きかったので、電話越しに剛堅にも聞こえていたのか、彼も目を細める。
「急げ壬剣、手遅れになるかもしれん」
その言葉に壬剣は夕陽との会話を手短に済ませ、すぐさま零と書斎を出た。