「お願い、お願いだから、今だけはこの空間すら貫いて――!」
左肩が熱い。これまでこれ程までに熱を持った事があっただろうか。
服が焼き切れ、肉が裂け、骨が絶たれ、凛那自身が焼かれてしまいそうなほどに熱い。それでも凛那は己の深層に深く手を伸ばし、ルビー・エスクワイアの名を叫ぶ。
今だけは、今だけは、最大限の力を貸して――と。
「なに……!」
「ルビー・エスクワイア……!」
真っ赤な閃光から生まれたのは騎士鎧ではない、いつも彼女が持っている槍、《月をも貫く槍》が手の中に生まれた。
凛那は大声を上げながら力一杯、白銀騎士が振り下ろした剣めがけて、槍をがむしゃらに振り上げる。
刃の部分は振り上げられた力で原石が削れていく。生まれたのは深紅に輝く研ぎ澄まされた槍先。
――ナイツオブアウェイクの旗はもうない。
剣と槍が触れた瞬間、音も何も発生しなかった。
全てはスローモーションに見え、一瞬だけ時間が止まり、凛那は後方に弾き飛ばされる。剣による力ではない、多分、次元を超えたから反動が返ってきたのだ。
その結果が、ほら、そこにある。
剣先は男の子の脳天を外れ、左目を剣先が掠るが致命傷は免れたようだ。
「……外した、だと?」
白銀騎士は自分が狙いを外したことに驚愕し、泣きもせずに左目を押さえている男の子を睨んだ。
「ちっ……興が削がれた」
白銀騎士は男の子と私に背中を向けて、残りの騎士たちの方へと歩く。
それと同時に白銀の騎士鎧は空気に溶けるように消えていった。
「まあ、いい。眼は奪った。これでお前はただの人だ。
それだけで良しとしてやる」
男はいつの間にか右手に血だらけの目を持っており、無言の騎士たちとこの場を去った。
騎士たちが去ってからも、男の子はその場に立ち尽くしていた。
無くなった左目を手で塞ぎながら、村の様子を眺める。
凛那はその様子を見ながら、男の子の隣に座った。
あの時見た映像はこれだったのかもしれない。
初めて昂我が凛那の前に飛び出してきてくれたとき。
再び黒騎士と対峙し、助けに割り込んできたとき。
凛那が飛び出したこの映像をルビー・エスクワイアを通して、知っていたのかもしれない。
この男の子はきっと、これから、様々な思いを知っていくのだろう。
そう思いながら、私はただ男の子に寄り添った。
生きている人はいない。生活するべき場所もない。
けれど時間が経てば、いずれ、君は大丈夫だと思う。
「人生、思ったより、捨てたもんじゃないよ、きっと」