悠長にしている場合ではない。
昂我は四桜山方面に向けて裏路地を走り出した。
黄玉の欠片が無くなったおかげで身体が羽のように軽く感じる。全力で力をこめれば世界記録も追い抜ける。学校では絶対に出さない力だ。
四桜山まで十キロはあるだろう。
疾駆しながら建物の隙間から四桜山を確認するが、見るたびに蒼い光が点滅し、関係のない建物が後ろで爆発する。
(何故そこまでして俺を狙う!)
爆発が迫ってくるのでそれに合わせるように、次々とパトカーも昂我を目指して集合してくる。
(裏路地を走っている方が危険か――だがしかし!)
大通りに出ればパトカーにすぐ見つかってしまう。
もっと早く、もっと早く、もっと早く駆け抜けなければ――。
と、交差点に差し掛かった時、考え事をしていたせいで丁度目の前を通ったパトカーの警察官と目が合ってしまった。
パトカーはすぐに止まり、昂我はそのまま逃げ去るか逡巡した。車から二人の警察官が降りてこちらへ歩いてくる。
(やばい、掴まている場合じゃない)
状況を説明しても理解されないだろうし、だからと言ってこのまま逃げられるか――。
「ちょっと――」
「これでも法定速度まもってまああああああああっす!」
大声と共に真っ白な五十ccのタンデムで雪を巻き上げながら迫る男が一人。
その遥か後方にはタンデムから飛び降りたであろう、ヘルメットを被ったままの学生の姿が見える。
「花菱!」
花菱は片手を伸ばしており、昂我は咄嗟にその腕に捕まって後ろに飛び乗った。振り返ると警察官が慌ててパトカーに乗り込もうとするが、高梨が二人を呼び止め事情を説明している。
「ちょっと今の俺様かっこよくない!」
後部座席にまたがる昂我にどこからかヘルメットを取り出しながら、花菱はハイテンションで笑う。
「警察に物凄く言い訳めいた咆哮を上げながらきたじゃねえか」
「ふははは、ご愛敬って奴だぜ」
「でも、ま、かっこよかったぜ!」
「だろう? で、どこに向かえばいい?」
話が早い。花菱に四桜山まで行きたいと伝えると、花菱はすぐに進路を変えてくれた。
「警察に見つかるとあれだから、裏から行くぜ」
花菱は四桜市の地理に詳しいのか、昂我の知らない道でもすいすいと進んでいく。
タンデムでの移動になったせいか、明らかに走るより早い。雪道だが粉雪なのでタイヤが深く取られることも今のところ無かった。
幸い、このスピードにファントムの狙撃もついてこれないのか、たまに見当違いのところで爆発が起きる。
「いやー、ビビったわ。
四桜TVつけてたらさ、ずっとお前を探してるっていうんだよな。
しかもテロリストを街に招いた重要参考人とか物騒なこと言われてるしさー。
確かに爆発はしてるよ、今。
けど、こんなん赤槻に出来るわけないじゃん?
んで俺様と高梨で匿ってやろうと思ってたわけよ」
「お前ら――」
なんていい友人を持ったんだと昂我は思う。
こんな記録的な大雪の中、世間では犯罪者と放送されているにも関わらず、すぐに行動してくれるなんて。
「まあ、あれがなきゃ、俺たちも動けなかったと思うしさ」
「あれ?」
「ほら久しぶりに登校した日の帰りさ、なんか黒くて蒼いのに襲われたじゃん?
あの時、気を失ってたとは思うんだけど、完全に失ってた感じじゃなかったんだよな。夢みたいにもやもやしてたっていうかさ。
んで赤槻が必死にあの黒いのを遠ざけてくれてさ。
俺らだったらできないと思ったわけよ、普通何もできないもんな」
花菱は珍しく恥ずかしそうに言う。
「んで、高梨も同じの見たっていうし相談してよ。
きっと俺たちの知らないとこで頑張ってんじゃねーかなと思ったのよ。
そんな矢先、この爆発じゃん? 間に合って良かったわ!」
最後は照れ隠しをするように花菱は大声で叫ぶ。
「……あの時、二人を置いてごめんな」
昂我は二人お置いて撤退した事を後悔していたが、やっと伝えられて良かったと感じた。
「いや、結果オーライよ!
今度またカラオケ行こうぜ、音痴担当の赤槻がいないと俺様が一番下になっちまうからさ」
「フリータイム予約しとけよ」
「任せとけ!」
昂我を乗せたタンデムは山道を登り、ほどなくして四桜山の頂上付近に到着した。頂上は四桜城跡地があり、本来は観光スポットである。
その手前の駐車場で花菱はタンデムを止めた。
「到着したぜ」
「しのびねえな」
昂我はヘルメットを脱いで花菱に返す。
「高梨にも礼を言っといてくれ」
「ああ、伝えておく」
そう言って花菱が乗ったタンデムは駐車場を後にした。