ここから四桜城跡地へ進むと開けた場所がある。多分そこからファントムは昂我を狙っていたのだろう。
真冬の大雪なので周囲の気温は一段と下がっているが、それよりも四桜山の気配が普段と違う気がする。
(なんというか……野山に一人残されたときの感じだ。夕暮れで獣の声も消え、生物の気配がない、心がざわつく感じ……)
全身に鳥肌が立ち、改めて気を引き締めて歩き出す。駐車場を抜けて開けた場所に出る。
その公園の中央には四桜市を過去に収めていた武将の像が設置されている。広場は高台になっており、四桜市を一望できた。
そして暗闇の中、蒼い炎をまとった黒騎士がこちらを向いている。
黒騎士ファントムは地面に手を突き、雪に蒼い炎を伝達させる。伝達された炎は雪をかき集め、凝縮し、何百本という雪の矢を形成させた。
「相変わらず俺の命を取りたいようだな」
昂我の声に答える代わりにファントムは手を持ち上げて振り下ろす、すると次々と矢が昂我に向けて降り注いだ。
しかし昂我は慌てることなく、腰を落とし、両手の甲を合わせ、構えを取る。
息を小さく吐く。呼吸を整え、地面をしっかりと足で感じる。
氷の矢から目を離すことなく、体重移動と最小限の足捌きで前後左右に移動し、全ての矢を避ける。
「……ふう、やっぱ体が軽いと違うわ」
ファントムは小さく唸り、次は空に手を伸ばした。未だ降りつもる粉雪を空気中で凝縮し、雪の粒を一つ一つ弾丸のように凝固させていく。これが一瞬に降ってきたらさすがに避けきれるものではない。
「そりゃ無しだろ!」
構えたまま、身を低くして疾駆する。氷の弾丸を降り注ぐ前に一撃を見舞って阻止しなければ活路はない。
(できるだろうか騎士でもない俺に、騎士の装甲にダメージを与える事が)
この広場では身を隠す屋根がない。あっても鋼鉄の屋根でも身を守れるか怪しいところだ。ならばこの一撃にかけるしかない。
ファントムに近寄るたびに空気すらも凍って行くようで息を吸うたびに、肺が凍っていくような錯覚に陥る。
「無頭狼牙流――一式、牙突掌」
気合を入れるために大声をあげ、下腹力を入れてしっかりと踏み込む。ファントムのがら空きの鳩尾目がけて、正拳突きが繰り出される。
「――ぐぁあ!」
しかし声を上げたのは昂我の方だった。拳は一般打撃としてこの世界に認識され、騎士鎧に弾かれてしまう。
(くっ、一撃が入らないだけが、なんだってんだ)
すぐさま体制を整え、
「無頭狼牙流、二式、狼襲脚」
回し蹴りの要領でファントムの脇腹に打ち込むも、全く反応がない。しかし手も足も止めず、次々と技を打ち込む。
無頭狼牙流は師匠に教わった、失われた武術。
昂我がこの先一人で生きていくためにと師匠が授けてくれたものだ。
だがこんな状況を想定していたにしても、相手が攻撃を無効化してしまうのでは全く意味がない。
乱打を加え、次々と拳を繰り出す。己の手が血にまみれようとも、足が傷つこうとも、諦めない。
ファントムは一方的に殴られていたが、とうとう雪の弾丸の生成が終わったのか、一瞬昂我を見た。表情は見えないが、兜から漏れる光は真っ青だ。
(くそ、これで終わりなのか、これで!)
ファントムを取り巻く蒼い炎は更に燃え上がり、黒騎士の鎧は力を増幅する。炎が燃え上がる駆動音を感じて過去にどこかで耳にしたことがあると昂我は感じた。
しかし思い出せないまま、雪の弾丸が降り注ぐ。
全身を貫かれる覚悟を持ち、雪の弾丸を見定めて回避行動に移ろうとするも間に合わない。
ファントムは腕を振り下ろし、その動きに合わせて雪の弾丸が降り注ぐ。しかもファントムから溢れ出す蒼い炎は身近にあるものを凍らせる性質もあるのか、昂我の脚に燃え移り、地面と足を氷結によって停止させる。
(この炎、物理的にも人を凍らせるのか……!)
しかも思考回路までが徐々に凍り付いていく。
ファントムの蒼い炎はいわば、その人間の行動や思考、物理的なものから時間、その全てを凍りつかせる。
人の意志を停止させ、前に進めなくする停滞の炎。
幼少時から精神力を鍛えてきた昂我ですら、思考が停止していく。
落下する雪の弾丸がスローモーションに感じられ、体に触れるだけで、一瞬とも思える痛みが延々と脳内に激痛を伝えていく。
(避けなくては……しかし、何を、いや、どうやって、何故、いや、この状態からしてやばい、足も動かない)
頭では分かっているつもりなのに、思考がまとまらない。
これ以上どうすることも出来ない。
(俺は延々と、雪の弾丸に貫かれながら、ゆっくりと死んでいくのか――)
世界を救いたいなんて大それたことを考えていたわけでもなく、騎士の仲間として事件を解決したいと心底思っていたわけでもなく――ただ、身近な人が悲しそうだったから踏み込んだ。
(誰も助けられず、何も成し遂げられず――)