人生楽に楽しく生きていればいい、師匠からそう教えられ、そうまねて生きて楽しさを知った。
だから今度は、諦めてる奴にちゃんと伝えたかった。
(凛那――けど、もう駄目だ、意思すらも進む気がないようだ、このまま永遠に立ち止まってしまうのが、楽とさえ感じてしまう――)
何も将来の事を考えず、何かを成し遂げようともせず、生産性もなく、ただその場にいる事がどれほど楽か、これは恐ろしい攻撃だ。
いうなればファントムの
「あ、とは、頼むぞ、み、壬剣……」
あと戦えるのは壬剣しかいない。
ゆっくりと昂我の思考は停止する。
途端、全身に衝撃が走った。弾き飛ばされたと理解したときには思考が徐々に歯車が噛み合うように回転しだす。
振り返ると壬剣がダイヤモンド・サーチャーと共に昂我に体当たりし、ファントムから突き放した。昂我は地面を無様に転がり、壬剣も昂我の隣で雪にまみれて立ち上がった
壬剣の手には黄色に輝く宝石の原石が握られている。
どうやらファントムから距離を取ったことで停滞した世界の影響から外れたわけではなく、壬剣が持っている黄玉の騎士紋章のお陰で、停滞した世界から昂我は守れたらしい。
「た、助かった、壬剣。駄目かと思った」
「父親の隙を狙うつもりだったが、珍しく弱気顔を見てしまったから、出てしまったよ」
お互いに笑い合い、目の前にいるファントムを見つめる。
騎士と一緒ならば効果的な攻撃を入れる事が出来ると、思いきやファントムは昂我達から視線を外し、広場の中央にある武将の銅像を見つめる。
昂我達も同じようにみると、ゆっくりと拍手をしながら銀髪のスーツの男が出てきた。
「浅蔵――剛堅」
壬剣が昂我の隣で呟く。
「壬剣、まさかお前が持っていたとはな、黄玉の原石を。
想定ではそこの男が受け継ぎ、警察に捕まり、全ては揃うはずだった。
包囲網を敷いたのは時間の無駄だったな」
浅蔵剛堅のすぐ後ろには白銀の鎧をまとった零が控えている。
「ふむ、役者が揃ったか」
少し穏やかになった降雪の中、昂我と壬剣、ファントム、そして剛堅と零が距離を保つ。
「では壬剣こちらに黄玉を渡してもらおうか」
「……父さん、その前にお話を聞かせてくださいませんか」
「何をだ?」
「僕はまだ、貴方の真意を聞いていない」
「知る必要はない――と言いたいところだが、予想外の者を連れてきてくれたからな、話してやろう」
「予想外――ですか?」
「ああ、不安要素にもなれない、棘が刺さったような不快程度の案件があってな。壬剣はそれを偶然釣り上げてくれた」
剛堅はじっと血だらけの昂我を見つめる。
「いや、迂闊だったよ。あの時息の根を止めておけば良かった」
わざとらしい素振りで肩をすくめる。
「なあ、零」
「零……?」
浅蔵は剛堅の横に控えている零を確認し、次いで隣にいる昂我を見る。
「昂我が零ですって――」
混乱する浅蔵を横目に昂我は押し黙ったままだ。
「いや正確には零だった者だがね、何か言ってやったらどうだ、零?」
押し黙っていた昂我が、浅蔵を見つめ自分の顔の前で、両手を合わせる。
「んなはずはないって言いたとこだが、実はそうなんだよな、悪りい隠してて!」
この場にはそぐわない出来る限り明るい声で言った。
浅蔵は何を言ったらいいのか分からず、ぽかんと口を開けている。
「俺はどうやら零の民の生き残りらしい。
師匠に拾われてからやっと意識がはっきりして記憶が体に刻まれてきて、今に至る」
正直なところ昂我にも『零の習わし』のようなものは分からなかった。
全てを知る前に里は全滅してしまったのだ。
だから師匠の受売りと体術しか自分には残っていなかった。
今回の黒騎士の件も『零だからやらなければいけない』という使命感に燃えたものではない。
昂我の役目は師匠から聞いた程度のもので、『お前が騎士と出会うことがあったら、彼らを助けてやってくれ』と言われたからであり、きっかけはそれ以上でもそれ以下でもなかった。
自身が騎士を罰する断罪者だとは知らなかったが、不思議な事に自分には納得できるだけの『力』があったんだということは肉体が知っていた。
だからここまで踏み込んでこれた。
しかし今の昂我には『零』の力はない。
だから浅蔵と凛那に名乗る事も躊躇われていたのだ。
「それじゃ、僕と凛那君を監視していたのか……?」
「監視はしてない。師匠の受売りは助けてやれってことだ。
深い意味は知らないけど、騎士を救うのが俺の役目だって言ってた」
「救うだと……ふ、ふはははは」
昂我の言葉に剛堅は心底おかしいのか身体をくの字に曲げて笑う。