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第61話 断罪を執行する

 昂我が走り出した。

 スピードは常人の比ではない加速。


 いつか零の力が戻ってきても耐えられる体力と精神力は養われている。


「あんな小娘が、騎士鎧を押さえつけるほどの力があるはずがない、そんな意思が――持っているはずがない、だから選んだ、あの娘が弱弱しいからこそ――最後の生贄に――いつもの様に怯えろ、自分を卑下しろ――!」


「断罪を執行する」


『昂我、無頭狼牙流は、神に背き二対の頭を斬られた賢狼が、神と人に対抗するために作り出した武術だ。

 いつかお前の前に、零の目を持ったものが現れるだろう。

 その時のための――反逆の牙だ』





「無頭狼牙流、極式、無限」





 勝負は一瞬。


 時が止まり、構えたままの騎士王ナイツオブアウェイクの東部の兜にヒビが入る。


 雲一つない空からは、遅れて舞い上がった粉雪がゆらゆらとヒビに辺り、それを起点にして騎士王の鎧に亀裂が入っていく。


「ど、どうした、そんな小刀一つで騎士王ナイツオブアウェイクの装甲を破壊できるはずがない。黄玉の最強の装甲すら備えているんだぞ!」


 昂我は短刀の先端に刺さっている蒼の髪飾りを引き抜きながら、静かに言う。


「凛那の槍はそれすらも超える。

 それは獣の黒騎士の時に証明されている、生きている意思の方が強いのはいつの時代も一緒さ。そしてこの刀身は前見た時よりも本当によく磨かれている」


 蒼の髪飾りは真っ二つに割れ、装飾は雪へと落ちる。

 拘束具が外れた零眼は主人を見つけたのか、昂我の左瞳へと座れていく。


「ああ、そうだ。質問の意味なんだ。

 俺さ、零の民だけあって感情って奴が分からんかったのよね。

 でも師匠と会って色々分かったんだ。楽しいとか悲しいとか。

 まあ、今でも感情のあるふりをする事はあるけど。

 で、分かったんよ。最強って奴はってな」


 昂我の瞳に蒼い炎が灯ると、剛堅の赤い瞳が昂我へと引き寄せられていく。


「い、いくな、零の、瞳は、わ、私のものだ!」


 左目から血を流しながら剛堅は叫ぶ。


「学校でも、どこでもさ。

 少なからず障害物があるから、楽しいって感じるとこもあるんだよ。

 全部思い通りにならないと辛いけど、今なら友達もいるし――人生捨てたもんじゃねぇってやつは――楽しくてたまらんよね」


 蒼瞳に赤炎が全て吸われ、零眼が本来の宿主へと帰る。

 昂我は前髪を掻きあげ、剛堅をみる。


「まだだ、まだだ――」


 鎧から解放され気を失っている凛那を人質に取り、剛堅はひひひと笑う。

 手にはどこから取り出したのかナイフが握られている。


「俺に何かしてみろ、こいつを、こいつを殺す」


 やれやれと肩をすくめ昂我は頭をかく。


「初めて会った時、あんたの零は言ってたよ。

 汚れ役を任されているから黒騎士を処分するってね。

 だが実際は違う。本物の零はさ」


「な、なに!」


 手の中にいた凛那が消え、剛堅はうろたえる。

 その剛堅につかまっていた凛那は、今や昂我の腕の中だ。


「手品――てな」


 二ヒヒと笑って、


「零は殺しはやらない。零はやり直させるのさ。

 違う未来へと迷い込んだ者を殺す断罪者ってね。

 騎士に特化してたんじゃない。次元を超えたお仕事に特化してるんだよ」


「信じられるかああああ!」


 ナイフを構えたまま昂我へと突き進む。


「じゃあな、せめてこれからは楽しい道を」


 昂我の左目と目が合った瞬間に、剛堅は力が抜けたように地面へと倒れ伏した。


「断罪、完了ってね」




 冬の夜はただ静かに広場を包む。

 地面には血に染まった雪がところどころ見受けられる。


「……終わったか」


 昂我は棒立ちの浅蔵に近寄り、凛那を預ける。


「悪かったな、壬剣、親父さんを病院に運んでやってくれ。

 騎士だった時の記憶は全て自分で納得できるように再配置される。

 それで一からやり直すはずだ」


「僕は――何もできなかった」


 無力な壬剣に昂我はポンと肩を叩く。


「壬剣がいなければ、俺は一瞬で存在も残さず消されてたよ。

 話を伸ばしてくれたから、俺の中に隠されていたルビー・エスクワイアの欠片を小刀に移植できた」


「……力とは何なんだろうな、人を守るために得た力なのに、結局は人間同士が争う」


「よくあるけど、結局はやっぱ使う人によるんじゃね? なんてな」


「そうだろうか。

 僕はどんな人間でも周囲を圧倒できる力が手に入ってしまったら父さんのように溺れてしまう気がする。

 僕もいつか権力や力を手に入れたら、自分が変わってしまうのか、それが怖い」


「だからこそ、注意してくれる奴がいるんだろ?

 友達とか親とかさ。良くないのは一人でいるってこと――とか?

 今大事な事いったよな、俺」


 うはははと零の目を宿し、人知を超えた力を持っても昂我の性格は変わらない。

 壬剣は苦笑いしながら、自分が考えすぎていたのかと軽く頭を振った。


「そういえば、お前のその武術、大分人間離れしているように見えるが、いったい誰が教えたんだ?

 人間業じゃないぞ」


「あー……これは失われた武術ってよりは隠密に特化してるから忍術らしいぜ、実際は。

 しかも師匠は確かに人間が出来る事を超えた人だからなあ。

 零の里に一人でいた時に手を差し伸べてくれたんだよな、何故か」


「それが育ての親ということか、名はなんというんだ?」


「名前? いっつも師匠って呼ばされてたからなあ。

 確か海とかなんとか水族館みたいな感じで……ああ、そうだ」


 ぽんと手を打って昂我は言った。


「本名か分からんが、マーリンだわ」



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