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第60話 短刀

 騎士王ナイツオブアウェイクは全身を白銀騎士の鎧に覆われているので、見た目はダイヤモンド・エクソダスとさほど変わらない。


 しかし背中に手を回すと人間では支えきれない全長三メートル以上はあるであろう大きさの両手剣十二石生命剣を地面に突き刺す。


 突き刺した振動により、大地は揺れ、あれほど空を覆っていた雲が一直線に叩き割れる。


 透明感のある冬の夜空が昂我たちの頭上に姿を現した。


「零眼をお互いに宿すことで、任意に操る事が可能。

 騎士紋章も全て宿している、完璧だ」


「父さん――いや、剛堅。

 だが僕は知っている騎士紋章は第零次元に住む者たちが、善悪を管理し、指令を与えているているとね。その呪縛からは逃れられない」


「だから騎士王を作り出した。システムを破壊するために――な!」


 剛堅の瞳が一際深紅に染まると、騎士王ナイツオブアウェイクの兜から真っ青な炎が漏れる。地面に突き刺していた両手剣十二石生命剣セフィロトを抜き取り、空へと掲げる。


 すると両手剣は噛み合っているギアを動かしながら、空へと展開、無数の枝を広げていく。


 無数の枝はまるで『選択しなかった未来』のようだ。


 多次元世界、この世界と似たような世界ではあるが、誰かが選択しなかった無限にある世界。


 それが十二石生命剣により、道筋が全て描かれていき、宇宙へと枝葉を伸ばしていく。


 昂我達にはもう目視できないが、その枝葉は宇宙に音速で到達し、更に速度を上げ、光速で何処までも伸び、無限大へと広がった後、枝は再び、一本へ収束していく。


 多様な未来が一つへとまとまり、零次元へと導いていく。


「騎士のシステムも終わりだ――人類を守り、導くのはその世界の住人、私だけで十分だ」


 収束された零へ枝葉が到達したとき、騎士王ナイツオブアウェイクは扉に刺した巨大なカギを捻るように、両手を捻る。


 すると昂我たちが見ている世界そのものが揺れだしたような気がした。


「な、なんだ、何が起こった!」

「試しに別の次元を消した。いや可能性そのものを『無かった事』に出来るのか、ふははは、素晴らしいぞ、未来や可能性すら私の手の中にある」


 騎士紋章の鎖が切られ、瞬時に両手剣十二石生命剣セフィロトも先ほどの大剣へと戻り、再び地面に突き刺さる。


「私には敵がいない、これは想像以上だ。

 騎士だった頃は零の刃を恐れたものだが、高揚感が止まらんぞ――さあ、次は何ができる」


 剛堅はまるで子供のようにはしゃぎながら、四桜市へと手を振り下ろす。

 その動きに合わせて騎士王ナイツオブアウェイクも両手剣を振るう。


 するとこれまで四桜駅周辺しか発展していなかった街並みが突然、超高層ビルや五百メートルを超える鉄塔がそびえ立つ。


「発展したであろう可能性をコピーする事すら、朝飯前か」


 全知全能の神の力を手にした剛堅は完全に顔が歪んいた。

 人間のそれではない。

 口は耳元まで開き、目は完全に獣であり、まるで悪魔のようである。


「さて、どうする諸君。

 これでは力の差は圧倒的だ?

 それでもまだ止めるのか、この私を?」


 昂我はカチカチと音のなる方を見ると、壬剣が歯をカタカタと揺らしている。

 膝は震え、立っているのも――座り込むことすらできないほどに怯えている。


「お友達の武術に頼るか?

 だがどうせそれも零の力がなければ不完全なものだろう?」


 どうする事もできない圧倒的な力、次元が違う。


 人類の脅威を打ち倒す騎士の力もなく、暴走した力を殺す零の力すら剛堅が手にしている。昂我たちはただの学生だ。何かができる力など残っていない。


 だからなのだろうか、昂我は震える事もなく、楽しそうにしている剛堅をに問いかける。


「一つ聞かせて欲しい。俺のモットーはさ、『人生楽して楽しく生きたい』って奴なんだけど、あんたは今、楽しいのか?」


 相変わらずその場にそぐわない緊張感のない間抜けな声を出して、昂我は尋ねる。


「何を言うかと思えば――」


「騎士紋章のシステムを解除し、騎士の力を手に入れる作戦は全て上手くいったんだろう? じゃ楽しいのか?」


「こ、昂我、何を言ってるんだ?」


 昂我が何をしているのか、壬剣は全く分からない。

 下手な言葉を吐けば、高揚状態の剛堅に呼吸をするように二人は消されてしまうというのに。


「何って、それが楽しいかって聞いてんだよ。

 勝ったとか、負けたじゃなくて。

 俺は昔から欠落してるからさ、色々と。

 だからお前みたくはなれないし、最後に感想くらいは聞いておこうと思ってな」


「最後か、実に潔い」


 剛堅としては零の生き残りを、この世に残しておく気はなかった。

 幾らどれ程力を手に入れようとも、身体のどこかに刺さった不快な棘はいつか取らなければいけないと思っていた。


「これで楽しくなければ何が、楽しいのか――騎士王ナイツオブアウェイクよ、これで本当の全ての終わりだ。零を消し去れ!」


 騎士王ナイツオブアウェイクは剣の先端を昂我に向け、力を溜める。

 しかし、そこから一撃を放つ素振りがない。


「どうした、騎士王、早く放て!」


 剛堅の瞳は一際強い光を放つ。

 それに反応するように騎士王の全身に青い炎が灯るが、剣が突きだされることはない。


「壬剣」

「こ、昂我……?」


 雪上に足を一歩踏み出した昂我を、壬剣は不思議そうに見る。


「凛那はさ、強くなったんだ。騎士としても人としても。

 だからもしもの時、俺の代わりに褒めてやってくれ、凄くな。

 上司から褒められると嬉しいだろ?」


「何を言ってるんだ……?」


「まさかあんな小さなときから、俺に忍ばせていたなんて。

 あれを止めるのすら大変だろう」


 昂我の脳内には燃え盛る世界で、誰かが寄り添ってくれた記憶が刻まれる。

 彼女はきっと騎士王に囚われたことにより、ある次元に留まっているのだろう。


(これまで凛那を意識していたのも、こいつのせいかもな)


 それだけでは無いかもしれないが、今は考えずに赤い光を仄かに放つ胸に手を置く。


 腰から黄玉騎士が落とした折れた短刀を取り出し、刀身に深紅の閃光が灯り、紅色の刃が生成される。


 それは明らかにルビーの原石が削られた滑らかな小刀へと生まれ変わる。


「今、そんな重々しい鎧から解放してやるからな、凛那」


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