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第30話

『力天使級を遥かに上回るエネルギー反応です!』


通信越しに叫んだ葛木の声で我に返った。


青海ヶ丘を見下ろす未確認の〈天使〉は、6枚持つ翼のうち最も大きな大きな翼で宙を掻き、浮遊していた。

不気味なまでに静かなその様子は、まるで獲物を見定めているかのようだ。


『回避ッ!』


深雪が叫んだのと機体AIがアラートを響かせたのはほとんど同時だった。


AIがスクリーンに拡大して表示した〈天使〉の姿が眩く煌めいたかと思った次の瞬間、全方位へあの熱線が飛び出した。


「……ッ!」


完全に不意を突かれた真は危ういところで直撃を免れたが、熱線は〈ネメシス〉の大腿部を掠め装甲を溶かした。

自身の太ももに鋭い痛みが走る。


回避した真の背後で爆発が起こり、吹き飛んだ瓦礫と共に炎が柱のように燃え上がった。


『深雪っ!』

『くそ、左腕をやられたわ』

『真くんは!?無事なの?』

「脚をかすったけど、だいじょうぶ!」


黒煙の中からまろび出て、再び〈天使〉の姿を視界に捉える。


〈天使〉は、より明確な敵意をあらわにしていた。


『この……っ!』


アスカがデトネーション・ライフルの砲口を〈天使〉へ向け、撃った。

弾速は現状、〈ネメシス〉に搭載可能な銃火器の中では最速、しかし、滞空する〈天使〉は自身を捉えるその射線を即座に飛び立ち、弾頭を躱した。


『避けた……!避けたですって!?』


広げた両翼で滑空しながら、〈天使〉は熱線を連射させる。


「ッ!」


轟音、爆炎。


放棄区画のあちこちで爆発が起き、黒煙が逆巻き炎が荒れ狂う中を吹き飛ばされた瓦礫や土砂が暴れ回る。


『〈ヴァルキリーズ〉!本部は対象を使級と断定した。たった今より作戦目標をこれの討伐へ変更する』

『了解……っ!』


炎と煙で遮られる視界からどうにかビルの上へと飛び上がる。

夜空を旋回する〈天使〉から、また幾つか熱線が伸びた。

何発かは真たちの頭上を大きく飛び越えて中心市街の方へ飛んで行ったようだ。


『街が……っ!』


アスカの〈ネメシス〉が見つめる視線の先で、街から炎が燃え上がる。


『ぼうっとしない、アスカ!』

『く……ッ』


アスカの機体が飛び立つ、一瞬前まで彼女がいたその足元のビルを熱線が貫き、爆破した。


真は爆撃を躱しながらビルからビルへと飛び移り、空の標的へロータリーガンを撃つ。


「当たらない……っ」


近接戦闘を主としてきた真には、飛び回る的を撃ち抜くほどの技量はない。

秒間最大1000発吐き出される弾丸の内、1発でも掠めていれば良い方だ。


『アスカ、デトネーション・ライフルの使用は止めないけどいたずらに撃たないで』


機関砲を空へ向けて迎撃する深雪が言った。

右腕だけでは照準が定らず、彼女の弾丸も当たった様子はない。


『撃ったところで私じゃ撃ち落とせないわよ!』


アスカのその言葉はほとんど嘆きに近かった、彼女の射撃能力を侮るわけではなくとも、連射を想定されていない兵装で飛び回る敵を正確に射抜くのは無論容易ではない。


撃ち切った弾倉をパージし、装填、再び連射。

地面は火の海、降り注ぐ破壊の雨によって足場にする建物が次第に減っていく。


交換した弾倉も間も無く撃ち切り、予備のマガジンは次で最後だ。


『どうにかして叩き落とせないの?』

『……やって、みます』


めくるがそう言った直後、滑空する〈天使〉へまるで吸い込まれるように正確な弾道で、一発の砲弾が捉えた。


『うそでしょ!?』


被弾した〈天使〉がきりもみして地に落ちる。


『チャンスよ、アスカ、真君!』


〈天使〉の落下地点へと飛び込むアスカ、デトネーション・ライフルを仕舞って、近接掘削兵装を振り上げた。


真も両手のロータリー・ガンを投げ棄て、背部エクステンションから単分子ブレードを抜刀、アスカに続いて突撃する。


被弾した右肩の焼痕から黒い煙を上げる〈天使〉へ、アスカが切り掛かる。

巨大な近接兵器で肉薄する〈ネメシス〉に気付いた熾天使級は、掲げた掌からあの熱線を撃ち出した。


機体の胴体を確実に撃ち抜く射線、アスカの〈ネメシス〉がステップ、熱線を紙一重で躱し、近接兵装を構え直してフルスイング。


これまで戦ってきた〈天使〉であれば、アスカのそのカウンターで捉えることができただろう、しかし、熾天使級は大きく身を翻してそれを回避、翼を広げ、火の粉を振り撒いたかと思うと周囲を爆発と炎で包んだ。


「アスカっ!」


炎に呑み込まれるアスカの機体、真は火の海へ飛び込んで〈天使〉へブレードを振るった。

熾天使級は、また躯を捩って刃を躱わす、先程アスカへそうしたように、懐の真へ左手をかざした。


その掌が眩く光った。

しかし、真は臆することなくさらに踏み込み、〈天使〉の掌へパイルバンカーを撃ち出す。


撃発されたパイル先端の指向性炸薬が炸裂し、〈天使〉の翳した左腕の肘から先が爆散する。

血と肉片が蒸気を上げながら宙を舞った。


僅かに動揺を見せた〈天使〉、真はブレードを水平に構え、もう一歩踏み込んで鋭い突きを繰り出した。


しかし、切先がその白い胴体を捉える直前、〈天使〉の体がその刃を躱す。


「……くそっ!」


真が次の斬撃を構えるよりも早く、〈天使〉が右腕を伸ばす、その掌が再び光った、あの熱線を撃つ予兆だ。


踏み込み過ぎた、この位置では避けられない。

機体のどこかを撃ち抜かれる、そう思った時、炎の中からアスカの機体が踊り出た。


『下がって、真くん!』


反射的にスラスタを噴かして〈天使〉から離れる。

羽のような排熱板を展開したアスカの機体が、真と入れ替わるように〈天使〉の懐に滑り込んだ。


〈天使〉が真へ向けていた掌をアスカへ向ける。


その掌から熱線が放たれるのと、アスカの構えたデトネーション・ライフルの砲口が火を噴くのは、ほとんど同時だった。


熱線が彼女の頭部センサを貫き、アスカの放った弾頭は〈天使〉の腹部を撃ち抜いた。


オープンチャンネルにアスカの悲鳴が響いた。

〈ネメシス〉からのフィードバックに、彼女はよろめきながらその場にくずおれる。


「アスカっ!」


膝をつくアスカの〈ネメシス〉。

撃ち抜かれた腹から血と蒸気を噴出させる〈天使〉がゆっくりと迫った。


〈天使〉の手がアスカへ向けて掲げられる、その掌が光る。


「させないっ」


倍近い背丈のある熾天使級へ機体をぶつける、バランスを崩した〈天使〉の掌から放たれた熱線は、アスカのデトネーション・ライフルの砲身を焼き切った。


胴体に絡みついた真の〈ネメシス〉を〈天使〉が投げ飛ばす、凄まじい力に機体が引っ張られ、近くのビルの残骸に背中から叩きつけられた。


「うぐ……ッ」


鈍い痛みが全身を襲った。

それを無理やり無視して機体を起こす、スクリーンに見えた〈天使〉はこちらへ掌を掲げていた。


『真、先輩……!』


風切り音、飛来した赤い光が、〈天使〉にぶつかって炎を撒き散らした。

爆風と衝撃が黒煙を巻き上げ、〈天使〉を覆う。


『態勢を立て直して!』


深雪の機体が空から煙の中へ散弾砲を撃った、着地した彼女は散弾砲をさらにもう1発、そして滑腔砲を立て続けに撃ち込む。

肩部エクステンションを稼働させて散弾砲をしまい、弾倉を交換、すぐさま引き抜いて迎撃。

撃ち切った散弾砲を投げ捨て、腰のハードポイントから機関砲を引き抜く。


それも残る全弾を叩き込んだところで〈天使〉を覆う黒煙の中から、数条の熱線が飛び出した。


『……ッ!?』


撃ち出された熱線の束が深雪の機体を貫く。


「深雪先輩っ!」


咄嗟に機体を捻ったことでコックピットルームへの被弾を免れたが、彼女の〈ネメシス〉は、自立すら到底不可能なほどに手足をバラバラにされた。


『み、深雪……っ!』


アスカの〈ネメシス〉が立ち上がる。

既にサブセンサに切り替えたのか、真っ二つにされたデトネーション・ライフルをパージし、近接掘削兵装を構える。

煙から姿を現した熾天使級の体には至る所に銃弾の痕や焼跡があるが、致命傷にはほど遠く見えた。


『だめっ、アスカ!』


深雪がアスカに呼びかける。

もはやまともに挑んで勝てる相手ではないのは明白だ。

それでも、アスカは武器を下さなかった。


『撤退しなさい!』

『それでどうなるって言うのよ!?あなたのことも、この街も、こんなバケモノにくれてやるつもりなんてこれっぽっちもないわ!』

『……っ、こんなときくらい言うことを聞きなさい!』

『そうじゃないってことはあなたがいちばん理解《わか》ってるでしょ!』


近接兵装の三連ホイールが猛々しい音を上げて回転、展開させた排熱機構から蒸気を噴出させて、アスカは熾天使級へ突撃した。


真も〈ネメシス〉を立ち上がらせる。

機体各部のエキゾーストバルブが蒸気を噴き上げる、フル稼働させている冷却系にエネルギーを食われ、稼働時間はほとんど残っていなかった。


たが、このままアスカひとりで戦わせることなどできない、負けを認めるよう説得するつもりもない。

自分は、アスカのために、アスカの守りたいもののために戦うと決めた。


約束したんだ。


『待ちなさいっ、真君っ!』


汗だくの手のひらでコントロールスティックを握り直す、呼び止める深雪を無視して、真は〈ネメシス〉を走らせた。

ブレードを構え、側面から切り込んで〈天使〉と格闘するアスカを支援する。


単純な破壊力ならばアスカの兵装に分がある、しかしながら、大味であるが故に隙も大きい。

真はアスカのステップに合わせ、彼女の一撃一撃の間隔を埋めていく。


だが、ふたりの連携攻撃が〈天使〉を追い詰める前に、アスカの排熱機構に限界が訪れた。

過熱に耐えられなくなった排熱板が、ついにそのから炎を噴き出して爆発した。


『……っ!』


ああなっては、戦闘の継続は自殺行為だ。


『アスカ!これ以上はだめ、限界よ!』

『まだやれるわ!あの子は……いく乃はこの状況でも戦った、私だって……ッ!』


アスカの〈ネメシス〉が〈天使〉の攻撃を躱す。

そのまま死角に回り込んで、近接兵装を変形、アスカを追って〈天使〉がかざした掌を、斧形態の武器を振り上げてその腕ごと弾き飛ばす。


怪物の腕が空へと千切れ飛んだ。


『真くん!』


アスカが叫ぶ。

〈ネメシス〉を跳躍させ、ブレードを逆手に持ち替える。


両腕を失った〈天使〉のその胸元を、真の切先が貫いた。


機体からのフィードバック、真は愕然とした、手応えがなかったのだ。


〈天使〉という地球外の生命体について分かっていることは依然少なくとも、これまで堕天を観測した個体にはいくつかの共通点があった。

それは生体核を持つこと、そして、その生体核の位置がおおよそ同じであること。


この熾天使級とこれまでの〈天使〉の外見的特徴は全く異なるが、生体核の位置は同じだと真は狙いを付けていた。


そうではなかったのだ。

人機一体システムを通じて真自身の手に伝わったのは、生体核を捉えた感触ではなかった。


『なにしてるの、真くん!』


アスカの声にはっとする。


熾天使級の頭部を覆う翼が開き、その下にあった《かお》が露わになる。

眼も鼻もない、真っ黒なだけがある顔、その空洞の奥が、光った。


〈天使〉の顔面から熱線が放たれると思ったとき、衝撃とともにスクリーンの映像が横方向へ乱れた。

次の瞬間には、激しい爆発に吹き飛ばされていた。


放たれた熱線が、真を庇って機体をぶつけてきたアスカの排熱機構に被弾し、爆発したのだ。


「アスカっ!」

『う、ぐ……』


鈍い声が通信越しに聞こえた。


「アスカ……」

『はぁ、はぁ……くそ、うごきなさいッ、うごきなさいったら!』


機体の限界だった。

当然だ、あたり一面炎に囲まれた環境下、加えて彼女の〈ネメシス〉は超重量の兵装を背負っているのだ。


『……真くん』


真の〈ネメシス〉も、稼働時間は残り僅かもない。

スクリーン越しにじっとりとこちらを見つめる〈天使〉は、何事もなかったかのように、失った腕を再生し、真が突き刺したブレードを胸から引き抜いて炎の中へと放り捨てた。


化け物だった。

炎を背に赤く照らし出されたその歪なシルエットは、これがどれほど馬鹿げた戦いなのか、どれほど無謀な戦いに挑んでいるのか、それを真へ思い知らしめる。


『逃げて、真くん』

「なに言って……」

『あなたを二度も死なせることなんてできないわ』

「らしくないよ!弱音なんて……っ」

『……バカね。私だって……弱いのよ。ごめんね、真くん。また失うなんて、私には……耐えられないから。せめて、あなただけでも……』

「……っ」


もはや残骸となった排熱機構を背中からパージし、アスカの〈ネメシス〉がゆっくりと立ち上がり、真を庇うように前へ出る。


「だめだ……アスカ!」

『……っ』


機体予備電源の残りの稼働時間を使って、真を逃す囮になるつもりなのだ。


『はぁ、はぁ……っ、逃げて』


アスカを、失う。

それは許されない。

何に替えたとしても、それだけはあってはならない。


『……ごめんなさい、姉さん』


〈天使〉が駆け出し、アスカへ迫る。


この侵略者に、彼女だけは、アスカだけは絶対に奪われてはならない。


それが、それだけが、自分わたしの戦う理由だったはずだ。


「___いやだ」


機体の稼働限界が近づく。

エネルギー残量表示が赤く点灯し、コックピットルーム内に耳障りなアラートが鳴り響いた。


「いやだ」


猛烈な感情が、自分の中に溢れていく。

いや、何か、凄まじい力の奔流が、〈ネメシス〉から自分の中へと流れ込んでくる。


機体を立ち上がらせる。

コックピットルームを満たす同調媒体物質が反応を起こし、青白い発光現象を繰り返す。

〈ネメシス〉の波長と真の激情とのギャップによって、叛転現象が起きていた。


「___いやだっ!」


そう叫んだ真の瞳に光が灯る。

やがて青白い閃光は金色へと変化し、噴き出すエキゾーストに乗って、機体全体を、眩く、美しい輝きで包んだ。


「諦めてなんかあげないっ!にどれだけお願いされたって、それだけは譲れないから!」


腰の兵装ラックからコンバット・ナイフを引き抜く。

パイルバンカーと、たったこれだけの武器、それでも、これだけあるなら充分だ。


相手がどれほど強大であろうと関係ない。

この〈ネメシス〉は応えてくれる、意志おもいを、力に変えてくれる!


稼働限界が0を刻む、機体は動く。

まるで、自由自在だった。

ターミナルインターフェースが示す同調率は、すでに100%を突破していた。


が、アスカを守る」


右手にナイフを持ち、左腕兵装のパイルバンカーを構え、燦然と輝きを放つ〈ネメシス〉は、己を賭す決戦へ走り出した。


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