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第29話

12月下旬、青海ヶ丘中学は今日の午前中に終業式を済ませ冬休みとなった。


夏休みほどの長期休暇ではないが、何かとイベントの詰まった冬休みは少年少女の胸を躍らせる。

この青海ヶ丘で最大級のショッピングモールに集まった青海ヶ丘中学の生徒含め多くの若者がどこか浮ついた様子でいるのは、しかし、約2週間の冬季休暇に期待を膨らませているからというだけではなかった。


モールの駐車場に設営された特設ステージ、舞台袖に控えるメンバー面々を見渡して、ダンスコーチのフューリが声をかけた。


「準備はいいかしら?〈ヴァルキリーズ〉」


優之介たちからの応援のメールを読んでいたスライドケータイから視線を上げる。

今夜は〈ヴァルキリーズ〉のラストライブだった。


代役を務める真を含め、アスカ、深雪、めくるがそれぞれフューリに頷き返す。


「みんな、仕上がりは申し分ないわ。短い間だったけれど、貴女たちのコーチを務められたこと、心から誇りに思うわ」

「ありがとうございます、コーチ」

「さあ、ぶつけてくるといいわ。貴女たちの全てを」

「言われるまでもないわよ」


パイプ椅子から立ち上がって、ステージ衣装に身を包んだアスカが真を見て微笑む。


開演まであと僅か、真も立ち上がってアスカの隣に並んだ。


「それじゃあ、〈ヴァルキリーズ〉!レディ___?」


深雪の掛け声に応えるのと同時、今夜のライブ、その一曲目のイントロが流れ始めた。





状況が変わったのは、ラストライブを終えたすぐ後だった。


『各員、セットアップは問題ない?』

『自分の格好をのぞけば問題ないかしら』


アンコール曲を終え、舞台袖に戻った直後に緊急招集が発せられたため、〈ヴァルキリーズ〉は舞台衣装そのままで基地へ直行、〈ネメシス〉へ飛び乗った。


『こちらも……問題、ありません……』

『オーケー、めくる。真君は?』

「僕も、問題ないです」


衣装の一部であるネクタイをコックピットルーム内の邪魔にならないほうへ放り投げて、ボタンを外してキツい胸元を解放する。


『葛木です。これより出撃シークエンスを開始します。準備はよろしいでしょうか、〈ヴァルキリーズ〉』

『総員、出撃準備完了しております』

『口頭による出撃準備完了を確認。機体ステータス、全機の戦闘モード移行を確認。人機一体システムの起動、及び、同調率の安定を確認。機体をカタパルトデッキに固定します……固定完了。パイロットは射出の衝撃に備えて下さい』


コントロールスティックを握り直し、目を閉じて、深呼吸。


これから自分たちを待ち受ける事態は、これまでの人類の〈天使〉との戦い、その歴史のいずれにも当てはまらない、全くの未知。


ざわつく胸の中を鎮めるように、深く息を吐いて、集中する。


大丈夫だ、自分のすべきことは変わらない。


アスカを、守る。

絶対に。


『……3、2、1、上昇!』


葛木のカウントの後、真上からの加重が襲いかかる。

体感にして数秒、重力が一瞬消えて、睨みつけるスクリーンが青海ヶ丘の夜景を映し出す。


そしてそのはるか遠方。

ランドマークとしての役割を果たしていたかつての高層ビルに成り代わるようにして聳える真っ白な巨大樹が、闇夜に強く光を放っていた。

その眩さは、ある種の臨界を超えようとしているかに見えた。


『熱源!』


深雪が叫ぶのと機体AIがアラートを響かせたのはほとんど同時だった。


巨大樹から、いや、そのから、一筋の火線が樹皮を突き破るようにして、空中の〈ネメシス〉目掛けて放たれた。


『緊急回避ッ!』


深雪が言うよりも早く、ブースターペダルを思い切り踏み込んで本来の軌道を真横へほぼ直角に修正。

巨大樹から放たれた火線は真とアスカの2機の間を突き抜け、青海ヶ丘北方の山地、その山肌に着弾、轟音を上げて爆ぜた。


『なにアレッ!?』


アスカが呻いた。


『まともに食らっていいものじゃないのは確かよ!』

『あんなもの街に撃ち込まれたらマズいんじゃないの!?』

『分かりきったことは聞かない!アスカ、真君、とにかく目標へ近づくことを最優先に』

「りょうかいです!」

『了解……っ』


大通りに着地し、そのままビルの明かりや街灯が照らす街中を突き進む。


足元では保安管理部の制服を着た大人たちが、急な避難命令に慌てふためく街の住人の避難を急いでいた。


『これだけ、まだ避難が……』


一つ向こうの通りを走るアスカがそう溢した、その言葉に宿る彼女の気持ちは察するに容易い。


真も、ライブ会場に来ていた優之介や顕吾、俊平のことを案じた。

あのショッピングモールの地下は駐車場を兼ねたシェルターだ、無事に避難できていることを祈った。


『集中しなさい、アスカ!』

『……っ』

『熱源、感知……!』


オープンチャンネルにめくるの声が割って入った。

機体AIが再び警報を鳴らし、めくるの〈ネメシス〉から転送された映像をスクリーンに拡大する。


攻撃の予兆なのか、先ほど火線が放たれた場所が再び激しい光を発していた。


『アスカ!デトネーション・ライフル!』

『ああもうっ!』


アスカの〈ネメシス〉がデトネーション・ライフルを発射した。


ほとんど反射的に照準を合わせただけの砲撃は、撃発の衝撃で僅かに狙いが逸れたようだが、彼女の砲弾は再び火線を吐き出さんとする巨大樹のその光を放つ一点、誤差十数メートルの所を捉え、爆発。

炎と共に、赤光するを撒き散らした。


『……止まったの?』


局所的に炎上する巨大樹、攻勢の気配は一時的に消え失せたように見えた。


しかし、次の瞬間。

まるで怒り狂ったかのようにその内部から先ほどの熱線を、全方位へ向け無数に吐き出した。


「……ッ!?」


眩い炎の筋が尾を引き、空を、街を灼く。

巨大樹から放たれたうちの一発が真のいる地点のすぐ近くに落ち、周囲を爆炎で呑み込んだ。

吹き荒れる熱波は衝撃を伴って、ビルの窓ガラスを粉砕し、燃えうつった街路樹を激しく揺する。


真の〈ネメシス〉も、その衝撃で僅かにたじろいだ。


『真くんっ!』

「だい……じょうぶ、だけど、街が……!」


瞬く間に炎に包まれる青海ヶ丘。

街の機能が次々に破壊され各所で停電が発生しているが、代わりに、無情に街を呑んでいく燎火が夜空を赤く、不気味に照らした。


その炎の中から一機の〈ネメシス〉が空へ飛び上がる。

上下二連装短砲身滑腔砲を背負った機体、深雪だ。


『めくる、そっちの状況報告を』

『至近弾がありました、機体に損傷を受けましたが、問題……ありません。牽制砲撃を……はじめます』

『分かったわ。動かない標的よ、装填でき次第とにかく撃って!』

『了解……しました』

『アスカ、真くん、私に続きなさい!』

『了解ッ!』


めくるの砲弾が頭上を飛び越え、アスカが狙った場所と同じ所を狙い撃った。


それを合図にして、深雪が〈ネメシス〉を突撃させる。

巨大樹から放たれる炎の爆撃に臆することなく、被弾を躱す正確な軌道を見極めてビルを足場にしながら、彼我の距離を縮めていく。

真とアスカの2機も、その深雪の後に続いて炎の吹き荒れる街を駆け抜けた。


街を南北に分断する境目を越え、放棄区画へ突入、巨大樹が目前にまで迫る。


有効射程内に目標を捉えた深雪がまず、背部滑腔砲を斉射した。

4門の砲口から滑り出した弾頭が緩やかな弧を描いて、着弾、さらに肩部エクステンションから機関砲を引き抜いて銃撃を交えながら、再び砲撃。


真もシングルバレル・ロータリーガン2挺を敵へ向け、弾丸を浴びせる。


さらに、めくるの長距離砲が再度飛び込んだ。


『効いてるの!?』


アスカの声だ。

巨大樹は幹を焼かれながらも、その真っ白な樹体をより強く発光させ攻撃の手を緩めることなく熱線を放ち続けている。


攻勢の止む気配はなく、いたずらに弾を消費しているのは否めなかった。


『仕方ないわ……兵装の使用制限を解除するわ、アスカ!好きに使いなさい!』

『その言葉を待ってたのよ!』


アスカの〈ネメシス〉が跳躍する。

身を翻しながら熱線を躱し、機体の全長と変わりないほどの砲身を誇る大口径砲を背後から引き抜いて、腰に構えた。

背中の排熱機構各部が展開しのような排熱板が伸びる、砲本体に取り付けられたケースレス構造のタービンジェネレータが唸りを上げて回転し、ジェネレータ本体と、多数の薬室部分が赤熱する。


爆音と共にライフルの砲口から赤い光が一直線に伸びたのとほぼ同時、巨大樹から爆発が起きた。


アスカは続けてもう1発を見舞わせようと砲撃の反動から機体の姿勢を正す。

しかし、デトネーション・ライフルを構え直した時、標的の異変に気付いた。


アスカの一撃で攻勢を弱めた巨大樹の、樹上の枝が震え始めたかと思うと、突然、樹皮の至る所から炎を噴出させながら、円を描くようにしてその樹体が解け始めた。


「なに……?」


まるで花が開くようにして広がったその中から、光を放つ何かが、夜空に浮かび上がった。


光はその輝きを弱めながら、少しずつその輪郭を露わにする。


『天……使……』


アスカの呟きに、真も同調せざるを得なかった。

現れたそれは、まさにそう形容するに相応しい姿をしていたからだ。


人間の女性をそのまま大きくしたような灰白色の躯には左右対称に6枚の翼を持ち、2枚で脚を、2枚で顔を覆っていた。


これまで真たちが〈天使〉と呼んできたあのグロテスクな多足生命体とはまったく異なる姿。

まさに神の御使の名に相応しき姿で、ゆったりと広げた腕よりも遥かに長大な両翼を夜空に広げ、顔を覆った羽の下から、災厄の象徴は静かに人類を睥睨した___



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