「全くあの子ときたら。あれから連絡もよこさないで何をやっているのかしら」
苛々した口調で吐き捨てながら受話器を持つ母親―
築何十年にもなる古びたこの屋敷は、「龍の島」とよばれるこの小さな島の小高い丘の上に位置している。
窓からは日本海を望むことができ、屋敷の裏にある細い小道を通れば「龍の祠」が祀られている、海に面した小さな神社にたどり着くことができる。
そこはもう何百年も前からこの島を守ってきた「黒龍」の住む場所だと言われている。
その祠で黒龍の声を聞き、その言葉を住民に伝えるのが「龍の使い」でもある松原家当主の重要な役目だ。
現在18歳の実里は黒龍がいるなんて本気で信じているわけではないが、そんな彼女の中でも「黒龍」は心のどこかで畏怖の対象だった。
母の言う「あの子」とは実里の1つ年上の兄である啓一郎の事だ。
兄は東京の大学に進学してからというもの長期休みにもこちらに顔を出すことはなく、母が電話をしても5回に1回くらいしか出ることはない。
実里にしてもメールが返ってきたためしはなく、何をしているのか全く分からない。母が言うにはバイトが忙しくてなかなか戻ってくることはできないようだ。
さすがに先日の父の葬儀にはやって来たが、それが終わるとすぐに東京に戻ってしまった。
母は事あるごとに
「進学なんてさせなければよかった」
とぼやいているが、兄が東京の大学に合格した時は大喜びで親戚にも自慢していたから今更感はある。
一方あまり兄の事を好きではない父は、もう戻ってこなくてもいいだとか冷たい言葉を吐き捨てるだけだった。
次期当主は
実里は兄よりも更に郁哉の事が嫌いだった。
不愛想で笑顔を見せることもなく、本家の人間である実里よりも自分の方が上だと思っているのか常に尊大な態度を取ってくる。
兄はそんなことを気にもしていない様子で、郁哉に何を言われてもヘラヘラするだけだ。
確かにそんなところは、父の言う通り当主にはふさわしくない。
母は、実里と同じく郁哉を嫌っている。
郁哉は実里に対する以上に、母への当たりが強いからだ。
元々父の正妻ではなかった母の事を少し見下しているのかもしれない。
しかし、父の遺言通り郁哉を当主にするしかない。元当主の意向に逆らうなんて許されるはずがない事だ。
そして、新しい当主へと「龍の使い」の職務を引き継ぐための儀式をする必要がある。
それには松原本家の人間、全員がそろう必要があるのに相変わらず兄とは連絡が取れていない。
いくら実家が嫌いでも自分の責任は果たしてほしい、と思いながら実里はまたため息をついた。