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第2話 出動

 ビリリリッ ビリリリッ


 〝魔力暴走〟――ルティのその言葉を肯定するかのように、空気が震えた。

 作業服のポケットに入れてあるスマートフォンがけたたましい音を立てて、足に振動が来る程に震える。

 緊急出動のサイン。そのアラート音だ。

 【逆転生者】が発現した時に起こる魔力嵐やそれに伴うごく狭い地域での被害に対処する際、転生庁の中で対処に向いているとされるスタッフに緊急出動アラートが出される。

 今回は修久が担当だった。それだけのことだが、彼はひどく憂鬱な気持ちで、少し先を走るルティの背中を追いかけていた。

 〝魔力嵐〟は、日本と異世界の魔力差でどうしても起きてしまう竜巻のようなものだ。一般人であればただの竜巻程度で済む事もあるが、【逆転生者】の魔力が高すぎる場合には雷や豪雨といった付随する何かが起こる事がある。

 今回のような〝魔力暴走〟がそれだ。

 〝魔力暴走〟が起きると、その周辺はまさに「極局地的災害」とも言える狭い狭い災害のような有り様になる事がある。

 その規模は様々だ。しかし、普段は何の変哲もない窓口職員である修久も、〝魔力暴走〟が起きれば引っ張りだこにされてしまう。

「修久! その路地の向こうの駐車場! 見えてきましたわっ!」

「もう建物に被害が出てるっ。先に行ってくれっ」

「えぇっ!」

 ルティは転生庁に登録された【逆転生者】で、今回のような〝魔力暴走〟時の対処を専門的に依頼されている協力者なのだ。

 【逆転生者】はがこの日本で職を手に入れるには転生庁経由で【逆転生者】を受け入れている職場を紹介してもらうか、〝魔力嵐〟への対策メンバーになるか、そのどちらかしかない。

 今の日本はいくらかは【逆転生者】に慣れたとはいえ、元々魔力の存在しない世界だ。異世界人への警戒心は未だ強く、元々存在していた人間の意識を乗っ取ったように見える彼らへの風当たりも強い。

 だから、転生庁の人間はそういった風当たりを少しでも和らげるために、【逆転生者】を連れての出動が推奨されていた。

 〝魔力嵐〟の対処は、魔力を持っている人間にしか出来ない。お互いが生き残るには、手を取り合うしかないのだ。

「転生庁です! 建物中にまだ人は居ますかっ!」

「ウチの人が! そこの倉庫で、足を挟まれてるんです!」

「支えますっ!」

 だが、そうして魔力を持つ人間と長く付き合う事で、現代日本の人間たちにも多少の変化はどうしても訪れ始める。

 その最もたるものが、〝スキル〟と呼ばれるようになった特殊な能力だった。


「根本から修繕していくので、力を入れてください! 修復すると同時に自然と持ち上がりますからっ」

「よっしゃ! いくぞぉ!」

「せーのっ!」


 〝スキル〟を得る人間は、そう多くはない。魔力との違いは未だに日本人たちにはわからないし、〝スキル〟を得るパターンもタイミングも調査中。

 分かっている事は、頻繁に現場に出るか、検査に関わるスタッフほど特殊能力の発現率が高い、という事だけだ。

 修久も、そんな中の一人だった。

 何の変哲もない受付スタッフ。しかし彼は日本に来たばかりの【逆転生者】に戸籍登録を促し、魔力値を検査するための検査場へ案内する役目を負っていた。

 その結果、だろうか。彼は知らぬ間に〝スキル〟に覚醒した。

 ただその〝スキルは〟、【逆転生者】の使う魔術だったり、コミックの中のヒーローが使うような超常能力でもなんでもない。

 ただ、「かたい物を修復する」という、ただそれだけの力だった。

「上がったぞ!」

「引っ張れ引っ張れ!」

「よーし! もう大丈夫だ!」

 修久の修繕出来る「かたい物」は基本的に無機物に限られる。

 しかし、今回のように壁に押しつぶされた人を助けるために壁を修復すればその壁が元々支えていた柱や天井を持ち上げる事も出来るし、ほんの小さな皿のヒビなんかは指先で撫でるだけで綺麗になった。

 勿論修復するものの大きさや、その結果持ち上げる事になる建物なんかの重さによっては物凄く体力を消耗もする。

 日常生活においては壁やアスファルトのヒビだとか、割れた皿をくっつけたりだとか、その程度のものにしか使う事は出来ない〝スキル〟。

 しかし、この狭い日本の中での〝魔力嵐〟による極局地的災害においては、無類の力を発揮する〝スキル〟であるとも言えた。

 それが、修久に緊急出動アラートがかかってくるようになった理由だ。


「ルティ! 〝魔力嵐〟の根本は?」

「まだ治まりきっていませんわっ。魔力耐性のない方は近づかないようにっ」

「わかったっ」


 幸いにして、場所が広い駐車場の辺りだったおかげか、今回の被害はさっきの潰れた倉庫に潰された男性一人。

 あとは、修久がぽんぽんと手で触れて行けばじわじわと修復していき、あったヒビも、折れた柱もすっかりと元の姿に戻っていく。

 助かった。さっきの倉庫は結構重かったから。

 ふぅ、と溜め息を吐きつつ、ルティの前で渦巻いている〝魔力嵐〟が治まるのを待つ。

 それにしても、長い。通常の〝魔力暴走〟であれば一瞬ピカッと輝いて治まったりするのだが、今回の〝魔力嵐〟はまだまだその空間にとどまって渦巻いている。

 余程強い魔力の持ち主なのか。ゴクリ、と生唾を飲み込みながら、運悪く駐車されていたためにひしゃげてしまっている車のバンパーを修復する。

 一般市民たちはもうすっかり退避してくれているようだ。これなら、もう一度〝魔力暴走〟が起こりでもしない限りは問題ないだろう。

 そもそも一般市民たちはあまり【逆転生者】に積極的に関わろうとはしない。今回のような〝魔力暴走〟に巻き込まれたり、住居を壊される事もある以上は、仕方のない事だ。

 それでもただ、こちらの指示を無視しないでいてくれるだけでもありがたいものだが。

 ――そう思っていた瞬間が、修久にもあった。


ビーッ! ビーッ!


 少し距離を取って〝魔力嵐〟を眺めていたルティと修久の耳に、先程の緊急アラートとは違うビープ音が届く。

 これは、修久の持っている携帯からのものと、ルティの持っている【逆転生者】への支給端末から同時に聞こえてきたもので、遠くから見ていた市民たちからも悲鳴が溢れた。


「近づかないで! 遠くの、安全な場所に逃げて下さい!」


 咄嗟に、修久が市民たちに向けて声をあげる。

 それを聞いて、市民たちは悲鳴をあげながら散り散りに逃げ出した。パニックになっている者が居ないのが奇跡的なほどの、大きなビープ音。

 これは、【モンスター出現】を示すビープ音だ。

 通常であれば【逆転生者】にしか対応依頼がされない、現代日本人にとっては馴染のない「本当の戦闘」が起こる基準。

「魔力暴走とモンスターが同時に起きるなんて、思いませんでしたわ……」

「ルティ!」

「下がっていなさいナオヒサ! モンスターの対処は、わたくしたちの仕事でしてよっ!」

 治まらない魔力嵐に金色の髪を巻き上げられながら、ルティが腰に下げていた剣を抜き放つ。

 剣といっても、異世界と同じ剣を作る技術は日本にはないから、刀に近い模造剣だ。ルティたちのような一部の魔力対処可能な強い異世界人――それこそ、ライトノベルで登場するような勇者であったり、冒険者であるような人々は、そんななまくらに魔力を流す事で何とか武器として使ってくれている。

 だが当たり前ながら、ナオヒサにはそんな戦闘技術はないし、武器だって持っていない。

 こんな場面では、足手まといだ。

 【逆転生者】と共に行動する転生庁の人間は、こういう場合には彼らの指示に従うように、きつくきつく指導を受ける。

 日本人の性質なのか、逃げろと言われて素直に逃げる事が出来るスタッフは最初とても少なかった。

 だから何度も何度も、逃げる事が出来るようになるまで危機的状況を再現した場所で同じ訓練を繰り返した。ナオヒサも、何度も何度も、時には涙を振り切りながら逃げる訓練をした。

 逃げる事が、【逆転生者】の足手まといにならないためであるのなら、そうするべきなのだと。そう、叩き込まれた。


「――――っ!!」


 だが今回は、状況が悪すぎた。

 〝魔力嵐〟とは逆方向。さっきまで修久が修復をしていた方向に逃げようと身を翻した修久は、しかし己の目の前に立っている巨大な影に、足を止めてしまった。

 モンスターは、魔力の塊。

 強力な〝魔力嵐〟の後に残った魔力から生まれるダンジョンの内側から発生してくる異世界の生き物。

 そう何度も教わったから、修久は〝魔力嵐〟に背を向けた。

 なのに、その逆方向から――修久の向かおうとした先から、モンスターは悠然と出現したのだ。

 修久の二倍以上はある巨躯に、頭部の半分以上を占めるぎょろりとした一つ目。

 漫画の怪物かよ。

 そうぼやくより前に、ルティが修久に警告を発する前に、修久は己の太ももほどもある太い指で腕を掴まれて、おもちゃのようにへし折られた。

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