夕方、学院の敷地内で、部活を終えた一人の 生徒が、突如現れた黒い影に襲われた。暗闇 から姿を現したそれは、まるで獣のような恐 ろしい形相で、生徒に一撃を浴びせると、彼 は苦痛の叫びと共に地面に崩れ落ちた。周囲 には助けを呼べる者もおらず、生徒は重傷を 負ったまま、夜の闇に取り残された。
翌朝、教師たちは倒れている生徒を発見し、 急いで救護を行った。幸いにも彼は一命を取 り留めたが、襲撃者について語った言葉は、 「黒い影だった」というあいまいな証言のみ だった。
この事件をきっかけに、学院内では黒い影に よる襲撃が続発し、生徒たちは恐怖に震える ようになった。夜の帳が降りると、誰も外に 出ることを避け、教師たちも警戒を強めた が、襲撃者の正体は依然として不明のままだ った。
自警団の結成
この不安な状況の中で、生徒たちは自らの安 全を守るため、学院内で自警団を結成するこ とを決意した。リーダーには、力自慢で知ら れる第3王子・アレスターが選ばれた。
「俺に任せておけば、この謎の襲撃者もすぐ に片付く!」と、胸を張るアレスターの自信 満々な態度に、メンバーたちは少々引き気味 だったが、彼の熱意は感じ取っていた。
自警団のサブリーダーに選ばれたリチャード は、冷静かつ戦略的な性格で、アレスターの 勢いを抑える役割を自覚していた。
「彼を脳筋だと誰かが言っていたが... 確かに その通りだな。ここは俺が冷静に指揮を取ら ねば」と内心で呟くリチャード。彼は自警団 を慎重に導くことを決意し、アレスターの無 謀さをフォローしつつ、周囲の安全を確保し ようと心を砕いた。
ついに現れた謎の獣
自警団は毎晩学院の敷地内を巡回し、黒い影 を探す日々が続いた。そんなある夜、月明か りがかすかに照らす中、一人の生徒に黒い影 が忍び寄るのをリチャードが目撃した。
「見回り中だ、静かに近づけ」と囁き、メン バーたちは息を潜めて獣に近づいていく。暗 がりに潜むその姿が次第に見えてくると、そ れが人狼のような形状をしていることに気づ いた。
「今だ、攻撃しろ!」 アレスターの号令で、 自警団のメンバーたちは一斉に人狼に突撃し た。しかし、人狼の力は圧倒的で、次々とメ ンバーたちは地面に倒れていった。鋭い爪が 空を切り裂き、その一撃で何人もの生徒が追 い詰められた。
ヴィーナの登場
その窮地に現れたのは、学院で「謎の影」と して噂されるヴィーナだった。彼女はまるで 影そのもののように素早い動きで、人狼の懐 に入り込み、一撃でその巨体を押しのけた。
「ヴィーナだ! 助かった!」 メンバーたちの 顔に安堵の表情が浮かぶ。
ヴィーナは冷静な目つきで人狼を見据え、し なやかな動きで距離を詰める。鋭い蹴りを見 舞うと、人狼は怯んで後退したが、再び立ち 上がり、ヴィーナに向かって突進してきた。
彼女はその動きを冷静に見極め、一瞬の隙を 突いて攻撃を加え続けた。彼女の鋭い拳が人 狼の急所を捉え、次第に動きを鈍らせていっ たが、最後の一撃を加えようとした瞬間、人 狼は素早く身を翻し、闇の中へと逃げ去っ た。
「何だ、あれは...?」 アレスターが驚きの表 情で呟く。
リチャードは冷静に周囲を見渡し、事件の背 後にある意図を探るように言った。「計画的 に動いているようだな... 単なる獣とは思えな い」
行していただきます」
ヴィーナは意味ありげな微笑みを浮かべる と、さっとリチャードの手を払いのけ、瞬く 間に姿を消した。
「おい、追いかけろ!」 アレスターが叫ぶ が、リチャードは冷静に制止した。「無駄で すよ、彼女はそう簡単に捕まらない」
翌日、学院の図書室でミラに助言を求めたリチャードは、自警団のリーダーとして抱えていた悩みを少しずつ解きほぐし、希望を胸に抱いて図書室を後にした。彼の中には、ミラの知恵による新たな対策と決意が芽生え、犯人を捕らえるための計画が練り上げられつつあった。
その日の午後、彼は自警団のメンバーを集め、ミラから得た助言を共有した。
「皆、犯人は満月の夜に動きやすいらしい。だから、次の満月の夜には一斉に見回りを強化する。それに、怪しい行動をする生徒がいれば、しっかりと見張りをつけることにする」
リチャードの言葉に、自警団のメンバーたちは神妙な面持ちで頷いた。自分たちがただの生徒であることに不安を感じつつも、彼の冷静な指示に心を引き締め、団結を誓った。
その頃、学院の噂を耳にした王子のアルフォルスとハロルドも、状況を知り、自らも自警団に参加することを決意していた。彼らの参加は、自警団の士気をさらに高め、学院内には緊張とともに新たな覚悟が漂い始めていた。
そして、満月の夜がやってきた。リチャードと自警団のメンバーたちは指定された区域を慎重に見回り、不審な動きがないか目を光らせていた。緊張の中、彼らはまるで影に潜む脅威が現れる瞬間を待つかのように、身構えていた。
すると、遠くから草が揺れる音が聞こえ、暗がりの中から不気味な人影が現れた。銀色の月明かりに照らされ、浮かび上がったその姿は、獣のような恐ろしい目を光らせていた。
「犯人かもしれない…!」リチャードが小声で仲間に伝えた瞬間、影は素早い動きで彼らに襲いかかろうとした。
「今だ!囲め!」リチャードの合図で自警団のメンバーたちは全員で一斉に影に向かい、取り囲んだ。しかし、その正体を捉えるには至らず、影は俊敏な動きで瞬時に逃げ去ってしまった。
悔しさと安堵の入り混じる中、リチャードは言った。「見逃したのは残念だが、これで手がかりは得た。引き続き、注意深く追跡していくしかない」
自警団の士気は落ちるどころか、犯人捕縛への決意をさらに強めた。この夜の出来事は、学院内に新たな謎と緊張をもたらしながらも、彼らの結束をより固いものへと変えていった。
自警団はミラの助言に従い、学院内での聞き込みを開始し、手がかりを求めて生徒たちから情報を集めていった。夜中に目撃された不審な動きについて話を聞くと、複数の生徒が同じように証言をしていた。
「最近、夜遅くに学院内をうろついている生徒がいるって噂が広がってるみたいですよ」 「名前を聞いたことがある気がするんだが、誰だったかな…」
その話を頼りに調査を進めた自警団は、ついにある名前にたどり着いた。それはレオン・ヴァレンタインという、普段は目立たず友人も少ない生徒だった。しかし彼の夜間の行動が不審だと複数の証言が集まったことで、リチャードは怪しむようになった。
「レオン・ヴァレンタイン…普段は目立たないけど、最近の動きはどうにも怪しいな」リチャードは情報を整理し、慎重に言葉を選びながら仲間に伝えた。
自警団はレオンの動向に目を光らせ、夜の見張りを強化した。リチャードはメンバーに、レオンが学院内でどのような行動を取るのか、見逃さないよう指示を出し、分散して彼の行動を監視することにした。
そして夜が更ける頃、レオンが周囲に人影がないことを確認しながら学院の奥へと向かうのを自警団は目撃した。彼が一人で暗がりに紛れて移動する姿を捉え、彼らは息を潜めて後を追った。
「やはり怪しいですね…何かを隠しているようです」リチャードは小声で仲間に囁き、見守る態勢を整えた。
レオンが辿り着いたのは古びた倉庫だった。彼は慎重に扉を開けると、周囲を確認し、静かに中へと姿を消した。自警団のメンバーも緊張を抱えながら倉庫の中を覗き込み、彼の行動を観察することにした。
倉庫内でレオンは、古ぼけた本を手に取り、呪文のように何かを呟きながらページをめくり始めた。リチャードは彼の動きを見ながら、何かの儀式が行われているのではないかと考え、さらに緊張を強めた。
すると突然、レオンの体が激しく震え始め、次の瞬間にはその姿が大きく膨れ上がり、巨大な人狼の形へと変貌していった。その変化を目の当たりにした自警団のメンバーは驚愕し、息を飲んだ。
「レオンが…まさか人狼だったなんて!」リチャードは信じがたい思いでその光景を見つめた。
巨大な人狼と化したレオンは、鋭い牙と爪を見せつけるように倉庫の中をうろつき始めた。その凶暴な姿は圧倒的で、見ているだけでも恐怖が押し寄せてきた。
「このままでは危険だ。どうにかしてレオンを抑えないと…」リチャードは覚悟を決め、仲間たちと連携して人狼となったレオンを捕らえる方法を考え始めた。
仲間たちの緊張も最高潮に達し、リチャードは指示を出し始めた。「まず、落ち着いて距離を保ちながらレオンを取り囲む。そして、動きが見えたら一斉に押さえ込むんだ」
人狼と化したレオンは、まるで自警団がいることを察知しているかのように、鋭い目つきで周囲を睨みつけていた。自警団のメンバーは緊張の中でリチャードの指示に従い、準備を整えた。
自警団はレオンが人狼に変身した現 場を押さえ、即座に作戦を実行に移 した。リチャードは冷静に指示を出 し、アレスターは自慢の力を駆使し て前線に立った。
「レオンを包囲しろ! 逃がすな!」 リチャードの指示に従い、自警団の メンバーは素早く動いた。彼らはレ オンを取り囲み、逃げ道を塞ぐため に位置を取った。
アレスターは人狼に向かって突進 し、その巨大な体に強力な一撃を見 舞った。「これでどうだ!」 彼の拳 がレオンの体に直撃し、巨体が一瞬 揺らいだ。
アルフォルスとハロルドも攻撃に参 加するが、彼らの攻撃はほとんど効 果がなかった。
自警団は懸命に戦い続けたが、レオ ンの圧倒的な力に押され、次第に追 い詰められていった。状況は絶望的 だった。
その時、突然、闇の中から光が差し 込んだ。美しい黒髪と冷ややかな瞳 を持つヴィーナが、舞い降りるよう に現れた。
「助けに来たわ。皆、下がって。」 ヴィーナの冷静な声が響き渡る。
「ヴィーナさん!」 リチャードは驚 きと喜びの入り混じった表情で彼女 を見つめた。
彼女は優雅な動きで人狼レオンに接 近し、その手に持つ剣を一閃させ た。鋭い刃が空気を切り裂き、レオ ンの攻撃を見事にかわしながら反撃 に出た。
「お前の暴力はここで終わりよ。」 ヴィーナの言葉に、レオンは再び凶 暴な咆哮を上げたが、その動きは一 瞬鈍った。
ヴィーナはその隙を見逃さず、一気 に攻撃を畳みかけた。彼女の動きは 素早く、まるで舞を踊るかのように 流麗だった。その剣は鋭く、正確に レオンの弱点を突いた。
リチャードはその光景を見つめなが ら、感嘆の声を漏らした。「なんと いう技だ... 彼女は一体何者なんだ?」
自警団のメンバーたちもヴィーナの 戦闘を目の当たりにし、その力に驚 愕した。ヴィーナの圧倒的な戦闘力 によって、レオンは次第に追い詰め られていった。
最後にヴィーナは一閃の動きでレオ ンを完全に無力化し、その巨体を倒 した。自警団のメンバーたちはその 光景に呆然と立ち尽くした。
「皆、無事ですか?」 ヴィーナは優 しく問いかけた。
リチャードは感謝の気持ちを込めて 答えた。「ありがとうございます。 おかげで助かりました。」
アルフォルスも彼女に話しかける。 「あなたにまた会えて良かった」
「この後、よろしければ、お茶でも どうですか?」 ハロルドがお茶に誘 う。
「素晴らしい技でした。ぜひ俺にご 指導ください」 アレスターも先を争 うかのように話しかける。
ヴィーナは少し微笑んで答えた。
「久しぶりね、君たち。ちゃんと勉 強はしてる?」
「ええ、まぁ」とアルフォルスは曖 昧に答える。
リチャードは感謝の気持ちを込めて 言った。「ヴィーナさん、協力、感 謝します。」そして、彼はヴィーナ の手首を掴んだ。
「あれれ? またなの?」
リチャードは笑いながら答えた。
「申し訳ありません。またです。こ れがお役目なのです。不審者ヴィー ナさん、ご同行願います。」
ヴィーナも笑いながら言った。「ご めんなさい。」
リチャードは掴んでいたヴィーナの 手を離す。ヴィーナその場からゆっ くり歩いて立ち去る。リチャードは 立ち去るヴィーナを追いかけようと はせず、ただ見送った。
アルフォルス、ハロルド、アレスタ ーも声をかける。「ヴィーナさん、 待ってください」
しかし、追いかけることはせず、た だ見送るだけだった。
ヴィーナは微笑みながら振り返り、 「またね」と言って姿を消した。
ミラは自室で、レオンの呪いについて考え込んでいた。彼の変身は古代の呪いによるもので、制御が効かない苦しみは想像を絶するものだ。ミラは窓の外を見つめながら、ふと考えた。
「先祖返りみたいなものかしら…」
その時、ゼクスが心の中で話しかけてきた。
「私なら彼を救える」
「え?本当に?」ミラは驚いて問い返した。
「ああ」
「どうやって?」
「簡単だ。月に向かってゼクシウム光線を撃てばいい」
「ええ?」
「月を破壊すれば、二度と人狼にならなくて済むだろ」
「それはそうかもしれないけど…はっ!危ない、うっかり信じるところだった。冗談はやめてね」
「さすがだ、よく冗談と気づいたな」
「そんなことしたら、この世界の重力のバランスが崩れて、どんな天変地異が起きるかわからないでしょ?」
「その通り」
「たちの悪い冗談よ!」ミラはため息をつきながら、窓の外の穏やかな景色に目をやった。
ゼクスの冗談は一瞬ミラの緊張をほぐしてくれたが、彼女はふたたびレオンの呪いの解決策を探す決意を固めていた。
その言葉と共に、夜の帳は再び学院に静寂を もたらし、謎を残したまま消えていった