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第A−8話 作戦開始

「ユミ、ごめん。待たせたな」


 音楽室へと駆け足で下り、龍牙りゅうががゼイゼイと息を切らして、ユミの元へ戻ってくる。


「大丈夫ですか。それに……」


 ユミが天井の埋め込みスピーカーを指さす。


「何か、今から作業があるとか言っていましたよ。龍牙さんは行かなくても平気なのですか?」

「いや、きちんと代役がいるから、何も心配はないぜ!」


 龍牙が白い歯を輝かせながら、泥のついたスコップを構え、親指でグッとガッツポーズをする。


 それを見たユミは、ただポカンと龍牙を見つめるしかなかった……。


****


 ……その頃、一階の花壇では。 


「おい、龍牙はいるかの?」


 龍牙達グループの教師担当の石垣志摩いしがき しまが、一瀬いちのせに強い口調で聞いてくる。


 年齢は60過ぎの初老。

 白髪混じりの黒の髪型はオールバックで、身長175くらい。

 筋肉質な赤茶色の体に黒いサングラスをかけた、隙がなく怖い雰囲気。

 本日もシワのないピシッとした黒の綺麗なスーツを着用している。


 そんな教師を見て、一瀬は、実はあの教師は地元ではヤクザの親玉ではないのかと、いつもカタカタと震えていた。


 それはさておき……。


 一階の部屋の三分の一の横壁をくり貫いて設計している、白く透明で曇ったビニールハウスに覆われた花壇は今日も蒸し暑い。

 植物の発育に影響を及ぼすために温度管理されているとはいえ、夏の屋内の草取りは地獄である。


「おい、さっきから聞いてるんじゃが、鳴武なるたけ!」

「はひっ、

龍牙君なら僕の隣にいます!」


 ……と、すっかり汗だくな一瀬がビクリと背を丸め、赤や緑の花で埋めつくされて生えている雑草を取っていた、泥塗れな軍手の動きを休める。


 それから、傍らにいる、

まるまると肥えた龍牙、

……いや、桜島大根に龍牙が愛用する紫の横縞模様のロングTシャツを着せた替え玉を震える手で指さす。 


 しかも、ご丁寧に口は彫ってあり、

顔には黒いマジックで、クリっとした大きな萌え系の瞳に、鼻の点までちょこんと書いてある。

 まさに近年の美少女イラストとも言える芸術作品に違いない。

 龍牙に秘められた隠れた才能だった。


「何を惚けとる。どう見てもこれは大根やんか!」


 そりゃ、バレますよね……。

 カラスが見ても騙されません……。


「石垣教師、すみません。

やっぱり眉毛がないとおかしいですよね」

「そういう問題じゃないわっ!」


 一瀬の天然ぶりに、顔や耳を赤くし、鬼のような怖い形相で怒る石垣教師。


 どうやら、火に油を注いだようである。


「アイツは、ワシをおちょくりおって。

こうなれば、とびっきりの居残りメニューを用意してやるぞい!」


 カンカンなおじいちゃんのお怒りを耳にしながら、おそるおそる石垣教師の後ろをすり抜ける一瀬。 


「おい、鳴武、逃げるんじゃない。

ちなみに、鳴武も同罪じゃ!」


 逃げようとした一瀬の首根っこの作業服を掴む石垣教師。


「あぅ、分かりました……」


 怒られたうえに追加の作業を耳にして、しょぼんと落胆して座り込み、ブチブチと無言で雑草を抜き取る一瀬。


 先程のユミの着替えに対しての操作撹乱作戦に続き、この桜島大根替え玉作戦も、またしても失敗に終わったのだった……。


****


 その不幸な事件をよそおいに、龍牙サイドでは……。


「……何とか着れそうか?」


 ユミが着替えている最中に、ガラス棚に体を隠して、彼女の邪魔にならないように背を向けながら尋ねてみる。


「……いえ、シャツは良いのですが、

ちょっと、ズボンのサイズが大きくて、丈も長いです」

「だったら、ズボンの長い裾丈は捲って、外側に折り曲げたらいいさ。あと、サイズは横に置いてある白いベルトで調整してくれ」

「分かりました」


「それから、後、言いにくいのですが……」

「何だ?」


「……ブラとパンティーがないと、肌がこすれて痛いです」

「グハッ!?」


 龍牙が頭からひっくり返る。

 言われてみればそうである。

 女の子は色々と大変だ。


「……すまん。ちょっと待ってろよ」


 龍牙は、再び渡り廊下へと飛び出す羽目になったが、そもそも男性しか居住していないここに、女性用の下着などあるのだろうか……。


 もし、彼の部屋にある衣装ケースの中にあったとしたら、間違いなく明日から変態扱いである……。



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