「ユミ、ごめん。待たせたな」
音楽室へと駆け足で下り、
「大丈夫ですか。それに……」
ユミが天井の埋め込みスピーカーを指さす。
「何か、今から作業があるとか言っていましたよ。龍牙さんは行かなくても平気なのですか?」
「いや、きちんと代役がいるから、何も心配はないぜ!」
龍牙が白い歯を輝かせながら、泥のついたスコップを構え、親指でグッとガッツポーズをする。
それを見たユミは、ただポカンと龍牙を見つめるしかなかった……。
****
……その頃、一階の花壇では。
「おい、龍牙はいるかの?」
龍牙達グループの教師担当の
年齢は60過ぎの初老。
白髪混じりの黒の髪型はオールバックで、身長175くらい。
筋肉質な赤茶色の体に黒いサングラスをかけた、隙がなく怖い雰囲気。
本日もシワのないピシッとした黒の綺麗なスーツを着用している。
そんな教師を見て、一瀬は、実はあの教師は地元ではヤクザの親玉ではないのかと、いつもカタカタと震えていた。
それはさておき……。
一階の部屋の三分の一の横壁をくり貫いて設計している、白く透明で曇ったビニールハウスに覆われた花壇は今日も蒸し暑い。
植物の発育に影響を及ぼすために温度管理されているとはいえ、夏の屋内の草取りは地獄である。
「おい、さっきから聞いてるんじゃが、
「はひっ、
龍牙君なら僕の隣にいます!」
……と、すっかり汗だくな一瀬がビクリと背を丸め、赤や緑の花で埋めつくされて生えている雑草を取っていた、泥塗れな軍手の動きを休める。
それから、傍らにいる、
まるまると肥えた龍牙、
……いや、桜島大根に龍牙が愛用する紫の横縞模様のロングTシャツを着せた替え玉を震える手で指さす。
しかも、ご丁寧に口は彫ってあり、
顔には黒いマジックで、クリっとした大きな萌え系の瞳に、鼻の点までちょこんと書いてある。
まさに近年の美少女イラストとも言える芸術作品に違いない。
龍牙に秘められた隠れた才能だった。
「何を惚けとる。どう見てもこれは大根やんか!」
そりゃ、バレますよね……。
カラスが見ても騙されません……。
「石垣教師、すみません。
やっぱり眉毛がないとおかしいですよね」
「そういう問題じゃないわっ!」
一瀬の天然ぶりに、顔や耳を赤くし、鬼のような怖い形相で怒る石垣教師。
どうやら、火に油を注いだようである。
「アイツは、ワシをおちょくりおって。
こうなれば、とびっきりの居残りメニューを用意してやるぞい!」
カンカンなおじいちゃんのお怒りを耳にしながら、おそるおそる石垣教師の後ろをすり抜ける一瀬。
「おい、鳴武、逃げるんじゃない。
ちなみに、鳴武も同罪じゃ!」
逃げようとした一瀬の首根っこの作業服を掴む石垣教師。
「あぅ、分かりました……」
怒られたうえに追加の作業を耳にして、しょぼんと落胆して座り込み、ブチブチと無言で雑草を抜き取る一瀬。
先程のユミの着替えに対しての操作撹乱作戦に続き、この桜島大根替え玉作戦も、またしても失敗に終わったのだった……。
****
その不幸な事件をよそおいに、龍牙サイドでは……。
「……何とか着れそうか?」
ユミが着替えている最中に、ガラス棚に体を隠して、彼女の邪魔にならないように背を向けながら尋ねてみる。
「……いえ、シャツは良いのですが、
ちょっと、ズボンのサイズが大きくて、丈も長いです」
「だったら、ズボンの長い裾丈は捲って、外側に折り曲げたらいいさ。あと、サイズは横に置いてある白いベルトで調整してくれ」
「分かりました」
「それから、後、言いにくいのですが……」
「何だ?」
「……ブラとパンティーがないと、肌が
「グハッ!?」
龍牙が頭からひっくり返る。
言われてみればそうである。
女の子は色々と大変だ。
「……すまん。ちょっと待ってろよ」
龍牙は、再び渡り廊下へと飛び出す羽目になったが、そもそも男性しか居住していないここに、女性用の下着などあるのだろうか……。
もし、彼の部屋にある衣装ケースの中にあったとしたら、間違いなく明日から変態扱いである……。