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第A−13話 ええじゃないか♪

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」


 二人組の男子の眼下に、紺色の物体が過ぎ去っては、こちら側に向かってと緩やかに廊下の往復を繰り返す怪しい影。


 相手は巨大なネズミではなく、人間のようだ。


 その人らしき顔面には苦痛や皮肉さを感じさせないユニークな表情。


「うわ、何だコイツ!?」

「キモすぎるぞ!」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」


 この渡り廊下で異様な『ひょっとこのお面』を被った男子、

いや、ゲームの勝負に負けた一瀬いちのせが廊下に手足をつけて、のんびりとダッシュしながら雑巾がけをしていた。


 周りの男子から何を言われても、不気味がられて避けられても……、


「ええじゃないか、ええじゃないか♪」


 ……これしか言わない。

 いや、これしか喋れないのだ。


 おそるべし。

 廊下でのええじゃないか祭。

 お面は笑っていても、その一瀬の小さな背中は殺気立っていた。


 それを感じ取ったのか、ひょっとこ一瀬を見かけた男子達は引いている。

 心理学的に語ると、『次は絶対にゆみちゃんには負けないから、覚えていなよ!』だろうか。


 それにしても何を言われても従うとはいえ、酷な罰ゲームだ。


 おそらく発言者は弓ではなく、龍牙りゅうがだろう。

 一瀬を指さして、一人でお腹を抱えて大爆笑していたからだ。


「惨めだな。一瀬。

己の身の丈を越えようと、卑怯な勝負するからそうなるんだぜ」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「おい、何とか反論してみろよ」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「あなたは一瀬。

この俺が手にしてるゲームソフトからのフィギュア名はWhy?」


 現在では入手できないセンターフォースの自機のフィギュアを見せてみる。


「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「……ひょっとして、お前はただの木偶でくの坊か?」


 どんな問いかけでも、一つ覚えな一瀬につっこむ龍牙。


「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「ええ、実は私、一瀬は小学生の男子にときめくショタコンな変質者です」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「……そうか。もう落ちるとこまで堕ちたか」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「なるほど。ひたすら堕ちて、西洋タンポポのように生まれ変わりたいか」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「……フムフム。中々手強いぜ。やるな」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」


 何を言われても言いつけを守り、がむしゃらに! 雑巾がけをする一瀬に感心する龍牙。


 もう、一瀬はなすがままである。

 勝者の鉄槌は厳しい。


 まさに、ハンマーチャンス。

 黄金ハンマー、ブラック。


「ちなみにコーヒーのブラックは好きか?」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「そうか、コーヒーより青汁が好みか。

だったら、一瀬のポケットマネーから自販機が売り切れになるくらい山ほど買ってきてやるぜ」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」


 ひょっとこ顔で首をぶんぶんと振り、体全体で嫌がっている一瀬。


「……もう、イジワルは止めましょうよ」 


 そこへ割って入る弓。


「そうだな。存分に満喫したからな」

「それに先生へ、私のご挨拶がありますよね?」


 それを聞き、ちらりと壁時計に目をやる龍牙。


 このキテレツな暴走騒ぎにより、すでに夕方の4時を過ぎている。


「一瀬、遊びはここまでだ。そのまま部屋へと帰還せよ」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」


 龍牙の側にすり寄ってくる一瀬。

 仲間になりたいようで、こちらを見つめている。


 ▶仲間にしますか?


 どうやら一緒にご同行したいようだ。


「なら、犬さんよ。きびだんごはないから、よもぎ饅頭でいいか?」

「ええじゃないか、ええじゃないか♪」


 龍牙がズボンのポケットから緑色の饅頭を取り出すと、見えない尻尾をふりながら、じゃれてくるひょっとこ。


 こうして、パーティーに新しい仲間が加わった。


 ▶ひょっとこ、レベル1

 職業、ひょっとこ

 使用魔法、ひょっとこ 

 装備品、ひょっとこの仮面(この装備は呪われている……)


 ……まったく意味が分からない。

 ある意味、とある有名RPGによる遊び人のステータスよりも謎である。


「当たり前だぜ。一瀬は神の踊り子だからな」

「龍牙さん、ふざけていないで、彼も連れていきましょう」


 呆れ顔で龍牙を見る弓。


「メジャー♪(ラジャーの意味)」


 何かが彼の頭に閃いたのか、いきなり龍牙が天井を見上げて叫び、ブイサインをする。


「ええじゃないか、ええじゃないか♪」

「……もういい加減にしろ!」


 だが、その何も考えてない、ひょっとこ顔が腹立たしい。


 龍牙が、イラつきながら、そのお面を剥ぐと、中の人はうるうると号泣していた。


「えぐえぐ。誤解してたよ。弓ちゃんは、まさに女神様だよ」


 誤解も何も、そちらから仕掛けてきたのだが……。 


「ごめんよ。えぐえぐ」

「泣くなよ。明日の飯は一瀬が好きなハムegg?」

「おっけー、明日の昼ごはんはに決めるよ。ナイストゥーミィチュウー♪」


 気がつくと、すでに一瀬は泣き止んでいた。

 その二人のキャッチボールのようなやり取りを傍目で見て、首をかしげる弓だった……。


****


 さあ、犬(一瀬)、キジ(弓)、猿(龍牙)は職員室へといざゆかん。 


 「ちょっと待て、俺が主役だから桃太郎じゃないのか!?」


 いや、自意識過剰な猿(龍牙)は放っておこう……。

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