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確かに、俺は音楽室で
なぜ、今まで忘れていたのかは分からない。
ただ、さっきまでいた農園で、あの木の実を見た瞬間から、彼女との記憶が思い浮かんできた。
直感的本能と言うべきか。
あの木の実には絶対に何かがある。
昨夜の深夜に食した、あの実とまったく同じ形状だったから。
あの木の実には、何か秘密があるのだろうか。
だとしたら、この学園には、何かとんでもない隠しごとがあるはず……。
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──
相変わらず、音楽室は埃まみれで部屋は薄暗い。
昨日と同じく、今日もベートーベンの自画像の瞳には画鋲がついていた。
龍牙が、その画鋲を引き抜き、辺りを確認すると……。
「やっぱり、あったな」
画鋲の刺してあった、自画像の斜め前方の床に転がっていた、一つの光る物体を捉える。
それはボールペンの形をした、小型の懐中電灯だった。
大量の書類に偽装するかのような白い色で、それらに紛れこんでいたのだ。
さらに近づくと、人に対しての赤外線センサーでもあるのか、自動的にボールペンからの光は消えた。
やっぱり、ベートーベンの目の光は人工的に演じられていたのだ。
それから、龍牙はあの箱を探し始める。
今度は弁慶の泣き所に直撃しないよう、真剣な手探りで……。
『コツン……』
先端の指に当たる、確かな手応え。
龍牙が、そこら辺の書類を払うと、中から錆びついた鉛色の
しかも、よく見るとそれは巨大な棺桶ではなく、ブリキにペンキで塗ったような跡があり、中から人工的な光が漏れていた。
そのプルタブが付いた、玩具の缶詰のような安価な作り。
ここから開けなくても、手頃な道具さえあれば、簡単に開けれそうだ。
そう、このプルタブは人の手によって作られた箱をカモフラージュするためのただのアイテム、または飾りに過ぎなかった。
しかし、何のために、このような凝った構造をしているのだろう。
まるで、他の場所にバレたら、マズイ仕掛けでも隠しているかのようだ。
まあ、それはさておき、プルタブを無視して龍牙が近くに、なぜかあった小型ハンマーを使い、慎重に箱に穴を開ける。
そこから、
……いや、目が
箱の底には、茹で玉子サイズの携帯ライトが左右に二つ鎮座しており、傍にいる何者かの正体を隠しているようだ。
龍牙がその二つのライトに触れた瞬間にまた、センサーが反応したのか、灯りは消える。
裸のまま横たわる少女、弓を後にして……。
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「……ユミ!」
誰かが、名前を呼んでいる。
「ユミ!!」
ああ、誰だろう。
懐かしい声。
私は、どこかで、この声を聞いた覚えがある。
でも、私には誰かは分からない。
出会ったような記憶もない。
ましてや、私には縁がない男性の声。
「ユミ!!」
だけど、見ず知らずの男性に、どうしてこんなにも胸が
私は、ゆっくりと目を開ける。
そこには見慣れない男子の表情。
その男子の瞳から涙が溢れ落ち、私の頬を濡らしていた……。
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「弓、俺だ。龍牙だよ。
無事で良かった」
「えっ?
りゅう、がさん……?」
「やっぱり記憶がないんだな」
龍牙が弓を箱から救出し、すぐさま部屋に用意してあった、男物の白いTシャツを手渡す。
いくら無事に再会したとはいえ、じっと裸は見ていられない。
とても、前回の同じ場所にて、彼女の裸体をまさぐった、同一人物とは思えない行動だが……。
「しかし、なぜ裸で寝てるんだろうか……」
龍牙が不思議に考えに浸る。
「それには俺がお答えしようか」
ふと、二人の背後から声がする。
すると、どういう仕掛けか、今まで全然つかなかった、音楽室全体の天井にある蛍光灯のライトが一斉につく。
そんな状況にとまどいながら、二人が振り向いた先には茶髪のウルフカットの男がいた。
「お前は誰だ!」
「失礼。二人にはお初になるのかな。
一学年担当の
沖縄がその場で一回転して、イケメンポーズを決める。
しかし、龍牙は身構え、弓は状況を整理しているのか、上の空だった。
「お前らなあ、その態度は何だよ。
俺様にはネットでファンクラブまであるんだぞ」
「気持ち悪いな。男同士でかよ」
「ふっふっ、それは笑えるな。はははっ!」
沖縄がケタケタと整った表情を崩して、下品に笑う。
「どうやら、お前は何も知らないお坊っちゃまなんだな」
「何を言ってる。
この日本にいた女性は滅びたんだろ。
歴史の授業でも習ったぞ」
龍牙が学んできた知識を、そのまま伝えるが、沖縄はただ無心に笑っている。
「お前はホントにのんきな坊主だな。
あれは、すべてデタラメだよ」
「はっ?
意味不明な奴だな」
「ふっ、今に分かるさ。
来いよ」
そして、指でくいくいと、暗闇から新たな影を誘い出す。
現れたのは、見慣れたルームメイトだった。
「
「ごめん、龍牙君。
君に謝らないといけないね」
「謝る、何をだよ!?」
「僕、実は女の子なんだ。
性転換手術で男の子になったんだけど……」
「なっ、何の冗談だよ!?」
状況が飲み込めない龍牙に対して、一瀬が服と下着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になる。
「なっ!?」
その体の下腹部は弓の体つきと同じような、平らな景色を見せていた。
そういえば、いつも一瀬は龍牙の目から避けるように、一人で入浴していたのを思い出す。
あの時は、単なる恥ずかしがり屋と思ったのだが、どうやら、このような深い理由があったらしい。
「……ここだけは変えれなかったんだ。
すべての体を性転換したら、寿命が縮まるし、定期的に痛い男性ホルモンを打たないといけない。
僕には勇気がなかったんだ……」
「そうそう。あと、こいつは俺様の最高の玩具だったからな」
「黙れ!」
龍牙が飛び出して、沖縄を殴りにかかるが、彼には届かない。
沖縄は、ひょうひょうと龍牙の激怒の拳を片手で受け止めていた。
「怖いな。ジェラシーってやつか」
沖縄は龍牙から離れて距離をとり、胸ポケットから銀色の筒を取り出す。
それは間違いなく、TVドラマなどで見かける拳銃だった。
「お前は記憶の木の実を無駄に食して、余計な記憶を植えつけた。
この意味が分かるよな?」
「沖縄、貴様!」
「俺を恨むなよ。
この学園の秘密を脅かす奴は即死刑さ」
恐怖で足がすくんでいるのか、体が金縛りになったようで動けない龍牙。
沖縄が迷わずに、銃のトリガーをひく。
『パァーン!』
防音処理をしている音楽室の部屋で鳴り響く、乾いた銃の発砲音。
終わった。
ここで、龍牙の人生は終わったはずだった……。
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「龍牙君……」
──目の前には、一瀬がいた。
「ありが、とう……」
龍牙をかばい、一瀬は銃弾をまともに体に受けていた。
胸の辺りが赤く染まっている。
息も絶え絶えな所を見ると、恐らく肺をやられている。
「一瀬!?」
「僕が、弓ちゃんに……嫉妬していた時から、
僕らの歯車は、狂ったのかな……。
一時的だったけど、記憶が、消えていた方が、良かったよ……」
「馬鹿野郎、もう喋るな!」
「野郎は、酷いよ。
僕、女の子……だよ」
「ごめん」
「別に謝らなくて、いいよ、
騙していたのは、僕だったから。
今まで、ありがとう……」
一瀬が一粒の涙を
「一瀬!?」
「一瀬さん!?」
龍牙が一瀬を揺さぶるが、すでに人としての反応はない。
そこへ、弓が何かを思い出したかのように、一瀬だった片割れに添う。
そんな中、唯一の親友をなくした龍牙は、一時の間、ただ泣いていた……。