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第A−25話 残忍な教師

****


 確かに、俺は音楽室でゆみと出会ったんだ。


 なぜ、今まで忘れていたのかは分からない。


 ただ、さっきまでいた農園で、あの木の実を見た瞬間から、彼女との記憶が思い浮かんできた。


 直感的本能と言うべきか。


 あの木の実には絶対に何かがある。

 昨夜の深夜に食した、あの実とまったく同じ形状だったから。


 あの木の実には、何か秘密があるのだろうか。


 だとしたら、この学園には、何かとんでもない隠しごとがあるはず……。 


****


 ──龍牙りゅうがが、思っていた場所に着き、その扉を勢いよく開ける。


 相変わらず、音楽室は埃まみれで部屋は薄暗い。


 昨日と同じく、今日もベートーベンの自画像の瞳には画鋲がついていた。


 龍牙が、その画鋲を引き抜き、辺りを確認すると……。


「やっぱり、あったな」


 画鋲の刺してあった、自画像の斜め前方の床に転がっていた、一つの光る物体を捉える。


 それはボールペンの形をした、小型の懐中電灯だった。

 大量の書類に偽装するかのような白い色で、それらに紛れこんでいたのだ。


 さらに近づくと、人に対しての赤外線センサーでもあるのか、自動的にボールペンからの光は消えた。


 やっぱり、ベートーベンの目の光は人工的に演じられていたのだ。


 それから、龍牙はあの箱を探し始める。

 今度は弁慶の泣き所に直撃しないよう、真剣な手探りで……。


『コツン……』


 先端の指に当たる、確かな手応え。


 龍牙が、そこら辺の書類を払うと、中から錆びついた鉛色の棺桶かんおけが現れる。


 しかも、よく見るとそれは巨大な棺桶ではなく、ブリキにペンキで塗ったような跡があり、中から人工的な光が漏れていた。


 そのプルタブが付いた、玩具の缶詰のような安価な作り。

 ここから開けなくても、手頃な道具さえあれば、簡単に開けれそうだ。


 そう、このプルタブは人の手によって作られた箱をカモフラージュするためのただのアイテム、または飾りに過ぎなかった。


 しかし、何のために、このような凝った構造をしているのだろう。


 まるで、他の場所にバレたら、マズイ仕掛けでも隠しているかのようだ。


 まあ、それはさておき、プルタブを無視して龍牙が近くに、なぜかあった小型ハンマーを使い、慎重に箱に穴を開ける。


 そこから、まぶしいほどにおびただしい光の量が……、

 ……いや、目がくらむほどの光に目を細めながら、またしても、その行く先を捉える。


 箱の底には、茹で玉子サイズの携帯ライトが左右に二つ鎮座しており、傍にいる何者かの正体を隠しているようだ。


 龍牙がその二つのライトに触れた瞬間にまた、センサーが反応したのか、灯りは消える。


 裸のまま横たわる少女、弓を後にして……。


****


「……ユミ!」


 誰かが、名前を呼んでいる。


「ユミ!!」


 ああ、誰だろう。

 懐かしい声。

 私は、どこかで、この声を聞いた覚えがある。


 でも、私には誰かは分からない。

 出会ったような記憶もない。

 ましてや、私には縁がない男性の声。


「ユミ!!」


 だけど、見ず知らずの男性に、どうしてこんなにも胸がうずくのだろう。


 私は、ゆっくりと目を開ける。

 そこには見慣れない男子の表情。


 その男子の瞳から涙が溢れ落ち、私の頬を濡らしていた……。


****


「弓、俺だ。龍牙だよ。

無事で良かった」

「えっ?

りゅう、がさん……?」

「やっぱり記憶がないんだな」


 龍牙が弓を箱から救出し、すぐさま部屋に用意してあった、男物の白いTシャツを手渡す。


 いくら無事に再会したとはいえ、じっと裸は見ていられない。


 とても、前回の同じ場所にて、彼女の裸体をまさぐった、同一人物とは思えない行動だが……。


「しかし、なぜ裸で寝てるんだろうか……」


 龍牙が不思議に考えに浸る。


「それには俺がお答えしようか」


 ふと、二人の背後から声がする。


 すると、どういう仕掛けか、今まで全然つかなかった、音楽室全体の天井にある蛍光灯のライトが一斉につく。


 そんな状況にとまどいながら、二人が振り向いた先には茶髪のウルフカットの男がいた。


「お前は誰だ!」

「失礼。二人にはお初になるのかな。

一学年担当の沖縄源治おきなわげんじ先生さ」


 沖縄がその場で一回転して、イケメンポーズを決める。


 しかし、龍牙は身構え、弓は状況を整理しているのか、上の空だった。


「お前らなあ、その態度は何だよ。

俺様にはネットでファンクラブまであるんだぞ」

「気持ち悪いな。男同士でかよ」

「ふっふっ、それは笑えるな。はははっ!」


 沖縄がケタケタと整った表情を崩して、下品に笑う。


「どうやら、お前は何も知らないお坊っちゃまなんだな」

「何を言ってる。

この日本にいた女性は滅びたんだろ。

歴史の授業でも習ったぞ」


 龍牙が学んできた知識を、そのまま伝えるが、沖縄はただ無心に笑っている。


「お前はホントにのんきな坊主だな。

あれは、すべてデタラメだよ」

「はっ?

意味不明な奴だな」

「ふっ、今に分かるさ。

来いよ」


 そして、指でくいくいと、暗闇から新たな影を誘い出す。


 現れたのは、見慣れたルームメイトだった。


一瀬いちのせ、お前、どうして!?」

「ごめん、龍牙君。

君に謝らないといけないね」

「謝る、何をだよ!?」


「僕、実は女の子なんだ。

性転換手術で男の子になったんだけど……」

「なっ、何の冗談だよ!?」


 状況が飲み込めない龍牙に対して、一瀬が服と下着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になる。


「なっ!?」


 その体の下腹部は弓の体つきと同じような、平らな景色を見せていた。


 そういえば、いつも一瀬は龍牙の目から避けるように、一人で入浴していたのを思い出す。


 あの時は、単なる恥ずかしがり屋と思ったのだが、どうやら、このような深い理由があったらしい。


「……ここだけは変えれなかったんだ。

すべての体を性転換したら、寿命が縮まるし、定期的に痛い男性ホルモンを打たないといけない。

僕には勇気がなかったんだ……」

「そうそう。あと、こいつは俺様の最高の玩具だったからな」


「黙れ!」


 龍牙が飛び出して、沖縄を殴りにかかるが、彼には届かない。


 沖縄は、ひょうひょうと龍牙の激怒の拳を片手で受け止めていた。


「怖いな。ジェラシーってやつか」


 沖縄は龍牙から離れて距離をとり、胸ポケットから銀色の筒を取り出す。


 それは間違いなく、TVドラマなどで見かける拳銃だった。


「お前は記憶の木の実を無駄に食して、余計な記憶を植えつけた。

この意味が分かるよな?」

「沖縄、貴様!」

「俺を恨むなよ。

この学園の秘密を脅かす奴は即死刑さ」


 恐怖で足がすくんでいるのか、体が金縛りになったようで動けない龍牙。


 沖縄が迷わずに、銃のトリガーをひく。


『パァーン!』


 防音処理をしている音楽室の部屋で鳴り響く、乾いた銃の発砲音。


 終わった。


 ここで、龍牙の人生は終わったはずだった……。


****


「龍牙君……」


 ──目の前には、一瀬がいた。


「ありが、とう……」


 龍牙をかばい、一瀬は銃弾をまともに体に受けていた。


 胸の辺りが赤く染まっている。

 息も絶え絶えな所を見ると、恐らく肺をやられている。


「一瀬!?」

「僕が、弓ちゃんに……嫉妬していた時から、

僕らの歯車は、狂ったのかな……。

一時的だったけど、記憶が、消えていた方が、良かったよ……」

「馬鹿野郎、もう喋るな!」

「野郎は、酷いよ。

僕、女の子……だよ」


「ごめん」

「別に謝らなくて、いいよ、

騙していたのは、僕だったから。

今まで、ありがとう……」


 一瀬が一粒の涙をこぼし、体からガクンとちからが抜ける。


「一瀬!?」

「一瀬さん!?」


 龍牙が一瀬を揺さぶるが、すでに人としての反応はない。


 そこへ、弓が何かを思い出したかのように、一瀬だった片割れに添う。


 そんな中、唯一の親友をなくした龍牙は、一時の間、ただ泣いていた……。

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