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第A−24話 ブランス軍の兵士二人

◇◆◇◆


 ジャンヌ・ダルクとエンカウンター・ケドラーが迷彩色の軍事用ヘリで去ってから、一時間後……。


 周りを包んでいた戦火がようやく消え、雪化粧となったトイツ大国から、一つの塊が動き出す。


「一体、何だったんだ。まさか体に兵器を仕掛けていたとは。それに自爆するとは思わなかったな……」


 石のように固まっていた青い鎧騎士が体を揺らし、積もっていた雪をはらう。


「おう、無事だったかよ。ストーン・ファング」


 後ろを振り向くと、そちらにはもう一人の騎士もいた。


「おお、シャーク・ファングも無事だったようだな」

「まあ、元ブランスのファング軍に入っていたからな。俺の自慢の鮫肌が功をなしたようだぜ」

「だが……」


 ストーンが辺りを見渡すと、どうやらまともに地を立っている者は、この二人しかいないようだ。 


「……たくさんの犠牲者が出たようだ」

「ああ、そうだな、ストーン。

その場に肉片しか残ってない奴ばかりだしな」

「あれには焦ったな。

すぐさま、能力を発動して良かったよ」


 ストーンにしろ、シャークにしろ、自ら志願したファング軍とは、特殊能力を得意とした優秀なブランス軍が生み出したエリート集団だった。


 その能力には兵士と認められてから得られる新たなちからであり、体内に特有の遺伝子を注射し、副作用の反動に耐えた者だけが使用できるようになる、不思議なちからであった。


 彼らはそのちからを持って、トイツ大国さえも征服しようとした、滅びる前のブランスが戦乱で活用していた噂のジャンヌ・ダルクが所持したアイテムを手に入れる部隊でもあった。


 ──ストーンは体を石に変えるちから。


 彼は一部分だけを石に変化させることも可能で、先程のジャンヌ・ダルクの戦いによる彼女が放った、時を止める能力に対して、自身の両耳を鼓膜ごと石に変化させ、まるで耳栓のように彼女が放った音の振動を完全に無力化した。


 その結果、ダルクを倒したはずだったが、今度は時限爆弾のような行動をした彼女を前に、地面に倒れこみ、全身を石化させた。


 よって、あの大爆発から助かったのだ。


 シャークはというと、そのストーンの何百キロの重い石になった衝撃でできた穴の空間に偶然にも埋もれて、助かったのだろう。


 いくら頑丈でも、鮫肌で生き延びるには強すぎる爆風だったはず。


 まったくもって、悪運が強いシャークである。


 それはさておき、改めて二人して辺りを見渡す。


 周りには、家も建物も道路も木も草も何もかも跡形もない。


 まるで、初めから何もなかったかのような、真っ白な雪の広場になっていた。


 一つだけ違うのは、あのダルクがいた地面だけが、月面のクレーターのような直径一メートルほどの平たい穴になっており、くっきりと広がって、残っている部分だろうか。


「これを見て本当に思うんだが、恐ろしい相手だったよな。

消えてくれて良かったぜ」

「……いや、彼女は恐らく死んでいない」


 ストーンが雪を掻きわけ、点々と続いている血の跡を指さす。

 その跡には定期的に並んで凍りついた靴の足跡が残っていた。


「誰かが連れ去ったみたいだな」

「ボロボロに砕けた彼女をかい?

狂った性癖のある猟奇的殺人犯みたいだぞ」


 シャークが関わりたくないとばかりに呆れていた。

 頭を斜めに傾げ、大空に両手を上げるが、あまりの寒さにシャークは身を縮める。


「いや、どうも胸騒ぎがする。

シャーク、後を追ってみよう」

「ストーン、正気かよ……」


 シャークがやれやれとストーンの後ろに続く。

 いつのまにか空には所々に光が射し、雪は止みつつあった。


◆◇◆◇


 しばらく二人が直線上に血の跡を追うと、前から東の方向に巨大な壁が地平線に並んで建っているのが見えるが……。


「何てこった。こいつはひでえな……」

「あの頑丈なベルリクの壁がか……」


 ……二人が異変を察して、血の跡から離れ、その壁に近づき、違和感を感じ取る。


 壁全体には細かい亀裂がついており、壁の一部が破壊されていたからだ。


「すげーよな。

あの爆破地点から数キロ離れても、この有り様だぜ。

さぞかし、凄い爆発の威力だったんだな。

ブランス軍の上層部が欲しがってた、未知なるちからだけの事はあるぜ」

「いや、シャーク。

この破壊された部分だけは違うみたいだ」


 破壊された壁の床に散らばっていた白色の三センチほどの破片を拾い、シャークに見せる。


「なるほどな。

軽くて持ち運びがしやすく、威力のあるプラスチック爆弾かよ」

「何者かが、ここから進入したようだ」

「でもさ、こんな爆弾の使い方はそこら辺の素人でも愉快犯でもないぜ。

爆薬に精通してる奴じゃないと」

「だとすると、軍関係者か……」


 ──ストーンはこう推理した。


 ジャンヌ・ダルクの体が爆発して、半径一キロほどの障害物はすべて消し飛び、その爆風の衝撃は数キロ離れたベルリクの壁まで届き、あまりにも強烈な衝撃を完全には防げずに、強固な壁にもダメージをあたえた。


 その結果、ある程度のダメージは吸収して破壊までは免れたが、壁には細かいヒビが入ってしまったのだ。


 そこへ、その脆くなった箇所に新たなるプラスチック爆弾をつけて破壊。

 何者かが、そうやってこの大陸に進入した。


 しかも、根雪にはまだ新しい足跡が残っており、あの血の跡を追うようにして、ついている。


 足のサイズは29センチくらい。

 長身でジャンヌ・ダルクの爆発を予め知っていた人物だろうと……。


「──よっ、相変わらずの名推理だぜ」


 ストーンの推理に、シャークがキラキラとした眼差しでフムフムと頷いていた。 


 ──再び、二人して血の跡のある場所に戻り、先を急ぐ。


 その先に古びた地下階段が、地表に出ているのを発見する。


 いや、所々に木片やトタン板の残骸があるからに、ダルクの爆風で階段を塞いでいた小屋ごと吹き飛んだのだろう。


「シャーク、中に入ってみよう」

「マジかよ。住居不法侵入にならないか?」

「大丈夫だ。全責任は私自身がとる」

「それ、信用していいんすかね……」


 シャークが躊躇ちゅうちょして足を止めている最中さいちゅうにも、ストーンは何の躊躇ためらいもなく、階段を降り始める。


「おい、俺の話はシカトかよ。待てよ。俺を置いてくな」


 シャークも続いて、闇へと繋がる階段を降りていく。


 その一本道の階段から、灰色の扉を開いた先に6畳くらいの空間に出る。


 ここから先には行き先がないように、どうやら、ここが最下部であり、一つの部屋のようだ。 


「しかし、悪趣味な部屋だぜ」


 周りは地下シェルターのような灰色の絵柄になっていて、部屋の中央には緑色のベッドがあり、そのベッドの頭上には歯科医師が虫歯治療に使いそうなライトが取りつけてあった。


 また、ベッドの左右にある緑色の布テーブルの上には、ハサミにメス、注射器とおびただしい金属などが鈍い光を放ち、血液が付着した痕もある。


「ここで恐らくダルクを手術したみたいだ」

「頭いかれてやがるぜ。末恐ろしいな。あっ……」


 シャークの足下に転がっている白衣の人間の遺体を発見する。


 腹部からの出血で、白衣はそこを中心に血まみれに染まっている。


「もう、この逝かれたおっさんは手遅れ確定だけどな」

「そうだな。でも、ここで寝ていたら色々と邪魔になるから運ぶぞ」


 ストーンが、その遺体に両手を合わせて拝み、後ろから羽交い締めのように遺体の肩を掴み、部屋の片隅へと引きずって移動させる。


「ストーンは死人に対しても本当に優しいよな。それで何で恋人がいないんだか」

「いなくて悪かったな」

「えっと、もしかして、そっち系で男が好きとか?」

「何を言っている。私はノーマルだ」


「またまた、実はアブノーマルなんじゃないの?」

「喧嘩上等だな、シャーク。今、ここで貫き殺そうか……」


 ストーンが腰元に着けていた鋭い槍の先端を、シャークの顔面に向ける。


「じょ、冗談だってば。本気にすんなよ!?」

「お前の冗談は笑えないからな」


 ストーンが素早く槍をしまい、ほっとして、ビビり顔で、一息をつくシャーク。


 改めて、ストーンが周囲を見てみる。

 壁の燭台しょくだい蝋燭ろうそくには火がついていた後があった。  


 そのロウの溶け具合といい、温もりといい、先程まで誰かがいたような痕跡が明らかにある。


「この変態なおっさんを殺して連れ去ったみてえだぜ」

「やはり、ダルクを上手く利用する魂胆だな。

うん……?」


 ストーンが足元にある光輝く部品を拾う。

 よく見ると日本の日の丸模様が描かれた、国際機関の議員が身につける金色のバッジだった。


 身分からして階級は大佐クラスか、または、その上を越えた人物の落とし物なのか……。


 そのバッジから、いち早く状況を判断するストーン。


「シャーク、これは一大事だ。

これから私は単独で日本へと向かう」

「今度は何だよ?」

「あの状況からしてジャンヌ・ダルクを兵器にするみたいだ」


「そりゃ、大変だぜ。ストーン一人で平気なのかよ?」

「ああ、一人の方が安心だし、スパイとして潜り込んだ方が上手くいく」


 そう言ったストーンが瞳に黒のカラコンを入れ、背中に背負っていた鎧と同系色のバックから黒のカツラを取り出して被り、見事な日本人ぶりを披露する。


 それから上半身の甲冑を脱ぎ、これまたバックに入れていた水に濡れても落ちにくいスプレーを筋肉質の体にふりかけると、たちまち褐色な肌へと変貌した。


「オー、相変わらず変装の達人だな。

頑張ってこいよ」

「ああ」

「それからさ、気になるんだが、どうやってここから日本に行くんだ?」

「シャークの愛用している自家用ヘリを借りるまでだ」

「やっぱ、そうなるのかよ。

まだローン残ってるんだから、くれぐれも壊すなよ?」

「ああ、無事を祈っててくれ」


 こうして、ストーン・ファングはシャーク愛用のヘリを使い、トイツ大国から日本へと向かったのだった……。





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