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B3章 異世界での策略と後悔のない旅路

第B−11話 異世界の花畑

****


しげるside)


 体がじんわりと温かい。

 身体中の痛みが退いていく。


 確かに僕は床に勢いよく叩きつけられて、命を落としたはず。

 なぜ、まだ生きているのか……。


『おーい、いつまで寝ているんだい?』

「タケシ君、しげる君は大丈夫なの?」

『うん。このフロアに来たら、初めはどんなダメージでも自然治癒できる仕組みになってるから』


 頭がグルグルと回って、重たい感覚がする。


 どうやら目の前で繰り広げる会話を想定すると、僕は生きているようだ。


 ゆっくりと体を起こしてみる。

 僕の周りは、鮮やかなお花畑に囲まれていた。


 白いパンジー、黄色のタンポポ、赤いチューリップ、咲き乱れる桜に、元気よく直立して咲く向日葵ひまわり

 四季感を無視した、彩りの花びらの絨毯じゅうたんが広がっている。


 目の前には、グレイの全身タイツを着た、中学生くらいな体格の少年がいた。


 また、少年の横には、黒いレディーススーツに身を包み、八重歯が愛らしく、耳が尖った吸血鬼の姿の、美しい顔立ちの女の子もいる。


 その彼女が不安げな顔で僕を見ている。

 この表情で、僕は誰なのかピンときた。


「もしかして、君は立花たちばなさん?」

「うん、ピンポーン。繁君。当たりだよ」


 八重歯をキラリと出して、微笑む吸血鬼の立花さん。

 彼女の姿は凛々しく、さまになっている。


「……しかし、ここは天国だろうか?」


 僕の問いかけに、今度はグレイの少年が口を開く。

 少年の口は動いてはいるが、頭の中に直接語りかけてくるような不思議な感覚だ。


『違うよ。

ここは、ボクのお母さんが、力を与えた能力者たちが、空気中の魔力の流れによって、自由に魔法を使える異世界の空間。

ボクもお母さんと協力して、この世界を作ってきたけど、間違ってやって来た君達が悪いんだよ』


『……ちゃんと立ち入り禁止の看板を置いていたよね?』


 あの時、通路に出くわした、折れていた看板のことだろうか。


「それなら残念ながら壊れていたよ」

『何だって? 

今はこれ以上、来客が来たら困るよ。

急いでゲートを閉じないと』


 少年が空中に浮かび上がり、遥か上空にある四角い出入り口を閉める。


『……さて、繁君。自己紹介が遅れたね。

ボクは火星から、人間に関しての情報偵察にやって来た宇宙人のタケシだよ。

──君とは幼稚園児の時に出会って、ちからを与えたよね。

よろしく』

「そうなんだ。タケシ、よろしく」


 礼儀正しく挨拶をする僕に対し、何の違和感もなく、握手を求めてくるタケシ。

 人を異世界の穴へと落とし、さらに出入り口を封鎖したわりには、意外と友好的な宇宙人である。


(僕が小さい頃か……そう言われてみれば……)


 このタケシが言う『ボクが幼稚園児の頃とは……』という言葉につられて、思い出してみる。


 ──僕の両親がアメリコのバリウッドから久々に帰り、二人とも仕事が上手くいかなかったその腹いせに、後にも先にも初めて、まだ幼い頃の僕へと、親が八つ当たりをした時期ときがあった。


 そして、今まで優しくしてくれたのを裏返した衝撃の事件に、両親の制止を振りきり、自暴自棄で家を飛び出した僕。


 その矢先に、田んぼの草むらの近くにいた灰色の小型犬(あれが変身した宇宙人なのだろうか?)が近寄り、慰めてもらった感覚が残っている。


 僕はその犬の体に顔をうずめて、幼いながらも、母性のような異性を求め、何も状況を知らなくても、無用で慰められる優しさを泣きじゃくりながら、心の底から望んだのだった……。


 ──その物思いにふけっているのをやめ、立花さんの立っている背丈が、僕よりも高いことに今さらながら気づき、気を緩めて、そばにある、池の水溜まりを覗いてみる。


 僕の姿は猫背に屈んでいて、30センチくらいの低身長に縮んでおり、目つきは真っ赤に充血して三角眼で、口からはギザキザで犬歯のような牙がはみ出ている。


 また、肌は緑色で、手足には鋭く尖った爪が生えていた。 


 ちなみに着ていた服装には問題はなく、体にピッタリなサイズとなっている。

 しかし、その格好は明らかに異常で、人間の姿ではなかった。


「なっ、何だこりゃ!?」


 いつの間に僕は、このような不気味な化け物になったのだろうか……。


****


『それでは、二人とも頭が混乱してるようだから状況を説明するね』


 タケシの声が、僕の頭の中へとねじれ込んでくる。

 マジで誰のせいで、こうなったと思ってるんだよ。


『……ここはボクとお母さんが作り出した、特殊な空間なのは分かったよね?』


 僕らはお互いに頷き、次の言葉をじっと待つ。

 はたして吉と出るか、凶と出るか……。


『君達の人間離れしたその姿は、現実世界では分かりにくい、心の闇が具現化したものなんだ』


 タケシがとぼけた科学者のように、難しいこと(暗号?)を喋っている。


『……繁君は見た目とは違い、思考は毒舌らしいから、悪魔な妖精のゴブリン。

……また、弥生やよいちゃんは美人で、高貴な肉食の性格だから、血を求める吸血鬼となってる。

ここまでは分かったかな?』


 その発言は意味不明だが、要するにこの空間では人の形は維持できず、本人の性格によって、姿が変化する世界なのだろう。


 それから、タケシは僕の方を向く。


『ちなみに君、繁君は異性とぶつかると、文句なしに、相手に好意を寄せてしまう能力があるね。

それは、ご存じかな?』


 それは、あの犬(何度も思うが、タケシの母親が変身した姿だよな?)が幼い頃に、純粋に願った僕の想いを、その超能力に変えて、叶えてくれたのだろうか。


「そうなんだ。それは初耳だったな」

『だから、この世界では熱い想いというわけで炎の魔法使いになる。

試してみるかい?』


 タケシがどこからか、鉄のフライパンと生卵を取り出し、卵を割って、フライパンの中に割り入れる。


「どうやって魔法を使うのさ?」

『このフライパンに向かって、頭の中でイメージするんだよ。

手に想いを集中させて、そこから炎を出すように。

簡単に言えば、心で念じて、口で炎出ろーって叫ぶような』


 そう言われた僕は、指先に意識を集中させる。


「炎よ、出ろっー!!」


 僕の両手の指先が豪快な炎に包まれ、フライパンに目がけて、炎の固まりを放つ。  

 ぶつかった炎の衝撃波で、瞬く間に生卵は黒焦げだ。


 間近にいた立花さんは驚きのあまり、腰を抜かしている。


『あ~あー。ボクの大事な昼ごはんが……』


 タケシが真っ白な平皿を持ったまま、オタオタとしているが、そんなものは知らない。


 タケシの言う通りにしたまでだ。

 まさに自業自得とはこの事だ。


『ちなみにこの会話は、君に直接、思念の波動を使用してるから、彼女には聞こえないよ。

だから安心して』


 これだけしでかして、今さら何だろう。

 立花さんの目の前で発動させたのだが、何をどう安心させるのだろうか。

 彼女は精神的ショックのせいか、まだ動けそうにない……。


****


(弥生side)


 しばらくして……。

 繁君から、私の方に思念を送るタケシ君。


『弥生ちゃん、驚かしてごめん』

「……あっ、タケシ君はいいの。ちょっとびっくりしただけだから。

あのさ、私にもあんな手品が出来るの?」

『うん。弥生ちゃんは本気で異性を愛すると、心が読めるよね。

つまり、相手の心を見透かすから、目には見えない風の魔法が使えるよ。

念じてみてよ』

「ありがと。分かった」


 私はゆっくりと長いまつげのまぶたを閉じて構える。

 私の体から風が溢れ、セミロングの茶髪が上下に揺れる。


「風よ、吹いてっ!!」


 発せられた声と同時に、体から出てきた見えない刃が、周りの草花を切り裂く。


「やった、タケシ君できたよ。

ありがと。これは快感だわ♪」


 どうやら自分の技に酔いしれてしまったらしい。


 しかし……。


『……分かるのはいいけど、もう少し手加減してね……』


 思わず身動きできず、ボロボロに破れた服装で、たじたじするタケシ君。


 それもそのはず、私の放射線状に10メートルほどの周囲の草花や木が根こそぎ消え、赤茶けた地表が姿を表していたからだ。


 私の攻撃力は繁君を上回りそうだが、その反面、制御が難しいようだ。

 下手をすれば、自爆技にすぎない。


 タケシ君は私に十分に忠告しつつ、思わず濡れたズボンを履き替えに、一時的に私達の視線から消えたのだった……。


****


(繁side)


 再び、タケシが何ごともなかったかのように目の前に現れる……。


『それでは理解したところで本題に入るよ、君達は……』


 隣の立花さんの反応からして、今度のタケシからの会話は、僕ら二人同時に聞こえてくるみたいだ。


 一体、何だろうか? とごくりと唾を飲み込む僕ら。


『……二人でラブラブデートをしながら、この迷宮をのんびりと旅してほしいんだ』  

「「はあぁー!?」」


 僕と立花さんがコーラスのように、見事にハモる。

 まさにちんぷんかんぷんである。


『だから、ボクが今度の自由研究に向けて、人間の愛をテーマにしていてね。

この空間を使用して確かめてるんだ』


『……迫りくる怪物達に追いつめられた獣は、どう対抗するのか、存分に見ものじゃないか♪』


 さっきから、この宇宙人の話はとんちんかんで狂っている。


 タケシ宇宙人議員よ、もうマニアックに染まった演説は結構です。

 ですからこの空間ではなく、テイクアウトの空間にして、そのまま母親とお持ち帰り下さい。


『……いや、ボクのお母さんは教師だから。

それに、この自由研究の宿題を出したのも、お母さんだし』


 それではしょうがないか……。

 だけど、この僕のナレーションの心? さえも読むとは……。

 最近の宇宙人は恐るべし。


『……それでは、先に行った二人組に負けないようにね。

ボクは一足先にゴールで待ってるから♪』


 それだけ話すと、するすると絹糸のように細くなり、タケシは彼方の天井へと消えていった……。


「……良かった。舞姫まいひめちゃん達も無事なんだ。

一緒に落ちても、姿がなかったから、心配したよ」


 立花さんが実は一人ではなく、クラスメイトの舞姫とさきちゃん? の三人で遊びに来ていた時に、トイレの部屋と間違えて、誤って落ちたことの説明をする。


 でも、落ちた先で三人はバラバラになり、スマホも繋がらない緊迫した状況。


 そうこうしているうちに、上から僕が落ちてきたと……。


 だが、そもそもあの看板が壊れていなければ、このようなミスは未然に防げたはずだ。


 ただのイタズラか、それとも誰かの策略だろうか……。


「……そうなんだ、連れがいたんだね。

よく分からないけど良かったね。

……さあ、早くここから脱出しよう」

「はい!」


 僕達は、この異世界の花畑を進み出す。


 行く先には獲物を捉えた、ぎらついた瞳の群れ。


 早くも、このフロアは怪物モンスターの危険な匂いで、充満していたことも知らずに……。






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