****
(
体がじんわりと温かい。
身体中の痛みが
確かに僕は床に勢いよく叩きつけられて、命を落としたはず。
なぜ、まだ生きているのか……。
『おーい、いつまで寝ているんだい?』
「タケシ君、
『うん。このフロアに来たら、初めはどんなダメージでも自然治癒できる仕組みになってるから』
頭がグルグルと回って、重たい感覚がする。
どうやら目の前で繰り広げる会話を想定すると、僕は生きているようだ。
ゆっくりと体を起こしてみる。
僕の周りは、鮮やかなお花畑に囲まれていた。
白いパンジー、黄色のタンポポ、赤いチューリップ、咲き乱れる桜に、元気よく直立して咲く
四季感を無視した、彩りの花びらの
目の前には、グレイの全身タイツを着た、中学生くらいな体格の少年がいた。
また、少年の横には、黒いレディーススーツに身を包み、八重歯が愛らしく、耳が尖った吸血鬼の姿の、美しい顔立ちの女の子もいる。
その彼女が不安げな顔で僕を見ている。
この表情で、僕は誰なのかピンときた。
「もしかして、君は
「うん、ピンポーン。繁君。当たりだよ」
八重歯をキラリと出して、微笑む吸血鬼の立花さん。
彼女の姿は凛々しく、さまになっている。
「……しかし、ここは天国だろうか?」
僕の問いかけに、今度はグレイの少年が口を開く。
少年の口は動いてはいるが、頭の中に直接語りかけてくるような不思議な感覚だ。
『違うよ。
ここは、ボクのお母さんが、力を与えた能力者たちが、空気中の魔力の流れによって、自由に魔法を使える異世界の空間。
ボクもお母さんと協力して、この世界を作ってきたけど、間違ってやって来た君達が悪いんだよ』
『……ちゃんと立ち入り禁止の看板を置いていたよね?』
あの時、通路に出くわした、折れていた看板のことだろうか。
「それなら残念ながら壊れていたよ」
『何だって?
今はこれ以上、来客が来たら困るよ。
急いでゲートを閉じないと』
少年が空中に浮かび上がり、遥か上空にある四角い出入り口を閉める。
『……さて、繁君。自己紹介が遅れたね。
ボクは火星から、人間に関しての情報偵察にやって来た宇宙人のタケシだよ。
──君とは幼稚園児の時に出会って、ちからを与えたよね。
よろしく』
「そうなんだ。タケシ、よろしく」
礼儀正しく挨拶をする僕に対し、何の違和感もなく、握手を求めてくるタケシ。
人を異世界の穴へと落とし、さらに出入り口を封鎖したわりには、意外と友好的な宇宙人である。
(僕が小さい頃か……そう言われてみれば……)
このタケシが言う『ボクが幼稚園児の頃とは……』という言葉につられて、思い出してみる。
──僕の両親がアメリコのバリウッドから久々に帰り、二人とも仕事が上手くいかなかったその腹いせに、後にも先にも初めて、まだ幼い頃の僕へと、親が八つ当たりをした
そして、今まで優しくしてくれたのを裏返した衝撃の事件に、両親の制止を振りきり、自暴自棄で家を飛び出した僕。
その矢先に、田んぼの草むらの近くにいた灰色の小型犬(あれが変身した宇宙人なのだろうか?)が近寄り、慰めてもらった感覚が残っている。
僕はその犬の体に顔を
──その物思いにふけっているのをやめ、立花さんの立っている背丈が、僕よりも高いことに今さらながら気づき、気を緩めて、
僕の姿は猫背に屈んでいて、30センチくらいの低身長に縮んでおり、目つきは真っ赤に充血して三角眼で、口からはギザキザで犬歯のような牙がはみ出ている。
また、肌は緑色で、手足には鋭く尖った爪が生えていた。
ちなみに着ていた服装には問題はなく、体にピッタリなサイズとなっている。
しかし、その格好は明らかに異常で、人間の姿ではなかった。
「なっ、何だこりゃ!?」
いつの間に僕は、このような不気味な化け物になったのだろうか……。
****
『それでは、二人とも頭が混乱してるようだから状況を説明するね』
タケシの声が、僕の頭の中へと
マジで誰のせいで、こうなったと思ってるんだよ。
『……ここはボクとお母さんが作り出した、特殊な空間なのは分かったよね?』
僕らはお互いに頷き、次の言葉をじっと待つ。
はたして吉と出るか、凶と出るか……。
『君達の人間離れしたその姿は、現実世界では分かりにくい、心の闇が具現化したものなんだ』
タケシが
『……繁君は見た目とは違い、思考は毒舌らしいから、悪魔な妖精のゴブリン。
……また、
ここまでは分かったかな?』
その発言は意味不明だが、要するにこの空間では人の形は維持できず、本人の性格によって、姿が変化する世界なのだろう。
それから、タケシは僕の方を向く。
『ちなみに君、繁君は異性とぶつかると、文句なしに、相手に好意を寄せてしまう能力があるね。
それは、ご存じかな?』
それは、あの犬(何度も思うが、タケシの母親が変身した姿だよな?)が幼い頃に、純粋に願った僕の想いを、その超能力に変えて、叶えてくれたのだろうか。
「そうなんだ。それは初耳だったな」
『だから、この世界では熱い想いというわけで炎の魔法使いになる。
試してみるかい?』
タケシがどこからか、鉄のフライパンと生卵を取り出し、卵を割って、フライパンの中に割り入れる。
「どうやって魔法を使うのさ?」
『このフライパンに向かって、頭の中でイメージするんだよ。
手に想いを集中させて、そこから炎を出すように。
簡単に言えば、心で念じて、口で炎出ろーって叫ぶような』
そう言われた僕は、指先に意識を集中させる。
「炎よ、出ろっー!!」
僕の両手の指先が豪快な炎に包まれ、フライパンに目がけて、炎の固まりを放つ。
ぶつかった炎の衝撃波で、瞬く間に生卵は黒焦げだ。
間近にいた立花さんは驚きのあまり、腰を抜かしている。
『あ~あー。ボクの大事な昼ごはんが……』
タケシが真っ白な平皿を持ったまま、オタオタとしているが、そんなものは知らない。
タケシの言う通りにしたまでだ。
まさに自業自得とはこの事だ。
『ちなみにこの会話は、君に直接、思念の波動を使用してるから、彼女には聞こえないよ。
だから安心して』
これだけしでかして、今さら何だろう。
立花さんの目の前で発動させたのだが、何をどう安心させるのだろうか。
彼女は精神的ショックのせいか、まだ動けそうにない……。
****
(弥生side)
しばらくして……。
繁君から、私の方に思念を送るタケシ君。
『弥生ちゃん、驚かしてごめん』
「……あっ、タケシ君はいいの。ちょっとびっくりしただけだから。
あのさ、私にもあんな手品が出来るの?」
『うん。弥生ちゃんは本気で異性を愛すると、心が読めるよね。
つまり、相手の心を見透かすから、目には見えない風の魔法が使えるよ。
念じてみてよ』
「ありがと。分かった」
私はゆっくりと長いまつげのまぶたを閉じて構える。
私の体から風が溢れ、セミロングの茶髪が上下に揺れる。
「風よ、吹いてっ!!」
発せられた声と同時に、体から出てきた見えない刃が、周りの草花を切り裂く。
「やった、タケシ君できたよ。
ありがと。これは快感だわ♪」
どうやら自分の技に酔いしれてしまったらしい。
しかし……。
『……分かるのはいいけど、もう少し手加減してね……』
思わず身動きできず、ボロボロに破れた服装で、たじたじするタケシ君。
それもそのはず、私の放射線状に10メートルほどの周囲の草花や木が根こそぎ消え、赤茶けた地表が姿を表していたからだ。
私の攻撃力は繁君を上回りそうだが、その反面、制御が難しいようだ。
下手をすれば、自爆技にすぎない。
タケシ君は私に十分に忠告しつつ、思わず濡れたズボンを履き替えに、一時的に私達の視線から消えたのだった……。
****
(繁side)
再び、タケシが何ごともなかったかのように目の前に現れる……。
『それでは理解したところで本題に入るよ、君達は……』
隣の立花さんの反応からして、今度のタケシからの会話は、僕ら二人同時に聞こえてくるみたいだ。
一体、何だろうか? とごくりと唾を飲み込む僕ら。
『……二人でラブラブデートをしながら、この迷宮をのんびりと旅してほしいんだ』
「「はあぁー!?」」
僕と立花さんがコーラスのように、見事にハモる。
まさにちんぷんかんぷんである。
『だから、ボクが今度の自由研究に向けて、人間の愛をテーマにしていてね。
この空間を使用して確かめてるんだ』
『……迫りくる怪物達に追いつめられた獣は、どう対抗するのか、存分に見ものじゃないか♪』
さっきから、この宇宙人の話はとんちんかんで狂っている。
タケシ宇宙人議員よ、もうマニアックに染まった演説は結構です。
ですからこの空間ではなく、テイクアウトの空間にして、そのまま母親とお持ち帰り下さい。
『……いや、ボクのお母さんは教師だから。
それに、この自由研究の宿題を出したのも、お母さんだし』
それではしょうがないか……。
だけど、この僕のナレーションの心? さえも読むとは……。
最近の宇宙人は恐るべし。
『……それでは、先に行った二人組に負けないようにね。
ボクは一足先にゴールで待ってるから♪』
それだけ話すと、するすると絹糸のように細くなり、タケシは彼方の天井へと消えていった……。
「……良かった。
一緒に落ちても、姿がなかったから、心配したよ」
立花さんが実は一人ではなく、クラスメイトの舞姫と
でも、落ちた先で三人はバラバラになり、スマホも繋がらない緊迫した状況。
そうこうしているうちに、上から僕が落ちてきたと……。
だが、そもそもあの看板が壊れていなければ、このようなミスは未然に防げたはずだ。
ただのイタズラか、それとも誰かの策略だろうか……。
「……そうなんだ、連れがいたんだね。
よく分からないけど良かったね。
……さあ、早くここから脱出しよう」
「はい!」
僕達は、この異世界の花畑を進み出す。
行く先には獲物を捉えた、ぎらついた瞳の群れ。
早くも、このフロアは