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「家の鍵よし、自転車の鍵よし、ハンカチよし、財布もある。準備は万全だな」
僕は青のリュックサックにあらかた荷物を詰め込み、とりあえず一呼吸する。
明日は学校は休みだ。
「早く明日にならないかな」
僕ははやる気持ちを抑えながら、寝床へと飛び込む。
そこでふと、今日の
彼女は、どうしてあの場所にいたのか、僕に何かを伝えたかったのか。
立花さんの行動に関しては、疑問点ばかり浮上する……。
「……男でも、何か隠していることなんて、山ほどあるよ」
そう、ひとりごとを言いながら、僕は重いまぶたを閉じた……。
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(繁回想シーン)
「繁ちゃん、ねえ!」
僕が教室の机で居眠りをしていたら、
脳みそを強制シェイクされ、頭がこんがらがりそうだ。
僕は、よく振ってから飲む飲み物じゃない。
こう見えても、ナイーブな炭酸水でできてるんだぞ。
まあ、実際に血液に炭酸水が混じったら、生死に関わるけどな。
そんな笑えない冗談はさておき……。
「な、何だよ。貴重な昼休みの一時を邪魔して?」
「ねえ、繁ちゃん。たまには遠出したくない?」
「……秋葉島なら、この前、行っただろ?」
そう言いながら、僕は涙目であくびを噛みしめる。
昨夜、早く寝れば良かった。
いくら面白いとはいえ、テレビゲームのザクロ大戦をやり過ぎた。
あのシミュレーションの戦闘システムを考えた人、マジで神だな……。
「そうじゃないよ。例えば北海道とか鹿児島とか……」
「……場所が両極端過ぎるだろ……」
「それは例えだよ。ねえ、行きたいよね?」
僕の目の前で二つのパンフがゆらゆらと揺れる。
詳しい内容は視線が近すぎて、よく見えない。
「じゃ~ん! そんな悩める殿方にご開帳~♪」
その二つのパンフの間から、もう一つの別の封筒サイズなパンフを、マジシャンのテクのように取り出す。
表紙には車の写真。
よく印刷された文字を追うと『自動車学校教習所』の見出し。
「おいおい、車の免許とか取れるのか?」
「繁ちゃん、知らないの? 仮免許じゃない時は17歳でも入れるんだよ」
「いや、そうじゃなくて……。
三輪車もまともに乗れない、円の台詞とは思えないな」
「もー、円は幼稚園児じゃないんだよ!」
「そう、ムキになるなよ。事実じゃん」
「もう、繁ちゃんの甲斐性なし、クズ、トンマ!!」
「ぐはっ!?」
手で丸めたパンフで、バチンと顔面を殴られる。
トンマは言い過ぎだろ、トングの仲間か……?
「いぃーだ。免許取っても、繁ちゃんは乗せてあげないから!」
「だから頼んでないからな……」
『バコーン!』
「ぐぶっ!?」
今度は教師が黒板で使用する、巨大な三角定規で頭を殴られる。
これは最高に痛い。
……というか、メリケンサックのような鋭利な凶器の一つだな。
学校の先生はこのような危険物も取り扱うから、色々と大変だ。
先生、ここに生徒一名が凶器片手に暴れております。
もう逮捕しちゃって下さい。
「……そ、そんなので叩くなよな!?」
「恨むなら、次の担当の数学教師の
円が満足しきった表情で、それを持ってきた、眼鏡女子のクラス委員長の手元へと返す。
「私、頑張るから、来年は色んな場所に遊びに行こうね!」
僕が痛みで頭を押さえる中、円は、とびっきりの笑みを浮かべていた……。
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(繁side )
『ジリリリリー!』
パチン。
目覚まし時計のアラームを止め、スッと難なく起き上がる僕。
今日は休日。
白のレースのカーテンを開けば、眩しいほどの朝日。
白い長袖のロゴTシャツの上に、青の半袖Yシャツを着て、青のジーパンを履く。
本日は晴天なり──。
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──黒のマウンテンバイクから降りて、それを駐輪場に停めた僕は、すぐ近くにある真向かいの
駅の切符売り場で、秋葉島行きの切符を購入して改札口を抜け、古びた茶色のベンチに座り、電車を待つ。
その間、僕は携帯プレイヤーで音楽でも聴こうかとリュックサックを漁ったが、どこにも見当たらない。
どうやら家に忘れてきたようだ。
まあ、誰にでも忘れることはある。
スマホでネットサーフィンでもしよう。
そうこうしているうちに、電車がガタゴトとやって来た。
いつもは長い待ち時間なのに、どうしてこういう時に限って、早く到着する気がするんだろう。
時間の流れとは謎である……。
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電車の中はガラガラだった。
最近は少子高齢化のせいか、若者が減り、老人のお客さんが増えたような気がする。
まあ、人ごみが苦手な僕にとっては、都合が良くてありがたい。
首都圏から海沿いを渡り、ガタゴトとレールを走る電車のノイズをBGM変わりに、僕は古びた紙の恋愛小説を読みふけっていた。
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しばらくしてトンネルに入り、真っ暗な風景が続く。
どうやら東京湾の地下トンネルに入ったようだ。
ここを過ぎれば、間もなく、念願の秋葉島だ。
しかし、何か落ち着かなくて、そわそわする。
さっきから人の視線を、ひしひしと感じるのは気のせいだろうか?
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白い巨大なドームに覆われた『アニメイド』秋葉島店。
この秋葉島名物の一つでもあるアニメ兼、メイド喫茶。
真っ白な洋風のお城に三角に尖った赤い屋根から、豪華なセレブ感が味わえて、最高に気持ちいい気分にもなる。
「いらっしゃいませ。ご主人様!」
僕が訪れた屋敷のロビーで、元気で明るく出迎える、メイド姿のスタッフたちの接客マナーには、毎度ながら感服すら覚える。
「本日はどういたしますか?」
フカフカのレッドカーペットを踏みしめ、可愛らしいメイドに出迎えられて、中へ入店したら、二つのコースが選べる。
アニメやゲームのグッズなどの商品などが買える『商業エリア』と、
メイドさんと楽しみながら、飲食などの食事ができる『飲食スペース』がある。
ちなみに、僕はあの子たち(商品)を買いにきた。
だから、迷わずに商業エリアを選んだ。
だが、万が一に備え、その前にお手洗いを済ませたい。
僕は商業エリアの道から外れて、トイレの方向へと向かう。
途中で壊れた木の看板があったが、その先には進めそうなので問題ない。
根本から折れた看板には『関係者以外立ち入り禁止』の表示と、赤ペンキで記載されており、なぜか天井にそっぽを向いている部分は意味深だったが……。
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「きゃあああー!?」
トイレに立ち寄り、用を済ませると、突如、前方から女子の悲鳴が響く。
それを聞き、僕は一目散に駆け出した。
──行く先は行き止まりで、壁に横一列に並んだ銀のアルミ色からなる、三つの扉……。
「……確か、ここからだったな……」
僕は声がした中央のドアノブを、グッとちからを込めて握った。
「……鍵がかかってるな……」
「……繁君? 駄目。こっちに来ないで!」
間違いない。
立花さんの声だ。
彼女がこの先で、何かトラブルにでも巻き込まれたか。
ここは何とかして助けないと。
「繁君、来たら駄目だよ!」
「大丈夫、立花さん。今、助けにいくから!」
僕はドアに体当たりを何度かして、扉を突き破り、勢いあまって前のめりになる。
……しかも、その前方には床がなかった。
下は緑色のアメーバーのような空洞になっていて、足元に落ちた砂利が吸い込まれていく。
「なっ、どうなってるんだ!?」
僕はそのまま体を支えきれず、バランスを崩し、なすすべもなく真っ逆さまに落下した……。
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「うわあああー!?」
落下していく僕の体が七色に染まる。
背は前屈みになって縮み、足は短くなり、指先の爪が鋭く尖る。
口からも何かがはみ出してきて、まともに口が閉じられない。
さらにやたらと頭が重くなり、目や耳にも不快感を覚え、何も考えられなくなる。
「ぐああああ!?」
次に全身を蝕む、雷に撃たれたような激痛。
「がはっ!?」
僕は痛みに耐えられなくなり、すべての意識を閉じようとする……。
「しっ、繁君!!」
やがて、女の子の叫びとともに冷たく固い床に到達し、僕の体は無造作に叩きつけられ、鈍い音を立てた……。