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第B−13話 私達はデート中

****


弥生やよいside)


 「しげる君、何か疑問に思わない?」


 彼が先へ進む形になり、一緒になったパーティーの私が後ろから声をかける。


「……何かな、この迷いの花畑のことかな?」

「……へえ、早くもこの場所のからくりに気づいたんだ」


 こんな時、繁君は冴えていて助かる。

 いつもこうだと嬉しいけど……。


 特に恋愛に奥手の部分とか、私からしてみたら、焦れったくってイライラするから。


(しかし、からくりとは何だろう。忍者屋敷でもないし……能天気な女だな)


 ほらそこ、意中の異性の心が読める私には、みんなですよ。


 やっぱり、この人は表面では紳士ぶっても、心の奥底は毒舌だ。

 彼の姿がゴブリンになったのもうなずける。


「──さて、ここをどうやって抜けようか」


 繁君が、なぜか草むらから開けた砂場に座り込んだ。


 いい歳して砂遊びだろうか。

 いきなり、砂の城とか作り出すのかな。


 それとも繁君がお父さんで、私がお母さんになって、泥団子を使ったおままごと?


 まだ学生の身分の男の子なのに、将来設計がしっかりしてる。


「では、立花たちばなさん。ここで作戦会議を始めようか」

「……えっ、何を言いたいの?」

「いいから、黙って見ててよ」


 途端に繁君が枯れ葉のついた木の枝を拾って、地面の砂に何か書き始めた。

 砂場に景色が広がり、スケッチブックのように絵が描かれていく。


 だとすれば、彼の指先は魔法の筆だ。

 その筆から、色々な造形物が生み出される。


 ──そこから二人の物語が始まった。

 可愛らしい女の子の吸血鬼を追いかける、気取ったキザな怪物。


 いや、この怪物は目の前のゴブリンか。


 しかし、繁君のイラストは下手だ。

 はっきりと言わせてもらえば、正直よく見てみないと、何がどうだか分からない。


 いや、よく見ても分からない。


 それに加えて、ミミズが這ったような震えた文筆に、私の心は大混乱だった。


「それで今、僕らはこの花畑に閉じ込められてる」


 その花の見分けがつかなく、不格好なタンポポの絵柄ばかりには笑える。


 いや、桜の花びらかな。

 この人には絵のセンスがないわね。


「……ぷぷっ、下手くそ」

「なっ!?」


 思わず声に出てしまった。

 それに対し、黙って悔し顔をしている目の前の相手。


(……くそっ、この女、笑いすぎだろ。

これでも小学生の頃に県大会のイラストコンテストで銀賞をとったこともあったんだぞ)


 ぷぷっ、それは、単なる偶然。

 きっとあまりにも独創的だから、目立っただけ。

 多分、審査員の目が腐っていたんだ。


 小学生の頃のあなたは、さぞかし芸術家の卵だったのかしら。

 むしろ、腐ったゆで玉子なんて、食べられた物じゃない。


 あれは異臭の爆弾で食べ物ではない。

 ここの砂で調理される泥団子と一緒だ。


「──それでどうすれば、ここから脱出できるのかだけど……」


『ぐー

きゅるりん♪』


「……なっ、何の音だ?」


『ぐーきゅるりんりん♪』


「……てっ、敵襲かっ!?」


 違う。

 それは私から召喚された魔物。

 通称、腹の虫だ。


 ようやく、その音の正体に気づいた繁君が、ハッとして私を見る。

 恥ずかしくて、もう顔から火が出そうだよ。


「立花さん。ひょっとして、お腹空いたのかい?」


 俯いたまま、こくりと無言で返答する私。


 そういえば、今日は朝から何も食べていない。


 三人でアニメイドのメイド喫茶で、ふわとろのオムライスを食べる約束をしていたから。


 あれは炭水化物の塊でカロリーが高い。

 朝ご飯を抜かないと太っちゃうから。


 特にお米は大敵。

 ほとんどが糖質でできているから、食べ過ぎると、あっという間に成年女子の一日平均の2000カロリーをオーバーする。


 あれ?

 違うか。


 私は育ち盛りの女子だから。


 胸が大きく思えるのは、体重からではなく、胸だけに栄養のすべてを奪われたからだろうか……。


「……てへへ。恥ずかしいな。お腹空いたね」


 私は可愛く真っ赤な舌をチラッと出した。

 これで繁君のハートをゲットだよ。


(……何で、舌を見せてるんだろう。何か意味があるのかな?)


 そうとも知らずに、いぶかしげに見つめてくる彼。


 相変わらず、この人は鈍感すぎる。

 どうしてこんな人を好きになったのやら……。


****


 何とか作戦会議を終えて、しばらく二人で花畑を歩いていると、古ぼけた一軒の民家が見えてくる。

 黒い瓦屋根に掲げている白い看板には『甘味処かんみどころ』と書かれていた。


 やったぁ、早くも念願のオアシスがやって来たよ♪


「繁君、ここでひと休みしよ」


 私が一歩先に躍り出て、繁君の腕を掴む。


「……しょうがないな」


 でも彼は乗り気ではない。

 こんな美少女の誘いに乗らないのはなぜだろう。 


 今までの男の子だったら、ノリノリ気分で了承、いや、男の子から食事に誘われていた。


 誘ってくる男の子に下心があるのは薄々と感じていた。

 でも私は断らなかった。


 それが、か弱い女の子として選んで進む道と感じていたからだ。


 周りからビッチと呼ばれても構わない。

 これが私の生きがいだったから……。


 ……さあ、苦い過去を思い出しても何も変わらない。

 何はどうあれ、今という人生を楽しく生きないと──。


**** 


 ──繁君と二人揃って、縁側にある赤い腰かけの椅子に座る。


「何にしようか」


 彼がそばに立て掛けていたファミレスのようなプラスチック樹脂のメニューを手に持ち、渋柿を食べたかのような難しい顔をしている。


(……実は、お金、あまり持ってないんだよな……)


 なるほど、深い意味はなく、ただ単にそういうことか。


「大丈夫だよ。繁君、私に任せてよ」

「えっ? そうかい? ……分かったよ」  


 彼の手からメニューを奪い、目を皿のようにして、マジマジと料理名を見る。


 ここは、日頃の生活でつちかった、やりくり上手のお姉ちゃんに任せなさい。


 ……どれどれ、おしるこに抹茶ゼリーに、ゴマ団子と、ふむふむ、中々の和菓子揃い。

 これは食べるのが楽しみだ。


 だけど、どこを見ても肝心なあれの表示がない……。


「……あれ、金額が載ってない?」

『……お客さま、当店の料理はオープン店仕立てな試作段階により、ただいますべて無料になってます』


 隣の調理場から紫ののれんをくぐり、あのタケシ君が出てくる。


 青いビニールエプロンに黒の長靴姿で、あらゆる魚を釣りあげる漁師さんのような格好だ。


 あれ?

 話が違う。

 確か、あなたは先にゴールで待っているのではなかったのか? 


『いや、これはこれで面白そうだったから、ついやっちゃった♪』


 はいはい。

 私ら二人は宇宙人の玩具かよ。

 もういいから、勝手にしなさい。


『……でっ、何になさります!』


 ここは江戸前寿司かよ。


『いや~、テレビのドラマで見て憧れて、……一度言って見たかったんだよ♪』


『てへへ☆』とはにかみながら、今度は警察官が拳銃を構えたポーズを取る。


 本当、この宇宙人にはツッコミどころが多すぎる。


「……まあ、いいわ。

タダにこしたことはないよね。

とりあえず、タケシ君の今日のおすすめを下さい」

『あいよ、かしこまりまち!』


 ものの数秒で、怪しげな円の空間を発動させて、その空間から料理が飛び出してくる。


『ポッギー♪』

「……はあっ!?」


 白い平皿に乗った、長方形の赤い箱。


 紛れもない棒状のスティックに、チョコを絡めたお菓子。


 それは言わずと知れた銘菓『ポッギー』である。


「ちょっと待ってよ、ここは和菓子屋ではないの?

この多彩な料理のメニューらんは、すべていつわりなの?」


 私は持っていたメニュー表をタケシ君に突きつけ、様々な質問をする。


『まっ、そういう事になりやすぜ……』

「……この、……乙女の心をもてあそんだわね!」


 タケシ君の身勝手さに、ついに私がぶちギレた。


「まあまあ、立花さん落ち着いて?

これはこれで美味しいよ」


 ポリポリと目の前に置かれた食材を食す、自然体な繁君。


「もう、繁君も何か反論してよ!

呑気に食べている場合じゃないでしょ!」


 そう、私の心は激しい怒りで燃え盛っている。


 まさに、繁君の言葉に一触即発、火に油である。


 そして、ポコポコと私がヘナチョコパンチ? でタケシ君をボコっていると、彼がボコりから逃げて、アメーバーのような物体に変わり、私の隣をすり抜ける。


『……痛いな。もう……』


 それからタケシ君が胸の前で両手を重ねて、何かをブツブツと唱え始める。


『……オンキリキリキリギリス、バッタバッタトントン……』


 これはまた、随分ずいぶんと奇妙な呪文だ。


『……トントンヒトノミトン……』


 そこで呪文が途切れ、意を決したように私の瞳を覗きこみ……、


『キエー! ギャォォース!!』


 タケシ君がこんにゃくのように上下左右にぷるぷると動き、奇怪なおたけびを発する。 


 その次の瞬間、私は何も考えられなくなった……。


****


しげるside)


「ちょ、ちょっと立花さん!?」


 あのタケシのプルプルダンスを見た後から、彼女の態度がおかしい。


 とろんとした合わさっていない瞳で僕だけを見つめて、じりじりと血に飢えたゾンビのように僕に近寄ってくる。


 さらに、あのお菓子のポッギーを小さな口にくわえて、離れていても彼女の『はあ、はあ……』とした獣のような息遣いが聞こえてくる様子。


 立花さんは一体どうしたのだろう。

 もしかしてタケシに操られているのか?


『正解。

折角せっかくの二人っきりのラブラブ旅なんだよ。仲良く楽しんでいこおおお~♪』


 彼女の手が僕の体に触れる。

 両肩をガシッとつかまれて痛い。

 とても女の子の握力とは思えない。


 そこへポッギーをくわえた彼女の顔が、僕の顔へ接近する。


 じょっ、冗談じゃない。

 僕のファーストキスだよ?

 僕にも心の準備というものが……。


「たっ、立花さん? ……そっ、それはヤバいよ!?」

「……だから、私と食べよ……」

「ちょっと、真剣にマズイって……んぐ……!?」 


 たわわな果実を押し当てながら、紅潮こうちょうした頬で、ポッギーの先を僕の口にねじこんでくる立花さん。


 今、ポッギーは、僕と立花さんを繋ぐ心の架け橋となった。


 このままでは一本で繋がったポッギーが両サイドから食べられ、二人は熱い口づけを交わしてしまう。


「立花さん。しっかりして!」


 僕はポッギーを口から離し、彼女の肩を激しく揺さぶる。


 もう彼女が脳震盪のうしんとうで気を失ってもいい。


 立花さんだって、好きでもない相手とキスなんてしたくないだろう。

 ここは男の僕がどうにかしないと……。


(しっかりしろ、あんなボケ宇宙人の策略なんかに負けるな。

弥生ぃぃぃー!!)


 僕は必死に抵抗しながらも、力一杯心の中で彼女の名前を叫ぶ。


「……しっ、繁君? 私は一体……」


 その言葉が伝わったのか、やがて立花さんの瞳に正気が戻る。


『……ちぇっ、残念。いい場面が見れたのにな……』


 タケシが心底、悔しそうにしている。


「弥生、大丈夫か?」

「繁君、やっと名前で呼んでくれた♪」

「……あっ、いや、やっ、弥生さん、あっとこれは色々あってさ」


 僕は慌てて弁解する。

 つい、勢いにまかせて『弥生』と名前を呼んでしまったことに……。


「……いいよ。私達はデート中だもんね

……助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。

それはそうと、この破天荒はてんこうな宇宙人をどうしたものかな」


 二人して挟み撃ちにして、タケシを壁際かべぎわへとジワリと追いつめる。


簀巻すまきにして、そこの川から流そうかしら」

「いや、このさい、闇市に売り飛ばそう。

貴重な宇宙人だから、十分なお金が貰えるよ」


 二人してニタニタとにやけながら、いたらぬ妄想を膨らます。


『ひぃ、こわっ! ……まっ、またね!』


 そこから僕たちの邪悪な気配を読み取ったのか、体を半回転しながら、光とともに消えるタケシ。


 その途端に、この甘味処の民家も白い発光と同時に消えた。


 まだ話は終わっていないよ。

 都合が悪くなったら、逃げるなんて卑怯だぞ。 


 お前は気分屋で、思い通りにならないと嫌な子供か。


「まあ、またどこかで会うからいいよ。

それより繁君、これ見てよ」


 弥生さんが指さした床には、四角形の空間が開けていた。


 中は階段になっていて、奥底は虹色に染まっており、ずっと奥へと道が続いているようだ。


「……そうか。民家の下に隠し階段があったのか。

どうりで探しても見つからないわけだ」

「繁君、早く早く♪」

「分かった」


 僕らは仲良く談笑だんしょうしながら、その階段を降りていった。


 この時の僕らは、のちに起こる出来事を知るすべもなく……。

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