◇◆◇◆
(
僕には、どんな時でも
特に厳しいところもなく、いつもニコニコ顔で接してくれた。
万引き、無断外泊など、何をやっても怒られなかった。
ただ一言、父親や母親から、『これからはこれはやってはいけませんよ』と優しい口調で注意してくれた。
いや、単に優しいのではない。
むやみに怒り、感情をむき出しにするのではなく、冷静に
後々《のちのち》に分かったのだが、それが我が家のしつけのやり方だった。
◇◆◇◆
──僕は中学になり、町を離れ、初めて都会にある映画館へ出かけた。
これまでは親が付き添いで、親が選んだ映画しか観れなかったが、今日は違う。
一人で足を運び、この場所へとやって来た。
僕は、もう子供ではないのだ。
──チケットに記載しているタイトルは『愛はともに去らない』。
昔から人気の恋愛映画のリメイク作品だ。
上演時間が三時間半くらいある大作だが、昔から映画を観てきた僕には、何の苦労もない。
むしろ、上映中にスマホを触ったり、携帯ゲームなどをやる方がどうかしている。
お金を払えば、それで良いと思っているのだろうか。
本当にいい迷惑である。
こっちは必死に、映画の内容を知ろうとしているのに……。
──途端に予告をやっていた大きなスクリーンの画面が切り替わり、一人の男性と一人の女性が現れる。
僕は思わず息を飲んだ。
それは若い頃の僕の両親にそっくりだったからだ。
それから、映画の内容よりも、出演者の名前の方が気になり、背景が暗闇で白いクレジットが流れるエンドロールを、目で懸命に追いかけた。
すると、そこへ見覚えがある名前が視界に飛び込む。
間違いなく、僕の両親の名前だった。
──映画を見終えて、この映画館の経営者に話を尋ねると、父親は俳優で、母親は女優をしており、この映画で人気絶頂だった二人はダブル主演を担当し、偶然にもそこで二人は出会い、お互いに意気投合したらしい。
それから、愛を重ねて、二人は結婚して、愛を育み、僕が生まれたとか……。
僕は、今までそんなことも知らずに、のうのうと生きてきたのだ……。
……僕は、このことを両親に話してみた。
だけど、ほのぼのとした母親はいつも笑って誤魔化し、生真面目な父親からの答えは、
『自分の見てきたものが真実とは限らない』と、本当の出来事を
やがて、僕が大きくなるにつれて、両親は、よく家を空けるようになった。
仕事が本調子で忙しくなり、海外への出張が主になったらしい。
僕は、両親の多忙を何の根拠もなく信じきっていた……。
◇◆◇◆
(繁回想シーン)
いつものように放課後、下校しようとした夏空の矢先。
外は薄ぼんやりと暗く、どしゃ降りの雨だった。
今日は一日中晴れて、雨は降らないと茶髪でポニーテールな気象予報士の女性はハッキリと言っていたのに……ひょっとして、にわか雨だろうか。
もちろん、その予報を
……かといって、数学の課題で大量の宿題があるので、雨が上がるのを待つ余裕もない。
こうなったら、濡れる覚悟で紺の通学カバンを頭に乗せて、ダッシュして帰るしかないな。
僕は下駄箱から、空を見上げ、覚悟を決めた。
「……レディー、セット、
……ゴー!」
「
そこへ聞き慣れた、いつもの甲高い声が響く。
僕の目の前に、黒髪のくせ毛のあるロングパーマの女の子が、両手を広げて立ち塞がっていた。
「やれやれ、また、お節介娘の登場か」
「やれやれとは何よ。まったく人が心配してるのに……」
僕にとって毎回恒例で、お馴染みのキャラの
「おいおい、恋人でもないのに、相合い傘はおかしいだろ」
「何言ってるの。風邪でもひかれたら、余計に困るでしょー!」
円が腰に手を置いて、片手で僕を指さし、『めっ!』とお子様に対してのように叱る。
「ははっ、円はいつも手厳しいな」
「笑いごとじゃないわよ。繁ちゃんのご両親が甘すぎるのよ。
悪いことをしたら叱るのは当然よ」
そう、両親から甘やかされても、円はいつも僕に厳しくしてくれた。
悪いことは悪いと、それに対して、怒るのは当たり前の行為だと。
もしかしたら僕は円の支えにより、非行に走らなかったのかも知れない。
「ありがとうな。円」
円の頭を幼子のようにわしわしと撫でる。
「ちょっ、繁ちゃん、止めてよね!?」
円は、口では嫌がってはいるが、照れ隠しの素振りか、まんざらでもないようだ。
「……もう、いいから帰るよ」
円が僕の腕を払いのけて、無言でその傘を手渡してくる。
だけど、その傘を握られ、物事が理解できずに、ぼーっと突っ立っている僕。
「……何、ボケーとしてんのよ。
こういう時は、男の子がリードするべきでしょ!」
「……円も変なところで女の子ぶるんだな」
「……繁ちゃん、口の利き方に気をつけて。幼馴染みじゃなかったら、今ごろぶん殴ってるわよ?」
「ははっ、ただの冗談だよ。そう怒るなよ」
「繁ちゃんの冗談は笑えないのよ……。
……さっさと行くよ」
降りしきる夏の夕暮れの雨の中、僕達はなるべく急いで、家路へと向かった。
◇◆◇◆
──僕の自宅に着いた時、家の周りには無数の人だかりができていた。
「なっ、何なんだ!?」
「あの、お母さん、これは一体、何の騒ぎなの?」
円が彼女の母親からボソボソと小言で何かを聞かれ、その場で立ちすくんでいる。
「……そっ、そんな。あんまりだよ」
僕を見つめながら、大きな瞳からは大粒の涙が止まらない。
「君が繁君かい?」
「……ああ、そうだけど?」
白い防護服を着た大人から声をかけられる。
「……落ち着いて聞いてもらえるかな?」
「……君のご両親は現地での北アメリコのビル街で、とある酔狂者の自爆に巻き込まれて、
……亡くなったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の世界がグラリと暗転し、あまりのショックに倒れこむ。
「おい、君、しっかりしろ!」
「無理もないわい。まだ子供じゃないか……」
「誰か、
「どうしたの、繁ちゃん!?」
そう、あの日から僕の両親はいなくなったのだ……。
****
(繁side)
──僕と
全部で六両編成で前方の車両にはオレンジの電光で、行く先は『トンデンランド行き』と表示されている。
僕は近くにあった緑の電光で地図が写された、案内掲示板を
現在地は『アキバジマ花畑』と記載されていた。
さっきまでの広々とした花の空間は、現実世界では秋葉島の領土だったのか。
どうやら現実の土地と、この異空間の場所はリンクしており、お互いに繋がっている空間のようだ。
……その地下鉄の近くに、現実世界でもあった木の看板が転がっている。
『関係者以外立ち入り禁止』と赤色のスプレーで達筆に書かれた文字の並び。
根本から刃物で切ったかのようにスッパリと折れていて、切り口の断面が新しい所からして、最近になって、この周辺の人が壊したようだ。
しかし、アニメイドの内部といい、この場所といい、なぜ危険地帯があるのに、わざわざ看板を壊す必要があるのか。
それに関しては、まったくの謎である……。
「繁君、早く乗らないと出発するよ」
「ああ、分かったよ」
すでに僕の隣を離れ、ちゃっかりと地下鉄に乗り込んだ弥生さんから呼ばれる。
そう、今はこんなことを考えている場合ではない。
何が起ころうとも、前に進むしかないのだから……。
****
──車両の中は、様々な出で立ちのモンスター達で、ごった返していた。
僕と同じゴブリンが、大量の荷物を抱えて我が物顔で座っていたり、座席に乗せた新聞の上を進みながら読むスライムゼリーだったり、肉食の目を
この人達も、この世界にある家に帰宅する途中なのだろうか……。
この人達も僕達のように、この異世界に迷いこんだ人達なのだろうか……。
それとも、当初からいる作られたNPC(コンピューターが作った、同じ台詞しか発言しない人工的なキャラ)なのか?
僕の頭の中では、疑問ばかりでさっぱり拭えない……。
──そうこう悩んでいる最中、列車がゆっくりと動き出す。
車窓からはスライドしていく同じ灰色の壁の景色。
今、現実世界では、あの暗闇のトンネルを進んでいるのだろうか。
「繁君、お疲れさま。こっちが空いてるよ」
弥生さんが、隣の座席をポンポンと叩く。
「ありがとう」
ちょうど長旅で疲れていた頃だ。
どこか体を休める場所が必要だった。
僕はその座敷のシートに腰かけて、大きくのびをする。
「……ちょっと休むね。
弥生さん、着いたら教えてよ」
ちなみに弥生さん達もこのルートから来たと思うが、一応、この列車は一駅しか停車しないからと伝えておく。
「分かった。繁君、おやすみ」
彼女のささやいた声を聞き、僕は深い眠りに落ちていった……。
****
(弥生side)
「……約束通り、寝かしたわよ」
私は繁君が、すうすうと寝息をたてるのを確認して、隣の座席にいた馴染みの人物に声をかける。
「君にしては、
……さてはアイツに惚れたかい?」
やたらと白い歯を輝かす相手。
いちいちシャクにさわる仕草だわ。
食事中ではないから、そんなものは黙ってしまってほしい。
「……それより、繁君とは知り合いなの?
彼はいつも一人で行動してたけど……」
すると、その相手は髪をかきあげて、猛烈な色気でグイグイと迫る。
「ふっ、いやぁ、ただの友達みたいな♪」
「……白々しい演技しないで。
まあ、いいわ。
……で、用件は何かしら。
『
私の傍には、カッコつけてキラキラと輝いた黄金なカメレオン顔の、あのアイドル界のプリンスの遠久山がいた。
「おいおい、あれから久しぶりの登場だぜ?
もう少し俺の自己アピールさせろよな!」
「……あなた、どこを向いてしゃべってんのよ?」
車内の壁(カメラ目線?)に壁ドンして、青い顔で語りかけているおかしな遠久山……、
……いや、キザでナルシストなうえに、明らかに異常で、おかしな態度をとっている真琴だ。
ふと、そこへ……、
『……イカれた目つきで、答えのありかを探すだけさ~♪』
私のすぐ後ろの座席から聞こえた、白く四角い小型の携帯スピーカーから流れた、男性によるハイトーンな声の音楽。
「誰がやねん!」
「うわーん、あの人怖い、ママー!」
ぐわっと目を見開き、鬼のように赤くなり、背後を見開いたカメレオン姿の真琴の怒声を聞き、後ろに座っていた幼女のティンカー・ベルのような妖精が泣きながら、この車内から飛び出して行った。
「ほんと、あんな小さい子、泣かせるなんて最低ね……」
「……違う。ごっ、誤解だぞ!」
「……どうだか。
どうせ、この世界でも色んな女の子にちょっかいかけてるんでしょ。
繁君とは大違いね」
「君だって、前の学校からビッチだったんだろ?
人のこと言えるのかよ?」
「ほんと、最低。人の過去を
私は彼のことがあまり好きではなかった。
真琴は、そのルックスと甘い言葉を上手く利用して、何も知らない女子を毒牙にかけると風の噂で聞いたからだ。
また彼は、その女子に飽きたら、すぐに他の女子に手を出す。
生徒会長だから、何をしても許されるわけではない。
幾ばくか、私は色んな男子と交流はしてきたが、心の裏ではこういうチャラいタイプの男子は嫌いだった。
──突然、隣の車両内から物音がして、女性や幼子の悲鳴が聞こえ、慌ただしくなる。
「……くそ、あのガキ、どこへ逃げやがった」
「確か、こっちへ向かいましたぞ」
「まだ遠くまでは行ってないはずだ。しらみ潰しに探せ。
あの珍しい人相なら、すぐに分かるはずだし、姿を消しても、服が丸見えだから、すぐに分かる」
「はい、旦那。了解しました」
「やっぱりこっちに来るか……。
これはヤバいぜ。
弥生ちゃん、そこの黒い輪行袋に隠れさせて!」
「ちょっと、あれは私のじゃないのよ。
それにどさくさに紛れて、胸を触らないでよ!」
「いいから、黙って……」
真琴が輪行袋に納めていた青の折り畳み式自転車を出して、その袋の中に器用に体を曲げて隠れる。
そこへ、黒いスーツに赤い蝶ネクタイを着けた、二人組の豚顔の男性が駆け込んできた。
180くらいの長身と、150くらいの小さな身なりのデコボココンビで、二人ともサングラスをかけており、両者の手には灰色のピストルが握られていた。
「ちょいと、お嬢ちゃん」
その二人組に呼び止められる。
私に光輝くピストルの口が向けられ、つぅーと嫌な汗が流れるのを感じた。
「はい、何ですか……?」
「ここでカメレオン顔のニヒルな男を見なかったか?」
その彼とは先ほどまで、悪ふざけな発言をしていた真琴のことだと、瞬時に理解する。
彼は、この怪しげな人達に追われているのか?
「彼なら、奥の車両へ行きましたよ」
「ありがとう。ご協力、感謝する。
……さあ、いくぞ、相棒!」
「あいあいさ♪」
二人組が奥へと消えたのを確認して、身を潜めている真琴にそっと呼びかける。
「……ねえ、あの人達は誰なの?
何かあったの?」
「いや、色々あってさ。弥生ちゃんには関係ないよ」
「そういうわけにはいかないわよ。私を巻き込んでおいて……」
私は
「……ねえ、何があったの?」
「分かったよ、話すしかないのか……」
真琴は輪行袋から、キョロキョロと様子を伺いながら、ゆっくりと袋から体を抜き出す。
「……いいか。この話は彼には話すなよ。
あと、くれぐれも彼には感づかれるなよ」
「
「……いや、バレたらヤバいくらい真剣な話だからさ。
彼には内緒にしてくれよ……」
空席だった真向かいの座席に座りこみ、寝ている繁君に聞こえない口調で、真琴は静かに語り出した……。