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第B−14話 話すしかないのか

◇◆◇◆


しげるside)


 僕には、どんな時でもへだてなく、温もりをくれる両親がいる。


 特に厳しいところもなく、いつもニコニコ顔で接してくれた。


 万引き、無断外泊など、何をやっても怒られなかった。


 ただ一言、父親や母親から、『これからはこれはやってはいけませんよ』と優しい口調で注意してくれた。


 いや、単に優しいのではない。

 むやみに怒り、感情をむき出しにするのではなく、冷静にさとす。


 後々《のちのち》に分かったのだが、それが我が家のしつけのやり方だった。


◇◆◇◆


 ──僕は中学になり、町を離れ、初めて都会にある映画館へ出かけた。


 これまでは親が付き添いで、親が選んだ映画しか観れなかったが、今日は違う。


 一人で足を運び、この場所へとやって来た。


 僕は、もう子供ではないのだ。


 ──チケットに記載しているタイトルは『愛はともに去らない』。


 昔から人気の恋愛映画のリメイク作品だ。


 上演時間が三時間半くらいある大作だが、昔から映画を観てきた僕には、何の苦労もない。


 むしろ、上映中にスマホを触ったり、携帯ゲームなどをやる方がどうかしている。


 お金を払えば、それで良いと思っているのだろうか。

 本当にいい迷惑である。


 こっちは必死に、映画の内容を知ろうとしているのに……。


 ──途端に予告をやっていた大きなスクリーンの画面が切り替わり、一人の男性と一人の女性が現れる。


 僕は思わず息を飲んだ。


 それは若い頃の僕の両親にそっくりだったからだ。


 それから、映画の内容よりも、出演者の名前の方が気になり、背景が暗闇で白いクレジットが流れるエンドロールを、目で懸命に追いかけた。


 すると、そこへ見覚えがある名前が視界に飛び込む。


 間違いなく、僕の両親の名前だった。


 ──映画を見終えて、この映画館の経営者に話を尋ねると、父親は俳優で、母親は女優をしており、この映画で人気絶頂だった二人はダブル主演を担当し、偶然にもそこで二人は出会い、お互いに意気投合したらしい。


 それから、愛を重ねて、二人は結婚して、愛を育み、僕が生まれたとか……。


 僕は、今までそんなことも知らずに、のうのうと生きてきたのだ……。


 ……僕は、このことを両親に話してみた。


 だけど、ほのぼのとした母親はいつも笑って誤魔化し、生真面目な父親からの答えは、

『自分の見てきたものが真実とは限らない』と、本当の出来事をにごしたような生返事だった。


 やがて、僕が大きくなるにつれて、両親は、よく家を空けるようになった。


 仕事が本調子で忙しくなり、海外への出張が主になったらしい。


 僕は、両親の多忙を何の根拠もなく信じきっていた……。


◇◆◇◆


(繁回想シーン)


 いつものように放課後、下校しようとした夏空の矢先。

 外は薄ぼんやりと暗く、どしゃ降りの雨だった。


 今日は一日中晴れて、雨は降らないと茶髪でポニーテールな気象予報士の女性はハッキリと言っていたのに……ひょっとして、にわか雨だろうか。


 もちろん、その予報を呑みにして、傘を持ってきていない僕。

 ……かといって、数学の課題で大量の宿題があるので、雨が上がるのを待つ余裕もない。


 こうなったら、濡れる覚悟で紺の通学カバンを頭に乗せて、ダッシュして帰るしかないな。


 僕は下駄箱から、空を見上げ、覚悟を決めた。


「……レディー、セット、

……ゴー!」

しげるちゃん、ちょっと待って!」


 そこへ聞き慣れた、いつもの甲高い声が響く。


 僕の目の前に、黒髪のくせ毛のあるロングパーマの女の子が、両手を広げて立ち塞がっていた。


「やれやれ、また、お節介娘の登場か」

「やれやれとは何よ。まったく人が心配してるのに……」


 僕にとって毎回恒例で、お馴染みのキャラのまどかが、一本だけの青い水玉の傘を見せて、こちらに寄ってくる。


「おいおい、恋人でもないのに、相合い傘はおかしいだろ」

「何言ってるの。風邪でもひかれたら、余計に困るでしょー!」


 円が腰に手を置いて、片手で僕を指さし、『めっ!』とお子様に対してのように叱る。


「ははっ、円はいつも手厳しいな」

「笑いごとじゃないわよ。繁ちゃんのご両親が甘すぎるのよ。

悪いことをしたら叱るのは当然よ」


 そう、両親から甘やかされても、円はいつも僕に厳しくしてくれた。

 悪いことは悪いと、それに対して、怒るのは当たり前の行為だと。


 もしかしたら僕は円の支えにより、非行に走らなかったのかも知れない。


「ありがとうな。円」


 円の頭を幼子のようにわしわしと撫でる。


「ちょっ、繁ちゃん、止めてよね!?」


 円は、口では嫌がってはいるが、照れ隠しの素振りか、まんざらでもないようだ。


「……もう、いいから帰るよ」


 円が僕の腕を払いのけて、無言でその傘を手渡してくる。


 だけど、その傘を握られ、物事が理解できずに、ぼーっと突っ立っている僕。


「……何、ボケーとしてんのよ。

こういう時は、男の子がリードするべきでしょ!」

「……円も変なところで女の子ぶるんだな」

「……繁ちゃん、口の利き方に気をつけて。幼馴染みじゃなかったら、今ごろぶん殴ってるわよ?」

「ははっ、ただの冗談だよ。そう怒るなよ」

「繁ちゃんの冗談は笑えないのよ……。

……さっさと行くよ」


 降りしきる夏の夕暮れの雨の中、僕達はなるべく急いで、家路へと向かった。


◇◆◇◆


 ──僕の自宅に着いた時、家の周りには無数の人だかりができていた。


「なっ、何なんだ!?」

「あの、お母さん、これは一体、何の騒ぎなの?」


 円が彼女の母親からボソボソと小言で何かを聞かれ、その場で立ちすくんでいる。


「……そっ、そんな。あんまりだよ」


 僕を見つめながら、大きな瞳からは大粒の涙が止まらない。


「君が繁君かい?」

「……ああ、そうだけど?」


 白い防護服を着た大人から声をかけられる。


「……落ち着いて聞いてもらえるかな?」


「……君のご両親は現地での北アメリコのビル街で、とある酔狂者の自爆に巻き込まれて、

……亡くなったんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の世界がグラリと暗転し、あまりのショックに倒れこむ。


「おい、君、しっかりしろ!」

「無理もないわい。まだ子供じゃないか……」

「誰か、担架たんかを用意しろ!」


「どうしたの、繁ちゃん!?」


 そう、あの日から僕の両親はいなくなったのだ……。


****


(繁side)


 ──僕と弥生やよいさんが階段を降りた先には、一輪の灰色の地下鉄が停まっていた。


 全部で六両編成で前方の車両にはオレンジの電光で、行く先は『トンデンランド行き』と表示されている。


 僕は近くにあった緑の電光で地図が写された、案内掲示板を垣間かいま見る。


 現在地は『アキバジマ花畑』と記載されていた。


 さっきまでの広々とした花の空間は、現実世界では秋葉島の領土だったのか。


 どうやら現実の土地と、この異空間の場所はリンクしており、お互いに繋がっている空間のようだ。


 ……その地下鉄の近くに、現実世界でもあった木の看板が転がっている。


『関係者以外立ち入り禁止』と赤色のスプレーで達筆に書かれた文字の並び。


 根本から刃物で切ったかのようにスッパリと折れていて、切り口の断面が新しい所からして、最近になって、この周辺の人が壊したようだ。


 しかし、アニメイドの内部といい、この場所といい、なぜ危険地帯があるのに、わざわざ看板を壊す必要があるのか。 


 それに関しては、まったくの謎である……。


「繁君、早く乗らないと出発するよ」

「ああ、分かったよ」


 すでに僕の隣を離れ、ちゃっかりと地下鉄に乗り込んだ弥生さんから呼ばれる。


 そう、今はこんなことを考えている場合ではない。


 何が起ころうとも、前に進むしかないのだから……。


****


 ──車両の中は、様々な出で立ちのモンスター達で、ごった返していた。


 僕と同じゴブリンが、大量の荷物を抱えて我が物顔で座っていたり、座席に乗せた新聞の上を進みながら読むスライムゼリーだったり、肉食の目をつむったトラがつり革を掴んで、器用に居眠りをしていたりと、この車内は実に好奇心をくすぐり、見ていて、飽きが来ない。


 この人達も、この世界にある家に帰宅する途中なのだろうか……。


 この人達も僕達のように、この異世界に迷いこんだ人達なのだろうか……。


 それとも、当初からいる作られたNPC(コンピューターが作った、同じ台詞しか発言しない人工的なキャラ)なのか?


 僕の頭の中では、疑問ばかりでさっぱり拭えない……。


 ──そうこう悩んでいる最中、列車がゆっくりと動き出す。


 車窓からはスライドしていく同じ灰色の壁の景色。


 今、現実世界では、あの暗闇のトンネルを進んでいるのだろうか。


「繁君、お疲れさま。こっちが空いてるよ」


 弥生さんが、隣の座席をポンポンと叩く。


「ありがとう」


 ちょうど長旅で疲れていた頃だ。

 どこか体を休める場所が必要だった。

 僕はその座敷のシートに腰かけて、大きくのびをする。


「……ちょっと休むね。

弥生さん、着いたら教えてよ」


 ちなみに弥生さん達もこのルートから来たと思うが、一応、この列車は一駅しか停車しないからと伝えておく。


「分かった。繁君、おやすみ」


 彼女のささやいた声を聞き、僕は深い眠りに落ちていった……。


****


(弥生side)


「……約束通り、寝かしたわよ」


 私は繁君が、すうすうと寝息をたてるのを確認して、隣の座席にいた馴染みの人物に声をかける。


「君にしては、随分ずいぶんと聞き分けがいいな。

……さてはアイツに惚れたかい?」


 やたらと白い歯を輝かす相手。


 いちいちシャクにさわる仕草だわ。

 食事中ではないから、そんなものは黙ってしまってほしい。


「……それより、繁君とは知り合いなの?

彼はいつも一人で行動してたけど……」


 すると、その相手は髪をかきあげて、猛烈な色気でグイグイと迫る。


「ふっ、いやぁ、ただの友達みたいな♪」

「……白々しい演技しないで。

まあ、いいわ。

……で、用件は何かしら。

ひさ』の読み字が入っていない不思議な名字な、遠久山真琴とうやま まこと君」


 私の傍には、カッコつけてキラキラと輝いた黄金なカメレオン顔の、あのアイドル界のプリンスの遠久山がいた。


「おいおい、あれから久しぶりの登場だぜ? 

もう少し俺の自己アピールさせろよな!」

「……あなた、どこを向いてしゃべってんのよ?」


 車内の壁(カメラ目線?)に壁ドンして、青い顔で語りかけているおかしな遠久山……、


 ……いや、キザでナルシストなうえに、明らかに異常で、おかしな態度をとっている真琴だ。


 ふと、そこへ……、


『……イカれた目つきで、答えのありかを探すだけさ~♪』


 私のすぐ後ろの座席から聞こえた、白く四角い小型の携帯スピーカーから流れた、男性によるハイトーンな声の音楽。


「誰がやねん!」

「うわーん、あの人怖い、ママー!」


 ぐわっと目を見開き、鬼のように赤くなり、背後を見開いたカメレオン姿の真琴の怒声を聞き、後ろに座っていた幼女のティンカー・ベルのような妖精が泣きながら、この車内から飛び出して行った。


「ほんと、あんな小さい子、泣かせるなんて最低ね……」

「……違う。ごっ、誤解だぞ!」

「……どうだか。

どうせ、この世界でも色んな女の子にちょっかいかけてるんでしょ。

繁君とは大違いね」

「君だって、前の学校からビッチだったんだろ? 

人のこと言えるのかよ?」

「ほんと、最低。人の過去をさらして踏みにじるなんて」


 私は彼のことがあまり好きではなかった。


 真琴は、そのルックスと甘い言葉を上手く利用して、何も知らない女子を毒牙にかけると風の噂で聞いたからだ。


 また彼は、その女子に飽きたら、すぐに他の女子に手を出す。


 生徒会長だから、何をしても許されるわけではない。


 幾ばくか、私は色んな男子と交流はしてきたが、心の裏ではこういうチャラいタイプの男子は嫌いだった。


 ──突然、隣の車両内から物音がして、女性や幼子の悲鳴が聞こえ、慌ただしくなる。


「……くそ、あのガキ、どこへ逃げやがった」

「確か、こっちへ向かいましたぞ」

「まだ遠くまでは行ってないはずだ。しらみ潰しに探せ。

あの珍しい人相なら、すぐに分かるはずだし、姿を消しても、服が丸見えだから、すぐに分かる」

「はい、旦那。了解しました」


「やっぱりこっちに来るか……。

これはヤバいぜ。 

弥生ちゃん、そこの黒い輪行袋に隠れさせて!」

「ちょっと、あれは私のじゃないのよ。

それにどさくさに紛れて、胸を触らないでよ!」

「いいから、黙って……」


 真琴が輪行袋に納めていた青の折り畳み式自転車を出して、その袋の中に器用に体を曲げて隠れる。


 そこへ、黒いスーツに赤い蝶ネクタイを着けた、二人組の豚顔の男性が駆け込んできた。


 180くらいの長身と、150くらいの小さな身なりのデコボココンビで、二人ともサングラスをかけており、両者の手には灰色のピストルが握られていた。


「ちょいと、お嬢ちゃん」


 その二人組に呼び止められる。


 私に光輝くピストルの口が向けられ、つぅーと嫌な汗が流れるのを感じた。


「はい、何ですか……?」


 つとめて、冷静に対応する私。


「ここでカメレオン顔のニヒルな男を見なかったか?」


 その彼とは先ほどまで、悪ふざけな発言をしていた真琴のことだと、瞬時に理解する。


 彼は、この怪しげな人達に追われているのか?


「彼なら、奥の車両へ行きましたよ」

「ありがとう。ご協力、感謝する。

……さあ、いくぞ、相棒!」

「あいあいさ♪」


 二人組が奥へと消えたのを確認して、身を潜めている真琴にそっと呼びかける。


「……ねえ、あの人達は誰なの? 

何かあったの?」

「いや、色々あってさ。弥生ちゃんには関係ないよ」

「そういうわけにはいかないわよ。私を巻き込んでおいて……」


 私は一際ひときわの時間を置いて、今度は小さい子供をあやすように、ゆっくりと同じ言葉をつむぐ。


「……ねえ、何があったの?」

「分かったよ、話すしかないのか……」


 真琴は輪行袋から、キョロキョロと様子を伺いながら、ゆっくりと袋から体を抜き出す。


「……いいか。この話は彼には話すなよ。

あと、くれぐれも彼には感づかれるなよ」

大袈裟おおげさね。話の内容によるわよ」

「……いや、バレたらヤバいくらい真剣な話だからさ。

彼には内緒にしてくれよ……」


 空席だった真向かいの座席に座りこみ、寝ている繁君に聞こえない口調で、真琴は静かに語り出した……。







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