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B4章 呼び覚ます記憶と消せない過ち

第B−15話 本当にありがとう

◇◆◇◆


真琴まことside)


 ──あれは、まだ俺、遠久山真琴とうやま まことが13歳を過ぎて、中学の頃になる……。


 当時から金銀や温泉、油田などの多数の発掘により、大企業にまでのしあがった『遠久山とうやま財閥』は、様々な企業へと経営の場を広げて、常に新しい人材を求めていた。 


 さらに、その人材は芸能、スポーツ界でも良い評判が白熱し、幅広い人々がこの財閥をスポンサーとして、お茶の間のテレビ業界などで、息をするように人気を惹きつけた。


『あの芸能人や有名人は、この企業をサポートしているんだ。遠久山なら、聞いた事がある。あのサッカーや水泳選手が活躍するユニフォームのデザインなどに、広告として記載されているよね』


 ……という感覚で、様々な形で広まっていく。 


 テレビにネットと、メディアの世界とは恐ろしい。


 尾ひれ、背ひれが付いてくるいわく、まるで生き物の魚になり、広大な情報の海を泳ぎ回るような伝わりっぷりである……。


◇◆◇◆


(真琴回想シーン)


「真琴坊っちゃん、ビックニュースですぞ。今日は凄いお方と出会えましたぞ!」

「何だい、じいや? 今日も俺はナンパ活動で忙しいんだが?」


 サイズが合わない丸眼鏡を整えつつ、全身は黒のスーツ姿で、陽気な笑顔で接してくる、サンタのような白髭を生やしたじっちゃん、

いや、通称じいや。


 その正体は齢70とは思えない、がたいのよさげな遠久山英とうやま  すぐるだ。


 ガキの頃から遊び人だった、俺の唯一無二の理解者でもあり、使用人兼、召し使いでもある。


「何と、あの有名人からのオファーですぞ。……確か名前は蒼井博貴あおい ひろきですかな」


 屋敷のロビーの片隅にある広い玄関で、白い運動靴の靴紐を結びかけた俺の指が、その名前を聞き、ピタッと止まる。


 白い半袖にクリーム色な半ズボンの格好で、今は夏真っ盛りな俺は靴のつま先から、じいやに向かって顔を上げた。


「まさか、あの人気俳優かよ? 

……とある映画からヒットした……確か……」

「……もしや『愛はともに去らない』の映画ですかな?」

「そうそう、それ。蒼井って、あの主演俳優のやつだろ……やるじゃん。

おめでとう、じいや。スゲーデカイ契約をかましたな!」

「……いえいえ、坊っちゃんのお力添えがあったからでございます」

「いや、俺は何もしてねえよ。じいやのお手柄だよ」

「坊っちゃん。泣かせてくれますな。

さぞかし、天国の父や母も喜んでいることでしょう」

「おい、勝手なことを言うな。俺の親はまだ健在で、バリバリ生きてるぞ?」

「はははっ、確かに。これは失敬しっけい。まさしく『てへぺろ☆』ですな♪」


 じいやが大きな舌を出して、なめ回すように『ベロベロー♪』としてくる。


 いや、そういう表現では使わない。


 今、女子萌えワードの『てへぺろ☆』が、驚異に触れている。


「じゃあ、今日の夕飯はお祝いだな。

おふくろに、ローストビーフと、デカイホールケーキを買ってきてと頼むよ」

「いえ、坊っちゃん。そこまでしなくてもよいですぞ」

「何言ってんだ。遠慮なんかするな。

あるじは、堂々と構えてればいいんだよ」


 俺が黒のスマホから、おふくろに言伝ことづてを頼む。


「……というわけだからさ、頼んだよ」


 ピッと通話を切ると、じいやの瞳はうるうるしており、白いハンカチを握りしめて、シワの深い目頭に当てている。


「ありがたき坊っちゃん。全くもって、じいやは幸せですぞぉー!!」


 ああ、めんどくさいじいやだな。

 何か高らかに声を荒げて、キーキーと興奮しているし。


 まさに猿の山を支配する、ボス猿のイメージにピッタリだった……。


 まあ、何かと絡んできて、嫌がらせをしてくる、意地の悪い老害になるよりかはマシか。


 俺はじいやに帰りぎわに、おふくろとケーキなどの荷物を受け取り、そのまま運転手付きの車に送ってもらうと伝えて、日射しが強い外へ飛び出した。


◇◆◇◆


 ──それから一ヶ月後。

 遠久山財閥へ、噂が迷い込んだ。


 毎日の早朝から、深夜までの過激なスケジュールを難なくこなし、次の日は早朝にも関わらず、何も苦にすることもなく現れる、パワフルな蒼井夫妻の博貴と、妻の嘉代子かよこ


 一体、どんな風な健康生活を過ごしているのだろうかと、二人の健康の秘訣は何だろうかと……。


 ……その秘密に迫る、マスコミも多かった。


 しかし、そこで明かされた事実はビタミン剤と噂された、覚醒剤所持の疑惑だった。


 二人は夫妻揃って、違法薬物に手を出していたのだ……。


****


弥生やよいside)


「……それはショックだわ」


 真琴から、そこまでの話を聞いて、流石さすがに私もどんよりとした気分になる。


「……だから、俺は言ったんだぜ、知らない方が身のためだと」

「でも、いずれかは分かることだから……」

「……そうかい、だったら話を続けるからな……」


 私は気晴らしに、車内の窓からの外を眺めた。


 ヤシの木が立ち並ぶ、南国のような景色の中を優雅に走る列車が、太陽が水平線に浮かんでいる大きな海原を過ぎ去っていく。


 いつの間に、こんな夕暮れの世界に染まったのだろう。


 長いトンネルを抜けた先は、深淵しんえんのオレンジの空が広がっていた……。


◇◆◇◆


(真琴回想シーン)


 ──覚醒剤。


 それは眠気や疲れを抑え、連日徹夜でも、何ともないちからを持った危険な薬物。


 その売人は軽い気持ちで、芸能人のパーティーなどに紛れ込み、相手を誘惑する。


 ごく少量を服用するだけで、元気の良くなる魔法の健康食品があるよ。

 初めは無料だから、お試し感覚で試してみてよと……。


 そんな感じで、多忙な二人をカモにしたのだろう。


 二人は見事に騙され、気づいた時には、薬物により体が蝕まれていた。


 そして、薬物が切れて無いのを逆恨みに、自分の子供に一度だけ、手をあげた事があった。

 あの頃、怯えて逃げ出した息子のしげるのことは、一生忘れられないだろう。


 だからもう、自分達の不都合で誰も悲しませたくない。


 そこで、この夫妻のとった行動は意外な策略だった。


 覚醒剤の売人を何とか捜し出し、その本拠地を見つけて、相手にバレずに警察に相談して、覚醒剤そのものを根絶しようとする正攻法なやり方だった。


 だが、世界の情報網は狭いようで広い。

 警察の中にも関係者はいたからだ。


 警察という組織の身分を利用して、薬物を安価で買い取り、顔が分からないネットで転売する。


 すると、姿がバレないせいか、撒きのように、次々と網に魚が引っかかる始末。


 安定した公務員の給料から一転。

 爆発的な売れ行きで、瞬く間に生活に潤いが増す。


 薬物転売は最高の稼ぎどころだった。


 しかし、それに気づいた蒼井夫妻は、今度は関係者の警察を呼び出し、徹底的に追求を図った。


 まさに、上の上で地位と名誉を得た、周囲に信頼されていた二人だからこそ、できたやり方である。 


 ……だが、そこへ再び、薬物の闇に陥れられる。

 夕食の懇談こんだん会で用いられた薬物。


 彼らは知らないうちに、それらに盛り込んでいた。


 料理を手分けした時に混ざり合わせた粉末。

 その粉末に、覚醒剤が混ざっていた事も知らずに食す夫妻。


 こうして夫妻は、わけの分からない幻覚に襲われ、たまたま近くにいた大臣から治療薬を貰う。


 風邪か何かの症状を疑った夫妻は、この後も重要なイベントがあり、即効性があると言われた品をお茶を通じて、胃袋へと収める手はずだ。


 それも覚醒剤とは知らずに……。


****


(弥生side )


「──それは酷いわね。人の弱みにつけこむなんて……」


 私は窓際の椅子の手すりに、頬杖をつきながら、真琴の話を聞いていた。


 初めは冗談かと信じて、疑わなかった。


 だけど、真琴の瞳が真実を物語っていた。


 彼は冗談を言って、その場を和ませるムードメーカーな役割も持っていたが、決して嘘は言わない。


 チャラいように見えて、意外と義理高い一面も持っている。


 女子が惹かれていくのも、そこにあるのだろう。

 外面だけがいい男なんて、時が来れば飽きられてしまうから。


 真琴には女子を引きつける、何かを持っている。


 私もビッチではなく、恋愛経験が少なく、男に対して免疫がなければ、彼にコロリと騙されていたのだろうか。


 いや、惚れていただろうか……。


「どうかしたか、人の顔をマジマジと見てさ?」

「いや、何で異世界で、カメレオンの姿になったのかなと思って……」


 私はその片隅にあった、恋愛感情をはぐらかした。


 いけない。

 私には繁君がいるのに……。


「……さては、俺に惚れたな?」

「違うわよ、そんなんじゃないわよ!」

「そうやって、ムキになって否定するのも怪しいな?」

「だ、か、ら!

……私には愛しのダーリンがいるからね!」


 真琴の言い分を否定しながらも、隣で寝ている繁君に投げキッスする私。

 当の本人は、すやすやと安眠をむさぼっていたけど……。


 少しまで、ただの気になる人だったのに、今はこんな風にかたわらにいてくれないと不安になる。


 これは一つの繁君への恋だった。 

 もう、ここまで知ったからには、途中下車はできない。


「真琴、続きを聞かせて……」


 私は繁君の事が好きなら、もっと知らなければいけない。


 少し繁君の素性を知って、後ろめたさを感じて、細かく肩を震わせながらも、受け入れる覚悟はできていた。


 私はこの恋が叶わなくても、二度と逃げたくはないと思っていたから……。


「……分かった。じゃあ話を続けるぜ」


◇◆◇◆


(真琴回想シーン)


 やがて今回も、薬物を摂取していることに気づき、禁断症状に苦しみながらも夫妻は、覚醒剤の売人のおさに近づく策を練った。


 今度は自ら、薬物を手に入れるためではない。


『──私の知り合いが、薬物に興味があるから売ってくれないか?』と相談されたが、『……初めてで怖いから、色々と詳しく信頼できる上官自らが売ってくれた方が良いから』と頼まれたと、

夫妻は様々な関係者に、自作自演を講じた。


 普通なら騙されないが、そこは売れている芸能人の蒼井夫婦、芝居なんかもちょちょいとお手のものである。


 こうして、うまい具合に売人と接触に成功した。


 ──その本拠地は意外にも『北アメリコ病院関連及び研究所』だった。


 中には医務室や治療室も兼ねており、ケガや病気の患者さんがよく訪れていた。


 何より、この病院から貰える薬の効き目は素晴らしく、これを求めて、遠方からはるばる来る人もいた。


 体力向上、体重抑制、睡眠不足への耐性など。


 忙しい現代社会の特効薬として覚醒剤は姿を変えて、様々な形として販売されていた。


 しかし、それらは覚醒剤としての基準は低く、普通に販売しても良い薬物であった。


 そこへ、もっと強めで、良く効く薬物が欲しいと願う者もいた。


 好奇心から足を踏み入れた、覚醒剤への摂取の始まりである。


 蒼井夫妻は、その研究所から資料を持ち出し、裁判で有罪判決を起こして、覚醒剤を廃絶してもらう計画をくわだてたが、それに影から気づいた売人達は黙っていなかった……。


◇◆◇◆


「ついに追い詰めたぞ、ボス、観念しろ!」


 博貴は、ついに売人グループのアジトがある、とある北アメリコの外れにあった居住区の廃ビルを探り当てた。


 今日もいそいそと、ネットの仲間とノートパソコンで取引していた灰色のスーツを着込んでいた、一人っきりな売人の白い髭面の男は驚きを隠せない。


「……お前、中々やるな。確かあの人気俳優の蒼井だったな」

「そうだ、お前を潰しにきた。下には警察も呼んでいる。もう逃げられないぞ」

「何だと?」


 売人がサングラスを外し、窓にかけられたブラインドサッシをちらりと開けて、外の様子をさぐる。


 眼下には、10台を超えたパトカーや白バイなどの車両が、わんさか停まっていた。


 まるで殺人鬼が人質をさらい、ここに籠城しているかのような感覚だ。


「……ふふふっ、笑わせてくれる」

「何がおかしいんだ?」

「お前ら夫妻のことは、すでに調査済みだ。これを見な」


 男が一枚の写真を博貴に放り投げ、それを慌てて、両手で掴む博貴。


 その写真には、愛らしい子供の姿が写っていた。


「俺を逮捕するのはいいが、その子供の命は保証できないぜ……?」

「貴様、息子の繁に何をした!」

「……おっと、そう熱くなるなよ。まだ何もしちゃいないさ」


 男が茶化すような笑いで、博貴の前に立つ。


「……ただ、俺らの密輸グループを叩くなら、遠慮なく、お前の息子はコロスぜ」

「きっ、貴様、卑怯な手口を!」

「でもな、もし、お前らが、ここで黙って消えるなら、許してもいいぞ」


 男が、近くの掃除用具入れの縦長のロッカーを、思いっきり蹴りあげる。


 用具入れの中からは見慣れた女性、いや、妻の嘉代子が、両手足を紐で縛られた状態で転がり出てくる。


 青白い顔で冷や汗をかいており、息遣いも荒い。

 白いカットソーを乱雑に捲られた腕には、無数の赤い注射痕があった。


「か、嘉代子。どうした!?

しっかりしろ!?」

「無駄だよ。ソイツには致死量の覚醒剤を注射してある。

もうじき、いっちまうさ」


「嘉代子、おい、大丈夫か!?」


 痙攣けいれんし、引きつりながらも苦しむ嘉代子を、懸命に介抱する博貴。


「……だが、助けてあげないこともない」


 男は博貴の目線となり、ゆっくりとした口調で取引を命じた。

 このまま黙って消えるか、それとも息子を失った方がいいか。


 博貴は運命の選択肢を選ぼうとしていた。

 だが、すでに答えは決まっている…。


「分かった。内密にするから、息子の命は助けてくれ……」


 博貴がくちびるをグッと噛み締める。

 憎しみを堪えた鉄の味がした。


「くっくっくっ。笑わせるな。

子を思う親の気持ちはつらいよな。どうしようもなく情けない関係だよな」


 男が耳にさわる高笑いをしながら、備え付けのパイプベットから四角の塊を取り出す。


 それは爆弾、ダイナマイトだった。


「なっ!?

何を考えてる、貴様も無事ではすまないぞ!?」

「案ずるなよ。俺は組織のためなら、いつでも死ねる準備はできている」


 男がダイナマイトから伸びている導線に、スケルトンライターで火をつけようとする。


「そんな真似は止めろ!

貴様は、こんな理不尽なやり方で怖くないのか?」


 博貴が必死に説得を試みる。


「怖い? どういう意味だ?」

「そ、そのままの意味だ!」


 男がライターを下ろし、博貴を何の感情を持たない冷たい視線で眺める。


「くっくっくっ……俺は組織に忠誠を誓っている。

……少なくとも俺がいなくても、引き継ぎは他にもいるぞ。

それに人間最後は、一人で朽ち果てるのが宿命さだめだ」

「違う! それは誤解だ。

人間とは支え合い、生きていくものだ!」

「……そりゃ、とんだ偽善者だな。

その支え合いが、こうやって朽ちるはめになるのさ……」

「それは違う、生きていれば、いくらでも希望はある!」


「ええい、うるさいぞ!

薬物に手を染めた芸能人が、よい子ぶって説教してくるんじゃねえぞっ!」

「はっ!!」


「今までお前らが、サツによる薬物検査のチェックや、薬物に依存していてもサツから捕まらなかったのは、俺らのお陰だったと気づかないのか?」

「くっ……」


 ふいに核心をつけられ、返す言葉もない博貴。


 そのまま、両手をぶらりと下げ、まぶたを閉じて立ち尽くす。


「すまん。こんな不甲斐ない親を許してくれ、繁……」

「まあ、これはこれで楽しかったぜ。来世も仲良く薬物やろうや」


 男がダイナマイトに直にライターで火をつけた。


『カッ! ドカーン!!』 


 ──それを機に廃ビルは、光と一緒に大爆発した……。


****


(弥生side) 


「……これが俺の財閥関係者が知っている、蒼井家にまつわる一つの真相さ」


 真琴が話を聞いてくれた人物に感謝するように、私の手を握る。


「……それから、最近になり、彼の知り合いである俺の財閥がヤバい事になってる。もしかして、薬物の取り引きが危うくなることを恐れてな……」

「それで追われているのね……」

「……ああ、最近になって、亡くなったじいやが、今まで隠し通してきた事実だからな……」


 ──真琴の親密な話を折るかのように地下鉄は停まり、目的地へと辿り着く。


 どうやら、終点の『トンデンランド』に着いたらしい。


 スマホの時計を見てみると、かれこれ、一時間近くは走っていたようだ。


「ありがとう、真琴。色々と教えてくれて」


 私は真琴にお礼の頭を下げる。


「なに、大したことじゃないさ。

まあ、奴らにはくれぐれも気をつけろよ」


 そう言って真琴は、素早く車両から降りていった……。


****


 もし、真琴がこのことを教えてくれなかったら、繁君との関係はそこまでだったかも知れない。


 私は真実を知りながらも、繁君の肩をトントンと優しく叩いて起こす。


 チャラいように見えて、実は仲間想いの真琴。


 また会えたら、今度は私の相談にものって欲しい。


 本当にありがとうね……。















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