◇◆◇◆
(
──あれは、まだ俺、
当時から金銀や温泉、油田などの多数の発掘により、大企業にまでのしあがった『
さらに、その人材は芸能、スポーツ界でも良い評判が白熱し、幅広い人々がこの財閥をスポンサーとして、お茶の間のテレビ業界などで、息をするように人気を惹きつけた。
『あの芸能人や有名人は、この企業をサポートしているんだ。遠久山なら、聞いた事がある。あのサッカーや水泳選手が活躍するユニフォームのデザインなどに、広告として記載されているよね』
……という感覚で、様々な形で広まっていく。
テレビにネットと、メディアの世界とは恐ろしい。
尾ひれ、背ひれが付いてくる
◇◆◇◆
(真琴回想シーン)
「真琴坊っちゃん、ビックニュースですぞ。今日は凄いお方と出会えましたぞ!」
「何だい、じいや? 今日も俺はナンパ活動で忙しいんだが?」
サイズが合わない丸眼鏡を整えつつ、全身は黒のスーツ姿で、陽気な笑顔で接してくる、サンタのような白髭を生やしたじっちゃん、
いや、通称じいや。
その正体は齢70とは思えない、がたいのよさげな
ガキの頃から遊び人だった、俺の唯一無二の理解者でもあり、使用人兼、召し使いでもある。
「何と、あの有名人からのオファーですぞ。……確か名前は
屋敷のロビーの片隅にある広い玄関で、白い運動靴の靴紐を結びかけた俺の指が、その名前を聞き、ピタッと止まる。
白い半袖にクリーム色な半ズボンの格好で、今は夏真っ盛りな俺は靴のつま先から、じいやに向かって顔を上げた。
「まさか、あの人気俳優かよ?
……とある映画からヒットした……確か……」
「……もしや『愛はともに去らない』の映画ですかな?」
「そうそう、それ。蒼井って、あの主演俳優のやつだろ……やるじゃん。
おめでとう、じいや。スゲーデカイ契約をかましたな!」
「……いえいえ、坊っちゃんのお力添えがあったからでございます」
「いや、俺は何もしてねえよ。じいやのお手柄だよ」
「坊っちゃん。泣かせてくれますな。
さぞかし、天国の父や母も喜んでいることでしょう」
「おい、勝手なことを言うな。俺の親はまだ健在で、バリバリ生きてるぞ?」
「はははっ、確かに。これは
じいやが大きな舌を出して、なめ回すように『ベロベロー♪』としてくる。
いや、そういう表現では使わない。
今、女子萌えワードの『てへぺろ☆』が、驚異に触れている。
「じゃあ、今日の夕飯はお祝いだな。
おふくろに、ローストビーフと、デカイホールケーキを買ってきてと頼むよ」
「いえ、坊っちゃん。そこまでしなくてもよいですぞ」
「何言ってんだ。遠慮なんかするな。
俺が黒のスマホから、おふくろに
「……というわけだからさ、頼んだよ」
ピッと通話を切ると、じいやの瞳はうるうるしており、白いハンカチを握りしめて、シワの深い目頭に当てている。
「ありがたき坊っちゃん。全くもって、じいやは幸せですぞぉー!!」
ああ、めんどくさいじいやだな。
何か高らかに声を荒げて、キーキーと興奮しているし。
まさに猿の山を支配する、ボス猿のイメージにピッタリだった……。
まあ、何かと絡んできて、嫌がらせをしてくる、意地の悪い老害になるよりかはマシか。
俺はじいやに帰り
◇◆◇◆
──それから一ヶ月後。
遠久山財閥へ、
毎日の早朝から、深夜までの過激なスケジュールを難なくこなし、次の日は早朝にも関わらず、何も苦にすることもなく現れる、パワフルな蒼井夫妻の博貴と、妻の
一体、どんな風な健康生活を過ごしているのだろうかと、二人の健康の秘訣は何だろうかと……。
……その秘密に迫る、マスコミも多かった。
しかし、そこで明かされた事実はビタミン剤と噂された、覚醒剤所持の疑惑だった。
二人は夫妻揃って、違法薬物に手を出していたのだ……。
****
(
「……それはショックだわ」
真琴から、そこまでの話を聞いて、
「……だから、俺は言ったんだぜ、知らない方が身のためだと」
「でも、いずれかは分かることだから……」
「……そうかい、だったら話を続けるからな……」
私は気晴らしに、車内の窓からの外を眺めた。
ヤシの木が立ち並ぶ、南国のような景色の中を優雅に走る列車が、太陽が水平線に浮かんでいる大きな海原を過ぎ去っていく。
いつの間に、こんな夕暮れの世界に染まったのだろう。
長いトンネルを抜けた先は、
◇◆◇◆
(真琴回想シーン)
──覚醒剤。
それは眠気や疲れを抑え、連日徹夜でも、何ともないちからを持った危険な薬物。
その売人は軽い気持ちで、芸能人のパーティーなどに紛れ込み、相手を誘惑する。
ごく少量を服用するだけで、元気の良くなる魔法の健康食品があるよ。
初めは無料だから、お試し感覚で試してみてよと……。
そんな感じで、多忙な二人を
二人は見事に騙され、気づいた時には、薬物により体が蝕まれていた。
そして、薬物が切れて無いのを逆恨みに、自分の子供に一度だけ、手をあげた事があった。
あの頃、怯えて逃げ出した息子の
だからもう、自分達の不都合で誰も悲しませたくない。
そこで、この夫妻のとった行動は意外な策略だった。
覚醒剤の売人を何とか捜し出し、その本拠地を見つけて、相手にバレずに警察に相談して、覚醒剤そのものを根絶しようとする正攻法なやり方だった。
だが、世界の情報網は狭いようで広い。
警察の中にも関係者はいたからだ。
警察という組織の身分を利用して、薬物を安価で買い取り、顔が分からないネットで転売する。
すると、姿がバレないせいか、撒き
安定した公務員の給料から一転。
爆発的な売れ行きで、瞬く間に生活に潤いが増す。
薬物転売は最高の稼ぎどころだった。
しかし、それに気づいた蒼井夫妻は、今度は関係者の警察を呼び出し、徹底的に追求を図った。
まさに、上の上で地位と名誉を得た、周囲に信頼されていた二人だからこそ、できたやり方である。
……だが、そこへ再び、薬物の闇に陥れられる。
夕食の
彼らは知らないうちに、それらに盛り込んでいた。
料理を手分けした時に混ざり合わせた粉末。
その粉末に、覚醒剤が混ざっていた事も知らずに食す夫妻。
こうして夫妻は、わけの分からない幻覚に襲われ、たまたま近くにいた大臣から治療薬を貰う。
風邪か何かの症状を疑った夫妻は、この後も重要なイベントがあり、即効性があると言われた品をお茶を通じて、胃袋へと収める手はずだ。
それも覚醒剤とは知らずに……。
****
(弥生side )
「──それは酷いわね。人の弱みにつけこむなんて……」
私は窓際の椅子の手すりに、頬杖をつきながら、真琴の話を聞いていた。
初めは冗談かと信じて、疑わなかった。
だけど、真琴の瞳が真実を物語っていた。
彼は冗談を言って、その場を和ませるムードメーカーな役割も持っていたが、決して嘘は言わない。
チャラいように見えて、意外と義理高い一面も持っている。
女子が惹かれていくのも、そこにあるのだろう。
外面だけがいい男なんて、時が来れば飽きられてしまうから。
真琴には女子を引きつける、何かを持っている。
私もビッチではなく、恋愛経験が少なく、男に対して免疫がなければ、彼にコロリと騙されていたのだろうか。
いや、惚れていただろうか……。
「どうかしたか、人の顔をマジマジと見てさ?」
「いや、何で異世界で、カメレオンの姿になったのかなと思って……」
私はその片隅にあった、恋愛感情をはぐらかした。
いけない。
私には繁君がいるのに……。
「……さては、俺に惚れたな?」
「違うわよ、そんなんじゃないわよ!」
「そうやって、ムキになって否定するのも怪しいな?」
「だ、か、ら!
……私には愛しのダーリンがいるからね!」
真琴の言い分を否定しながらも、隣で寝ている繁君に投げキッスする私。
当の本人は、すやすやと安眠を
少しまで、ただの気になる人だったのに、今はこんな風に
これは一つの繁君への恋だった。
もう、ここまで知ったからには、途中下車はできない。
「真琴、続きを聞かせて……」
私は繁君の事が好きなら、もっと知らなければいけない。
少し繁君の素性を知って、後ろめたさを感じて、細かく肩を震わせながらも、受け入れる覚悟はできていた。
私はこの恋が叶わなくても、二度と逃げたくはないと思っていたから……。
「……分かった。じゃあ話を続けるぜ」
◇◆◇◆
(真琴回想シーン)
やがて今回も、薬物を摂取していることに気づき、禁断症状に苦しみながらも夫妻は、覚醒剤の売人の
今度は自ら、薬物を手に入れるためではない。
『──私の知り合いが、薬物に興味があるから売ってくれないか?』と相談されたが、『……初めてで怖いから、色々と詳しく信頼できる上官自らが売ってくれた方が良いから』と頼まれたと、
夫妻は様々な関係者に、自作自演を講じた。
普通なら騙されないが、そこは売れている芸能人の蒼井夫婦、芝居なんかもちょちょいとお手のものである。
こうして、うまい具合に売人と接触に成功した。
──その本拠地は意外にも『北アメリコ病院関連及び研究所』だった。
中には医務室や治療室も兼ねており、ケガや病気の患者さんがよく訪れていた。
何より、この病院から貰える薬の効き目は素晴らしく、これを求めて、遠方からはるばる来る人もいた。
体力向上、体重抑制、睡眠不足への耐性など。
忙しい現代社会の特効薬として覚醒剤は姿を変えて、様々な形として販売されていた。
しかし、それらは覚醒剤としての基準は低く、普通に販売しても良い薬物であった。
そこへ、もっと強めで、良く効く薬物が欲しいと願う者もいた。
好奇心から足を踏み入れた、覚醒剤への摂取の始まりである。
蒼井夫妻は、その研究所から資料を持ち出し、裁判で有罪判決を起こして、覚醒剤を廃絶してもらう計画を
◇◆◇◆
「ついに追い詰めたぞ、ボス、観念しろ!」
博貴は、ついに売人グループのアジトがある、とある北アメリコの外れにあった居住区の廃ビルを探り当てた。
今日もいそいそと、ネットの仲間とノートパソコンで取引していた灰色のスーツを着込んでいた、一人っきりな売人の白い髭面の男は驚きを隠せない。
「……お前、中々やるな。確かあの人気俳優の蒼井だったな」
「そうだ、お前を潰しにきた。下には警察も呼んでいる。もう逃げられないぞ」
「何だと?」
売人がサングラスを外し、窓にかけられたブラインドサッシをちらりと開けて、外の様子を
眼下には、10台を超えたパトカーや白バイなどの車両が、わんさか停まっていた。
まるで殺人鬼が人質を
「……ふふふっ、笑わせてくれる」
「何がおかしいんだ?」
「お前ら夫妻のことは、すでに調査済みだ。これを見な」
男が一枚の写真を博貴に放り投げ、それを慌てて、両手で掴む博貴。
その写真には、愛らしい子供の姿が写っていた。
「俺を逮捕するのはいいが、その子供の命は保証できないぜ……?」
「貴様、息子の繁に何をした!」
「……おっと、そう熱くなるなよ。まだ何もしちゃいないさ」
男が茶化すような笑いで、博貴の前に立つ。
「……ただ、俺らの密輸グループを叩くなら、遠慮なく、お前の息子はコロスぜ」
「きっ、貴様、卑怯な手口を!」
「でもな、もし、お前らが、ここで黙って消えるなら、許してもいいぞ」
男が、近くの掃除用具入れの縦長のロッカーを、思いっきり蹴りあげる。
用具入れの中からは見慣れた女性、いや、妻の嘉代子が、両手足を紐で縛られた状態で転がり出てくる。
青白い顔で冷や汗をかいており、息遣いも荒い。
白いカットソーを乱雑に捲られた腕には、無数の赤い注射痕があった。
「か、嘉代子。どうした!?
しっかりしろ!?」
「無駄だよ。ソイツには致死量の覚醒剤を注射してある。
もうじき、いっちまうさ」
「嘉代子、おい、大丈夫か!?」
「……だが、助けてあげないこともない」
男は博貴の目線となり、ゆっくりとした口調で取引を命じた。
このまま黙って消えるか、それとも息子を失った方がいいか。
博貴は運命の選択肢を選ぼうとしていた。
だが、すでに答えは決まっている…。
「分かった。内密にするから、息子の命は助けてくれ……」
博貴がくちびるをグッと噛み締める。
憎しみを堪えた鉄の味がした。
「くっくっくっ。笑わせるな。
子を思う親の気持ちは
男が耳にさわる高笑いをしながら、備え付けのパイプベットから四角の塊を取り出す。
それは爆弾、ダイナマイトだった。
「なっ!?
何を考えてる、貴様も無事ではすまないぞ!?」
「案ずるなよ。俺は組織のためなら、いつでも死ねる準備はできている」
男がダイナマイトから伸びている導線に、スケルトンライターで火をつけようとする。
「そんな真似は止めろ!
貴様は、こんな理不尽なやり方で怖くないのか?」
博貴が必死に説得を試みる。
「怖い? どういう意味だ?」
「そ、そのままの意味だ!」
男がライターを下ろし、博貴を何の感情を持たない冷たい視線で眺める。
「くっくっくっ……俺は組織に忠誠を誓っている。
……少なくとも俺がいなくても、引き継ぎは他にもいるぞ。
それに人間最後は、一人で朽ち果てるのが
「違う! それは誤解だ。
人間とは支え合い、生きていくものだ!」
「……そりゃ、とんだ偽善者だな。
その支え合いが、こうやって朽ちるはめになるのさ……」
「それは違う、生きていれば、いくらでも希望はある!」
「ええい、うるさいぞ!
薬物に手を染めた芸能人が、よい子ぶって説教してくるんじゃねえぞっ!」
「はっ!!」
「今までお前らが、サツによる薬物検査のチェックや、薬物に依存していてもサツから捕まらなかったのは、俺らのお陰だったと気づかないのか?」
「くっ……」
ふいに核心をつけられ、返す言葉もない博貴。
そのまま、両手をぶらりと下げ、まぶたを閉じて立ち尽くす。
「すまん。こんな不甲斐ない親を許してくれ、繁……」
「まあ、これはこれで楽しかったぜ。来世も仲良く薬物やろうや」
男がダイナマイトに直にライターで火をつけた。
『カッ! ドカーン!!』
──それを機に廃ビルは、光と一緒に大爆発した……。
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(弥生side)
「……これが俺の財閥関係者が知っている、蒼井家にまつわる一つの真相さ」
真琴が話を聞いてくれた人物に感謝するように、私の手を握る。
「……それから、最近になり、彼の知り合いである俺の財閥がヤバい事になってる。もしかして、薬物の取り引きが危うくなることを恐れてな……」
「それで追われているのね……」
「……ああ、最近になって、亡くなったじいやが、今まで隠し通してきた事実だからな……」
──真琴の親密な話を折るかのように地下鉄は停まり、目的地へと辿り着く。
どうやら、終点の『トンデンランド』に着いたらしい。
スマホの時計を見てみると、かれこれ、一時間近くは走っていたようだ。
「ありがとう、真琴。色々と教えてくれて」
私は真琴にお礼の頭を下げる。
「なに、大したことじゃないさ。
まあ、奴らにはくれぐれも気をつけろよ」
そう言って真琴は、素早く車両から降りていった……。
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もし、真琴がこのことを教えてくれなかったら、繁君との関係はそこまでだったかも知れない。
私は真実を知りながらも、繁君の肩をトントンと優しく叩いて起こす。
チャラいように見えて、実は仲間想いの真琴。
また会えたら、今度は私の相談にものって欲しい。
本当にありがとうね……。