──がばっ。
「ううっ、うわあああっ!?」
「なっ、どうしたのです?
どうか落ち着いて下さい!」
俺はベッドから目を覚まし、掛け布団を蹴落とし、上半身を起こして、狂ったように叫んだ。
さっきまで、確かに何かがあったらしいが、うまく思い出せない。
ただ一つだけ言えるとしたら、よく分からない恐怖。
俺はその意味不明な感覚に、
それと、やたらと腹が
いつものTシャツと、ジーパンのラフな格好だったが、まるで腹部を鋭利なカラスのくちばしで切り裂かれ、中身を
****
「……大丈夫ですか。これでも飲んで。熱いから気をつけて下さい」
ようやく正気に戻った俺に、側にいたピンクのフリフリ花柄ワンピースで、お洒落な黒ぶち眼鏡をかけた少女が、俺に白のマグカップを手渡す。
湯気をたてた温かいマグカップの中身は、茶色のコーヒーで満ちていた。
「君は誰だ?」
「はあ?
何を言ってるんですか?
私は
晶子と呼んだ、彼女の最後の言葉は小さすぎて、よく聞き取れなかった。
「やっぱり何かあったんだな。詳しく説明してくれないか?」
「いえ……それを話して、得があるとは思えませんが……」
「俺にとっては、大事なことかもしれないから」
「分かりました。でも気分を害さないで下さいね。
……
****
「……くっ、何か、頭が痛い」
俺はアイスを早食いしたかのような、割れそうな頭痛に耐えきれず、毛布にくるまり、頭を伏せる。
「何で、あんなに血が流れていたのにも関わらず、傷口がTシャツだけにしかなく、さらにズボンも血まみれでしたが、体は何ともなかったのが不思議で……。
……でも、まあ、とにかく服は何とか着替えさせましたし、こんな世の中、色々とありますよね……」
「……なあ、すまないが、とりあえず、その現場に案内してくれないか?」
「えっ、もう体は大丈夫なのですか?
……それに今日は、李騎のお母さんの火葬の日ですよ?」
「はあ? 火葬?
俺の母さんは死んだのか?」
「……何を寝ぼけたことを言ってるんですか?
昨日、李騎もその場にいて、お母さんの姿を見たでしょ」
俺はベッドから飛び起きて、自室を飛び出す。
何か、胸騒ぎがしてならない。
俺は晶子の言葉を振りきって、無意識に階段を駆け下り、ある地下室へと辿り着いていた……。
****
──木製のドアを開けた先には、生臭い鉄の匂いと、大量の血液を拭いたような跡。
部屋も換気せんで、空気の入れ換えをしているようだ。
ふと、一本の木造の大黒柱と目が合う。
その瞬間、俺の頭の中で電撃が走った。
『たっ、タケシー!!』
あの時の記憶が鮮明に映し出される。
そうだ、俺は母さんを失い、親父にここに誘われ、タケシによって痛い目にあわされ、最後はここで倒れたのだ。
これは記憶喪失となった記憶を呼び覚ます能力、『メモリーズオン』だ。
まだ俺には、不慣れな高度な魔法だったが、万が一に備え、気を失う前に奇跡的に発動できた最後の賭けだった。
「こうしちゃいけない。俺もアメリコヘ行かないと」
俺は大急ぎで自室に戻り、荷造りをしだす。
「今度はどうしたのですか?
お母さんを見送らなくてもいいのですか?」
「……ああ、あれは偽物だからな!
……ってやばっ、口が滑った…… !?」
「……それ、どういうことです?」
晶子が眼前まで近づき、俺の瞳を真剣な表情で覗きこむ。
それから眼鏡を外し、俺をギョロリとガンをつけた雰囲気になり、こちらの背筋が凍りつく。
明らかに怒った目つきである。
そして、俺のベッドの布団をポンポンと叩き、隣に座らせる合図をとる。
「さあ、李騎。きちんと話を聞かせてもらいましょうか……」
これは逃げられそうにない。
俺は観念して、自分達が宇宙人なことは上手く隠しながら、起きてしまった事柄を大まかに話す事にした……。
****
「……それで、お母さんに会いにアメリコヘ行くのですか……
「そんなの、やってみないと分からないだろ?」
「冗談言わないで下さい。ここの鳥々(とりどり)砂丘から、海を越えたアメリコまで、どれだけ距離が離れていると思うのですか?」
「大丈夫さ、あんな騒動でも無傷だったラクちゃんがいればな」
「……いや、二人して、太平洋で溺れるのが見えています。
船かボートがないと、横断は無理ですよ……。
まあ、あっても
俺の思考に、とある気になった言葉が耳をさし、腕の動きがピタリと止まる。
「……
もしや、金の卵か?」
「……いえ、食べ物ではありませんよ。
はあ……これは困りましたね」
晶子がスマホをぽちぽちと押しながらも、悩ましげな表情をする。
「……うーん、さすがに高すぎて、船を買うのは無理ですが、今は船のレンタルができるようですね……問題は操縦できる依頼人が近辺にいるかどうかですよね……」
「何だ、ラクちゃんに操縦させればいいじゃないか」
「ラクダがどうやって舵をとりますか!」
「いや、船のシステムと同化してな」
「そんな
もう……話がこんがらがるので、少し黙っていてもらえますか?」
「はい、軍曹様!」
あとは晶子に任せ、早速、大きめの青のリュックサックに物を詰めこむ。
さて、まずは食料からだ。
さんまの缶詰、赤貝の缶詰、桃の缶詰、
缶詰、缶詰、缶詰、缶詰、
ついでに乾パン……。
「いやいや、無人島に行くのではないのですから、こんなに缶詰は必要ないでしょ!
街で現地調達すればいいではないですか!」
「……ふむ、便利な時代になったもんだな」
「……いやいや、李騎の考え方が異常なのですよ……それよりも依頼人が分かりましたよ」
「ラクちゃん2号機か?」
「違います。だから、いい加減、ラクダから離れてもらえますか!?」
晶子が俺にスマホの画面を見せる。
その画面には、金髪のツインテールの元気そうな女子が、八重歯をちらつかせて、オーバーに笑っている写真が写っている。
日本人とアメリコ人のハーフ。
名前はロマー・チック。
高校一年の16歳。
身長168、胸はEカップでスタイルは抜群。
青のGジャンをはおり、同系色のデニムパンツで、麦わら帽子を被ったアメリコンな服装がさまになっている。
さらに、彼女による追加のメッセージが載っていた。
『みんなヤッホー。
つい、この
まだ不馴れだけど、日本とアメリコヘの横断なら慣れているから、その行き先ならワタクシにドーンと任せとけ~♪』
……とプロフで紹介してある。
「ちなみに請求金額は……片道だけなら二万円ですね。やたらと値段が安いのが気になりますが、どうしますか?」
「そうだな。頼まれるか。それより……」
「……そんなにお金がないから貸してくれ」
ずるずるすてーんと、晶子がその場でひっくりこける。
「あっ、あなたは、どうしてそんなお金も持ってないのですか?」
「いや、この前TVゲームソフトのBBF7(バトルボンバーファンタジー7)リメイクを買ったから、すっからかんでさ」
「またゲームですか。どうして生活費をけちるまでして、買う必要があるのですか!」
「ふっ、知らないのか。そこに男のロマンがあるからだ!」
晶子がやれやれと呆れ顔でトートバックから、銀行の個人名義の通帳を出して、何やら通帳の中身を見ている。
「……まあ、いいですよ。今回は私が変わりに支払っておきますから。これはツケにしときますね。
……それから李騎と私の二人分の情報も、依頼人当てのメールへと登録しておきますから」
晶子がスマホの画面をトントンとタッチして、軽快に登録しておく。
「……あれ、今、二人分と言ったよな。ちょっと待て、お前も来るのか?」
「当たり前でしょ、李騎一人じゃ、不安ですから」
「いやいや、さっき説明したよな。裏切りの親父とイカれた宇宙人相手なんだぜ。お前が来ても危ない目にあうだけだぞ」
「だからこそでしょ。一人で危ない橋は渡らせられないでしょ」
この娘は可愛い顔に似合わず、考えがしっかりとして、頑固な性格をしている。
どうやら止めても、無駄のようだ。
「分かったよ。その依頼人はどこにいるんだよ」
「情報からすると、今は、あのオアシスがある街中に住んでいるみたいですね。それから、その街沿いに海がありますよ」
「さすが、日頃、オアシスで遊び回る都会人は違うな」
「何かトゲがある言いかたですね。それって、誉めているのでしょうか?」
「もちのロンよ!」
「……私達、まだ生まれてないですよね。それ、いつの時代のネタですか?」
確か、俺のおじいちゃんが、しょっちゅう呟いていた気がした。
今の令和時代より、遥か昔の昭和時代に栄え、絶滅したダジャレと聞いた記憶がある。
もちろん、おじいちゃんも宇宙人から人間に姿を変えて、のびのびと暮らしていた。
数年前に人間のかかる病気で亡くなったが……。
「さあ、そうと決めたら急ぎますよ。
この家の裏口から、そっと抜けますから……」
そういえば今は、晶子の家族が見守っている俺の母さんの葬儀の真っ最中だ。
だが、中身が偽物の母さんと知った以上、その火葬までは付き合いたくもないし、時間の無駄だ。
だとすれば晶子達の近親者にバレないように、この家から抜け出すしかない。
俺と晶子の考えは
だけど何で俺の家なのに、こんなにも作りに詳しいんだ?
「行きますよ……」
晶子の合図とともに俺達は、近親者のすすり泣きを耳にしながら、静かに廊下を抜け、俺は庭にあるラクちゃんにまたがる。
「ラクちゃん、頼むぞ……」
俺は晶子が後ろに乗ったのを確認し、勢いよくラクダの
「……あっ、待て、李騎君と、どこへいくのかね!」
そこへ、庭先で煙草を吸っていた、
「お父さんごめんなさい。ちょっとばかり気分を癒すために、二人で傷心旅行に行ってきます。
お母さんによろしくって伝えて下さい♪」
「おーい、父さんには意味が分からんよ。晶子、待ちなさい!」
「あっかんべーだ。待たないです。乙女心は複雑なんですー♪
……李騎、このままじゃ捕まります……。
しがみつきますから、思いっきり飛ばして下さい」
「了解。ハイよ、シルバアーン!!」
俺は背中に当たる二つのたわわな膨らみを感じながら、持ち前のポケットティッシュを丸めて、鼻の穴に詰めこみ、ラクちゃんのスピードを上げた。
俺たちは砂煙にまみれ、あっという間に、おじさんの姿が豆粒になっていった……。
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「……いいのかよ、後で
「それが怖くて、長旅ができますか。それに昔から対面のある李騎が相手ですから、何かあっても、大丈夫だと理解してくれますよ」
「本当、晶子の楽観さには参るよ……」
「ところで、何でティッシュを鼻に?」
「男の子も色々と複雑なんだよ……」
「?」
****
まず目指すのは、いつものオアシス。
そこから街へと向かい、晶子の住む家で資金を調達してから、船を操縦できる依頼人がいる場所に行き、詳しい話をしてお金を払い、船に乗せてもらう。
それから、その船に揺られながら、親父と母さんがいるアメリコヘ行くのだ。
あと、あのイカれたタケシも、ギャフンと言わせないと気がすまない……。
今、俺と晶子による、長いながーい旅が始まったのだった……。