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「だーかーら、どーんと割り引きしますから、どーぞ、この圧力鍋をお買いになりませんか?」
「いやー、こんなホコリまみれの商品なんて買えんよ」
「ならば、今すぐ綺麗にしましょう~!」
すいがパタパタと羽ぼうきで圧力鍋をはたくと、狭い店内の空気中に、大量のホコリが舞い上がる。
「……ごほ、ごほっ、客の前でホコリをはたくとはなんたる無礼な。すまんが、ワシはこれで失礼する!」
「あー、お願いだから行かないでー!!」
『キラーン、ドカーン!!』
──そこへ、すいの目前に到着する俺。
その現状に驚き、足をとられ、ペタンとその場に
「な、なに。
今、どうやって来たの!?」
「まあ、俺は宇宙人だからな。こんな能力はお茶の子さいさいさ。それよりあの圧力鍋はあるか?」
「ふーん。そうなんだ……。まだあるけど、アレは売り物だよ」
「なら、それを買い取るぜ。後から晶子が後払いするからさ。いくらだ?」
「ありがと。とりあえず……このくらい」
俺と出会ってから、宇宙人だと知っても、何事にも
そんなすいが、電卓を素早く弾き、とんでもない数字を見せる。
その数字は桁外れな12万……。
「なっ、何で、こんな古びた鍋が二桁もいくんだよ?」
「まあ、中世ヨーロッバの
「まあいいや、時間が惜しいから貰うぞ」
「ありがと、恩にきるね!」
「すまんな、遠慮なく、圧力鍋をいただくな。
……いくぞ。むむむっ、マッグドナルドへテレポート!」
俺の体が光の粒になり、そのままその場から消える。
「……最近は宇宙人も凄いね。
……しかし、ここからマッグドナルドまで歩いて5分なのに、わざわざワープしなくてもいいのに……」
「おーい、すいちゃん。この薬草って、何の効果があるのかい?」
「あっ、はい。今そちらに行きますから、しばらくお待ちを!」
マッグドナルドでの爆弾騒ぎを何も知らないすいは、再びお店でせかせかと働くのだった……。
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「──あれ、えらい遅かったすね。何かトラブルでもあったっすか?」
「いや、別に。それよりもすまん、待たせたな」
そこへ待ち構えたかのように、ぴよ吉がじゃれてくる。
お腹にある時計のタイマーは、残り2分を表示していた。
急がなければ、時間がない。
「速やかに流れゆく時間を止めよ!」
「タイム!」
まず、空間の時間を止めた俺は、今度はぴよ吉に向かって、魔法を唱え始める。
「続いて、さらにヒヨコよ。その外見を収縮せよ!」
「ミニチュアサイズ!」
息をつく暇もなく、豆粒のような存在になるぴよ吉。
それから、俺は固まったぴよ吉を指でつまんで、圧力鍋の中に入れる。
「さらにヒヨコの体を、
「アイアン……ペット!」
「……よし、これでいいな」
俺は時間を動かし始める。
やがて、再び回り出す世界に動き出した
「……へえー、なるほど、爆発の規模を最小限にするために小さくしたんっすか。さらに圧力鍋に入れたことにより、衝撃を吸収するんっすね。中々やるっす」
「まあな。ぴよ吉の体も鋼鉄で爆破に耐えられるようにしたし、これで
残り時間、30秒。
20、10……。
「ちょ、ちょっと、この忙しいのに、なに、鍋で遊んどん。こっちでお客さんの誘導せんかい!」
チックがこちらにやって来る瞬間、圧力鍋が光だし、軽やかな『ボンッ!』という爆発音を鳴らした。
「なっ、ポップコーンでも作ったん?
あれ、なに、この食材?」
チックが圧力鍋の
その瞬間、その焦げた物体が白いもやをあげながら、元のサイズへと戻っていく。
「いやあぁぁー、ぴよ吉!?」
その正体は身も心もボロボロとなった、ぴよ吉だった。
それを見て、伊達眼鏡を外して、泣き叫ぶ
『ピヨピヨ……』
晶子の腕の中で、弱々しく鳴くぴよ吉。
なっ、なぜだ。
まだ未熟だといえ、俺の能力は爆弾なんかに負けるはずはない。
まさか、
だったらタケシは、わざと試したのか。
俺達の力量を測るために……。
くそっ、まんまとヤツにはめられた……。
俺はぴよ吉を回復させようと試みて、能力を使おうとしたが、目の前には晶子がいる。
黙って、見つめるしかないのか……。
……いや、女の涙を放っておくほど、
ここで助けないと、男のプライドが
そう思った
どうやら能力の使いすぎのようだ……。
「り、李騎、しっかりして下さい!?」
そこへ晶子がぴよ吉を静かに寝かせ、こちらに駆けつけて、俺をひざ枕する。
「大丈夫。ただの貧血みたいだわ。とりあえず休憩室のベッドへ運ぶよ」
チックが俺の顔色をうかがい、すかさず俺をおんぶする。
先ほどの避難誘導といい、いつ、いかなる事があっても冷静な対応力。
凄いな、チック。
自称航海士? のことだけはある。
『ピヨ……』
そして、力なく鳴きながら、息絶えるぴよ吉。
己の力量の無さに悔しくて腹立たしい。
俺はヒヨコさえも、まともに救えないのか……。
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──ふと、とある美味しそうな匂いに目を覚ます……。
「……あっ、李騎、起きましたか?」
「……ここはどこだ?」
「マッグドナルドの休憩室ですよ。チックちゃん、李騎が起きたよ!」
「おっ、もう体は大丈夫かいな?
これ食べれる?」
チックが備えつけのテーブルに熱々の鉄板焼きをのせる。
じゅうじゅうと音を立てる、ステーキ肉の塊。
「……まさか、これ、あの鶏肉じゃないよな?」
「いんや、きちんとした牛肉だよ。
……なん、食が進まんから、口移しして欲しいん?」
「もう、チックちゃん、怪我人を誘惑しないで下さい!」
「……い、いや、一人で食べれるから……。
その前に、ちょっとトイレ行ってくる……」
俺はベットから起き上がり、部屋を出る。
まったく冗談じゃない。
あんな事故のすぐ後に、肉なんか食えたもんじゃない……。
「……ほら、ワタクシの熱い包容ができんかったから、
「それとこれとは話が別です。それにチックちゃんは、からかいすぎです!」
「何ね、男の子はからかってなんぼやろ。その気になったら押し倒せばいいし」
「その発想がいけないんです。女の子はもっと、自分の体を大切にしないと……」
「ははーん。あんた、アレはまだかいね。とっとと捨てんと、女は磨かれんよ?」
休憩室で
俺は外の空気が吸いたくなり、表に足を運んだ──。
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「──李騎兄貴!」
──表に出ると乱蔵が俺に向かって、四角い箱を投げてくる。
いつも吸っている煙草、マルボールレッドだ。
「いやー、中々買えないから大変だったっす。老眼が激しくて、耳の悪いおばあちゃんがいる売店から、何とかゲットしたんっすよ」
「センクス。これが無いと、始まらないからな……」
俺は久々の喫煙に心を踊らせていた。
「……ぴよ吉の件は残念だったすね」
「あれは仕方ないさ。タケシの方が一枚も
俺は紫煙を吐きながら答える。
煙からは何の感情も生まれない……。
「近くに石ころを積み重ねて、簡単なお墓を作ったっす。これでぴよ吉、成仏したらいいっすけど……。
……しかし、あの宇宙人は極悪非道っすよね」
「そうなんだよ。それだけならまだ許せるんだが、どうもアイツは俺を
「そうっす。いくらペットだからと、小さな命も大切にしない
「……だろ?
だから、俺はアイツをぶん殴ってガツンと言ってやりたいんだよ……そのためには、まずチックと話し合わないと……」
俺は近くの灰皿に煙草の吸い殻を捨て、部屋に戻ろうとする。
「……しかし、何で乱蔵がついてくるんだ?」
「いや、もう僕ら、色々知っちゃったすから、一心同体っすよ」
「そうか、まあ好きにしな」
「そうさせてもらうっす」
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「……ふーん、そうなんだ。話はあらかた聞かせてもらったけど、とんでもない話よね」
「もしかして契約は
「そんなわけないやん。目の前で可愛い子達が助けを求めとるのに。それに何か面白そうだわ!」
「それじゃあ……」
「もち、ワタクシで良ければ力を貸すよ!」
『ヤ、ヤッター!!』
俺と晶子は顔を見合わせて、その場で喜びのあまり跳び跳ねる。
「二人とも元気いいし、仲良しだし、これで恋人じゃないっすからね……?」
乱蔵が口出しするが、晶子には聞こえていない。
「さあ、今から来な。ワタクシの船を紹介するよ!」
チックが俺達に手招きして、赤い軽自動車へと誘う。
ちなみにアメリコでは16歳から車の免許の取得が可能だと、彼女が免許証を
──それに乗り込む俺達。
助手席には乱蔵。
俺と晶子は後部座席だ。
「それじゃあ行くよ。シートベルトをしたからって油断したら駄目よ。思いっきり飛ばすからね!!」
チックの車がアクセルを吹かせながら街中を突き進んでゆく。
すでにキラキラと
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だが、そこで事件は起きた……。
「あああー、嘘やろ!?」
そう『彼女が大事にしていた船だけ』が、変わり果てた状態だったからだ。
「もう、せっかくおじさんからお古を貰ったのに……マストだけじゃなく、エンジン回路もイカれとる……。先週までは何ともなかったのに、誰のイタズラかいな。めっちゃ腹立つわー!」
空へそびえていた白い旗は、引っ掻き傷のようにボロボロで、それなりの家のリビング並みの広さな船体には、あちらこちらに大穴。
室内にある操縦席のパネルは打ち破られ、ほのかに、燃料の
これでは使い物にならない。
まるで大型台風でも来て、この船だけを襲い、根こそぎ駄目にしたような感じだ。
でも、この夏の季節にはまだ台風は来ないし、天災の力では、この船だけを壊せる器用な真似はできない……。
「……待てよ。これ、あの時の俺の住んでいた村が襲われた感じに似てるな?
だとしたら、タケシの能力の仕業か?」
そう呟き、俺は切り刻まれた床板を眺めながら、一つの提案をする。
さっきの圧力鍋の借りがあるし、これ以上、晶子の手を借りる訳にはいかない。
だから……。
「俺達でバイトをして稼ごう」
「はっ?
ちょっと待つっす」
「何だ?」
乱蔵が俺の肩を掴み、チックと晶子から離れて小声で話しかけてくる。
「ひそひそ……李騎兄貴の能力で、ちょちょいと直せるんじゃないんっすか?」
「ごにょごにょ……いや、そんなしょっちゅう使用したら体が持たないぜ。それに晶子もいるし、余計な心配はさせたくない」
「そ、そうっすか……あくまでも晶子ちゃんを守るんっすね。
……了解っす」
「……皆さん、バイトなら、うちのよろず屋で働くっす♪」
それから、乱蔵が晶子たちに向き直り、何かを決意したかのようにとんでもない事を口に出す。
「はあ?
お前の家は経営が厳しいんじゃ……モゴモゴ!?」
またしも乱蔵に、言葉の通路を閉ざされる。
「……こんなナイスバディーな可愛い子が二人もいたら、商売大繁盛間違いなしっす……」
「……お前。それをすいが知ったら、どやされるぞ?」
「まあ、彼女に悟られないよう、やるっすよ」
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「……さっきから、あの二人は何をひそひそ話しとんのかな?」
「まあ、仲が良いことは素敵じゃないですか。男の友情パワーです♪」
「あっ、そうかいな。
……ところで話は変わるけど、晶子はバイトの経験はあんの?」
「いえ、全然、まったく無いですよ♪」
「このメンツで大丈夫かいな……?」
こうして、俺達はチックの船の修理代のために、すいのよろず屋でバイトをする事になったのだった……。
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──またもや夜中にメモをとり、記憶を刻みつける俺。
毎日大変な作業だが、次の日のために記憶を繋げるためだから、しょうがない。
俺は今日の出来事をメモに書きながら、大切な仲間達のことを思い浮かべていた。
さて問題は、人間の相手が主流な、よろず屋での仕事。
はたして宇宙人の俺は、うまくやれるだろうか……。