「なあなあ、ちょっと
夜更かしは、お肌の大敵なのにさ……」
俺はチックと一緒に、よろず屋の駐車スペースに来ていた。
時刻は夜中の0時過ぎ。
周りを見渡しても、俺達以外、人影はない。
ここになぜ、
順を追って、説明しよう。
──実は、すいと
また、万が一のために、すいと乱蔵に見張りを頼んだが、あのよろず屋で秘密裏に売られていた、この睡眠薬は強烈な
強制的に脳を休ませるため、起きた時に脱力感や眠気が残る事はあるが、多少、物音を立てても、朝までぐっすり眠れると、飲んだ経験がある、すいが証明してくれた。
まあ、念のため、上手くことが進むように、すいと乱蔵で、また別の計画は考えてはいる。
そんな訳で余程の事がない限り、晶子が俺達を追ってくることはない。
何せ、俺と乱蔵は、女子組とは違う部屋で就寝している。
向こうから隠れて、
しかも、すいは口が達者だから、いくらでも
これで晶子に余計な心配はされず、自由に能力が使える。
初めから、こうすれば良かったのだ。
まあ、あのバイトは今となれば、良い体験にはなったが……。
****
──チックによる車で移動して、例の船の場所に辿り着いた俺達二人は、
「ははーん、李騎のえっちぃ。ここでワタクシを襲う気なんだ。
晶子がいながら、意外と大胆ね。
まあ、李騎ならええよ。ちょっと待ってぇーな……」
チックが、こちらに色っぽく目配せしながら、上着を脱ぎ出そうとする。
さらにシルエットがあらわになる胸が強調された、白の長袖のロゴTシャツにも手をかけようとして……。
「ちっ、違うって!
……いいから黙って、見てなよ……」
俺は、黒の下着姿になりかけたチックの誤解を止めさせ、目を
「……傷つき、枯れ果てた船体よ。今すぐ元の形へ復元したまえ……」
「リカバリー、シップ!」
すると、たちまち壊れていた木材が、その箇所に集まり、次々と修復していく。
「なっ、どうなっとん、夢でも見とる?」
チックが服を着なおし、まぶたをゴシゴシと
そして、ものの1分の間にボロボロだった船は、新品同様の綺麗さになり、俺はその場に力なく倒れこむ。
全身から掃除機で、体力を吸い込まれたような脱力感。
一気に、体全体の力が抜ける……。
「だっ、大丈夫かいな!?」
「……ふっ、どうだ。宇宙人の能力も捨てたもんじゃないだろ……?」
「……なんね、宇宙人か、何か知らへんが、えらい無茶をするわよね!」
その一瞬の
俺はチックの発言に、違和感を感じた……。
「……あれ?
俺が宇宙人でも、何とも思わないのか?」
「……今さら、何を言うとるのさ。それなら、すいから聞いたわよ」
「ははっ、本当、お喋りな売り子娘だな……。
……悪いがチック、俺を
「ええ、分かったよ。本当、無茶しすぎたい。ほら、肩かしな」
俺はチックから体を支えられて、船から降りる。
「……でも、そのお陰で、明日には無事に出港できるわね。あんがと」
「……礼にはおよばんさ……くっ……」
俺は足元をふらつかせ、倒れそうになる。
それに早くも気づき、上半身で支えるチック。
「アブなっ、李騎、本当に大丈夫かいな?」
「……なあに、思ったより、力は消費したが、一晩寝たら回復するから大丈夫だ」
「ほんま、やせ我慢もほどほどにしなよ。さあ、帰るよ」
「……でもさあ、この状況、晶子には何て説明するんかい?」
何を思ったのか、その足取りを止めるチック。
「……まあ、深夜のうちに、
「そう、簡単にうまくいくもんかね……」
「いや、最近は昼間の
「へえー、李騎、えらい詳しいやん。もしかして土木とかの経験があるん?」
「いや、断じてない。TVで知っただけだ~♪」
「……あーあ、テレビッ子で自慢されてもね……」
俺の問いかけにつまらなくなったのか、目を細くしたチックを横目にやりながら、俺は例の悩みを抱えていた。
そう、タケシのことだから、いつまでもアメリコにいるとは限らない。
早いうちに、タケシと一緒の両親に会わないといけない……。
──時刻は深夜2時。
使命を果たし、いびきをかいて眠る乱蔵を背にして眠気と闘いながら俺は、今日もいつもの記憶を引き継ぐメモ書きをしながら、そのことを思っていた……。
****
──次の日、絶好の行楽日和の朝。
俺達全員は昨日、近所のコインランドリーで洗濯をした、いつもの服装に着替え、あの船着き場にいた。
「うわぁ、改めて見ても凄い船ですね~!」
そこで晶子が、さっきから幼い子供のように、甲板ではしゃいでいる。
「こんな広い船を夜中のうちに直すなんて、業者も中々やりますよね~!」
何か騙してるようで気の毒だが、これも自分のためだ。
これで俺の仲間で、この能力を知らないのは晶子だけだ。
いつかこの能力のことは、打ち明けないといけないとは思ってはいるが、中々、言い出せない。
恐らく、俺は晶子の事が好きなんだろう。
だから、宇宙人とバレて、傷つくのが怖いと恐れている。
親父はこんな時、どう思って、母さんと付き合ったのだろうか……。
「──それじゃあ、ここでお別れだね」
「おう、世話になったな」
「これは今日のお弁当。長旅になりそうだけど、めげないで頑張って」
「センクス。助かるぜ!」
すいから、紫の風呂敷包みを受け取る。
何段も重ねた重箱のような大きさに、非常にズッシリとした感覚。
これは今日一日かけて食べられそうな、ボリュームのある量だ。
「僕も楽しんで手伝ったすよ。わさびタップリのおにぎりに、タバスコで絡めたスパゲッティとか」
「……げげっ、冗談だよなっ?」
俺は青ざめて、その床に弁当を落としそうになるが、すいがすかさず受け止める。
「大丈夫だよ。それは外しているから。
……乱蔵、あれは、今日のアンタの昼ご飯行きよ。好き嫌いせずに、残さず食べてよねー!」
弁当箱を持ったまま、俺と乱蔵の会話に割って入り、食の安全を保証するすい。
どうやら、すいが目を離したときにやった乱蔵のイタズラも、彼女の前では通用しないらしい。
この二人、何だかんだ言って、似た者同士だな……。
「すっ、すい様、それはご冗談をー!?」
そこへすいの足元にすがりつき、首を左右に振り、嫌々する半泣きな乱蔵。
お前は、好きなことやるだけやって、事がややこしくなったら、駄々をこねる赤ちゃんか。
悪いことをすると、悪いことが返ってくる、
悪さをする子は『めー!』である。
「駄目よ。これに懲りたら、食べ物は粗末にしないことね」
「す、すい様、堪忍やあああー!?」
「はいはい、ワガママ坊やは邪魔せんの。今、大事な話をしとるやろ」
チックが女々(めめ)しい乱蔵を、引きはがしにかかる。
「李騎きゅん、頑張って。晶子ちゃんを頼んだね」
すいが俺に、励ましの言葉をおくる。
心なしか、元気がないように受けとれるのは、俺の気のせいだろうか……。
「……すい、本当は俺達と一緒に……?」
そう言いかけた俺の口元に、すいのひとさし指がダブる。
そうか、余計な詮索はなしか。
「……分かった。なるべく早く帰ってくるよ。そしたらまた一緒に過ごそう。それから、また一緒に、よろず屋の仕事を手伝うからさ」
「ふふっ、覚悟決めといて。その時はビシバシとこきつかうからね」
それから、すいと乱蔵が船から降りて、俺達を見送る形になった……。
****
「──李騎兄貴、晶子ちゃんに、チックちゃん、三人とも元気でな」
「ああ。向こうに着いたら、手紙書くよ!」
晶子が俺のわき腹に、ツンツンと指を立てる。
「……李騎、何を寝ぼけたこと、言ってるのですか?
スマホで、いつでも連絡できるでしょ?」
「いや、晶子。アメリコでは日本のスマホは使えんわよ。周波数とか違うし……」
「へえ、チックちゃんは、何でも知ってる博士さんみたいですね」
「……あのさ、ワタクシ、アメリコ出身だからさ……」
チックが、『コイツは駄目だ』感の半分諦めた顔で、甲板の舵に手を伸ばす。
そうして、チックが舵の真横を何やら押すと、船がゆっくりと動き出す。
誰も触らずに勝手に回る舵。
しかも、チックは舵には触れてはいない。
それを見たチック以外の俺達は、勝手に動き出す船に対して、『これは実は幽霊船か? あわわ……』とパニクっていた。
「ああ、これかいな。心配ご無用。
今、アメリコへの最先端ルートで進む『自動運転航路モード』にしたさかい」
ふと、不安感が抜けさり、ずっこーん! とスッ転ぶチックを除いた俺達。
乱蔵に至っては、近くのゴミ箱に頭を突っ込んでいた。
『なら、船舶免許は要らないじゃんかっー!!!!』
「いや、建前上では必要やねん。故障した時は手動で動かさんといけんし、それに検問もあるし、国境も越えるわけやから……。
まあ、今はゆっくりと話しとる場合じゃないとね……じゃあ、出港!」
チックの合図に合わせて、沖に方向転換して、突き進もうとする船に対し、泣きじゃくるすいの頭を優しく抱き、こちらに向かって、にこやかに大きく手を振る乱蔵。
俺達を乗せた船は、静かに音を立てながら、船着き場で見送る二人を後にした……。
****
しばらくして……。
「今は船の時代もナイ○ライダーなんだな……」
「何ですか、新しい特撮番組ですか?」
「いや、俺の亡くなったおじいちゃんが好きだった海外ドラマさ。強い意思を持ったカッケースポーツカーが、勝手に自動運転する話だよ」
「……李騎、そんな自己中な内容じゃなかろ?」
「えっ、チックは知ってるのか?」
「あんな有名作品、知らん方がおかしいわよ……」
「な、なら、私は変人ですか?」
「……もう、ええわ。アンタら二人と会話していたら、頭痛い。何とも言えんわ」
そのまま渋々顔なチックは、船の下にある船室へと続く階段を降りていく。
こうして俺達を乗せた船は、すいと乱蔵に別れを告げて、大海原を進むのだった……。