──あれから俺達は、船内で穏やかな波に揺られながら一夜を明かし、アメリコに着いた後の計画を立てていた。
そのリビングで部屋にあった大きな世界地図を広げ、俺達は色々と
正確には、俺とチックの二人の発言が
「
「だっ、だから、さっきから言ってるだろ、酒場とかで、手当たり次第に情報を集めてだな……」
「それやと行き詰まるだけやん。どんだけ広いか分かってるんかいな。アメリコをなめたらあかんよ!」
船内で、俺とチックの意見が衝突を繰り返す。
ひたすら血気盛んに一本筋を通す俺に、石橋を叩いて慎重に渡るチック。
「ふっ、二人とも仲良くしないと駄目ですよ。ケンカしないで下さい」
それを見た
「いや、俺が悪いんじゃない。コイツが言うことを聞かないんだ!」
「なっ、それは聞き捨てならんわ。ワタクシが間違っているとでも?」
「ああ、そうだ。さっきから俺の案を、あれは駄目とか、これは違うとか、否定ばっかりだよな!」
「なっ、なんね、勘違いせんで、ワタクシの言葉を少しは自覚しな。李騎の発言がめちゃくちゃなんやわ!」
「ああー、私は一体どうしたらいいのー?」
『ドカーン!!』
──船内を揺るがす爆発音。
すぐに顔を見合せ、異変を感じとった俺達は船室の外へと出る。
──甲板は濃い霧に覆われ、その中央に灰色の人影が宙に浮いていた。
『キキキキキ……ようやくシュッコウか。マチカマエタヨ……』
「タケシ、
俺は上空にいるタケシを警戒しながら、両わきを締めて、臨戦態勢の構えをとる。
『ゲンキガイイコトハよいコトだ。ダガ、いまハケンカしてるバアイかな』
「うるさい、お前には関係ない事だ……あの生意気なヤツを焼き……」
俺はその腕に伝わる温かい感触に、はっと我に返る。
隣には晶子がいて、俺の片腕を掴んで、小刻みに震えていた。
「あの子、何考えてるのか分からない……。
李騎、怖いよ……」
俺は晶子を気遣い、能力を使うのを中断する……。
そうだ、あの時、晶子は目の前でタケシがやったことをすべて見ていた。
あのひよこのぴよ吉に爆弾を仕掛け、周りの関係ない人まで巻き込んだ。
最悪で最低な思考。
いや、悪魔の頭脳と言ったほうが良いだろうか。
とにかく、タケシの考えは普通じゃない。
それに晶子も勘づいているようだ。
しかも、彼女の前では能力は使えない。
この強力な相手に、どう立ち向かうべきか。
俺はヒヤヒヤしながら、頭の中で
『ケケケ、ナニモシナイナラこちらカライクゾ!』
タケシが大空に両手を振りあげる構えをし、俺は晶子を守るために、彼女の前方へ、一足踏み出す。
『キキキ、ケエエエエー!!』
そんなタケシの叫び声とともに、両手から生み出した黒くて円球な空間に、周りの空気が吸い込まれ、とてつもない嵐が甲板を襲う。
まさに、この感覚はブラックホールに
『キキキキキ、いでよ、カシコキセカイヲいきぬくタマシイノカケラよ!』
その空間から、見覚えのある赤い二本の手が、ひょっこりと姿を見せる。
見た感じはカニのハサミだろうか。
『イデヨ、アメリコザリガニ!!』
タケシが腕を降り下ろすと、空間から巨大なカニが出現する。
いや、コイツはカニより、エビに近い。
昔、よく田んぼのドブ川で人気を誇っていた生物、ザリガニという生物に間違いない。
しかも、その大きさは半端ない。
コンクリートビル二階分の高さとは比較にならない。
このザリガニは体長5メートルくらいだろうか。
「ひえー、とんでもなくでっかいな。まさに化け物だ……」
「えっ、李騎。この化け物を知っているのですか?」
「ああ、親父から写真を見て、それに話は聞いてたからさ。
今はあのアメリコザリガニは貴重だが、昔の昭和時代まで、日本でもよく取れてたらしいぜ。まあ、高級な
「ワタクシも知っとるよ。アメリコでは料理としてもでるさかい」
そう、このザリガニは普通のザリガニのような、食パンやイリコには決して釣られない賢い考えを持っていた。
しかも、こちらから釣られていると分かると、その餌を掴んでいるハサミを離して、逃げてしまう。
──その昭和当時、大量のアメリコザリガニを手に入れた噂が立った、小さき若き勇者は、仲間達の間に絶大な権力を持ってたらしい。
父はその権力を利用して、
俺がよく聞かされていた昔話だったが、それが遊び半分な冗談ではなく、まさか現実の話だったとは……。
『アメリコザリガニ、あとはマカセタヨ……キキキキキ……』
「待て、タケシ。まだ話は終わってないぞ!」
『ケケケ、ソノマエにオマエラガオワッテルさ……こんどはあのペットとはチガウ。セイゼイくるしんでヤラレロヨ』
「あ、貴方は生き物を、何だと思っているのですか!」
そこへ晶子が、俺の前に立ちふさがる。
「よせ、晶子。下手にヤツを刺激するな!」
「いいえ、李騎。私を止めないで下さい……」
「タケシ君、生き物にも大事な命があるのですよ。
それを
『……キキキキキ、コイツらはボクのペット。ペットはアルジニハサカラエナイ。コイツらはタダノどうぐ。ドウグヲドウツカオウトボクノかって……』
「タケシ君、ペットはそんな気持ちで飼うものじゃない。ペットにも人と同じ心があるの。あのぴよ吉だって、あんな最期を迎えるとは思っていなかったはずよ……」
その強気な晶子のお説教じみた正論に、一瞬だけ会話が凍りつく。
『──マシイ……』
「えっ、今、なんて?」
『……ヤカマシイぞ、このサカリノついたメスネコめがぁぁー!!』
「ひっ!?」
「ひゃ、なんやね!?」
タケシの怒りの叫びが、ビリビリと空気を振動させる。
その衝撃波に驚く、女子二人。
『もう、アタマニキタ。コイツらユルサナイ。
ザリガニ、コテンパンニしてしまえ、もうイノチヲウバッテモかまわないカラ』
タケシが灰色の顔を、アメリコザリガニの身体のように赤く染め、
「晶子、アイツには何を言っても無駄さかい。それより、あのザリガニから離れてな!」
チックがどこからか、灰色の拳銃を取り出し、ザリガニの前に攻撃を向ける。
「……待てよ、チック。日本では一般に銃は所持できないし、ましてや本物の銃なら撃ったら駄目だぜ」
「大丈夫。もう日本近海は過ぎたからさ。念のために、このおっ○いに忍ばせていて良かったわ」
「……へっ、今、何て言った?」
「なんやね、乙女に二回も放送禁止用語を言わすな!」
『バコーン!!』
「へぶっ!?」
チックの強烈なひざ蹴りが、俺のみぞおちに直撃する。
俺はその場で苦しみもがき、うずくまる。
『ドイツモコイツもボクをナメヤガッテ……オイ、これはメイレイダ。ニクヘンヒトツモのこすな……ケケケケケ……』
『キシャアアア!!』
『……ケケケ、ではサラバダ』
しかし、そんな俺達には目もくれず、その場から砂のように消えて行くタケシ。
今回も絶対的な自信があるのか。
それとも、また俺達を試すのか。
タケシがいなくなった今となっては、手遅れだったが……。
『キシャアアア!!』
だけど、時は待ってくれない。
二つの鋭いハサミが俺達に迫りくる。
「まあ、李騎、話は後や。とりあえず、このモンスターをなんとかせんと」
チックが銃口を、動くザリガニに難なく合わせる。
『パッ、パパーン!!』
乾いた発砲音を鳴らし、ザリガニに与えられた強烈の二撃。
『キシャアアア!!』
だが、ザリガニは、その発砲にも
「な、なっ、効いてないんかい?」
『パッ、パパーン、パーン!!』
さらに追加の射撃。
確かに、ザリガニの身体には全弾命中している。
だが、よく見ると撃った玉は
どうやら、このモンスターには銃が通用しないらしい。
「どうしてやね。改造もしてて、分厚い鉄板さえも軽く貫く攻撃やで?」
色々と困惑するチックに向けて、ハサミを振りかざすザリガニ。
「危ないー!!」
俺は突風を起こし、ザリガニの動きを止める。
この際、能力とか、隠している場合じゃない。
持てる力をもって挑まないと、確実にやられる。
「きゃっ。何か、今日は風が強いですね」
まあ、晶子は気づいてないようだ。
これは好都合だ。
チャンスは今しかない。
「もて余す力を持って、巨大な風の渦を形成したまえ」
「トルネード!」
俺の起こした竜巻に、ザリガニの身体が宙に浮かぶ。
「チック、今だ。ヤツの
「フォローあんがと。分かったさよ。
いっけええー!!」
チックがザリガニの柔らかそうな腹に、銃弾を数発撃つ。
『キシャアアア!!』
だが、ザリガニは無傷だ。
待てよ、改造した銃にも関わらず、内臓が集中した腹に受けても何ともない。
それにあの強烈な竜巻に巻き込まれても、傷一つない。
ということは……。
「そうか、アイツの強さの秘密が分かったぞ。あのザリガニはタケシの能力によって、防御力を上げているんだ。
それで多分、俺達の攻撃は通用しないと
「なるほどね。でももし、そうやったらワタクシらは全滅だわね。せっかくアメリコに行けると思ったんに、これじゃあね……」
「……それに船の上だから、下手な能力は使えないしな」
俺は考えを張り巡らした。
銃などの飛び道具や、晶子にバレるような能力も駄目。
ヤツには、並大抵の攻撃は通用しないようだ。
ましてや、船の上だから、行動も制限される。
何か、手はないだろうか。
「ならば、これはどうだ!」
俺は近くにあった、掃除道具入れから、槍を掴み、ザリガニへと投げる。
すると、ザリガニの身体に当たった途端に、槍の尖った先が潰れて、地面へと散乱する。
ヤツには近接の武器も効かないようだ。
まあ、銃が効かない以上、想定はしていたが……。
そんなことも気に知れず、無防備な晶子に迫り来るザリガニ。
「晶子、あかんよ。逃げて!」
チックが晶子の腕を握り、船の端へと移動する。
その
「あ、あれは、確か……?」
俺はそれを
まだ、俺達に希望は残されていたのだ……。