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第C−12話 アメリコザリガニ

 ──あれから俺達は、船内で穏やかな波に揺られながら一夜を明かし、アメリコに着いた後の計画を立てていた。


 そのリビングで部屋にあった大きな世界地図を広げ、俺達は色々と公論こうろんを、模索もさくしている。


 正確には、俺とチックの二人の発言がおもだったが……。


李騎りき、冷静に考えな。居場所も不明な両親をどうやって探すん?」

「だっ、だから、さっきから言ってるだろ、酒場とかで、手当たり次第に情報を集めてだな……」

「それやと行き詰まるだけやん。どんだけ広いか分かってるんかいな。アメリコをなめたらあかんよ!」


 船内で、俺とチックの意見が衝突を繰り返す。

 ひたすら血気盛んに一本筋を通す俺に、石橋を叩いて慎重に渡るチック。


「ふっ、二人とも仲良くしないと駄目ですよ。ケンカしないで下さい」


 それを見た晶子しょうこは顔色をうかがいながら、あたふたしている……。


「いや、俺が悪いんじゃない。コイツが言うことを聞かないんだ!」

「なっ、それは聞き捨てならんわ。ワタクシが間違っているとでも?」

「ああ、そうだ。さっきから俺の案を、あれは駄目とか、これは違うとか、否定ばっかりだよな!」

「なっ、なんね、勘違いせんで、ワタクシの言葉を少しは自覚しな。李騎の発言がめちゃくちゃなんやわ!」


「ああー、私は一体どうしたらいいのー?」


『ドカーン!!』


 ──船内を揺るがす爆発音。

 すぐに顔を見合せ、異変を感じとった俺達は船室の外へと出る。


 ──甲板は濃い霧に覆われ、その中央に灰色の人影が宙に浮いていた。


『キキキキキ……ようやくシュッコウか。マチカマエタヨ……』

「タケシ、性懲しょうこりもなく、現れたな!」


 俺は上空にいるタケシを警戒しながら、両わきを締めて、臨戦態勢の構えをとる。


 流石さすがのヤツも、空中では自由に動けないはず……。


『ゲンキガイイコトハよいコトだ。ダガ、いまハケンカしてるバアイかな』

「うるさい、お前には関係ない事だ……あの生意気なヤツを焼き……」


 俺はその腕に伝わる温かい感触に、はっと我に返る。

 隣には晶子がいて、俺の片腕を掴んで、小刻みに震えていた。


「あの子、何考えてるのか分からない……。

李騎、怖いよ……」


 俺は晶子を気遣い、能力を使うのを中断する……。


 そうだ、あの時、晶子は目の前でタケシがやったことをすべて見ていた。

 あのひよこのぴよ吉に爆弾を仕掛け、周りの関係ない人まで巻き込んだ。


 最悪で最低な思考。

 いや、悪魔の頭脳と言ったほうが良いだろうか。


 とにかく、タケシの考えは普通じゃない。

 それに晶子も勘づいているようだ。

 しかも、彼女の前では能力は使えない。


 この強力な相手に、どう立ち向かうべきか。

 俺はヒヤヒヤしながら、頭の中で試行錯誤しこうさくごを繰り返していた……。


『ケケケ、ナニモシナイナラこちらカライクゾ!』


 タケシが大空に両手を振りあげる構えをし、俺は晶子を守るために、彼女の前方へ、一足踏み出す。


『キキキ、ケエエエエー!!』


 そんなタケシの叫び声とともに、両手から生み出した黒くて円球な空間に、周りの空気が吸い込まれ、とてつもない嵐が甲板を襲う。


 まさに、この感覚はブラックホールに相応そうおうしい。


『キキキキキ、いでよ、カシコキセカイヲいきぬくタマシイノカケラよ!』


 その空間から、見覚えのある赤い二本の手が、ひょっこりと姿を見せる。


 見た感じはカニのハサミだろうか。


『イデヨ、アメリコザリガニ!!』 


 タケシが腕を降り下ろすと、空間から巨大なカニが出現する。


 いや、コイツはカニより、エビに近い。


 昔、よく田んぼのドブ川で人気を誇っていた生物、ザリガニという生物に間違いない。


 しかも、その大きさは半端ない。

 コンクリートビル二階分の高さとは比較にならない。

 このザリガニは体長5メートルくらいだろうか。


「ひえー、とんでもなくでっかいな。まさに化け物だ……」

「えっ、李騎。この化け物を知っているのですか?」

「ああ、親父から写真を見て、それに話は聞いてたからさ。

今はあのアメリコザリガニは貴重だが、昔の昭和時代まで、日本でもよく取れてたらしいぜ。まあ、高級なえさにしか食いつかない美食家だったらしいけどな」

「ワタクシも知っとるよ。アメリコでは料理としてもでるさかい」


 そう、このザリガニは普通のザリガニのような、食パンやイリコには決して釣られない賢い考えを持っていた。


 しかも、こちらから釣られていると分かると、その餌を掴んでいるハサミを離して、逃げてしまう。 


 ──その昭和当時、大量のアメリコザリガニを手に入れた噂が立った、小さき若き勇者は、仲間達の間に絶大な権力を持ってたらしい。


 父はその権力を利用して、沢山たくさんの部下を集め、あのピラミッドの並ぶ村を建設したとか。


 俺がよく聞かされていた昔話だったが、それが遊び半分な冗談ではなく、まさか現実の話だったとは……。


『アメリコザリガニ、あとはマカセタヨ……キキキキキ……』

「待て、タケシ。まだ話は終わってないぞ!」

『ケケケ、ソノマエにオマエラガオワッテルさ……こんどはあのペットとはチガウ。セイゼイくるしんでヤラレロヨ』 


「あ、貴方は生き物を、何だと思っているのですか!」


 そこへ晶子が、俺の前に立ちふさがる。


「よせ、晶子。下手にヤツを刺激するな!」

「いいえ、李騎。私を止めないで下さい……」


「タケシ君、生き物にも大事な命があるのですよ。

それをもてあそぶような行為は、人として許せません!!」

『……キキキキキ、コイツらはボクのペット。ペットはアルジニハサカラエナイ。コイツらはタダノどうぐ。ドウグヲドウツカオウトボクノかって……』

「タケシ君、ペットはそんな気持ちで飼うものじゃない。ペットにも人と同じ心があるの。あのぴよ吉だって、あんな最期を迎えるとは思っていなかったはずよ……」


 その強気な晶子のお説教じみた正論に、一瞬だけ会話が凍りつく。


『──マシイ……』

「えっ、今、なんて?」

『……ヤカマシイぞ、このサカリノついたメスネコめがぁぁー!!』


「ひっ!?」

「ひゃ、なんやね!?」


 タケシの怒りの叫びが、ビリビリと空気を振動させる。

 その衝撃波に驚く、女子二人。


『もう、アタマニキタ。コイツらユルサナイ。

ザリガニ、コテンパンニしてしまえ、もうイノチヲウバッテモかまわないカラ』


 タケシが灰色の顔を、アメリコザリガニの身体のように赤く染め、うらむような目つきで、俺達を見下ろしている。


「晶子、アイツには何を言っても無駄さかい。それより、あのザリガニから離れてな!」


 チックがどこからか、灰色の拳銃を取り出し、ザリガニの前に攻撃を向ける。


「……待てよ、チック。日本では一般に銃は所持できないし、ましてや本物の銃なら撃ったら駄目だぜ」

「大丈夫。もう日本近海は過ぎたからさ。念のために、このおっ○いに忍ばせていて良かったわ」

「……へっ、今、何て言った?」

「なんやね、乙女に二回も放送禁止用語を言わすな!」


『バコーン!!』


「へぶっ!?」


 チックの強烈なひざ蹴りが、俺のみぞおちに直撃する。


 俺はその場で苦しみもがき、うずくまる。


『ドイツモコイツもボクをナメヤガッテ……オイ、これはメイレイダ。ニクヘンヒトツモのこすな……ケケケケケ……』


『キシャアアア!!』

『……ケケケ、ではサラバダ』


 しかし、そんな俺達には目もくれず、その場から砂のように消えて行くタケシ。


 今回も絶対的な自信があるのか。

 それとも、また俺達を試すのか。

 タケシがいなくなった今となっては、手遅れだったが……。


『キシャアアア!!』


 だけど、時は待ってくれない。

 二つの鋭いハサミが俺達に迫りくる。


「まあ、李騎、話は後や。とりあえず、このモンスターをなんとかせんと」 


 チックが銃口を、動くザリガニに難なく合わせる。


『パッ、パパーン!!』


 乾いた発砲音を鳴らし、ザリガニに与えられた強烈の二撃。


『キシャアアア!!』


 だが、ザリガニは、その発砲にもひるむ事なく、直進してくる。


「な、なっ、効いてないんかい?」


『パッ、パパーン、パーン!!』


 さらに追加の射撃。

 確かに、ザリガニの身体には全弾命中している。


 だが、よく見ると撃った玉はへこみ、パラパラと地面に落下していた。 


 どうやら、このモンスターには銃が通用しないらしい。


「どうしてやね。改造もしてて、分厚い鉄板さえも軽く貫く攻撃やで?」 


 色々と困惑するチックに向けて、ハサミを振りかざすザリガニ。


「危ないー!!」


 俺は突風を起こし、ザリガニの動きを止める。

 この際、能力とか、隠している場合じゃない。

 持てる力をもって挑まないと、確実にやられる。


「きゃっ。何か、今日は風が強いですね」


 まあ、晶子は気づいてないようだ。

 これは好都合だ。

 チャンスは今しかない。


「もて余す力を持って、巨大な風の渦を形成したまえ」

「トルネード!」


 俺の起こした竜巻に、ザリガニの身体が宙に浮かぶ。


「チック、今だ。ヤツの下腹したっぱらに撃て!」

「フォローあんがと。分かったさよ。

いっけええー!!」


 チックがザリガニの柔らかそうな腹に、銃弾を数発撃つ。


『キシャアアア!!』


 だが、ザリガニは無傷だ。


 待てよ、改造した銃にも関わらず、内臓が集中した腹に受けても何ともない。


 それにあの強烈な竜巻に巻き込まれても、傷一つない。


 ということは……。


「そうか、アイツの強さの秘密が分かったぞ。あのザリガニはタケシの能力によって、防御力を上げているんだ。 

それで多分、俺達の攻撃は通用しないと見計みはからい、タケシは姿を消したんだ」

「なるほどね。でももし、そうやったらワタクシらは全滅だわね。せっかくアメリコに行けると思ったんに、これじゃあね……」

「……それに船の上だから、下手な能力は使えないしな」


 俺は考えを張り巡らした。

 銃などの飛び道具や、晶子にバレるような能力も駄目。


 ヤツには、並大抵の攻撃は通用しないようだ。


 ましてや、船の上だから、行動も制限される。

 何か、手はないだろうか。


「ならば、これはどうだ!」


 俺は近くにあった、掃除道具入れから、槍を掴み、ザリガニへと投げる。


 すると、ザリガニの身体に当たった途端に、槍の尖った先が潰れて、地面へと散乱する。


 ヤツには近接の武器も効かないようだ。

 まあ、銃が効かない以上、想定はしていたが……。


 そんなことも気に知れず、無防備な晶子に迫り来るザリガニ。


「晶子、あかんよ。逃げて!」


 チックが晶子の腕を握り、船の端へと移動する。

 そのさい、晶子のかるっていたバッグから、光輝く物体が眼に飛び込んだ。


「あ、あれは、確か……?」


 俺はそれをさっして、素早く二人の元へと移動した。


 まだ、俺達に希望は残されていたのだ……。



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