「なあ、
『えっ?』と、不可思議な顔をした晶子から、その刃渡り30センチほどの、大きめな包丁を受け取る。
手のひらに吸い付き、ジャストな握り加減で、滑らかな
この包丁は、どんなに物が硬くても、みじん切りにできる切れ味だと、すいが実演販売の時に言っていた。
あの硬いかぼちゃでも、簡単に粉々にしていたことが、記憶の引き出しから出される。
ならば、この包丁なら、ヤツの身体を攻撃できるかも……と思ったのだ……。
俺は包丁の細長い
「なんね、今さらそんなちんけな包丁で、何ができるん!?」
「いいから、黙って見てろよ。ここは俺の考えに任せろ!」
『キシャアアア!』
そうこうするうちに、アメリコザリガニが、俺を目がけてハサミで仕掛けてくる。
その度にハサミの先が甲板にめり込み、穴の数が、もぐら叩きの穴のようにどんどん増えていく。
俺は、そんなハサミと、穴が空いた甲板の箇所を素早く避けながら急接近し、ザリガニの
「うおおおお、一刀両断!!」
それから俺は、ザリガニのハサミがある肩から、
『キシャアアア!?』
その斬撃で床へ転がる、一本のハサミ。
ザリガニは、その痛みでジタバタしている様子だ。
包丁で切れた場所から噴き出す、透明な体液。
もう一本の大きなハサミは飾りだろうか……?
「よし、これなら斬れるな!」
俺は軽やかにとんとんと、ザリガニの背を登り、頭の部分から、その包丁を降り下ろす。
「いくぞ、脳天から真っ二つだ!
またまた、一刀両断!!」
『キシャアアア!?』
ザリガニの頭がズブズブと裂けてゆく。
俺の全体重をのせた一刀が沈みゆき、身体が真っ二つになり、尻尾の先まで綺麗に両断される。
そう、ハサミが斬れた時点で、勝敗は俺の勝ちだった。
ザリガニは自主的に意識して、ハサミの手を切り離さないと生きられない。
『キシャアアア……キシャ……』
綺麗に離れていく、二つに切り裂かれた胴体。
アメリコザリガニの最後の幕切れだった……。
『イエーイ、やったわー♪』
その最期を眺めていた、チックと晶子が喜びのハグをして、その晶子は
****
──こうして、タケシが召喚したアメリコザリガニは、その場で口から泡を吹いて、力尽きた。
今、強敵との戦いは終わったのだ……。
俺は包丁についたザリガニの体液を、自前の白いハンカチで拭うが、粘着性が強いせいか、中々拭き取れない。
「うわわっ、
「あはは、すまん。またバイトして返すから」
「あれだけ給料貰ってほくほくさかい。倍にして返さないかんな~」
「チック、余計なことを言うなよな……新作のゲーム機が買いたかったのにさ……」
「もう、李騎はいつもゲームの事ばかりですね」
「何てったてゲーマー。だからなー♪」
「オタクに暇なしってヤツかいな。あはははっ♪……わっ!?」
──三人して和やかに笑う中、いきなり船がグラリと揺れ、大きく左右に揺れ始める。
「な、何なんやね、もしかしたら……」
チックがザリガニの死体の方へ様子を
「李騎、何してんねん。船ごと真っ二つにしてどうするんねん!」
「すまん、加減ができなかった。許せ……」
「……わ、私達、どうなるんですか?」
「あっ、あかんわ、三人とも海に投げだされて、ワタクシらは人食いザメの
「ええっー、私まだ18年しか生きてないのに……」
「……ワタクシなんて、まだピチピチの16よ。まあ、船には保険があるから、何とかなるけど……でも、ああ、おじさんから貰った船が……」
「心配するな、命には変えられん……」
「なに開き直ってかしこまってんの。李騎のせいだかんね!」
「ふっ、二人とも今はケンカをしてる場合じゃないですよ!」
晶子の言葉通り、すぐに船体が真ん中から二つに裂けて、甲板のあちこちから水が噴き上げ、俺達は海へと投げ出されそうになる。
この広い海で誰からも発見されず、そのまま、海の中で命尽き果てるのか。
みんな、手すりに捕まりながら、それなりに覚悟をしている顔つきだった。
たった一名の俺だけを残して……。
こうなれば、もう腹をくくるしかない。
そんな俺も別の意味で覚悟を決めた……。
「あれ、李騎が飛んでる!?」
「すまん、晶子。実は俺は……」
「凄いですね。李騎はマジシャンなんですね。それはどういう仕掛けですか?」
どうやら晶子は、俺が宇宙人とは少しも思っていないようだ。
チックが床に体を支えながら、やれやれと息をつき、無難な顔になる。
「まあ、いいや。
……空を飛べぬ、我が
「エンジェル、フライ!」
晶子とチックの背中に、天使のような白い羽が生える。
「さあ、二人とも、頭の中で空を飛ぶことをイメージして」
「あいさ、案外簡単やね」
羽をパタパタと羽ばたかせて、自由に宙を舞うチック。
ほう。
お嬢、やるな。
早くも物にしたか……。
「む、難しいです……」
だが、一方の晶子は、そのイメージが苦手らしく、大苦戦していた。
「晶子、早くしいや。海に飲まれるで!」
「……そ、そんなこと、言いましても、船が揺れてバランスがとれなくて……体が……きゃあ!?」
すると、船が完全に海のもずくとなり、晶子の姿が甲板から消える。
俺は真っ先に、彼女の元へ飛び込んだ。
「晶子ぉぉー!!」
考えるよりも先に行動し、晶子を海から間一髪で救い上げる。
彼女が昔からお気に入りだと言っていた伊達眼鏡が、海に消えて無くなり、可憐な美少女の顔つきに、純情な胸を締めつけられる。
そんな晶子を、急に優しく抱きしめたいほどに
「あっ、あれ、私、無事ですね……。
あっ、それにあの眼鏡もない……。
しかも、これはお姫さまだっこでは……?
……何か照れますね」
「大丈夫か、寒くないか?」
「ええ、李騎、ありがとうです。
寒くないかと聞いたら、嘘になりますが……やっぱり海から上がった外は寒いですね」
俺の腕の中で、ずぶ濡れになった晶子が体を震わせる。
無理もない。
いくら夏で海水が温かいとはいえ、肌には、それなりの湿った風が吹いている。
下手をすれば、風邪をひき、こじらせて、重症化する恐れもあるのだ。
俺は晶子の腕をとり、彼女に悟られないように小声で魔法を唱えた。
俺の手を通じて光輝く、晶子の全身……。
「ふう、体の芯まで凄く温かいです。また李騎のマジックですか?
色々と便利ですね。今度、私にも教えてくださいね……」
そう言うと、晶子の
「しょ、晶子、しっかりしろ!?」
俺は焦って、腕の中の彼女を抱き直す。
「大丈夫。安心して寝入っただけやわ。長旅の疲れが出たんだろうさ。それよりどこまで飛ぶん?」
チックが晶子の表情をつかみとり、俺の高ぶった心を落ち着かせる。
俺は冷静になり、空を飛びながら、
「あの近くに島が見えるよな。そこまで体力が持つか?」
「えっと、ここからだと、距離的に1キロかいな。まあ、こっちに晶子を貸しな。後はワタクシが運ぶさかい」
チックが俺から晶子を背中に抱えて、前方の島へと猛スピードで飛んで行く。
「……やるな、チックとやら。すでに俺の体力の限界を見抜いていたか……」
俺は力を無くし、海へと落ちて行く。
そこへクッションのように、柔らかい何かに包まれた感触がした。
だが、今の俺には分からないままだった……。
****
『……李騎君、お前はこのような場所でくたばるのか、まったく情けないな……』
──俺が眠る暗闇の意識から、親父の声が聞こえた。
周りは真っ暗な海底で、
しかし、海の中のはずなのに、呼吸は自然とできるし、不思議と冷たさも感じない。
底が知れない海底の中で、俺の体がふんわりと浮かんでいた。
声の
「親父か。しくじって能力を使用する気力もなくてな、こんなありさまだ……」
俺は目の前の、温もりがある一つの光に話しかける。
今は人の姿はしていなく、浮遊している
『李騎君は、その程度の力でワシらに会って何がしたい?
来ても返り討ちに合うだけだ。タケシの力は、十分承知なはず』
「……それは理解してるさ。俺なんかでは
それに昼間からぐうたらな親父を説得し、あの時の家族を取り戻したいんだ。まだ母さんの誕生日も祝ってないし……」
そう、タケシは強い。
だけど、ただ強いからと、こちらから逃げていても、いつかは向こうから牙をむくはずだ。
あのタケシが黙って、俺の母さんを奪っただけで何もしないわけがない……。
そこへ、ふと流れ込む一つの記憶があった。
俺は、その疑問をぶつけてみる。
「親父、タケシとアメリコで何の計画をする気だ?
あの村の地下室から消える時に、『これからが始まり……』と、そう言っていたよな?」
光が明滅を繰り返す。
親父は色々と考えて、言葉を選んでいるようだ……。
『……タケシはワシと
──親父の詳しい話によると、俺達は宇宙人から人間に化けると、常に能力(魔力)の垂れ流しで、大量の能力を消費するとか。
その結果、他の能力を使用したとき、効果や威力が半減したり、すぐに体に不調をきたし、俺のように倒れてしまうらしい。
それに、この維持能力は高度な能力らしく、次の日に目覚めると、その前日の記憶を失うほどに脳へのダメージが高い。
まあ、一日、夜中にぐっすりと体を休めれば、能力が使えるほどには回復はする。
だが、大切な記憶は失ってしまうから、メモを書いておくなどの行為は必須だが……。
──それを防ぐために、タケシは親父と母さんの遺伝子をうまく利用するらしい。
宇宙人ではない人間の母さんは、当然生まれてから宇宙人の姿をしていないので、無闇に変身能力を使用しなくてよい。
だから、もしこの普通の人間の状態で、能力をものにできたら、能力の低下などを心配しなくてよくなる。
わざわざ人間に変身せずに、無駄な力を使用しなくて済むから、威力の優れた能力の使いたい放題だと……。
──その親父の発言により、俺は心を脅かされた。
俺は生まれて直後の親父の能力により、てっきり人間に変身していると、母自身に教わったからだ。
まさか、常に変身能力を使用していて、
ほんと、どのみちこうしてバレるのに、あの母さんは嘘をいくつつけばいいのやら……。
「……そんな下らない理由で母さんを
『それも一つの作戦だ。母親を失うと、どんな考えに
それは言い換えると、ハーフの血を引いていなかったら、俺は当の昔に処分されていたのだろうか……。
そう考えると、
「……親父、
『……そうだ、ただの利用される道具だな。でもワシの大事な息子でもある。
だが、意地でも戦う気があるのなら、頑張ってアメリコまで這いつくばって来い。ワシらはいつでも待っている……。
それからこれは、ワシからの
すると、俺の右手が光り、右のひとさし指に、
真ん中にはルビーのような小さい緑の宝石が、埋め込まれていた。
「しかし、プレゼントにしては、えらく高価らしくて、
『そうだ。それは人間に変身している状態でも記憶を刻みつける指輪だ。これがあれば、夜に寝て、朝に起きても、前の記憶は消えたりしない。
ワシらから独り立ちして、大人になったと認められた宇宙人に対してだけ、与えるアイテムの一つだ。
指輪以外にも色んな種類があるが、李騎君には、そのタイプが一番似合っているだろう……』
「……そうか。それで大人になって、人間の姿をした宇宙人は、次の日に起きても記憶を失わないのか。一つ謎が解けたぜ。プレゼント、センクス」
──となると、タケシも何かしらのアイテムを装備しているのだろうか。
毎回出現しても、そのような品を装着しているようには見えなかったが……。
『いや、タケシは人間の姿には変身してないだろう。だから記憶は消えないから、必要はない。しかし、まだ子供で、あの強力な能力を使いまくる反動で、あんな狂った思考の持ち主になってしまったらしいがな……。
だがな、あれでも昔はマトモな性格だったらしいぞ』
「へえ、意外だ。あのイカれた宇宙人が元は真面目君だったのか。
──あのさあ、それよりも親父、俺の思考を勝手に読むなよな……」
『ふふっ、すまんな。だが親に隠しごとはできないぞ』
「ちぇっ、大人ってそう言うときだけ、都合よく子供扱いするんだよな」
『まあ、そこは許せ。
──さあ、無駄話はここまでだ。これ以上、仲間達に心配をかけるな。
こうと決めたなら、目を開けて立ち上がる時だ。
そう言い放った光は俺から離れ、上空へとヘリウムガスを含んだ風船のように、ゆらゆらと緩やかに昇って行く。
それを追いかけながら、上空へと泳いで行く俺。
──親父の言う通りだ。
俺は、いつまでもここにいるわけにはいかない。
それに俺は独り立ちしたと認識され、親父から大人の証である指輪も貰った。
だから、この海ごときに、朽ち果てるわけにはいかない。
表舞台では、晶子とチックが待っているからだ。
俺はゆっくりと、光が射す