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第C−13話 航海と後悔の果てに

「なあ、晶子しょうこ、そのバッグからよろず屋で購入した、あのドラゴンサバイバル包丁を貸してくれないか?」


『えっ?』と、不可思議な顔をした晶子から、その刃渡り30センチほどの、大きめな包丁を受け取る。


 手のひらに吸い付き、ジャストな握り加減で、滑らかなつか


 この包丁は、どんなに物が硬くても、みじん切りにできる切れ味だと、すいが実演販売の時に言っていた。

 あの硬いかぼちゃでも、簡単に粉々にしていたことが、記憶の引き出しから出される。


 ならば、この包丁なら、ヤツの身体を攻撃できるかも……と思ったのだ……。


 俺は包丁の細長いさやを抜き、目の前に迫る巨体に、その鋭利な刀身を斜めに傾ける……。


「なんね、今さらそんなちんけな包丁で、何ができるん!?」

「いいから、黙って見てろよ。ここは俺の考えに任せろ!」


『キシャアアア!』


 そうこうするうちに、アメリコザリガニが、俺を目がけてハサミで仕掛けてくる。

 その度にハサミの先が甲板にめり込み、穴の数が、もぐら叩きの穴のようにどんどん増えていく。


 俺は、そんなハサミと、穴が空いた甲板の箇所を素早く避けながら急接近し、ザリガニのふところへと入り込む。


「うおおおお、一刀両断!!」


 それから俺は、ザリガニのハサミがある肩から、袈裟斬けさぎりのように、斜め下から、ヤツの身体を叩き斬る。


『キシャアアア!?』


 その斬撃で床へ転がる、一本のハサミ。

 ザリガニは、その痛みでジタバタしている様子だ。


 包丁で切れた場所から噴き出す、透明な体液。

 もう一本の大きなハサミは飾りだろうか……?


「よし、これなら斬れるな!」


 俺は軽やかにとんとんと、ザリガニの背を登り、頭の部分から、その包丁を降り下ろす。


「いくぞ、脳天から真っ二つだ!

またまた、一刀両断!!」


『キシャアアア!?』


 ザリガニの頭がズブズブと裂けてゆく。

 俺の全体重をのせた一刀が沈みゆき、身体が真っ二つになり、尻尾の先まで綺麗に両断される。


 途端とたんに、ザリガニの身体から透明な体液が飛び散り、俺の体を濡らす。


 そう、ハサミが斬れた時点で、勝敗は俺の勝ちだった。

 ザリガニは自主的に意識して、ハサミの手を切り離さないと生きられない。


『キシャアアア……キシャ……』


 綺麗に離れていく、二つに切り裂かれた胴体。

 アメリコザリガニの最後の幕切れだった……。


『イエーイ、やったわー♪』


 その最期を眺めていた、チックと晶子が喜びのハグをして、その晶子は安堵あんどの表情で、ザリガニだった物に、何かしらの別れの言葉をボソリと言っていた……。


****


 ──こうして、タケシが召喚したアメリコザリガニは、その場で口から泡を吹いて、力尽きた。


 今、強敵との戦いは終わったのだ……。


 俺は包丁についたザリガニの体液を、自前の白いハンカチで拭うが、粘着性が強いせいか、中々拭き取れない。


「うわわっ、李騎りき。もうベトベトで使い物にならないじゃないですか。その包丁、弁償して下さいよ?」

「あはは、すまん。またバイトして返すから」

「あれだけ給料貰ってほくほくさかい。倍にして返さないかんな~」

「チック、余計なことを言うなよな……新作のゲーム機が買いたかったのにさ……」

「もう、李騎はいつもゲームの事ばかりですね」 

「何てったてゲーマー。だからなー♪」

「オタクに暇なしってヤツかいな。あはははっ♪……わっ!?」 


 ──三人して和やかに笑う中、いきなり船がグラリと揺れ、大きく左右に揺れ始める。


「な、何なんやね、もしかしたら……」


 チックがザリガニの死体の方へ様子をうかがい、戻った矢先やさきに、怒りの感情を尖らせて、俺に食ってかかる。


「李騎、何してんねん。船ごと真っ二つにしてどうするんねん!」

「すまん、加減ができなかった。許せ……」


「……わ、私達、どうなるんですか?」

「あっ、あかんわ、三人とも海に投げだされて、ワタクシらは人食いザメのえさやわ」


「ええっー、私まだ18年しか生きてないのに……」

「……ワタクシなんて、まだピチピチの16よ。まあ、船には保険があるから、何とかなるけど……でも、ああ、おじさんから貰った船が……」


「心配するな、命には変えられん……」

「なに開き直ってかしこまってんの。李騎のせいだかんね!」


「ふっ、二人とも今はケンカをしてる場合じゃないですよ!」


 晶子の言葉通り、すぐに船体が真ん中から二つに裂けて、甲板のあちこちから水が噴き上げ、俺達は海へと投げ出されそうになる。


 この広い海で誰からも発見されず、そのまま、海の中で命尽き果てるのか。

 みんな、手すりに捕まりながら、それなりに覚悟をしている顔つきだった。


 たった一名の俺だけを残して……。


 こうなれば、もう腹をくくるしかない。

 そんな俺も別の意味で覚悟を決めた……。 


「あれ、李騎が飛んでる!?」 

「すまん、晶子。実は俺は……」

「凄いですね。李騎はマジシャンなんですね。それはどういう仕掛けですか?」


 どうやら晶子は、俺が宇宙人とは少しも思っていないようだ。


 チックが床に体を支えながら、やれやれと息をつき、無難な顔になる。


「まあ、いいや。

……空を飛べぬ、我が理不尽りふじんさよ。二人にも羽ばたく翼を授けたまえ……」

「エンジェル、フライ!」


 晶子とチックの背中に、天使のような白い羽が生える。


「さあ、二人とも、頭の中で空を飛ぶことをイメージして」

「あいさ、案外簡単やね」


 羽をパタパタと羽ばたかせて、自由に宙を舞うチック。


 ほう。

 お嬢、やるな。

 早くも物にしたか……。  


「む、難しいです……」 


 だが、一方の晶子は、そのイメージが苦手らしく、大苦戦していた。


「晶子、早くしいや。海に飲まれるで!」 

「……そ、そんなこと、言いましても、船が揺れてバランスがとれなくて……体が……きゃあ!?」


 すると、船が完全に海のもずくとなり、晶子の姿が甲板から消える。


 俺は真っ先に、彼女の元へ飛び込んだ。


「晶子ぉぉー!!」


 考えるよりも先に行動し、晶子を海から間一髪で救い上げる。


 彼女が昔からお気に入りだと言っていた伊達眼鏡が、海に消えて無くなり、可憐な美少女の顔つきに、純情な胸を締めつけられる。 


 そんな晶子を、急に優しく抱きしめたいほどにいとおしくなり、狂おしく感じた……。


「あっ、あれ、私、無事ですね……。

あっ、それにあの眼鏡もない……。

しかも、これはお姫さまだっこでは……? 

……何か照れますね」

「大丈夫か、寒くないか?」

「ええ、李騎、ありがとうです。

寒くないかと聞いたら、嘘になりますが……やっぱり海から上がった外は寒いですね」


 俺の腕の中で、ずぶ濡れになった晶子が体を震わせる。


 無理もない。

 いくら夏で海水が温かいとはいえ、肌には、それなりの湿った風が吹いている。

 下手をすれば、風邪をひき、こじらせて、重症化する恐れもあるのだ。


 俺は晶子の腕をとり、彼女に悟られないように小声で魔法を唱えた。


 俺の手を通じて光輝く、晶子の全身……。


「ふう、体の芯まで凄く温かいです。また李騎のマジックですか? 

色々と便利ですね。今度、私にも教えてくださいね……」


 そう言うと、晶子のまぶたがふせられ、糸の切れた操り人形のように、体の力が抜ける。


「しょ、晶子、しっかりしろ!?」


 俺は焦って、腕の中の彼女を抱き直す。


「大丈夫。安心して寝入っただけやわ。長旅の疲れが出たんだろうさ。それよりどこまで飛ぶん?」


 チックが晶子の表情をつかみとり、俺の高ぶった心を落ち着かせる。


 俺は冷静になり、空を飛びながら、真一門まいちもん海原うなばらの先へと目をやった。


「あの近くに島が見えるよな。そこまで体力が持つか?」

「えっと、ここからだと、距離的に1キロかいな。まあ、こっちに晶子を貸しな。後はワタクシが運ぶさかい」


 チックが俺から晶子を背中に抱えて、前方の島へと猛スピードで飛んで行く。


「……やるな、チックとやら。すでに俺の体力の限界を見抜いていたか……」


 俺は力を無くし、海へと落ちて行く。


 そこへクッションのように、柔らかい何かに包まれた感触がした。


 だが、今の俺には分からないままだった……。


****


『……李騎君、お前はこのような場所でくたばるのか、まったく情けないな……』


 ──俺が眠る暗闇の意識から、親父の声が聞こえた。


 周りは真っ暗な海底で、時折ときおり、見たこともないような魚の群れが泳いでいる。


 しかし、海の中のはずなのに、呼吸は自然とできるし、不思議と冷たさも感じない。


 底が知れない海底の中で、俺の体がふんわりと浮かんでいた。


 声のぬしの親父が、助けてくれたのか……。


「親父か。しくじって能力を使用する気力もなくてな、こんなありさまだ……」


 俺は目の前の、温もりがある一つの光に話しかける。


 今は人の姿はしていなく、浮遊しているの光の玉だが、声からして、俺の親父、蝶野忠ちょうのただしの光の玉に間違いない。


『李騎君は、その程度の力でワシらに会って何がしたい?

来ても返り討ちに合うだけだ。タケシの力は、十分承知なはず』

「……それは理解してるさ。俺なんかでは太刀打たちうちできないことも。でも俺は母さんを助け出したい。

それに昼間からぐうたらな親父を説得し、あの時の家族を取り戻したいんだ。まだ母さんの誕生日も祝ってないし……」


 そう、タケシは強い。

 だけど、ただ強いからと、こちらから逃げていても、いつかは向こうから牙をむくはずだ。


 あのタケシが黙って、俺の母さんを奪っただけで何もしないわけがない……。


 そこへ、ふと流れ込む一つの記憶があった。


 俺は、その疑問をぶつけてみる。


「親父、タケシとアメリコで何の計画をする気だ?

あの村の地下室から消える時に、『これからが始まり……』と、そう言っていたよな?」


 光が明滅を繰り返す。

 親父は色々と考えて、言葉を選んでいるようだ……。


『……タケシはワシと湖涼こりょうのDNAを採取して、最強の宇宙人を作ろうとしている……そして、ワシはタケシの助手の一人だ……』


 ──親父の詳しい話によると、俺達は宇宙人から人間に化けると、常に能力(魔力)の垂れ流しで、大量の能力を消費するとか。


 その結果、他の能力を使用したとき、効果や威力が半減したり、すぐに体に不調をきたし、俺のように倒れてしまうらしい。


 それに、この維持能力は高度な能力らしく、次の日に目覚めると、その前日の記憶を失うほどに脳へのダメージが高い。


 まあ、一日、夜中にぐっすりと体を休めれば、能力が使えるほどには回復はする。

 だが、大切な記憶は失ってしまうから、メモを書いておくなどの行為は必須だが……。 


 ──それを防ぐために、タケシは親父と母さんの遺伝子をうまく利用するらしい。


 宇宙人ではない人間の母さんは、当然生まれてから宇宙人の姿をしていないので、無闇に変身能力を使用しなくてよい。


 だから、もしこの普通の人間の状態で、能力をものにできたら、能力の低下などを心配しなくてよくなる。


 わざわざ人間に変身せずに、無駄な力を使用しなくて済むから、威力の優れた能力の使いたい放題だと……。


 ──その親父の発言により、俺は心を脅かされた。


 俺は生まれて直後の親父の能力により、てっきり人間に変身していると、母自身に教わったからだ。 


 まさか、常に変身能力を使用していて、無尽蔵むじんぞうにエネルギーを消費していたとは……。


 ほんと、どのみちこうしてバレるのに、あの母さんは嘘をいくつつけばいいのやら……。


「……そんな下らない理由で母さんをさらったのか。なら俺でも良かったじゃんか……」

『それも一つの作戦だ。母親を失うと、どんな考えにいたるのか、人間と宇宙人とのハーフの李騎君から、貴重な研究データが取れるかも知れないからな……。だからここで、死なすわけにはいかないのだよ』


 それは言い換えると、ハーフの血を引いていなかったら、俺は当の昔に処分されていたのだろうか……。


 そう考えると、身体からだ中に身震いが走る……。


「……親父、所詮しょせん、俺はあんたらの玩具おもちゃかよ?」

『……そうだ、ただの利用される道具だな。でもワシの大事な息子でもある。

だが、意地でも戦う気があるのなら、頑張ってアメリコまで這いつくばって来い。ワシらはいつでも待っている……。

それからこれは、ワシからのささやかなプレゼントだ。受け取りたまえ……』


 すると、俺の右手が光り、右のひとさし指に、ひそかな光を放つ、金の指輪がつけられる。

 真ん中にはルビーのような小さい緑の宝石が、埋め込まれていた。


「しかし、プレゼントにしては、えらく高価らしくて、洒落しゃれているな。何か意味があるのか?」

『そうだ。それは人間に変身している状態でも記憶を刻みつける指輪だ。これがあれば、夜に寝て、朝に起きても、前の記憶は消えたりしない。

ワシらから独り立ちして、大人になったと認められた宇宙人に対してだけ、与えるアイテムの一つだ。

指輪以外にも色んな種類があるが、李騎君には、そのタイプが一番似合っているだろう……』

「……そうか。それで大人になって、人間の姿をした宇宙人は、次の日に起きても記憶を失わないのか。一つ謎が解けたぜ。プレゼント、センクス」


 ──となると、タケシも何かしらのアイテムを装備しているのだろうか。

 毎回出現しても、そのような品を装着しているようには見えなかったが……。


『いや、タケシは人間の姿には変身してないだろう。だから記憶は消えないから、必要はない。しかし、まだ子供で、あの強力な能力を使いまくる反動で、あんな狂った思考の持ち主になってしまったらしいがな……。

だがな、あれでも昔はマトモな性格だったらしいぞ』

「へえ、意外だ。あのイカれた宇宙人が元は真面目君だったのか。

──あのさあ、それよりも親父、俺の思考を勝手に読むなよな……」

『ふふっ、すまんな。だが親に隠しごとはできないぞ』

「ちぇっ、大人ってそう言うときだけ、都合よく子供扱いするんだよな」

『まあ、そこは許せ。

──さあ、無駄話はここまでだ。これ以上、仲間達に心配をかけるな。

こうと決めたなら、目を開けて立ち上がる時だ。あらがうなら、心の底から闘え、心の奥から思いっきり吠えろ、李騎君!』  


 そう言い放った光は俺から離れ、上空へとヘリウムガスを含んだ風船のように、ゆらゆらと緩やかに昇って行く。 


 それを追いかけながら、上空へと泳いで行く俺。


 ──親父の言う通りだ。

 俺は、いつまでもここにいるわけにはいかない。


 それに俺は独り立ちしたと認識され、親父から大人の証である指輪も貰った。

 だから、この海ごときに、朽ち果てるわけにはいかない。

 表舞台では、晶子とチックが待っているからだ。 


 俺はゆっくりと、光が射す水面すいめんへと、意識を覚醒させた……。





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